神奈川県の地方創生を考える
『バンカーの目のつけどころ 気のつけどころ』第123回

7月 13日 2018年 経済

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小澤 仁(おざわ・ひとし)

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バンコック銀行執行副頭取。1977年東海銀行入行。2003年より現職。米国在住10年。バンコク在住20年。趣味:クラシック歌唱、サックス・フルート演奏。

日本の中でもっとも地方創生と縁遠い地域と思われるのが、首都東京に隣接する「神奈川県」なのではないだろうか? 県内には日産自動車が本社を構え、自動車関連や機械関連の企業も多い。また日本随一の貿易港である横浜港を有する。このほか「2018年住みたい街ランキング」では横浜市が堂々1位に輝くなど、住宅地としての魅力も兼ね備えている。

しかし、このように盤石と思われてはいても、日本全体の長期低落傾向の中で神奈川県だけが安泰でいられずはずはない。今回は神奈川県の地方創生について考えてみたい(注:本文中のグラフ・図版は、その該当するところを一度クリックすると「image」画面が出ますので、さらにそれをもう一度クリックすると、大きく鮮明なものをみることができます)。

1.神奈川県の概要

神奈川県は首都に隣接している地理的優位性を背景として、①産業の集積②豊富な人口と旺盛な消費活動③インフラの充実――が特徴として挙げられる。また、全国で唯一、三つの政令指定都市(横浜市、川崎市、相模原市)を有するなど、文字通り大都市なのである。

①産業の集積においては、神奈川県の事業所数、従業員数(平成28年経済センサス/経済産業省)はともに全国第4位で、産業活動の中心的役割を果たしていることが確認できる。

②豊富な人口と旺盛な消費活動においては、都心で生活する人の居住地としての役割も果たしており、全国第2位となる916万4千人(平成27年国勢調査/総務省)の人口を有する。消費活動の指標の一つとなる商業年間商品販売額(平成26年商業統計調査/経済産業省)では、全国第5位にランクされている。

③インフラの充実においては、道路・鉄道網などの交通インフラのほか、羽田空港へのアクセスも便がよく、さらに貿易額日本第3位の規模(平成28年貿易統計/財務省など)を誇る港湾施設も有している。

このように、神奈川県は地理的な恩恵もあり、全国第43位という狭い面積であるにもかかわらず、大都市としての存在感を十分に発揮している。

参考:主要項目における神奈川県の都道府県別地位(上位5位)】

※出典 ①:平成27年国勢調査(総務省)、②~④:平成28年経済センサス(経済産業省)、⑤:平成26年商業統計調査(経済産業省)

2.神奈川県の産業構造

ここでは、神奈川県における産業の集積状況をより詳しく捉えたうえで、強みとなっている分野を確認する。

(1)産業の集積状況

産業大分類別売上(収入)金額(平成28年経済センサス/経済産業省)では、実に全9産業中7産業において全国第5位以内にあり、特に「製造業」、「学術研究、専門・技術サービス業」は全国第2位の実績を誇る【表1】。この二つの産業に焦点を当てることで神奈川県の強みの一面を捉えることができる。

【表1:産業大分類別売上(収入)金額(全国および上位5都道府県)/金額単位:百万円】

(2)特徴Ⅰ:「製造業」

神奈川県の産業について、産業中分類における製造業の業種別付加価値額(平成28年経済センサス/経済産業省)によると、神奈川県内の製造業は「輸送用機械器具製造業」つまり自動車関連産業の占める割合が高いことが確認できる【表2】。

神奈川県には日産自動車㈱(横浜市)、いすゞ自動車㈱(藤沢市)、三菱ふそうトラック・バス㈱(川崎市)が本社・本拠地を構え、県内全域にわたり多くの自動車関連企業が存在する。また、製造業を支えるインフラとして、横浜港の存在も大きい。大規模貿易港が存在していることで、原材料・部品の輸入や製品の輸出などの利便性が非常に高い【表3】。

【表2:産業中分類による製造業業種別付加価値額/金額単位:百万円】

【表3:横浜税関管内の貿易概況(平成28年分)】

(3)特徴Ⅱ:「学術研究、専門・技術サービス業」

神奈川県はいわずと知れた研究・開発の拠点でもある。すでに多くの企業等の研究施設があるほか(平成26年経済センサス/経済産業省、及び平成22年国勢調査/総務省)【表4】 、第2次安倍内閣が打ち出した「地方創生」による「国家戦略特区」では、神奈川県を含む東京圏が国際ビジネス、イノベーションの拠点と指定され、自治体により国内外研究機関に対して積極的な誘致活動も行われている。横浜市綱島のパナソニック工場跡地に米Apple社の研究施設が誘致されたことは記憶に新しい。

また、神奈川県内には公私立ともに多くの大学が存在し、幅広い分野の研究が活発に行われているほか、大学によるベンチャー創設数も多い【表5】。

【表4:自然科学研究所の立地件数(左図/件)、研究者・技術者数(右図/千人)】

【表5:地域別大学発ベンチャー創設数(経済産業省)】

※大学別大学発ベンチャー創設数上位30校のうち、神奈川県内の大学は、慶應義塾大学(平成28年度42件、第11位)および横浜国立大学(同17件、第29位)の2校。

3.神奈川県が直面する課題

前項までで見てきたように、神奈川県の産業を支える大きな柱は自動車関連産業といえる。その自動車産業を取り巻く環境はいま大きな変革のときを迎えている。それは「次世代自動車」に向けた動きである。この流れは、地球規模での環境問題への取り組みが背景にあり、次世代自動車は「電気自動車」と「燃料電池自動車」に大別されるが、いずれも温室効果ガスの削減につながる。

2015年12月に採択されたパリ協定では、さらなる温暖化の進行を阻止するため温室効果ガスの排出を削減することを目的に、各国が協力して行動することが明記されている。例えばフランスは2040年までに国内・海外領土での新規の石油・ガスの採掘を禁止する方針を固めるなど、欧州や中国などが脱炭素社会に向けた動きを活発化させている。その中で、温室効果ガスを排出しない次世代自動車は、現在の自動車に代わる乗り物としてすでに普及し始めており、世界各国の多くの自動車メーカーが積極的に研究・開発を行い市場に次世代自動車を投入し始めている【表6】。

【表6:次世代自動車の世界の市場見込み(株式会社富士経済の調査発表による)】

・電気自動車(HV、PHV、EV)

・燃料電池自動車

次世代自動車がこれまでの自動車と大きく異なる点は、動力源がガソリンから電気エネルギーとなることで、駆動部分がエンジンからモーターへ切り替わる点である。自動車の構造そのものが変わることで、新たな事業を生み出すと同時に、従来の事業、とくに内燃機関に関連する企業にとっては事業をまるごと失うことにつながりかねない。

平成27年度自動車部品出荷動向調査結果(一般社団法人 日本自動車部品工業会)によると、平成27年度の国内自動車部品出荷額約19兆1千億円のうち、内燃機関に関連する部品の出荷額は約6兆9千億円であり、実に40%近くを占めていることとなる【表7】。

これを神奈川県にあてはめた場合、次世代自動車の普及により内燃機関が完全に使われなくなると仮定すると、神奈川県の製造品出荷額17兆4千億円の約10%にあたる1兆7千億円を喪失する可能性がある(平成28年経済センサス/経済産業省)。つまり、既存の自動車産業の構図を維持するだけでは、神奈川県は産業の主軸を失うという大きな問題に直面する。

【表7:品目別出荷額の部品出荷額に占める次世代自動車によって影響をうける部品(エンジン部品、駆動・伝導及び操縦装置部品)の割合】

4.神奈川県の魅力を維持するために

神奈川県の産業特性を捉えたことで浮かび上がった問題に対して、神奈川県の特性を生かして解決できる手だてはないか。第2項でも確認したように、もともと神奈川県の中心産業が自動車関連であることに加え、多くの研究機関が集積していることもあり、企業や大学など次世代自動車に関する多くの先端技術に関する研究が行われている。

特に、今後次世代自動車が更なる普及を遂げるための三つの大きなテーマとして、「燃費改善のための車両素材の軽量化」のほか、電気自動車では「バッテリーの改良による航続距離の長距離化」、燃料電池自動車では「動力源となる水素の生成」が挙げられているが、企業は当然のこと、大学においても数々の研究が行われている。すでに企業や公的機関との連携により研究が進められている大学の研究室もあり、また基礎研究の段階であっても、将来の技術革新につながるような研究を行っている研究室も多数ある。

【参考:次世代自動車の普及に向けたテーマと大学による主な研究内容(各大学のホームページをもとに作成)】

・テーマ①「燃費改善のための車両素材の軽量化」

従来の鋼材をより強度にかつ軽量化する技術の研究。現在は通常の鉄の3倍以上の強度を持つ超ハイテン(超高張力鋼版)が主流となっているが、アルミニウム合金や炭素繊維樹脂が開発され、低コストによる実用化に向けた研究が進められている。

・テーマ②「バッテリーの改良による航続距離の長距離化」

電気自動車のバッテリーには、リチウムイオン2次電池が使われており、電極や電解質の組み合わせにより高容量化を図る研究が進められている。

・テーマ③「動力源となる水素の生成」

水素を大量に生成する方法として、電気分解、触媒法、熱化学水素製造法の三つが注目されており、低コストかつ高効率の生成方法に関する研究が行われている。

神奈川県の魅力を維持するために、今まで見てきた神奈川県の特性と、神奈川県が抱える問題を踏まえ、企業の技術力と大学の研究を地域の経済発展につなげるために銀行に出来ることを考えてみたい。地方創生とは、地方経済を振興し活性化しようとする取り組みであり、神奈川県に存在する企業の技術力を生かして、地元の大学での研究を地域が一丸となって支援する、という観点のもと、以下二つの提言を行いたい。

(1)産学連携の場の提供

大学で行われている研究に対して、地元の企業が有する技術を生かすことで研究を更に深化させることに貢献できないか。地方銀行は地元の取引先に関する多くの情報を有しており、当然ながら企業の技術的強みも把握している。すでに取引先どうしのビジネスマッチングは多くの銀行が積極的に行い一定の成果を挙げており、今後は大学と企業のマッチング、つまり大学の研究に企業の技術力を生かす機会を積極的に創設してはどうだろうか。

産学連携の具体的な好事例として、米国の「DARPAグランド・チャレンジ」を取り上げたい。DARPA(米国国防高等研究計画局)が主催するロボットカーレースは、企業が全面的な支援を行い、大学間の研究技術を披露する場となっている。単に産学連携のきっかけの場となるだけではなく、そこで実績と経験を積んだ多くの優れた技術者が現在の次世代自動車の開発に携わっているともいわれている。

地元企業が蓄積してきた技術を次世代の技術へ引き継ぎ役立てていくことで、新たな技術が生み出され、新しい事業の創生につながり、結果として神奈川県の活性化につながる。その最初のきっかけ作りに銀行の顧客ネットワークを生かせるのではないか。

(2)基礎研究への地元を挙げての支援

日本の大学で行われている基礎研究の多くは、研究費の面で課題を抱えているといわれている。国の予算が、結果や利益に直結しやすい応用研究への研究費支援に集中している現在の方針により、地道な基礎研究にしわ寄せがきており、英科学誌ネイチャーが「科学への投資が停滞した結果、日本の科学研究は失速している」と指摘しているように、こうした状況が有効な研究につながっていないとの見方もある。

米国では、研究費を調達する際や新企業の立上げの際に、インターネット上で自身の研究や事業内容を投資家や時には一般市民にアピールし、興味を持って投資をしたいという者から直接資金協力を受ける「クラウドファンディング」を利用する機会が増えているという。

日本では、企業のコンプライアンス強化の一環として、企業が私募債を発行した際の購入金額の一部を、地元の学校や病院などへの寄付などに充てる商品が広がりを見せている。

例えば、大学の基礎研究を資金面で支援するような商品の開発、上記例と同じスキームを用いて、神奈川県の企業が資金調達を行う際に、その企業と関連のある技術研究・開発を行っている大学の研究機関に対して調達した資金の一部が充てられる仕組みや、企業や個人が資金運用を行う際に、地元の大学で行っている研究で興味のある分野の業界が投資対象となり、購入金額の一部が研究費に充てられる、といった金融商品を提供することで、県民や県内企業と大学との新たな関係が構築され、技術研究が地元へ還元されることで最終的に神奈川県の活性化につながるようなサイクルを生み出すことができるのではないか。

自然環境の変化、技術の進歩、国家間の関係の変化など、既成概念では立ち向かうことの出来ない世界がすでに広がり始めている。銀行業務においても、人々の生活様式の変化による営業スタイルの見直しや、IoTの進化による既存業務の効率化など、従来の銀行業務の枠が変化してきている。

地方創生は、われわれが直面する「高齢化社会」が引き起こす社会の変化にどのような対策を練って取り組んでいくかを考えることであり、まさに既成概念を超えた知見が求められる。銀行においても、将来の社会の変化に対応できる対策を練ることが必要であり、目先の利益だけを求めずに将来を見据えた柔軟性のある発想が求められている。

【補足説明】

1.神奈川県内に本社・研究施設を設ける企業の次世代自動車に関する研究例

2.横浜国立大学での次世代自動車に関する研究例

3.慶應義塾大学での次世代自動車に関する研究例

※いずれも各企業・大学のホームページをもとに作成。

※『バンカーの目のつけどころ 気のつけどころ』過去の関連記事は以下の通り

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