魔女狩り裁判と非価格競争
『時事英語―ご存知でしたか?世界ではこんなことが話題』第32回

1月 30日 2018年 文化

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SurroundedByDike(サラウンディッド・バイ・ダイク)

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勤務、研修を含め米英滞在17年におよぶ帰国子女ならぬ帰国団塊ど真ん中。銀行定年退職後、外資系法務、広報を経て現在証券会社で英文広報、社員の英語研修を手伝う。休日はせめて足腰だけはと、ジム通いと丹沢、奥多摩の低山登山を心掛ける。

今回は、英誌エコノミスト1月21日号に掲載された「キリスト教と魔女狩り」について述べた英文記事を紹介します。私はかつて米国で暮らしていた際、東部マサチューセッツ州の魔女伝説の有名な町セーラムを訪れたこともあり、興味を引かれました。言われてみれば、イスラム教の原理主義者などを絡め、宗派間の熾烈(しれつ)な争いがテロリストたちを大きく支配してきた事実もあり、現在にも通じる見逃せない内容です。

それにつけても日本の社会の平穏さというのも、多数の日本人の宗教への淡泊さというか無関心さが皮肉にも幸いしているのでしょう。しかし、ボーダーレス化が急速に進み世界がいつまでそのままでいられるのか、あまりに状況の違うこの国にいて、少し不安な気持ちになります。(以下全訳)

◆宗教改革の背景

「暗黒の時代 宗教改革の文脈で捉える魔女狩り」(エコノミスト、2018年1月21日号「エラスムス」欄)

(前文)2人の経済学者が「魔女狩りは“非価格競争”の結果である」と、新しい研究の結果を論じた。

(本文)昨年、欧州が宗教改革500周年を迎えた際に、欧州大陸がカトリック、プロテスタント両教会派間での血なまぐさい闘争に陥った不気味な時代がいったいどういうものであったかを人々が理解しようとする試みの中、何千にも及ぶ論説が残された。

2人の米国人エコノミスト、ピーター・リーソン、ジェイコブ・ラスの両氏はその抗争のある側面に焦点を絞ることにより、ユニークな分析結果にたどり着いた。魔女(狩り)裁判である。いわゆる魔女狩り裁判の“全盛期”は宗教改革が勢いを増すのに呼応して1550年ごろに始まり、1700年ごろまで続いた。終息までに8万人の人々が呪詛(じゅそ)をかけた罪で裁かれ、その約半数が死刑にされ、その犠牲者の大半は女性であった。

リーソン、ラスの両氏は、裁判過熱の事実はカトリックとプロテスタント両派教会間の“非価格競争”(製品、サービスの差別化による競争)を反映しているという。その競争は敬虔(けいけん)で迷信深く悪魔は踏みつけるべきだ、と容易に信じ込む人々の感情と知性によって引き起こされた

その時代以前の何世紀もの間でも、普通の人々が暗黒の魔力とそれを呼び出す力を持つ個人の存在を信じる度合いは何ら変わらなかったのであるが、教会は民衆がその考えを持つことおよびそれに基づいて行動することをいさめたのである(例えば1258年にローマ法王アレクサンダー4世は魔女狩り裁判防止の教会法を定めている)。
宗教改革前の時代がそれ以降と異なるもう一つの点は、カトリック教会が広く思想上の反対勢力を孤立させ無力化することで対峙(たいじ)するに十分な力があると自信を持っていたことだ。カタリ派のような反対派は糾弾され結局、破滅に追いやられたのである。

(しかし、)小国家の寄せ集めからなる欧州のチュートン民族(ゲルマン民族)の中心地で宗教改革派が勢力を持つようになると、事態は一変する。少数の地方領主たちが、他の領主と異なり新しいプロテスタント教義を信ずるようになったのである。その非常に不安定な状況のもと、地方のカトリック権力者たちは悪魔を追い払える力量によって、自分たちの信者の歓心を買うべきと考えた。そしてプロテスタント権力者たちも同様な熱意と能力を誇示しようとした。これが、両エコノミストがエコノミック・ジャーナル誌に寄稿した論文の要旨である。(以下全訳続く)

◆宗教がもたらすもの

ヨーロッパの魔女狩り裁判は、カトリックとプロテスタント両教会派がキリスト教世界の信仰告白の領域における市場シェアをめぐる非価格競争を示している。魔女の存在が一般的に信じられていることを利用して、魔女をただす検察官たちは市民を世の中に広くみられる悪魔の所業から守るための、独自の商標を持った信仰告白に携わる熱心さと能力について世間に宣伝したのである。

この説は両エコノミストによる完全なオリジナルではないものの、数字を扱う専門家としてのうんちくを少し取り入れることによって付加価値を高めたのである(リーソン氏は米ジョージメイソン大学の経済学及び法律の教授で、ラス氏はその教え子であった)。2人は呪術について、1350年から1850年の間、21か国で裁かれた4万3千人以上に及ぶ被害者のデータを集めた。また彼らは400事例に及ぶプロテスタント―カトリック両派間の争いにも目を向けた。その結果、教派間競合が激しい時代および地域ほど魔女狩り裁判が増えていたことが密接な相関性をもって立証されていることを見いだした。

人を裁判にかけ公衆の面前で処刑するのはやっかいなことではあるが、冷酷な権力者にとって、一般大衆に自らの力を誇示するためには使うに値する手段であったと論文で記している。2人の研究者は、これをスターリンが自らの政敵を標的として追いやった裁判に例えている。その結末は常に有無を言わせぬものであった。そしてスターリンは(なにも裁判という手間をかけなくても)容易に秘密裏に暗殺できたであろう。しかし、公開裁判は“見せしめ”とプロパガンダの目的にかなうものであった。

2人の論文著者は、もう一つの悪名高い魔女伝説にわずかに触れている。17世紀末期に米マサチューセッツ州セーラムで起きた魔女狩り裁判についてである。そこでも競合が要因として作用していることを示している。この事例では、セクト間とか教義を巡っての対立ではなく、信徒を代表する個々の清教徒牧師(すなわち、強硬派プロテスタント)たちの間の抗争であった。

現代の聖職者であればプロテスタント派、カトリック派を問わず自分たちの信心が過去に利用された恐ろしい目的に対して、嫌悪感で身震いすることであろう。彼らはもちろん言うに違いない。それはすべてあまりに昔の事だと。そして(昨年の穏やかな異教徒記念行事が悟らせたように)西側のキリスト教の世界にあっては、教義上の違いはもうお互いを処刑し合う理由にはならないと述べるであろう(かつての抗争を思い出させるのは、ベルファスト〈英・北アイルランド〉においてさえ、熱心なプロテスタント祝祭を盛り上げる法王の偶像や他のカトリック教の儀式道具の一式などに限られるのである)。こんにちでは、ドイツのプロテスタントとカトリック信者たちは同じ慈善活動の場で、お互いを思想上の競合相手としてよりも同僚として受け入れるのである。

何がそう変えたのか? 一般的に宗教は人間を自分の弱さを探すために内向きにするかあるいは邪悪の外的な原因を探るため(これは簡単に狂信的になれるが)外を見させるかのいずれかである。一つの衝動が与えられると、人はいとも簡単に次の衝動に飛び移る。そのことがもたらす危険は決してなくならない。(以上、全訳終わり)

※今回紹介した英文記事へのリンク
http://cache.yahoofs.jp/search/cache?c=Hxb1_tv2JGwJ&p=Witch+trials+in+the+context+of+the+Reformation&u=https%3A%2F%2Fwww.economist.com%2Fblogs%2Ferasmus%2F2018%2F01%2Fdark-era

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