п»ї ヤミ鍋TPPの反民主性『山田厚史の地球は丸くない』第6回 | ニュース屋台村

ヤミ鍋TPPの反民主性
『山田厚史の地球は丸くない』第6回

9月 27日 2013年 経済

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山田厚史(やまだ・あつし)

ジャーナリスト。元朝日新聞編集委員。「ニュース屋台村」編集主幹。

大詰めを迎えた環太平洋経済連携協定(TPP)の交渉は10月8日の三カ国首脳会合で「大筋合意」するという。首脳会合といっても首相や大統領が国益を背負って激論を交わす、なんてシーンは期待できない。

大事な話は前の週の木曜日から日曜の6日まで続く閣僚会合で詰める。だが交渉は難航しそうで「大筋合意」は望み薄といわれる。首脳会合は「交渉は順調に進んでいる。まだ決まっていない分野も年内合意に向けがんばろう」というような共同声明を発する儀式に終わるだろう。

9月21日までワシントンで開かれていた首席交渉官会議で閣僚会議に向けた論点整理が行われた。新聞報道によると、22分野のうち合意がほぼ見えたのは「経済協力」だけ。それもTPP協定を実施する体制が十分でない途上国に他国が協力する、という「おまけ」のような項目だ。

着地点が全く見えない分野は15もある。日本が聖域とする農産品の関税などを話し合う「物品の市場参入」はその筆頭だ。米国がこだわる特許や著作権など「知的財産」や、国有企業の優遇を廃止する「競争政策」、日本の漁業も関係する「環境」の3分野も難関とされる。「途上国と先進国」の折り合いをつけることが難しい。

貿易交渉は強者が弱者の市場をこじ開ける手段として使われてきた。では途上国は逃げ回っていれば済むか、といえはそうではない。貿易障壁をたてて保護主義に閉じこもれば一時は楽だが、世界の潮流から取り残される。

◆難しくなった世界総参加による市場開放運動

ベルリンの壁が崩れると東側の産業は軒並み崩壊した。情報に壁はない。豊かさを求め意欲ある人材はどんどん海外に出る。

「競争力をつける最良の手段は、競争に身をさらすこと」と先進国は途上国に説いてきた。一国ですべての産業をそろえることは不可能だ。ものによっては外国に委ねたほうが効率的だ。生産性が低い産業を抱えているより、競争力のある企業を外国から招き入れることが消費者の利益にかなう。滅ぶ産業があって、成長産業に人材が流れる――。

先進国はそんな理屈で途上国の市場をこじ開けてきた。「自由化・市場開放こそ経済発展の条件」だと世界を教育してきた。

東西冷戦が終わり、市場原理が世界を席巻したが「市場開放」の旗を振る貿易交渉は21世紀に入ってとん挫している。

世界貿易機関(WTO)に中国が加わり、途上国が力をつけ、先進国の都合で押しまくることが難しくなった。市場を開けたら圧倒的な競争力を持つ多国籍企業に席巻されることを身をもって経験したからだ。競争に身をさらせば強くなることもあるが、弱い産業は食い荒らされ、富は国外に流出する。

先進国の事情も変わってきた。景気が良くなっても賃金は上がらない。成長しても労働分配率は低下する、という悩みを抱えるのは日本だけではない。

自由貿易の旗を振る米国でもウォール街を占拠する若者の運動が起きたり、一握りのカネ持ちが大多数の富を支配することへの反発が起きたりしている。「反グローバリズム」は先進国でも叫ばれるようになった。

WTOの挫折で、「世界総参加による市場開放運動」はもはや難しくなった。多国間から二国間(自由貿易協定=FTA、経済連携協定=EPA)へ、さらに地域経済圏へ、というのが今の潮流だ。

世界は囲碁のように陣取り合戦の様相を帯びている。広い地域を囲い込めば、そこのルールが標準ルールになり、経済圏から外れる不利益に迫られ、後から参入する国家が増える。

シンガポール、ニュージーランド、ブルネイ、チリの4カ国で始まったTPPに米国は目を付けた。カナダ、オーストラリアを引き込み、さらに日本を仲間に入れればアジア太平洋に大きな経済圏ができる。狙いは中国をこちら側のルールに引き寄せることだ。

◆米国政府の尻を叩く多国籍企業

TPP推進のためのアメリカ企業連合という組織がある。ボーイング、IBM、インテル、マイクロソフト、ファイザー、ウォルマート、モンサント、生命保険会社協議会、全米豚肉生産者協議会など屈強の企業・業界が名を連ねている。この企業連合の要求が米国の交渉メニューに並んでいる。

世界に冠たるグローバル企業でも他国に行けばその国の政府にかなわない。規制や法律に逆らえない。市場で自由に儲けるには「国家の規制」が邪魔だ。いくら大きくても企業が他国の法律を変えることはできない。都合悪い規制を撤廃できるのは政府間交渉しかない。米国政府が外圧を掛ける、それで効かなければ貿易交渉で、有利なルールを作ることだ。

TPP交渉は「世界規模の規制緩和」の動きである。WTOが挫折した今、TPPでこじ開け、参加国を増やし、やがて中国まで引き込む、というのが米国の戦略だ。多国籍企業が米国政府の尻を叩いてグローバルな自由化を推進するのがTPPである。

米国企業はさすが戦略性がある。大統領選挙は献金で応援し、議会にはロビー活動。民主党も共和党も政策や評決に党議拘束はない。議員は自らの意思で投票する。財力豊富なTPP企業連合が議員を各個撃破するのはたやすい。

国境を超える貿易取引や資本移動が活発な時代だ。国家の枠を超えた共通ルールを作ることがあってもいい。大事なのは、どんなルールにするか。誰の利益を重視したルールか、である。利害損得がからみどの国もややこしい事情を抱える。

それでも貿易と関税の一般協定(GATT)やWTOは、交渉内容を公表して臨んだ。

「TPPは厳しい守秘義務が課せられていることが、これまでのWTOやGATTの交渉と違うところです」

担当大臣の甘利明は国会でそう述べた。自民党農水族の代表、西川公也は「聖域を守ることを条件に交渉参加を認めたが、どんな交渉をしているのか、さっぱり情報が出てこない」と政府の交渉姿勢に違和感を表明した。

◆守秘義務は誰のためのルールか

TPPは「ヤミ鍋」の世界だ。調理する側は分かっていても、食う方は目隠しされたまま。新聞も「関税など4分野で難航」などと書くが、日本がどんな主張をし、他国はどう反対しているのか、中身は全く報じられていない。

すべて隠したままで、政府に都合のいい情報だけがリークされる。「米国は国民皆保険をやめろとはいっていない」などというものは出てくる。

では、国民皆保険の重要な要素である薬品に関する「特許権」の扱いはどうなっているのか。薬価を決める厚生省の審議会の運営の仕方が「競争政策」でどう扱われるか。皆保険と直結する重要項目は明らかにされない。

規制緩和は暮らしに直結する。ルールが変わることによって、どんな利益と不利益があるのか。誰が得し、損するのは誰か。

それを考えるためにも情報は公開されなければならない。米国がTPPに乗り出してから「守秘義務交渉」が始まった、という。

秘密交渉にしないと成り立たないというところにTPPの反民主性がある。有権者を議論に参加させない。国会にも知らせない。政府のごく少数指で数えられる面々しか全体像は見えない。これは民主主義ではない。

合意して批准するまでは勝負、という声が出ている。だが合意しても交渉過程に何があったかは非公開だ。交渉事は公開文書だけでは分からないことが多い。合意の裏に交渉過程で確認した秘密協定がたくさん盛られている。日米安保も沖縄交渉もそうだった。

安保条約に基づく日米地位協定が不合理なものであっても米国が同意しなければ変えることもできない。TPPも一度入れば抜けられない構造になるのではないか。

膨大な合意文書は多分、役人言葉で分かりにくい表現になるだろう。不明な点が多くても国会は数で押し切る、ということが可能だ。聖域が守られなければ交渉から降りるべきだ、といった自民党議員はその言葉を全うできるだろうか。

TPPは日本の民主主義を試している。

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