産経の原発社説は「思い込み」―「事実誤認」と怒る保守反原発派 | ニュース屋台村

産経の原発社説は「思い込み」―「事実誤認」と怒る保守反原発派
『山田厚史の地球は丸くない』第110回

2月 09日 2018年 経済

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山田厚史(やまだ・あつし)

ジャーナリスト。元朝日新聞編集委員。「ニュース屋台村」編集主幹。

沖縄で起きた米兵の交通事故で、産経新聞が載せた「美談」が事実無根と分かり、記事が取り消された。誤解による事実関係の誤りは、報道につきものである。「あってはならないこと」だが限られた時間で人がやることだけに、「一定の確率で起こる」のが実態だ。

今回の「訂正」は、単なる誤りではなく、美談になるような出来事を、沖縄の主要紙が「報じていない」と糾弾したものだった。

◆「論拠にする事実が間違っている」

「沖縄の新聞は偏向している」と言わんばかりの書きっぷりだったことが、波紋を大きくした。米兵が日本人を救助した後に事故に巻き込まれた、というネット情報に頼ったのだろうか。交通事故を処理した沖縄県警への取材もないまま記事になった。思い込みを根拠に、鬼の首を取ったかのような現地紙への批判。本土の新聞が地元紙を叱る。沖縄を冷ややかに見る権力者の目線を感じさせる記事だった。

自民党や保守勢力の間には、有力な地元紙である沖縄タイムスや琉球新報を「偏向報道」と問題にする人たちがいる。保守論壇を背負う産経は、本土政府に挑むような現地紙への違和感が、「誤った思い込み」を根拠にした「見当違いの批判」を招いたのではないか。

似たような事例が、原発報道にもあった。1月14日付の「主張」である。産経新聞の社説に当たる欄だ。

「これでは国が立ち行かぬ」という見出しで、民間団体の「原発ゼロ・自然エネルギー推進連盟」(略称・原自連)が国会に提出した「原発ゼロ法案」を批判する社説だ。

冒頭から「『亡国基本法案』と呼ぶしかないだろう」とけんか腰で、「夢想の虚論」と切り捨てた。

原発推進の立場の論調に立つのは自由だが、「論拠にする事実が間違っている」と法案をまとめた人たちはいう。例えば次のようなくだりがある。

「ドイツが脱原発を標榜できるのは、隣国のフランスから原発による電気の購入が可能であるからに他ならない」

ドイツがフランスから電気を買っていたのは「原発神話」がまかり通っていた頃の話だ。

今やドイツはフランスに電気を輸出している。転機は東電福島第一原発事故の2011年。この年、欧州最大の電機関連多国籍企業であるシーメンスは「脱原発」を宣言。太陽光など再生可能エネルギーに舵を切った。その結果、2年後に逆転現象が起こる。

2013年、ドイツはフランスに15TWh(テラワット時)の電気を輸出し、5TWhの電気を輸入。差し引き10TWhの輸出超過になった。この傾向は年々拡大している、と法案を起草した原自連は指摘している。

福島第一原発事故を受けて、世界で原発の安全基準が強化され、建設費は高騰。事業採算が合わなくなり、米国ではウエスティングハウス、欧州ではフランスのアレバが経営破たんに追い込まれた。原発の新規立地は途絶え、風力や太陽光が爆発的に普及し、再生可能エネルギーの発電コストは急速に下がってる。

◆「反原発は左翼運動」という時代は終わった

「原発は安全、原発の電気は安い、再生可能エネルギーは頼りにならぬ、と教えられてきたがみんなウソだった。日本も早く舵を切らなければ、世界の潮流に後れを取る」

小泉純一郎元首相はそう指摘する。

「産経新聞ともあろう立派な新聞が間違った事実を根拠に我々の法案を批判されるのは嘆かわしい。こちらの反論を紙面に載せてほしい、とお願いし、検討している下さる、とのことでしたが」

原自連会長の吉原毅・元城南信用金庫理事長は言う。回答を約束した日までに返事がなかったので、産経新聞社広報部に問い合わすと「反論をいちいち掲載できない」と断られた、と言うのである。産経新聞に確認を求めると、「当社と第三者のやりとりについては、お答えできない」との回答があった。

「私はどちらかと言えば保守。原自連は小泉元首相はじめ保守の政治家や学者が集まっている。3・11をきっかけに目覚め、日本を誤った方向に導いてはいけない、とこの国を愛する保守の反原発運動です」と吉原氏は言う。

源流は、保守論壇の論客で2013年に他界した加藤寛慶應義塾大名誉教授。亡くなる直前に『日本再生最終勧告 原発即時ゼロで未来を拓く』(ビジネス社、2013年)という著作を残した。

原発推進の側に立ってきたことを懺悔(ざんげ)し、原発を推進する政治・経済構造を解き明かし、「これは私の遺書だ」と巻末に記した。帯に推薦者として名を連ねたのが、小泉元首相と竹中平蔵氏だった。

吉原氏は慶應OB。加藤ゼミで学び、晩年の加藤氏を城南信金経済研究所の名誉所長に迎え、教えを請うた。後を継いだのが小泉氏だった。「無報酬と発言の自由」が引き受ける条件だった、という。慶應出身の元首相は「加藤先生の経済政策だけは熱心に聞いた」というほどのファンで、政権でも重用した。

加藤氏は政府税制調査会会長や内閣府規制改革委員会名誉顧問などを務め、「小泉・竹中改革」を側面から支えたが3・11を機に、脱原発こそ日本の進む道だと主張するようになった。

「加藤先生は産経の正論にもお書きになっていた。日本は資源がないといわれてきたが、自然エネルギーの資源は豊富です。地産地消のエネルギー政策が地域を活発にする。思い込みで原発推進を語る時代は終わりにしましょう」

吉原氏は、そう話す。「反原発は左翼運動」という時代も終わったようだ。

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