国境を越えるアジアの大気汚染問題
『国際派会計士の独り言』第35回

5月 27日 2019年 経済

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内村 治(うちむら・おさむ)

photoオーストラリアおよび香港で中国ファームの経営執行役含め30年近く大手国際会計事務所のパートナーを務めた。現在は中国・深?の会計事務所の顧問などを務めている。オーストラリア勅許会計士。

アジアの主要都市で大気汚染が問題となっています。北京や上海などの中国の大都市やインドのデリーなどでも以前から、大気汚染が社会問題となっていました。また英国のBBC放送は5月18日、「モンゴルの大気汚染 世界への警鐘」というタイトルで、同国で深刻化する大気汚染と幼児を中心とした健康被害について番組で取り上げていました。

今年初めには筆者の住むバンコクでも微小粒子状物質PM2.5による大気汚染が大きな問題となり、30度を超える暑さの中でも顔を半分隠すマスクをする人が目立ち、一時は学校閉鎖なども起こりました。チェンマイなどタイ北部地域ではその後も大気汚染はひどく、4月半ばの水掛け祭り(ソンクラン)を過ぎて雨期が少しずつ近づいて、やっと改善の方向には向かっていると伝えられています。大気汚染問題は、呼吸器系・眼科系の疾患など健康被害だけでなく、工業や観光など産業面の経済的損失とともに、生態系や環境の破壊に深刻な影響を及ぼします。

◆アグロビジネスの進展も影響か

バンコクの大気汚染の元凶は、真っ黒な排気ガスを垂れ流す、十分に整備されていないバスやトラックを含めた急激なモータライゼーション、そしてマンションや交通インフラなどの建設工事現場から舞い上がる粉じんなどと言われています。

一方、チェンマイやチェンライなど北部地域での主な要因は、山に囲まれている地形による滞留しやすい空気、そして乾期ゆえに燃えやすい木々が自然発火して森林火災となり、それが原因になっていると報道されています。また、一部にはブタやニワトリなど家畜用飼料の主要原料となるトウモロコシやタピオカ、ペレットの原料となるキャッサバイモの栽培・収穫などに伴う野焼きが大気汚染の要因の一つとなっているとの報道もあります。

トウモロコシは、雨期に生産されるコメの収穫後の乾期の主要作物になっています。タイ最大のコングロマリット(複合企業)といわれれるCPグループや食品大手のペタグログループなどが中心となって、栽培農家に種や肥料などを供給し、収穫されたトウモロコシを直接あるいは間接的に買い取った後、それを飼料として畜産農家に販売するという統合的な「アグロビジネス」が確立されています。気候変動による高温化と乾燥という環境変化とともに、北部では近年のアグロビジネスの進展も大気汚染問題が深刻になりつつある理由と言えるかも知れません。

◆越境ヘイズ汚染

シンガポールでは1990年代の終わりから2000年代の初めにかけて、「ヘイズ」(煙害)と呼ばれる深刻な大気汚染が発生し、現在も続いています。主な原因は、隣国インドネシアのスマトラ島などにおける自然発火による森林火災や泥炭火災のほか、以前から油ヤシやパルプ材のプランテーションでの野焼きが問題視されていました。

シンガポール国家環境庁は、大気汚染の原因物質が国境線を越える「越境大気汚染」問題に対して、大気汚染の度合いを示すPSI(大気汚染指数=Pollutant Standards Index)と1時間当たりのPM2.5の数値などを毎日公表しています。

また、2013年にヘイズの影響によるPSIがシンガポール史上最悪となったことなどをきっかけに、翌14年には、シンガポール国内でヘイズ汚染を引き起こすなどした者に対する刑事責任及び民事責任を規定した「越境ヘイズ汚染法」が制定されました。同法に違反した者には最高200万シンガポールドルの罰金が科されるほか、第三者が受ける損害や疾病などに対する民事上の責任を負うことになると定められています。実務的には、越境での行為に対する責任追及となるため実効性の難しさはありますが、問題の重大さと越境ヘイズ汚染の課題に取り組もうというこの国の意欲は理解できます。

大気汚染の問題をめぐっては、タイでは、科学技術環境省公害管理局が各地で測定した値をインデックス化したAQI(大気質指標=Air Quality Index)を「Air4Thai」というアプリでリアルタイムで発表していて、筆者もよく利用しています。また、東南アジア諸国連合(ASEAN)域内では、02年に「ASEAN越境ヘイズ汚染条約」が批准されています(ただし、主な原因国とされるインドネシアは批准していません)。

このうちタイでは、北部地域に格差問題を抱える少数民族が住んでいて、格差是正を目的とした経済奨励策などと関連するため、単純に環境保全や大気汚染対策という面だけではとらえられず、解決が難しい根深い問題だといいます。また例えば、タイで生産された鶏肉加工品などが日本の消費者にも届けられており、タイの大気汚染問題は日本にも影響していると言えます。

米ミネソタ大学の研究では、トウモロコシ栽培の際に化学肥料が大量に散布されることが多く、それによって大気汚染につながる粒子状物質が多く排出されているとの報告もあります。

タイでの化学肥料の供給にはいくつかの日本企業も深く関わっています。この排出を抑える栽培方法をめざす技術革新や、企業の責任として生産のトレーサビリティー(履歴の管理)を確立し、生産農家などとの協働により大気汚染の元凶となりうる野焼きの中止などに向けた戦略が必要だと思います。

◆グローバル企業の責任

環境問題への対応は、農業生産の効率化やコスト低減という企業の命題に対して逆の効果となるという一面はあります。しかし、昨今のグローバル企業の大きな課題として、企業の成長や収益拡大とともに、環境や社会との共存とそれに対するリーダーシップが不可欠です。

グローバル企業には、今年のタイ北部での大気汚染問題を一つの教訓として、国や地方の行政府などと連携して、長期的な視点に立った成長のために更に突っ込んだ対応が求められています。

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