水曜日の音楽会
『バンカーの目のつけどころ 気のつけどころ』第135回

1月 11日 2019年 経済

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小澤 仁(おざわ・ひとし)

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バンコック銀行執行副頭取。1977年東海銀行入行。2003年より現職。米国在住10年。バンコク在住21年。趣味:クラシック歌唱、サックス・フルート演奏。

幼い頃から歌を習い音楽に親しんできた私にとって、音楽は私の身体の一部である。「音楽とは何か?」「音楽の表現するものはどういうものか?」などという哲学的な自問自答も時にはするが、それ以前に音楽をすることの喜びが私を包む。無条件に音楽に身体が反応する。そんな私の音楽遍歴については、このニュース屋台村でも何度かご披露してきた(拙稿2017年2月23日、3月10日、3月23日付「音楽と私」上・中・下をご参照下さい)。

2017年7月からは「Wednesday Music Night」と銘(めい)うって、仲間たちとの演奏会を開くようになった。年末の12月12日には10回目のコンサートを終えた。この1年半にわたって進化してきた私たちの音楽についてご披露したい。

◆ バンコククラブ

この音楽会を始めた動機はそもそも、大したものではなかった。現在バンコクで私が住んでいるサービスアパートの同じビルの中にヤマハ音楽教室がある。早いものでチョーブ・クワキット先生にサックス、フルートを習って10年以上の時が経つ。チョーブ先生からサックスを習い始めて1年も経つと、毎週末には朝7時ごろから夕方6時までヤマハにこもって練習するようになった。

すると、他のヤマハの先生たちとも顔なじみになり、ピアノの中村真理子先生からはピアノのレッスンを受けたり、歌曲「冬の旅」(シューベルト)の伴奏をお願いしたりするようになった。せっかくヤマハの先生たちと仲良くなったのだから、何か一緒に演奏できないかとつらつらと考えるようになっていた。

一方、音楽の演奏場所を探すのは一苦労である。2005年に私は田家健一さんや藤本豊治さんらと共にKUJジャズバンドの結成に参加した。KUJジャズバンドを組んで2年経った頃、私は本格的にサックスを学ぶためこのヤマハ音楽教室に通うようになった。2007年のことである。残念ながら、KUJジャズバンドは現在活動休止中である。

KUJジャズバンドはジャズクラブやホテルなどで演奏していたが、こうした演奏場所は年々減少してきている。また、クラシック出身のチョーブ先生や中村先生の演奏が、ジャズクラブの雰囲気にマッチしているとは思えない。

それではコンサートホールを借りる、となると、お金がかかる。継続的に演奏を続けるのが難しくなってくる。暗中模索の中で、私に一つの考えがひらめいた。「そうだ! バンコククラブに頼んでみよう」。バンコククラブはバンコック銀行系列で、タイの上流階級をターゲットとした会員制クラブである。このバンコククラブの受付階がレセプションホールとなっており、このホールにはグランドピアノも置いてある。このホールにBGM的に我々の音楽を流すのである。

私は東海銀行の支店長時代以来、20年以上のバンコククラブ会員である。ここ5年程度はバンコククラブを使い「講演会」や「日本酒テイスティング会」を開催している。厚かましいことを承知の上でバンコククラブにホールの無料使用を打診してみると、何と「了承」の返事を頂いた。バンコククラブのご支援には本当に感謝している。

次はチョーブ先生と中村先生の説得である。2人ともヤマハの先生をしているが、ステージの演奏となるとしばらく遠ざかっている。また、バンコククラブのホールでの演奏曲となると、ポピュラーやジャズにも挑戦しなければならない。当初は2人とも躊躇(ちゅうちょ)していたが、半ば強引に出演の了解を得た。

また、ホールでのBGMの演奏となると、女性歌手が欲しい。KUJジャズバンドの初代歌手で、現在は在タイ日系企業の営業職員としてバリバリ仕事をしている奥田茂美さんに声をかけてみた。「歌を歌わなくなってしばらく経つが、また歌い始めたい」と言ってくれ、私たちのメンバーに参加してくれることになった。こうして私を含めた4人のメンバーでとりあえず、17年7月に第1回の「水曜日の音楽会」をバンコククラブで開催した。

◆司会も始める

「とりあえずやってみよう」と言って始めた我々の音楽会。曲目はこれまで4人がそれぞれ過去に演奏したことのある曲を寄せ集めただけのもの。今だから告白するが、大した練習もしなかった。「私たちの音楽演奏がどういう形式となるのか」の様子見をかねたもので、特にお客様を呼ばなかった。ただ聴衆がゼロでは寂しいので、私が勤めているバンコック銀行の人たちに声をかけた。同僚や部下というのもありがたい存在である。日本人・タイ人を合わせて40人ほどがかけつけてくれた。

ところが、背広に身を固めた銀行員たちが勢ぞろいして身を正して音楽を聞いている。ホテルのロビーでウイスキーを片手にくつろいで音楽を聞くようなイメージを想定していたのだが、全く予想しない展開である。これには私を除く3人の演奏者が完全に雰囲気にのまれてしまった。演奏が進むにつれて演奏者はどんどんあとずさりしていく。この音楽会は完全に失敗作となってしまった。

2回目は1カ月後にほぼ同じ曲でリベンジである。この1カ月間は少しは練習をして、何とか人前で演奏出来る最低限のレベルにはなっていた。2回目からは積極的にバンコック銀行のお客様などに「水曜日の音楽界」の宣伝をした。もちろん無料である。ところが反応はあまり良くない。なかなかお客様に来て頂けないのである。

17年11月と12月に第3回、第4回のコンサートを行った。時節柄、クリスマスソング中心の曲編成となった。それまで演奏してきたジャズや日本歌曲などに比べて、みんなになじみのある曲ばかりである。観客の反応は格段に良くなってきた。4回目のコンサートからは、演奏場所をロビーホールから「仕切られた会場」に変更した。演奏会の様式も当初の「BGM的なもの」から「ディナーショー形式」の演奏へと変わった。またこのとき、クリスマスソングをみんなで歌うコーナーを設けたが盛り上がりを見せたため、これ以降の音楽会では「みんなで歌うコーナー」をつくることとした。

年が明け18年2月のコンサートからは、歌手の紹介や曲目の説明を行う司会を始めた。私にとって人生初めての司会業である。英語での講演会は何度か経験があるが、英語での司会はどうやってやるのか皆目見当がつかない。フランク・シナトラやトム・ジェーンズなどのDVDを見て研究をした。また、司会を始めてからは演奏曲の時代背景や作曲者を調べることとなり、改めて楽曲の勉強となった。

6回目のコンサートからは、奥田さんと私のデュエットを開始。7回目のコンサートでは、私は編曲にも手を染め始めた。その昔、満足に譜面すら読めなかった私が、何と譜面書きをすることになるとは思わなかった。しかし「4人のメンバーが何とか一体化し、厚みのある演奏が出来るように」との思いから、私も必死でこうした作業をこなした。

この頃になると、チョーブ先生も中村先生もジャズの手法に大分慣れてくるようになった。天性の耳のよさを持つ中村先生は、プロのジャズピアニストの演奏をコピーするようになった。するとテンションにも慣れ、コードだけが書かれた譜面でも演奏が出来るようになっていた。またチョーブ先生も歌のうしろで、サックスやフルートの伴奏を自在に入れるようになっていた。それにしても相変わらず「水曜日の音楽界」の観客の数はあまり多くなかった。

メンバーの演奏は当初に比べて格段に良くなってきた。ところが少し満足に演奏ができるようになってくると、コンサートでの失敗をより自覚するようになってくる。「二度と失敗をしたくない」と思うようになり、メンバー全員必死に練習するようになる。メンバーの集まる総合練習も週2回行うようになってきた。去年6月の8回目の演奏からは、私はお客様をもっと積極的に呼ぶことに心がけるようになってきた。演奏会の前にはいろいろな方々に個人的にお声をかけ、演奏会後には来てくださった方たちにお礼のメールを出すようになった。お客様なくして音楽会は成り立たない。必死の練習を繰り返すうちに「私たちの演奏も少しはお客様に喜んでもらえる水準になってきた」という自信が出てきたのである。またお客様にも積極的に音楽会に関わり楽しんで頂く工夫としてシェーカを大量に買い込み、お客様の席に配った。

◆ファンも増えてきた

去年9月の第9回では、音楽ジャンルとしては初めてラテン音楽に取り組んだ。ここで私は新たにパーカッションを始めた。カホーンやトライアングル、笛などを買い込み、ラテン音楽に厚みをつけるべく練習を始めた。パーカッションを始めたことによりリズム楽器がバンド編成に組み込まれ、曲のアレンジがいっそう面白くなってきた、人に楽しんでもらえる曲作りとプログラム作りを目指すようになった。

第9回では、クラシック、ラテン、ジャズスタンダードの曲をこなしたが、演奏者とお客様の一体感が感じられるコンサートとなっていた。観客数も外部のお客様20人を含めて50人を超すほどになっていた。9回目の音楽界ではもう一つ大きな収穫があった。音楽を聞きにきてくださったソプラノ歌手の伊藤久加さんとジェトロ(日本貿易振興機構)バンコク事務所長で、ピアノを弾かれる三又裕生さんのお二人が次回のコンサートから参加されることになったのである。お二人を加えての練習が早速始まった。

第10回の音楽会はストーリー性を持たせるために「ディズニー曲」と「クリスマスソング」にしぼり、それぞれ12曲ずつ演奏することにした。20曲近くが新曲となり、それぞれの曲のアレンジを考えるところから始めた。また15曲ほどデュエット曲があり、原曲からコピーして譜面を作るとともにデュエット練習も重ねた。

中村真理子先生には有名なジャズピアニストであるビル・エバンスの演奏のコピーを2曲依頼した。新たに参加した伊藤久加さんは慣れないポピュラーのデュエット曲に四苦八苦しながら、パーカッションの仕事も引き受けてもらった。伊藤さんの高音と奥田茂美さんの低音のコントラストにより、コンサート全体にメリハリと面白みがさらに増してきた。中村先生は当然のことながら、チョーブ先生と私は歌、サックス、フルート、パーカッションなどでコンサートに出ずっぱりとなる。一曲のうちでそれぞれが二つ、三つの楽器を持ち替えることにより、音楽の厚みが増す。ピアノを弾かれる三又裕生さんには「戦場のメリークリスマス」のソロ演奏をお願いした。

こうして3カ月にわたる必死の練習の末、12月12日に定例の「水曜日の音楽会」をバンコククラブで開催した。コンサート曲目はなじみのあるものばかりであり、かつ構成もかなり凝ったものが出来あがった。3カ月の猛練習の結果、ミスも比較的少なく全体的に良い出来となったと自負している。演奏の最後には鳴り止まない拍手を頂いた。お客様も70人を超える方に来て頂き、会場は満席となった。気がつけばいつの間にか私たちの演奏のファンの方々も増してきており、毎回コンサートに来て下さる方も多くなってきている。こうした方々にはこの場を借りて厚くお礼申し上げたい。

◆3月に第11回を開催予定

今年3月13日には第11回の音楽会を予定している。クラシック、ミュージカル「サウンド・オブ・ミュージック」、ジャズ「ナットキングコール」をテーマとする予定である。次回も来て頂いた皆様に楽しんで頂けるよう、我々メンバーは去年12月末から早速練習を始めている。

※『バンカーの目のつけどころ 気のつけどころ』過去の関連記事は以下の通り

第90回 音楽と私(下)~私にとっての音楽とは~
http://www.newsyataimura.com/?p=6469#more-6469

第89回 音楽と私(中)~サックスとの出会い~
http://www.newsyataimura.com/?p=6435#more-6435

第88回 音楽と私(上)~歌との出会い~
http://www.newsyataimura.com/?p=6397#more-6397

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