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「ツキジデスの罠」にはまる? 米中貿易戦争と翻弄される新興国
『東南アジアの座標軸』第27回

8月 20日 2018年 国際

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宮本昭洋(みやもと・あきひろ)

長谷工コーポレーションの海外事業の顧問、インドネシアコンサル会社アマルガメーテッドトライコール非常勤顧問。関西大学大学院で社会人向け「実践応用教育プログラム」の講師を務める。1978年りそな銀行(旧大和銀行)入行。87年から4年半、シンガポールに勤務。東南アジア全域の営業を担当。2004年から14年まで、りそなプルダニア銀行(本店ジャカルタ)の社長を務める。

◆「米国ファースト」が暗示する世界の覇権と日米関係

11月の米中間選挙を控え、トランプ大統領は選挙公約の「米国ファースト」の姿勢をますます強めています。積極的な外交をしていますが、これまでのところ目立った成果はありません。6月初旬の北朝鮮の金正恩朝鮮労働党委員長とのシンガポール会談で「朝鮮半島の非核化を進める」とした合意文書は取り交わしたものの、その後、非核化への進展は見られません。北朝鮮に対する制裁緩和はしないものの、米国を挑発する大陸間弾道弾(ICBM)の発射実験を取り止めたことをもって、とりあえずの成果としているように見えます。

7月上旬の欧州訪問ではNATO(北大西洋条約機構)同盟国に対して、米国が一方的に軍事費を負担しているとして各国の負担をGDP比で4%にするように求め、米国と欧州同盟国の連帯や絆(きずな)に大きな傷跡を残しました。

欧州に続いての訪ロでは、プーチン大統領との成果のない首脳会談の末、米国情報機関の調査結果を無視して「米国大統領選にロシアの介入があったとは認められない」との自らの発言が、帰国途上の大統領専用機エアフォースワンの機内で米国内で大問題になっていることを知るや、あの発言は文法的な誤りで「介入がなかったとはいえない」と苦しい訂正をしたものの、大統領の威信は大きく揺らぎました。

外交面のアピール不足からか、ラストベルト(トランプ氏を熱狂的に支持する白人労働者が多いさび付いた工業地帯)を支持基盤とする選挙対策として、通商面では同盟国を巻き込んだ露骨な保護貿易政策を発動、得意の「ディール」を最大の貿易相手国の中国にぶつけて泥沼の貿易戦争に発展する様相を呈しています。大幅減税を打ち出したトランプ氏の経済政策は、米国の堅調な経済成長に寄与しているものの、既に株式や債券の適温相場は崩れており、投資家は貿易戦争の先行きに戦々恐々です。

アルミニウム10%や鉄鋼製品25%の追加関税に始まり、米国は、7月6日に第一弾の340億ドルの中国製品に25%の追加関税を賦課(ふか)する制裁を発動、10日には2千億ドルの輸入品には最大25%の関税を新たに課すと発表。また23日からは、第二弾の輸入関税160億ドルの発動を発表。この措置に対して中国も、輸入品600億ドルに最大25%の報復関税で応じる構えです。

さらに、日本に対しても同様にアルミ・鉄鋼製品(一部は除く)の関税を課しながら、早期に二国間自由貿易協定(FTA)の交渉に応じるように圧力を掛けており、東アジア最大の同盟国に対しても一切の配慮はありません。日本が取れる手段は9月の自民党総裁選後まで対米交渉の時間稼ぎをすることくらいかもしれません。
古代ギリシャで、ペロポネソス戦争を描いた戦史の著者ツキジデスは、スパルタとアテナイの都市国家の覇権争いは相手国への脅威から、戦争に突入、両国家ともに衰退していった歴史を浮き彫りにしています。

この歴史の教訓に学べば、老獪(ろうかい)で長期的戦略に長ける習近平政権が、中間選挙を前にして、短兵急な成果を求めるトランプ政権にまずは花を持たせ、一時的には米国に譲歩してでも、貿易戦争の落としどころを見つける展開になるのかもしれません。

R・タ―ガード・マーフィー筑波大名誉教授が、その著書『日本 呪縛の構図 下』(早川書房、2015年)で喝破していますが、「米国には親日家が多いものの、本心では日本など気にもとめていない。国防総省やその周辺の既得権益層が日本を利用しているだけである。中国は米国がアジアから撤退することを望んでおり、いざとなれば日米同盟は簡単に崩壊する」と述べています。

トランプ大統領の中国との貿易戦争は、現時点では先行き不透明ながらも、グローバル経済へのダメージのみならず、自国へのネガティブインパクトを勘案すれば、あくまで中間選挙前の一時的なチキンゲームを演じているだけだと思います。しかしながら、米国に挑戦する中国だけでなく、日欧の同盟国に対する厳しい姿勢は、トランプ政権後も不変の流れに見え、将来的に習近平氏がオバマ大統領に提案した「太平洋の二分割論」につながっていく可能性があります。今回の米中貿易戦争の応酬を機に、今後は米中が「パックスアメリカーナ」と「パックスシスカ」という超大国がいずれグローバルでの覇権を分かち合う展開が不可避という事を暗示しているかのようで、同時に日本の国際社会での今後のあるべき立ち位置を再考する機会を提供しているように思えます。

◆米中貿易戦争がもたらす新興国への影響

米国経済の堅調を反映して連邦準備理事会(FRB)は段階的利上げを実施、9月にも利上げが予定されていますが、結果としては新興国から資金が流出、株式、債券相場にも同様が見られます。特に、トルコショックは投資家に新興国の信用リスクを意識させ、米中貿易戦争に加えてグローバル経済への先行き懸念を増幅させています。

新興国インドネシアも例外ではなく、ルピア安に苦しむ中央銀行は相次いで政策金利の引き上げを実施、ここ数カ月の利上げ幅は1.25%となり、政策金利を5.5%としてルピア防衛を図っているものの、海外投資資金の流出は止まらず、断続的に市場介入を実施して、なんとか対ドル1万5千ルピアへの突入を回避している状況になっています。

ジョコ・ウィドド政権は2014年以降、インフラ整備を重点政策に掲げて推進してきましたが、そのインフラ資材を海外からの輸入に大きく依存しており、経常収支赤字に見舞われています。対外債務も増加。財政赤字に加え、5月と7月には貿易収支も赤字を計上、このまま放置すれば国内投資資金の流出が続き、ルピア売り圧力が止まらなくなるとの懸念から、記憶している限り取ったことのない禁じ手に近い、500品目に輸入停止措置を講ずると発表しました。ジョコ・ウィドド政権がマクロ経済運営に苦労している様子が浮き彫りです。米国政策金利の引き上げと米中貿易戦争の展開が、新興国に対して難しいかじ取りをさせています。

◆19年4月のインドネシア大統領選の行方

インドネシアは現在開催中のアジア大会のホスト国として注目を浴びていますが、来年4月には大統領選挙が行われます。8月10日に選挙管理委員会に正副大統領選の立候補届け出が行われ、大統領選は現職のジョコ・ウィドド氏、対立候補は2014年の選挙で敗北したプラボオゥ氏となりましたが、今回注目されるのは副大統領候補です。

ジョコ・ウィドド氏の選んだ候補は、イスラム団体を統括するイスラム学者会議(MUI)のマアルフ・アミン議長。75歳と高齢で、報道を見る限りジョコ・ウィドド氏に支えてもらっている姿もあり、相当足腰も弱っているようです。

これに対してプラボオゥ氏のペアは、現職ジャカルタ州副知事のサンディアガ・ウノ氏で、政治の世界に入る前は新興財閥サラトガグループも経営、2013年のフォーブズインドネシアの報道によればインドネシア長者番付50位内にランキングされた資産家です。

今回のペアリング決定を読み解くと、以下のような背景が見えてきます。2017年4月のジャカルタ州知事選では現職だったアホック知事が、選挙キャンペーン中に自らがうかつにも口にした発言でイスラム教の経典「コーラン」侮辱罪に問われることになりました。これを契機にイスラム強硬派が勢いを増し、大規模デモを開いてアホック氏の追い落としを図りました。

当時、アホック氏をバックアップしていたのはジョコ・ウィドド氏でしたから、イスラム団体、とりわけイスラム保守強硬派から敵視され、その後も折に触れて攻撃対象になってきました。ちなみに、イスラム学者会議のマアルフ議長はアホック氏の発言は「コーランを冒涜(ぼうとく)した」としてファトワー(教義回答、法判断)を発出した本人です。イスラム強硬派の大規模デモでは中立を維持しましたが、無理筋のファトワーによりイスラム保守強硬派が国内で勢力を増幅させたのは事実です。

今年6月に実施された統一地方首長選の17州知事選のうち、ジョコ・ウィドド氏が属する最大与党の闘争民主党候補が勝利したのは4州だけでした。次期大統領選で勝利するにはイスラム団体の大票田を押さえる事が欠かせないとの判断です。

プラボオゥ氏は前回の選挙では自己の資金に加え、メディア王の弟の資金支援も得ながら巨費を投じて選挙戦に臨み、敗北しました。今回は、資産家サンディアガ・ウノ氏とその実業家人脈も得て大統領選に挑むということです。

前回の大統領選と同様に、現職と対立候補の争いは最後まで接戦になるように思えます。マアルフMUI議長は、国内最大のイスラム団体ナフダトゥール・ウラマ(NU)の幹部や国会議員経験者で、決して一枚岩とはいえないイスラム大票田を取り込むには欠かせない人物だとは思います。ただし、この選択肢は、イスラム穏健派のみならずイスラム保守強硬派の意見にも耳を貸すということになり、インドネシアのイスラム化が進むとともに、イスラム保守強硬派の圧力に政治が屈するという代償を払う局面が出てくることになるかもしれません。

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