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『ファクトフルネス』から考える新型コロナ感染対策とお粗末な日本の現状―120万人の感染死者が現実化する恐怖
『バンカーの目のつけどころ 気のつけどころ』第165回

4月 01日 2020年 経済

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小澤 仁(おざわ・ひとし)

oバンコック銀行執行副頭取。1977年東海銀行入行。2003年より現職。米国在住10年。バンコク在住22年。趣味:クラシック歌唱、サックス・フルート演奏。

新型コロナウイルスの感染爆発はいまや世界いたるところで危機的状況にある。底知れぬ感染拡大に人々は恐怖におののき、パニック状態となっている。一方で、新型コロナウイルスのリスクを理解しない人も多くおり、その無責任な行動が感染拡大を助長している。昨年12月に中国湖北省武漢で発生したとされる新型コロナウイルスはその発生から3カ月以上を経過し、多くの事実がわかりつつある。今回は『FACTFULNESS(ファクトフルネス) 10の思い込みを乗り越え、データを基に世界を正しく見る習慣』(日経BP、2019年)という本から、新型コロナウイルスの脅威とその対策について考えてみたい。

 ◆人間の10の本能

同書はスウェーデンの感染症専門医師で公衆衛生学者であるハンス・ロスリング(1948~2017年)が息子夫婦であるオーラとアンナと共同で出版した本で、世界中で200万部以上売れているベストセラーである。ハンス・ロスリングはスウェーデンのウプサラ大学で統計学と医学を学び、その後にインド・ バンガロールの聖ヨハネ医科大学で公衆衛生学を学んだ。1976年に医師になった後、79年から89年まで感染症医師としてモザンビーク・ナカラの最前線で治療にあたった。97年にスウェーデンのカロリンスカ医科大学で公衆衛生学教授として教鞭(きょうべん)を執る傍ら、スウェーデンの「国境なき医師団」の立ち上げに関わり、世界保健機関(WHO)やユニセフなどの国際機関の保健アドバイザーを務めた。晩年は、人々が世界の現状や人類の進歩について理解が乏しいという事実を解明し、伝達する作業に取り組み、米国の有名な公開講演会であるTED(Technology Entertainment Design)のプレゼンターとしてたびたび発言する一方、本書を著したのである。

せっかくなので簡単に本の内容を紹介したい。まず冒頭から、13問の世界の状況に関するクイズが出題され、私たちがいかに間違った知識や情報が刷り込まれているかを気づかせてくれる。しかもこの設問に対して、一般の人だけでなく世界中の知識人、ジャーナリスト、専門家など社会的に認知されている人たちも正解率がきわめて低いのだそうである。この要因として、私たち人間は以下の10種類の思い込みパターンを持っていると、ハンスは指摘するのである。

※人間の10の本能(『ファクトフルネス』より)

1、分断本能    「世界は分断されている」という思い込み

2、ネガティブ本能 「世界はどんどん悪くなっている」という思い込み

3、直線本能    「グラフはそのまま真っすぐに進む」という思い込み

4、恐怖本能    「危険でないことさえも、恐ろしい」と考える思い込み

5、過大視本能   「目の前の数字が一番重要だ」という思い込み

6、パターン化本能 「一つの例がすべてに当てはまる」という思い込み

7、宿命本能    「すべてはあらかじめ決まっている」という思い込み

8、単純化本能   「世界はひとつの切り口で理解できる」という思い込み

9、犯人探し本能  「誰かを責めれば物事は解決する」という思い込み

10、焦り本能    「いますぐ手を打たないと大変なことになる」という思い込み

 

こうした本能は人類の生存・進化の過程で内在化してきたもので、あまりにも多すぎる世界の情報を取捨選択していく「関心フィルター」として必要なものである。一方で、これら10の本能では昨今の急進的世界なの進歩に対応できなくなってきている。さらに、ジャーナリズムやアジテーターなどはこの人間の10の本能を利用して事実とは異なる認識を人々に刷り込ませようとしている。このため人々は間違った情報に踊らされるようになっており、今一度冷静に現実を直視することを提唱している。

ご多分に漏れず、13の設問のほとんどを不正解にしてしまった私は、この本の内容に納得しながら読み進めた。それにしても日本の新型コロナウイルスに対する報道姿勢(新聞、テレビ、雑誌、ネット)は、いずれも本書で問題視されている情報の誤った伝達方法であり、私たちは事実に基づいた判断からますます遠ざけられているのではないかと思ってしまう。

私たちの「恐怖本能」や「ネガティブ本能」に訴えかけ、感染情報をこれでもか、これでもかと報道する。もちろん我々読み手側もこうした恐怖心をあおる情報は真っ先に受け止めてしまう。しかしその内容はゴシップ風のあおり記事で、物事を冷静に分析していない。我々の「過大視本能」によって数字を他国や時系列的に比較することもなく、報道内容をそのまま信じてしまう。「単純化本能」で「医療のプロ」と呼ばれる人を盲目的に信じ込んでみたり、「犯人捜し本能」により全てを中国人のせいにしたり、若者だけを悪者にしたりする。さらに「恐怖本能」や「焦り本能」を利用したアジテーターの提案に検証もせず賛成してしまう。

一方で「宿命本能」から「日本人は大丈夫だ」とか「若者はウイルス感染に耐性が強い」だとかも信じている人が多い。現在日本で行われている新型ウイルスに対する報道姿勢とその受け止め方を見るにつけ、「ファクトフルネス」(データを基に世界を正しく見る習慣)に基づく冷静な分析と論理的な情報共有の必要があると確信する。

◆楽観的な見通しは戒めるべきだ

それでは、新型コロナウイルスに対してどう対処すべきか私見を述べたい。新型コロナウイルスは発生から既に3カ月が経過し、多くの事実がわかってきている。そんな中で3月22日に放映された「NHKスペシャル パンデミックとの闘い」はこれまでにわかってきた事実を冷静に報道した秀逸な番組であった。厚生労働省内に設置されたクラスター対策班のリーダーを務める押谷仁(おしたに・ひとし)東北大学大学院教授は、2003年に発生したSARS(重症急性呼吸器症候群)の対応をWHOで指揮した感染症の専門家である。この押谷教授は番組の中の第一声で「新型コロナウイルスは大変恐ろしいもので人類にとって大きな脅威だ」と指摘した。私はこの発言に驚いた。3月24日に発表された東京オリンピックの延期決定以降、政府関係者の発言内容も少し変わってきた。しかしそれまでは、テレビの報道番組に出演した厚生労働省や国立感染症研究所の人たちは「新型コロナウイルスの致死率は低く、8割の人はそのまま治癒(ちゆ)する」だとか「新型コロナウイルスへの感染を調べるPCR検査の精度は低く、積極的にPCR検査をやることはない」などという発言を繰り返していた。一方で、PCR検査を回避しようとする政府・東京都などの姿勢を問題視する報道も一部にあり、報道姿勢は二分化されていた。

そんな中での押谷教授のこの発言である。感染症対策の専門家から見れば、この新型コロナウイルスは大変な脅威なのである。また『ファクトフルネス』の著者で感染症の世界的権威であるハンス・ロスリングも同様の意見である。残念ながら、ハンスは2017年に他界したため、今日(こんにち)の新型コロナウイルスについて直接的な見解を聞くことはできない。しかし著書の中で、人類が真に恐れなくてはいけない脅威として、「感染症」「金融危機」「世界大戦」「地球温暖化」「極度の貧困」の五つを挙げている。特に新型インフルエンザについては治療薬もないため、最も恐ろしいものとしている。図らずも押谷教授とハンスは同意見である。世界中に蔓延(まんえん)している楽観的な見通しなど、もってのほかである。

新型コロナウイルスの感染経路は既に知られているように、「接触感染」「飛沫(ひまつ)感染」「マイクロ飛沫感染」の三つに類型化される。

「接触感染」はウイルスが手に付着し、口や眼などから体内に取り込まれる感染である。この対応策としては手洗いとアルコール消毒である。手洗い方法などはテレビなどで頻繁に紹介されているので十分におわかりのことだろう。日本人は握手やハグの習慣がなく、また子供の頃から手洗いの習慣を身につけるよう訓練されているため、この経路での感染リスクは比較的低い。

次に「飛沫感染」である。咳(せき)やくしゃみを通して唾液(だえき)の飛沫を直接吸い込むことによって生じる感染経路である。これは人が会話することによっても発生するきわめて厄介な感染経路である。人と会う時には1.5メートル以上の距離を常に保つことが最も重要なようである。マスクについては新型コロナウイルス感染者の着用はかなりの効果が認められるものの、未感染者の着用効果は50%程度のようである。

最後は「マイクロ飛沫感染」である。飛沫よりさらに微小で超軽量なマイクロ飛沫が空気中に長く漂ううちに、これらから人々の体内に取り込まれる感染方法である。「クラスター」と呼ばれる爆発的感染を生じさせる場所が、屋形船やコンサートホールなどの密閉空間であったのは、このマイクロ飛翔感染が関与していると思われる。しかしマイクロ飛沫は超軽量であるため、空気の流れがあれば雲散霧消(うんさんむしょう)してしまう。屋外での面談や窓を開けての換気が重要な解決手段となる。

◆日本では123万人の死者が出る恐れも

それでは、新型コロナウイルスに対して人間が打ち勝つための方法はどのようなものがあるのだろうか? これも既に以下の三つの方法しかないことがわかっている。「新たな治療薬ならびにワクチンの開発」「集団感染による体内免疫の醸成」「徹底した感染予防策の実施」の三つである。

まず、新たな治療薬の開発である。今回の新型コロナウイルスは新型であるがゆえに、当然のことながら治療薬はない。新たに開発するしかない。今回のウイルスの感染治癒者から抗体を取り出し、培養していく作業は最低1年、さらに実際に薬剤として市場に出回るのは通常2~3年かかるといわれている。ぜんそくやエボラ出血熱、HIVのために開発された治療薬が新型コロナウイルスに効いたという事例もあるが、もし事実だとしても、実証実験などに半年以上かかるだろう。また、大量生産を確立するにも相応の期間がかかることから、この新たな治療薬の開発は現状では全くめどがたっていないと言っても過言ではない。

次に、集団感染による体内免疫の醸成があるが、これが実効力を持つためには、70~80%の人々に新型コロナウイルスが感染する必要がある。しかし、この新型コロナウイルスの致死率(感染者に対する致死率)は決して無視できないレベルだと私は考えている。イタリアなどでは10%を超える致死率が報告されているが、医療崩壊を起こせば容易にこの程度の致死率まで上昇するであろう。

感染拡大が続く中で、世界的な致死率を推計することは難しいが、感染がほぼ収束した事例として「ダイヤモンド・プリンセス号」「中国」の二つが挙げられる。3月30日現在、ダイヤモンド・プリンセス号の感染者は721人で死者は10人、致死率は1.4%である。一方、中国は感染者数8万1470人対し死者数は3304人で、致死率4.1%である。両者の致死率には大きな差があるが、ダイヤモンド・プリンセス号の場合は、医療先進国である日本が医療崩壊を起こさない状態で対応できたことが大きな要因として挙げられる。

ハンス・ロスリングの認識に従えば、世界の70億人の人間は最富裕国、富裕国、中流国、最貧国の四つに分類でき、それぞれ10億、20億、30億、10億人の分布となっている。中国は既にその所得階級に応じて富裕層、中流層に分類される。一方で、各国の医療水準や平均寿命などは所得に正比例する。こうしたことから中国での医療水準を世界水準と仮定すると、新型コロナウイルスの致死率4.1%は決して高い数字ではない。社会主義国家として強権的な治療対応が可能だったことを考えると、むしろ低い数字かもしれない。それでは集団感染による体内免疫の醸成にどれくらいの新型コロナウイルスの感染死者が見込まれるのであろうか?

<世界>

70億人×70%×4.1%=2億人

<日本>

1億2500万人×70%×1.4%=123万人——–医療崩壊を回避できた場合

1億2500万人×70%×4.1%=359万人——–医療崩壊が起こった場合

 

世界で2億人、日本では医療崩壊を起こさないことを仮定しても、123万人の死者が出る。英国のジョンソン首相は「集団感染による体内免疫の醸成」を採用するとして一時、感染予防の対応策を何も取らないと公言した。しかし自らの新型コロナウイルスの感染もあり、すぐにこの方針を撤回したが、きわめて馬鹿げた対応をしたものである。

◆感染拡大防止へ先手打つタイ政府

こう考えると、私たち人類が取るべき手段は「徹底した感染予防策の実施」しか残されていない。ところが、この新型コロナウイルスの厄介なところは、感染者に1~2週間の潜伏期間があり、かつ約半数の人には症状が出ないことである。

一方、こうした無症状者であっても、他人への感染ケースが見受けられる。感染者の特定と感染ルートの解明がきわめて困難なのである。日本ではPCR検査の実施について、政府・厚生労働省・東京都は長く消極的な対応を取ってきた。このため感染者の実態解明が全く進んでいない。さらに、前出の押谷教授が率いるクラスター対策班の懸命の努力にもかかわらず、感染ルートの不明なケースが数多く現出していきている。

クラスターを個別につぶしていく手法はすでに破綻(はたん)してきている。日本で爆発的感染が起きる可能性は限りなく100%に近づいている。このままいけば、123万人の死者、否、医療崩壊を起こせば、350万人以上の死者が出てしまう。こうした私の予測は「ファクトフルネス」の観点から間違っているだろうか?

クラスターの個別追跡が不可能となった現在、日本が取れる感染予防策の手立ては、人々の接触を寸断するしか方法はない。しかるに日本政府の対応はあまりにも楽観的すぎると、タイに住む私には思われる。日本のテレビの多くは、バンコクの貧しい地域のことしか放送せず、タイは日本からは後進国の扱いしか受けていない。しかし、タイでは3月22日からバンコクで実質的な都市封鎖が始まり、26日には全土に非常事態宣言が発令された。スーパーマーケットと薬局を除いて全ての商店は閉鎖。飲食店は持ち帰りとデリバリーのみの運営。映画館や娯楽施設、バーやマッサージなど感染爆発が生じそうな場所は全て閉鎖された。大型ショッピングモールも閉鎖されたため、街から一挙に人がいなくなった。

また、これに先立つ2月中旬からは、オフィスビルへ入る際に検温とアルコール消毒が一般的となり、電車に乗る際にも検温とアルコール消毒が義務付けられている。人々は外出する場所がなくなり、わずかに朝夕の涼しい時間に公園に行って運動を心がけている。当然、海外からの人の流入は実質禁止扱いである。また、タイでは希望すれば誰でもPCR検査が受けられる。日本が後進国と信じているタイでは、新型コロナウイルスの特性を理解した感染拡大防止策が既に講じられている。こうした環境下で既に1週間が経過したが、タイの住民からは大きな不満は聞かれない。こんなタイから日本を見ると、現在のその有様は全く不可解としか思えない。早急に対応しないと日本は大量の死者が発生し、沈没してしまう。あまりにも能天気な日本政府の対応に、私は恐怖すら感じている。

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