パナソニック子会社の実例に見る贈収賄対策
『アセアン複眼』第19回

5月 14日 2018年 国際

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佐藤剛己(さとう・つよき)

『アセアン複眼』
Hummingbird Advisories CEO。シンガポールと東京を拠点に日本、アセアン、オセアニアをカバー、企業買収や提携時の相手先デュー・デリジェンス、ビジネスリスクや政治リスク分析などを提供する。新聞記者、米調査系コンサルティング会社を経て起業。グローバル・インベスティゲーター・ネットワークIntellenet(本部米国)日本代表、公認不正検査士、京都商工会議所専門アドバイザー。日本の弁護士有志で設立された海外贈賄防止委員会(ABCJ)の第1号海外会員。ニュースブログ「Asia Risk」(asiarisk.net)に東南アジアで際立つニュースを掲載。

パナソニックの米国子会社「パナソニック アビオニクス」(以下「アビオニクス」)が、米国海外腐敗行為防止法(以下「FCPA」)などの違反で摘発され、親子共同で総額約2億8千万ドルの制裁金(1億3740万ドルの司法省向け刑事罰金と1億4300万ドルの米証券取引委員会向け罰金)を支払うことになった。

今回の事例は日本企業大手、しかも製造業の関連会社が関与していたものとして、多くの専門家による研究題材となるだろう。中でも、営業支援を行う外部エージェントとして嫌疑の中心となった(恐らく中東の)人物(米当局発表文書中は「Sales Rep」)は、アビオニクス社の名刺を与えられて中東・アフリカ・中央及び南アジアの50社以上の航空会社を担当、過去10年に英領バージン諸島経由で1億8400万ドル以上のコミッションを同社から得ていた。いまどき、ここまであからさまな贈賄の構図もあるのか、との感もある事例だ。

本稿では贈収賄の仕組みよりも、贈収賄を防ぐヒントになるだろう2点を今回の事例から挙げてみたい。第一は、贈賄可能性を指摘する内部の声が会社(あるいは経営トップ個人の)利益の前にかき消されたこと、第二は、アジアの「忖度(そんたく)」文化が企業にとっての贈賄被害を大きくした可能性、である。

◆事例の概要

ここからは、米証券取引委員会(SEC)の発表資料(https://www.sec.gov/litigation/admin/2018/34-83128.pdf)を参考に話を進める。
摘発の直接の対象となったのは、2007年のアビオニクスの、恐らくは中東某国での贈賄である。国名は明示されていない。資料によると、アビオニクスは旅客機用エンターテインメントシステムで国営航空会社から7億ドル以上の契約を取る支援(=政府内部情報の漏えい)の見返りに、政府側で納入を担当した官僚に対して退職後のポジション提供などを含めて87万5千ドルを支払った、というもの。アビオニクスとこの官僚を橋渡ししたのは、第三者、いわゆるサードパーティーである。資料によれば、政府役人の起用は当時のパナソニック社内規定に反し、アビオニクスによる官僚への支払いは会計帳簿に反映されていなかったという。

結果、パナソニックは2012年度第1四半期で、少なくとも税引き前の売上3850万ドル、利益2240万ドルを過大計上した、と認定された。加えて、こうしたセールスエージェントなどのサードパーティーは多数起用され、Sale Repへの1億8400万ドルとは別に、1億7600万ドルもの支出があることと合わせ、SECから内部統制の不備について叱責を受けることとなった。

◆かき消される声

アビオニクス社内では、Sales Repやサードパーティー起用のリスクは幾度が指摘されていた。

Sales Repが中東ビジネスで起用されたのは1986年。アビオニクスがドバイに自前の地域拠点を構えるようになった2004年ごろには、このSale Repの継続起用に社内から疑問の声が上がるようになった。資料には拠点社員が、Sale Repが政府官僚に贈賄していることを指摘していたとの記述がある。また、Sales Repがエンターテインメントシステム製品の専門知識を持たない一方で、アビオニクス社と競合する内部資料や情報を保持していることにも懸念が呈されたが、アビオニクス社はこの懸念を正面から取り上げなかったと、SEC資料は指摘する。

2007年には、退官後の就職を要求するこの官僚の問題が社内で顕在化。当時、アビオニクス社経営陣の1人(資料中は「executive」)でパナソニックのアビオニクス・ビジネス部門の役員(同「director」)を兼務する人物が、「(政府官僚の件は)パナソニックのような大きな会社には大きなリスクだ」と、アビオニクスのトップ役員(同「Executive One」)に伝えている。が、トップ役員はパナソニックに知らせることなく政府官僚にポジションを用意してしまった。ポジションと言っても、ほとんど何もしないまま給料だけもらう立場であり、贈賄行為と同義だ。

2010年12月、ついにアビオニクスの内部監査が問題を確認。官僚への支払いは政府からのサービス要請がなく、アビオニクスからもサービス提供がない中で支払いが継続する「ハイリスク」取引と認定。報告書はアビオニクス役員(同「senior executives」)にも回覧された。しかしアビオニクス社は支払いを継続。内部監査部門の声が無視されたまま、支払いは米政府の捜査が始まった後の2016年まで続いた。この間、アビオニクスは段階的に内部統制を強化していた(後述)にもかかわらず、である。資料は、「[N]o one from PAC(アビオニクス社)or Panasonic ever conducted any meaningful review or follow-up to address the critical and high risk issues identified in the Report(2010年12月の内部監査レポート)」と断じた。

SECが「誰も問題に振り向かなかった」と結論付けた背景には恐らく、数万点に及ぶ電子証拠の精査、数百人へのインタビュー、現地調査などを経た上での、慎重な事実認定があってのことだろう。立件のためのFCPA、証券関連法への構成要件精査の過程で事柄の細部は検討対処から外されていくことに鑑みれば、実際に起きたことは資料の記載より複雑だったことは想像に難くない。

アビオニクス経営陣には「商機の前に余計なことを言うな」という空気が支配的だったかもしれない。大きなディール(取引)を前に、多かれ少なかれ企業家が抱く心情だからだ。しかし、その結果が2億8千万ドルの制裁金なのである。

◆中東、アジアにしか存在しなかったセールスエージェント

社内の声が黙殺されるのはよくあることだが、驚いたのは、アビオニクスは欧米とオセアニアでは外部のセールスエージェントを起用しておらず、起用は中東、アジア、中国に限定されていた、という点だ。資料からは、この地域でのアビオニクスのエージェント依存は常態化したことがうかがえ、通常は成約取引の6~10%をコミッションとして支払い、その総額は2007~2017年で2億7500万ドルに上ったことが分かる。

エージェント起用に地域限定があったことは、事例研究の対象として興味深い。これら地域で贈収賄への認識が未成熟だったためではないかと筆者は思うのだが、中でも、内部統制強化に伴うスクリーニング(これとて形式的)の結果「不合格」となるエージェントのために、セールスエージェント群を2段階構造化したことは、会社の意図を良く表している。

アビオニクスは1996年当時、「有意な与信管理調査(デュー・デリジェンス)をエージェントに実施しなかったものの、エージェントへの監査権を盛り込むようになった」。が、その監査権も「関係を慮る(to avoid upsetting relationship)あまり行使することなく」、その後、2007年にようやくエージェントへのデュー・デリジェンス、すなわち採用のための事前審査を明文化した。

せっかく内部統制を強化したのに、この時、アビオニクスは自ら抜け穴策を講じた。デューデリ・プロセスに合格しなかったエージェントのために、当該エージェントを再委託先として抱える器、1次委託会社「Malaysia-based sales agent」を用意したのである。このマレーシアの1次委託会社に、不合格となった再委託先既存13社をぶら下げることで、13社は引き続きアビオニクス社への営業支援業務を続けることが可能になった。2009年以降、さらに強化された内部統制規定もスルーパス。監査部門はこの2段階構造に異議を唱えることはなかった。結果、このマレーシア企業に支払われたコミッションは、SEC認定分だけで1千万ドル(2008~2015年)に達した。

資料はまた、中東、アジア、中国の航空会社にはエージェントを指定する先が多くあったことも指摘する。航空会社とエージェントの癒着を疑わなかったアビオニクス側のコンプライアンス担当者の資質を問う一方、SEC資料は、アジアと中国の航空会社に限ればエージェントを指定する会社のほとんどは国営だった、とも記した。

国営会社からのセールスエージェント指定、1次委託先設定による「不合格エージェント」の抜け穴構築、関係悪化(ビジネス喪失)を恐れたあまりの問題の隠蔽(いんぺい)。ここは、アジアで見られる、収賄側の意向を過度に忖度する構図が透けてみえる。また、英エンジンメーカー、ロールスロイスの贈収賄事件を扱った拙稿(4月18日付、第17回「ロールスロイスの世界的汚職事件、インドネシアでようやく捜査本格化」(http://www.newsyataimura.com/?p=7364)も併せ、航空業界関係者(航空会社と機体機材メーカーなど)の様相がうかがい知れるところでもある。

◆贈収賄防止策、道半ば

東南アジアでは「内部統制強化」の掛け声がとても強い。しかし、上述の事例を見ると、贈収賄などの抑止機能を期待されて導入した施策は、ことごとくヒトにより無視され、無用の長物と化していたことを示している。プロセス重視の施策だけでは、思ったほど汚職や不正防止に役立たないのではないかという、日本にいた時からなんとなく感じていた疑問は、現場を体験して近年その思いをますます強くしている。大事なのは、ネガティブな情報をすくい上げる組織の感度と、そのネガティブな情報に対するオーナーシップを持つマネジメントの胆力だと思えてならない。贈収賄防止への新たな手立てはあるのか。次の機会に考察してみたい。

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