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再生可能エネルギーによる山梨県の地方創生
『バンカーの目のつけどころ 気のつけどころ』第131回

11月 09日 2018年 経済

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小澤 仁(おざわ・ひとし)

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バンコック銀行執行副頭取。1977年東海銀行入行。2003年より現職。米国在住10年。バンコク在住20年。趣味:クラシック歌唱、サックス・フルート演奏。

世界的な大都市である「東京」の隣県に位置しながら、神奈川県、埼玉県、千葉県などとは異なりそのメリットを生かせていないといわれる山梨県。険しい山々に囲まれているため、狭い平地と交通網が障害となり県内総生産は全国の40位前後に甘んじている。今回はこの山梨県の地方創生を考えてみたい(注:本文中のグラフ・図版は、その該当するところを一度クリックすると「image」画面が出ますので、さらにそれをもう一度クリックすると、大きく鮮明なものをみることができます)。

1.山梨県の概要

首都東京都に接し、世界遺産の富士山を有するなど標高2千メートルを超す山々に囲まれた山梨県。国土の約78%を森林が占め、国内で最も日照時間が長い(2462時間)などの地域性を有する。昼夜の寒暖差が大きい盆地特有の気候を活かしたフルーツ王国(モモ、ブドウ、スモモなど)としても有名である。

一方で、2016(平成28)年の経済センサスの産業別の売上(収入)金額は、「製造業」が2兆5849億円と最も多く、県内売上金額の43.47%を占める。次に「卸売業、小売業」2兆179億円(33.93%)、「医療、福祉」4554億円(7.65%)となっている。「製造業」の付加価値額は5530億円(39.9%)、従業者数7万7850人(21.1%)と最多であり、山梨県の経済を牽引(けんいん)していることが考察できる。

2.山梨県の特徴

(1)製造業の構成

山梨県に本店登記のある上場企業は11社(東証一部上場4社、東証二部上場2社、JASDAQ上場5社)と少ないが、下記図1の通り、製造品出荷額では機械電子産業が69%を占め、電機機械器具製造業、生産用機械器具製造業、電子部品・デバイス・電子回路製造業などの中小企業の集積が認められる。

山梨県は東京近郊に位置し、1982(昭和57)年に中央自動車道全線開通、2019(平成31)年には中部横断自動車道の全線開通が予定されており、静岡県、長野県へのアクセスが飛躍的に向上し、更なる産業集積が期待できる。

<図1.山梨県の製造業(出荷額)割合>

出展:「平成25年度工業統計調査」

(2)再生可能エネルギーへの取り組み

山梨県では、地球温暖化対策を計画的、総合的に推進するため、日照時間2462時間(全国1位)の地域特性を生かし、2012(平成24)年に東京電力と共同して、甲府市下向山町に米倉山太陽光発電所を設置した。

同施設では、水電解式水素発生装置(HHOG)を設置し、太陽光パネルから供給されるエネルギーを利用して水素を抽出する実証試験が行われている。太陽光発電などの自然エネルギーは不安定であり貯蔵効率が悪い。HHOGを利用すれば、余剰電力を利用した水素の貯蔵により、必要なときに燃料電池で発電しエネルギーを生成することが可能となる。

世界では2040年までに脱炭素化によるエネルギー社会の構造変化が急務となっており、再生可能エネルギーに世界中の関心と資金が集中している。

(3)山梨大学の最先端の研究

山梨大学(国立)は、1978年に国内で初めてとなる燃料電池実験施設を設置。ナノ材料研究センター、クリーンエネルギー研究センターを有し、NEDO(国立研究開発法人新エネルギー・産業技術総合開発機構)からプロジェクトを受託するなど、燃料電池用の電極触媒、電解質膜等に関する最先端の研究を行っている。

山梨大学燃料電池ナノ材料研究センター

本センターはナノテクノロジー等の先端技術の融合により、燃料電池の普及を可能にする高耐久・高性能・低コストの電極触媒、電解質材料について研究。
山梨大学クリーンエネルギー研究センター

燃料電池の実用化を目指して、高性能化を実現する新材料に関する研究ならびに太陽光エネルギー変換材料や熱電変換材料の設計に関する研究。

(4)燃料電池

燃料電池は、水素と空気中の酸素を化学反応させ、直接電気を取り出す(エネルギー)発電装置である。大型のものは発電施設として、中規模のものはオフィスビルなどに、小規模なものは家庭などに備えつけられ、電気と熱を供給できる。小型のものは、自動車や船舶などの駆動源として使用が可能である。

①燃料電池自動車

ここで、燃料電池の活躍が期待できる今後の自動車業界について考えてみたい。次世代自動車として期待されている燃料電池自動車と電気自動車について比較してみた。

上記より、車両生産技術の確立による車両価格の低コスト化の実現、インフラの整備、充電時間の短縮等を背景に、世界の潮流は電気自動車へ急速にシフトしている。一方、燃料電池自動車においても短時間での補給時間、航続距離が長いことなどの特徴を有するため、技術開発は発展途上にあるが将来性がないわけでもない。

水素社会の実現のためには、安価で高品質な燃料電池ならびに水素ステーションなどのインフラ設備が必要不可欠であり、燃料電池材料の革新的技術開発が急務となっている。
また、自動車が普及し始めた19世紀後半、ディーゼル、ガソリンなど、併行して技術革新が行われてきた歴史がある。水素自動車、燃料電池自動車においてもそれぞれの特色を有していることから、今後共存することを期待したい。

3.山梨県が抱える課題

① 人口減少による経済の衰退

山梨県の人口は2015(平成27)年の国勢調査によると83万4930人(全国41位)と低調。1999(平成11)年の89万3190人をピークに、2001(平成13)年以後毎年減少している。このまま進行すれば2040(平成52)年には約67万人に減少する見込みであり、経済の衰退が不安視されている。

<図2.山梨県の人口推移>

【人口減少が地域に与える影響】

労働力不足、消費市場の縮小により、企業生産活動の減産や地域経済につながる。
社会保障制度、医療・介護サービスの提供など行政サービスの維持が困難となる。
老年人口の増加に伴い医療、介護への需要増加により、人手不足に陥る。

② 県内総生産、県民所得が低い

2014(平成26)年度県内総生産311万8690円(全国41位)、県民所得235万2709円(全国40位)を計上。山梨県には、機械電子産業の集積が認められるが、技術力を生産性の向上につなげていく必要性がある。基幹産業に代わる新産業の創出による経済発展が重要である。

4.課題解決策

以上を踏まえ、山梨県の地方創生について考えてみたい。

(1)山梨大学と産学官連携強化による県内企業の活性化

経済産業省のエネルギー基本計画にも記載されてある通り(“水素社会”の実現に向けた取組の加速など)、燃料電池技術の確立は日本国の重要項目の一つである。そのためには、燃料電池の今後の技術の確立(低コスト化、大量生産化)のため、現在山梨大学が他企業と共同研究しているように、世界を牽引している日本の技術の集約が喫緊の課題である。山梨県には上場企業は少ないものの電子機械産業が集約しており普及が本格化すれば、保有する技術が燃料電池並びにその周辺機器・部品に活用可能であり、県内企業は一段と飛躍し県内総生産の増加、県民所得の増加にも寄与する。そして県内企業の活性化に伴い、人材の流出防止、東京近郊に位置する山梨県への県外からの転入も期待できる。燃料電池関連の研究所や企業を集約し、山梨県に燃料電池の一大拠点、「燃料電池バレー」たるものの確立を期待したい。

(2)山梨大学と産学官連携強化による県外企業の誘致

山梨県は、平均地価3万3912円/㎡(全国38位)と安価な土地、豊富な資源、東京近郊に立地しているなどの優位性を有し、都市部進出企業との連携が可能である。機械電子産業などの中小企業の集積からも今後の燃料電池普及に向けた技術が既に集約されており、クラスターの形成が期待できる。

2019(平成31)年の中部横断自動車道の全線開通(予定)により、長野県、静岡県への物流網が確保され、県外企業の山梨県への進出が期待できる。産学官連携により山梨県を知ってもらい企業誘致に繋がれば、地域経済の発展、従業員の移住に伴う生産年齢人口の増加も期待できる。

(3)若手技術者の人材育成

世界でも再生可能エネルギーへの関心は日に日に高まり、投資マネーも集約している。つまり、燃料電池技術は日本国内だけでなく海外でも関心が強い分野である。エネルギー技術開発は数十年単位の技術開発を余儀なくされ、技術開発の将来を担う若手人材が重要である。国際規格策定やグロ-バルな本格ビジネス展開では、専門力と英語力・海外経験が不可欠であり、図3の通り、韓国や中国などでは、国や主要企業が若い人材を世界トップレベルの大学に積極的に派遣しているのが現状である。一方日本は、低位で推移しており諸外国に対し出遅れている。企業へのインターンシップや山梨大学の人材育成プログラム(グリーンエネルギー変換工学プログラム)などを利用した積極的な人材育成に注力する必要がある。

<図3.世界トップクラスの大学における日本人学生の推移(MIT, Harvard)>

出展:「International Student Statistics」、「Harvard International office」

(4)地域金融機関による大学と企業のマッチング

企業訪問頻度が多い業種の一つに金融機関があげられる。地域金融機関の職員が企業と大学のマッチングに寄与すれば、気づかず眠っていた技術のマッチング機会が創出されるのではないか。既に山梨大学は、連携協定を締結している自治体や金融機関などとのネットワークを活用し、客員社会連携コーディネーターを通じた、研究成果の応用を進めている(平成28年度、コーディネーターを13機関285名に委嘱)。取引先の企業のニーズを引出し、本学の産学官連携活動や研究テーマを紹介する。これにより大学と企業のマッチングを行う。客員コーディネーターを増やし、大学と企業が知り合う機会を創出すること、つまり、技術の集約(共同研究)こそが燃料電池普及への最大の近道ではないだろうか。

5.最後に

燃料電池の大型普及には、何よりも技術の集約が必要不可欠である。産学官連携が機能し、革新的な技術開発による燃料電池バレーたるものが形成されれば、山梨県の地方創生に大きく寄与するのではないだろうか。

少子高齢化は山梨県だけでなく日本全国の課題である。各地方が有する資源、地域性を活かした地方創生が求められている。乗り越えるべき課題は多数あるが、世界でもトップレベルにある山梨大学の燃料電池の研究による地方創生に期待したい。

【補足】

1.燃料電池と燃料電池自動車の仕組み

<図4.燃料電池の仕組み>

燃料電池は、水素と空気中の酸素を化学反応させ、直接電気を取り出す(エネルギー)発電装置である。陰極において、水素(H2)から水素イオン(H+)と電子(e-)を取り出す。
水素イオン(H+)は、電解質を通り、陽極に移動する。

電子を外部に取り出すことで、電気(エネルギー)が発生させる。

陽極では、酸素(O2)を供給することで、酸素が酸素原子2個に分離。

酸素原子に電子と水素イオンが結合することより、水(H2O)が生成される。

<図5.燃料電池自動車の仕組み>

 

燃料電池内に水素タンクより水素供給、外部から空気を取り込む。

水素と酸素の化学反応を利用し電気エネルギーを発生させる。その際、発生した水(水蒸気)は外部に排出する(作動温度が100℃前後のため水蒸気として排出)。

コントロールユニットを通し、モーターを回転させて自動車を動かす。

※ 燃料(水素)補給は、従来のガソリンスタンドと同様、水素ステーションにて水素を充 填。3分程度で完了。

2.山梨大学の研究施設について

 

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