п»ї 「資本主義の矛盾」(3)松原隆一郎「共有資本」と「不確実性―社会的規制」(2) 『視点を磨き、視野を広げる』第22回 | ニュース屋台村

「資本主義の矛盾」(3)松原隆一郎「共有資本」と「不確実性―社会的規制」(2)
『視点を磨き、視野を広げる』第22回

9月 13日 2018年 経済

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古川弘介(ふるかわ・こうすけ)

海外勤務が長く、日本を外から眺めることが多かった。帰国後、日本の社会をより深く知りたいと思い読書会を続けている。最近常勤の仕事から離れ、オープン・カレッジに通い始めた。

◆本稿の狙い──「日本型経済システム」

最近あまり耳にしなくなった「日本型経済システム」という言葉を覚えておられるだろうか。「日本型経済システム」とは、一般には戦後の日本経済を特徴づける「終身雇用」「年功序列賃金」「企業別組合」「株式の相互持ち合い」「間接金融優位」などをいうが、高度成長期にはこれらの要素により構成される「構造」が日本の経済的成功をもたらしたと評価された。しかしバブル崩壊以後は、むしろこの「構造」こそが成長を阻害しているとして批判され、構造改革の必要性が叫ばれた。

「日本型経済システム」はどう評価すべきなのであろうか。前稿に続いて松原隆一郎(*注1)の『経済政策―不確実性と社会的規制』を参考にして、社会的慣行という視点から「日本型経済システム」について考えたい。なぜなら、それは日本における労働のあり方と深く関係しているからだ。さらに、システムが崩壊しつつある現在、それは人間労働の危機につながる可能性があるからである。

本稿の狙いは下記の3点である。

① 「日本型経済システム」とは何か

② 「日本型経済システム」をどう評価すべきか

③ 「日本型経済システム」の崩壊の後に来るもの

◆「日本型経済システム」について

●「日本型経済システム」とは何か

松原は、「日本型経済システム」を、「戦後日本で形成された裁量による経済的規制、業界内、企業内の制度や慣行の集積」と定義する。それは、市場取引を「構造」によって制限するという特徴をもっていた。「構造」とは「制度(業界が取り決め)・規制(政府)・慣行(自然発生)の総称」である。この「構造」によって消費財市場、労働市場、資本市場は次のような制約を受けたが、それは市場がもつ不確実性を縮減する働きをしたとするのである。

▽消費財市場:政府が過当競争の抑制を目的に様々な規制を設けた。その結果、消費者は選択の幅を狭められたが、販売業者の利潤確保を可能にした。多くは特定の業界を保護するための経済的規制であった。

▽企業間市場:大企業による「下請け」企業との「長期的取引慣行」が形成された。これは新規取引に付随する不確実性を引き下げた。

▽労働市場:大企業を中心に「長期雇用制度」、「年功賃金制」が採られ、労働者を保護する役割を果たした。

▽金融・資本市場:戦後解体された財閥が、商社を中心に再結集して「相互持ち合い」によって企業集団を形成した。乗っ取りという不確実性に備えた費用削減手段であった。また、銀行による間接金融が企業経営を支配した。「メインバンク」がグループ内企業の資金調達の面倒をみるだけではなく、経営をチェックすることでガバナンス機能を果たした。家計は銀行預金を嗜好し銀行を通じて企業融資への流れが形成されて、「間接金融の優位」が確立した。さらに大蔵省が金融機関を保護する「護送船団方式」がとられ、日本銀行は窓口指導を行った。

●「日本型経済システム」の形成

松原は、「1950年代から上記の構造(制度・慣行・規制)が累積してシステムが形成され1970年代前半に完成した」とする(*注2)。「大蔵省と日銀が金融機関をまとめあげ、銀行がメインバンクとして大企業をガバナンスし、大企業は長期雇用制や年功賃金制によって労働者を長らく自社に止め、下請けとしての中小企業とも長期的取引慣行を維持した。労働と資本と土地を「構造」によって拘束した」と考えるのである。

「構造」は、政治の分野においてもみられた。自民党政権は、ダムや橋、高速道路を全国に建設することで地方の雇用を維持し、中央から地方へ交付税を還流させた。これらによって自民党の長期政権を可能にする基盤が形成された。

◆「日本型経済システム」をどう評価すべきか

●不確実性の縮減効果

こうした「構造」は、経済活動の自由を奪い、市場の効率性を損なうというのが一般的な見方である。しかし松原は、そうした見方を「不確実性を無視している」と指摘する。「日本型経済システム」は「全体として不確実性を縮減するものだった」と見るのである。経済活動の自由は需要側には選択肢の拡大を意味するが、供給側にとっては売れるかどうかわからないという「不確実性」を増大させる。そこで市場競争における自由の範囲を小さくすることで、「不確実性」を縮減させたと考えるのである。

●「構造」の弊害

しかしながら、経済的規制の適用が「ルール」ではなく「裁量」によって行われるという手法は、透明性に欠けており弊害を伴った。すなわち「「政・官・財」が、法と市場によってではなく「構造」と行政指導で結びつくという癒着をもたらした」からである。したがって環境変化に伴って「構造」の解体は必然であった。

◆「日本型経済システム」の崩壊

●「日本型経済システム」の崩壊過程

日本が先進国の仲間入りをして貿易自由化、金融自由化が進み、経済的規制は取り除かれてゆく。高度成長期に優良企業の銀行離れが進み、1980年代の金融自由化は金融機関の収益基盤に大きな打撃を与えるとともに、銀行の企業支配力を弱めた。そして1990年代後半以降の「改革」によってこの「構造」は解体に向かっていく。松原は、小泉構造改革(*注3)では「消費財市場における経済的規制の緩和だけではなく、社会的規制の改革に着手した」とする。改革の核心は、「収益率の低い産業を排除することを通じて生産要素市場における社会的規制を緩和することにあった」とみている。

社会的規制の代表が労働に関する慣行であるが、従来は「終身雇用」と「年功序列賃金」によって護られてきた雇用が、「改革」によって不安定化していった。なぜなら、製造業は生産性を高めるために、正規雇用の削減を伴うリストラを実施しコスト削減を図ったからである。また、生産増に対しては、非正規雇用で対応するようになり、景気が回復してもかつてのように正規雇用が増えなかったのである。こうした非正規雇用の拡大は全産業に見られるようになり、正規雇用との格差が問題となっていった。さらに正規雇用においても、ホワイトカラーを中心に年功賃金制に代わる成果主義が導入され、生産性を基準とした「評価」による序列化が進むことで労働者にとって将来の不安(不確実性)が増した。

●崩壊の後に来るもの

役割を終えた経済的規制は撤廃すべきであり、ルールに基づく透明性の高い政策運営が求められるのは言うまでもない。しかしながら、「効率―公正」モデルが求める合理性の追求だけでは、将来への不安が増す可能性がある分野、特に労働においては、必要な社会的規制がとられるべきである。

前稿でみた「働き方改革」法案の成立は、そうした労働を護る社会的規制の再構築という意味で重要な動きであったと考える。同法案の柱は「長時間労働の是正」と「同一労働同一賃金」であり、施行へむけての具体的な仕組み作りの整備が課題となっている。特に「同一労働同一賃金」は、労働が正規雇用と非正規雇用に分断されている状況の中で正規雇用と非正規雇用の利害対立を呼び起こす可能性があり、具体的な仕組み作りの難易度は高いと思われる。実効性のある運用実現のためには労使双方の現実的な妥協の模索が求められる(*注4)。また、同法案の「高度プロフェッショナル制度(*注5)」については、本来の目的である働き方の「多様性」に限定した運用状況の監視が必要であろう。

◆結論

現在の経済学の主流である新古典派は、人間は合理的に行動すると前提し、市場の調整機能に全て委ねる。これを「効率―公正」モデルと名付けた松原は、ケインズ経済学の立場から需要の不確実性に着目した「不確実性―社会的規制」モデルを提唱する。そして「日本型経済システム」についても不確実性の縮減という観点から読み解く。すなわち、同システムは、業界内、企業内の制度、慣行、規制が集積した「構造」であり、非合理的で自由の範囲を狭めるものであったが、それによって市場経済が持つ不確実性を縮減させて高度成長に貢献したと評価するのである。

しかし経済が発展し貿易と金融の自由化が進むと経済的規制は取り除かれ「構造」は崩壊に向かう。今後の日本は「裁量」がもつ不透明性や役割を終えた経済的規制を排除して、ルールに基づく社会の構築を目指すべきであろう。ただし人間関係資本である労働については、合理性、効率性だけで判断すると壊れてしまう懸念があるので社会的規制によって守っていかなければならないという松原の主張に同感だ。なぜなら、最後に残った「日本型経済システム」である労働を取り巻く慣行は、新興国の追い上げによって輸出産業を中心に崩れていき、日本社会全体が正規雇用と非正規雇用の分断がもたらす不確実性の増大に直面しているからである。その意味でも前稿でとりあげた「働き方改革」法案の成立を、労働を護る社会的規制の再構築への第一歩と位置づけて前に進んでいくべきだ。

この結論に対しては、資本や労働の鎖国状態を続けていては日本経済の再生はできない、欧米企業だけではなくアジア企業との競争にも負けてしまうという意見がある。グローバリゼーションの中で生き残るためには企業も日本という国も、もっと開かれたものにしなければいけないという思想が根底にある。その代表的な例として野口悠紀雄(*注6)の『1940年体制―さらば戦時経済』(1995年)がある。野口は、「日本型経済システム」は戦時期の総力戦体制が生み出したものであり、その閉鎖的体質が現在の日本経済の低迷を招いていると主張する。システムの起源を戦時体制に求める点は非常に重要な視点であると思う。しかしそこから導かれる結論、すなわち労働市場をグローバル基準に合わせるべきという主張は、間違っていると言わざるを得ない。この問題については次稿で考えたい。

<参考図書>

『経済政策―不確実性に取り組む』松原隆一郎著 NHK出版、2017年

『日本経済論―「国際競争力」という幻想』松原隆一郎著 NHK出版新書、2011年

『1940年体制―さらば戦時経済(増補版)』野口悠紀雄著 東洋経済新報社、2010年(増補版―初版は1995年)

(注1)松原隆一郎(1956年〜):放送大学教授、東京大学名誉教授。専攻は社会経済学、経済思想。拙稿第16回マルクスの思想で松原の『経済思想入門』(ちくま学芸文庫)を参考図書とした。

(注2)これに対して、野口悠紀雄は『1940年体制―さらば戦時経済』(1995年)において、日本型経済システムの原型を戦時期の総力戦体制の形成に見出す。また歴史学者の間では1980年代からこうした視点からの研究が進んでおり「総力戦論」と呼称されている。従来の戦後史観を根底から覆す重要な論点であり、次稿で詳しく考えてみたい。

(注3)小泉内閣(2001〜06年)は、「聖域なき構造改革」を掲げ公的企業の民営化、規制緩和を推進した。「官から民へ」とは市場化を意味し、改革を主導した竹中平蔵国務大臣は「構造改革の本質は供給側の強化」だとした。新古典派の「効率―公正」モデルである。

(注4)施行へ向けての体制整備の中で、既存の労働組合は正規社員を代表しているため、利害が対立する可能性がある非正規社員の利益を誰が代表するのか。また明確な「Job Description(職務明細書)」がない日本の会社の中で業務の同一性をどう判断するのかなどの解決すべき問題が多くあると思われる。

(注5)「高度プロフェッショナル制度」は、高度な専門知識を有し、一定の水準以上の年収(1075万円を想定)を得る労働者を時間外労働の規制から除外する制度。野党(労組)は反対、与党(企業)は賛成して対立したが、今回成立した。与党は働き方の多様性を主張し、野党は適用範囲の拡大で時間外規制が骨抜きになることを懸念している。

(注6)野口悠紀雄(1940年〜):大蔵省出身の経済学者。一橋大学名誉教授。専攻はファイナンス理論、日本経済論。

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