民主主義の楽園(パラダイス)
『あれ、オレいまナニジンだっけ?』第21回

4月 02日 2018年 社会

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呉 亮錫(ご・りょうせき)

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作家、翻訳家。米ボストン大学国際関係学部を卒業後、雑誌編集者を経て独立。「第8回 真の近現代史観懸賞論文」(アパ日本再興財団主催)にて佳作受賞。著書に『「親日の在日」として』(LUFTメディアコミュニケーション)、訳書に『クリントン・キャッシュ』(同。ピーター・シュバイツァー著)がある。在日韓国人三世(2016年に日本国籍取得)。横浜市出身。

「ほとんどの国では、政府系の投資会社で450億ドルもの大金が行方不明になるような政府は、再選が困難になる。しかも、6億8100万ドルが同じタイミングで首相の個人口座に入金されていたとなれば――首相は匿名の支援者からの献金だとのん気に釈明しているが――再選の事業はさらに困難になるものだ」

今年の夏までに総選挙が行われるマレーシアでの政府の汚職の問題について、3月10日付の英エコノミスト誌は、社説の冒頭でこう嘆いた。これほどのスキャンダルに見舞われても、ナジブ首相に辞める気はなく、選挙区の改変などの手段を駆使して選挙を勝ち抜こうとしていると、記事は伝えている。

これが、世界レベルでの汚職である。他にも例を挙げれば、中国では習近平国家主席が、汚職幹部を次々と追放して自身の権力基盤を固めていったが、大物になると、収賄額が日本円で数百億円単位に上るケースもある。このほど行われた今年の全国人民代表大会(全人代)での報告によれば、過去5年間で収賄や横領で摘発された公務員の数は25万人を超えており、そのうち閣僚級の幹部は120人もいたという。

このように、国を揺るがすほどの大問題として扱われる世界の汚職の規模と比べてみれば、日本の国会で1年以上にわたって論争が続いている森友学園の問題などは、とても小さく思えてくる。そもそも問題の中心は、首相個人が私腹を肥やしたかどうかといった類の話ではなく、教育者の「お友だち」が学校を建てやすいように便宜を図ったかどうかなのだから。それに、首相本人が問題にどこまで関与しているのかさえ、正確な全体像はいまだにハッキリしていない。

それでも、日本ではこの問題が、首相を辞めさせるかどうかの一大スキャンダルとして扱われる。野党は、自殺した役人を引き合いに、「人が死んでいるんだぞ」と国会ですごんでみせ、予算や税制や憲法改正よりも、政府の追及を優先する。内閣支持率も低下しており、秋の自民党総裁選での安倍首相の順当とみられていた3選に黄信号が灯っているという。

どうやら私たちは、政府にどこまでも清廉潔白を求める、とても理想の高い国に住んでいるようだ。新聞や週刊誌の書き立てる内容について、政府は反対派が納得のいくまで、時間を取って真剣に答えなければならない。そうでなければ、たちまちに「政権のおごり」と見なされ、選挙で何回勝とうとも辞任の圧力にさらされる。少しでも疑念が起これば、マスコミはただちに内閣支持率の急落を伝え、どこからともなく首相を替えようという声が起こる。

こうした与野党のいがみ合いにばかり目を奪われていると、時には政府を信じられなくなったり、野党の追及が時間の無駄に思えたりすることもある。しかし、こうした政治は、悪いことばかりではない。

おそらくこういう国では、トップが勝手に憲法を書き換えて「終身主席」のように振る舞ったりすることはできないだろう。あるいは、「大統領を連続で3回務めることはできないから、首相を一度やって返り咲こう」といったイカサマなど、やりようがない。「戦後最長」も視野に入れる安倍首相でさえ、自分の党の規則を変えて、党総裁を3期務めることが精いっぱいの〝延命″である。

現代の日本は、その精いっぱいの安倍首相でさえも「独裁」と言われる国なのだ。こういう国では、世界のレベルで言うホンモノの独裁者は、今のところ登場しそうにない。民主主義の発祥の地といわれる古代ギリシャでは、人々は独裁者(僭主〈せんしゅ〉)の登場をたえず恐れていた。彼らの目から見ても、現代の日本は、民主主義の楽園(パラダイス)に見えるのかもしれない。

この国の民主主義は、世界でも最先端の部類だと言えそうだ。確かに、民主主義は時に醜い。でも、そういう国に生きていることは、実は幸せなことなのである。

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