п»ї 「マスク2枚」のリーダーシップ―「医療崩壊」を論じる前に 『山田厚史の地球は丸くない』第160回 | ニュース屋台村

「マスク2枚」のリーダーシップ―「医療崩壊」を論じる前に
『山田厚史の地球は丸くない』第160回

4月 03日 2020年 経済

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山田厚史(やまだ・あつし)

ジャーナリスト。元朝日新聞編集委員。「ニュース屋台村」編集主幹。

英国はロンドン五輪(2012年開催)で使った競技場を突貫工事で4千床の医療施設に改装した。韓国はドライブイン方式で大量の検査ができるシステムを作り、成果を上げている。中国が湖北省・武漢に1千床の病院を10日で完成させた時、多くの日本人は「独裁国家だからできる」と考えた。そんなことはない。本気になればできる、ということを各国のリーダーは示している。日本は、安倍首相が頑張って、「マスク2枚」が各家庭に配られるという。

◆安倍政権の「政策的サボタージュ」

「ギリギリで持ちこたえている」と安倍首相。小池百合子東京都知事は「感染拡大の重大局面」と言う。新型コロナウイルスによる感染の広がりは切迫した状況となっている。4月2日午後11時20分現在、日本の感染確認者は2699人(うち退院489人、厚生労働省の資料と都道府県の発表から)。世界全体ではこの日、累計で100万人を突破し、アメリカ23万人、イタリア11万人、ドイツ6万7千人。欧米で起きている感染爆発に比べると、日本は一桁・二桁小さい。感染に強い国ということか。

日本で感染爆発は起こってはいないが、政府が発表する数字は、果たして実態を表しているのだろうか。感染者を見つけるには「PCR」と呼ばれる検査が一般的だが、諸外国に比べて日本の検査数は極端に少ない。

専門家から「検査不足」を指摘され、国会でも野党が問題にしていた。安倍首相は「一日の検査能力を8千件に高める」と述べたが、日本経済新聞(4月2日付)によると、「実際になされた検査は一日2千件を超えることはなかった」という。

同紙によると、英オックスフォード大学の研究者らがまとめた、各国の人口100万人当たりの検査件数は韓国、オーストラリア、ドイツなどが多く、日本は117人しかなく、ドイツ(2023人)の17分の1しか検査がなされていない。首相が「一日8千人体制」を約束しながら、満足な検査ができていないのは、日本に検査能力がないからではないだろう。韓国やドイツができることを日本がしないのは、「政策的サボタージュ」があるからと考えられる。

◆感染を広げている「隠れ陽性」

ネットには政府を代弁する主張が散見される。言い分をまとめると

①検査で陽性が確認されると隔離が必要になり、病院が軽度の患者であふれ、重症者の治療の妨げになる

②検査に医療専門家が当たるので必要な人材がとられ、現場が混乱する

③PCR検査は精度が低く、陽性も陰性に出ることがあり、感染者を混乱させる――などだ。

感染者を収容する施設が足らなければ、英国や中国のように造ればいい。軽症患者であふれるというなら、病院への隔離を重症者に限定し、軽症感染者は宿泊所や自宅で静養できるようルールを変えれば済むことだ。何の対策を打たず「医療が崩壊する」と叫ぶ厚労省の役人や専門家がなんと多いことか。

政府は、体温が37度を超える発熱が4日以上続き、せきや倦怠(けんたい)感などの症状がある人に限って検査を受け付けるという方針をとってきた。帰国者・接触者相談センターで検査対象を絞り、高齢者や既往症を持つなど重症化しやすい人に限定してきた。水際作戦で帰国者や外国人をマークし、感染者が接触した人たちを重点に検査してきた。しかし最近は、感染ルートが不明の患者が急増している。「隠れ陽性」が感染を広げているのだろう。

国際保健機関(WHO)は、各国に「十分な検査で感染実態の把握を」と訴え、テドロス事務局長は「検査、検査、検査」と繰り返した。感染者を見つけ、隔離し、接触者を検査して感染集団(クラスター)を作らせない。これしか鎮静化の手立てはない、という考えだ。

◆初動を誤ったツケ

厚労省の専門家はWHOの指針を無視し、医療人材を検査にとられることを避けた。陽性反応が出れば隔離する患者で病床が埋まり、医療崩壊が起こることを恐れたからだ。

今の決まりでは、陽性反応が出れば直ちに隔離して医療施設に入院させなければならない。検査を増やせば陽性患者が増える。8割は軽症や無症状だが、そんな軽度の患者が病院のベッドを占領することを恐れた。

検査を躊躇(ちゅうちょ)する厚生官僚と、東京五輪の予定通りの開催にこだわる政治家の事情が微妙に絡んだのかもしれない。「検査体制を整える」と安倍首相が言いながら、検査を抑える日本特有の方針が貫かれた。

検査で陽性反応が出ても、病院ではなく仮設の宿泊施設や自宅で静養できるようにルールを変えることは可能だ。東京・晴海の五輪選手村となる宿泊施設を軽症者の隔離センターにすることもできる。その気になれば、病床を増やすことはできる。

急激に広がる感染症に対応するだけの施設を前もって用意している国はない。起きた時に迅速に対応するかしない。それは政治家のリーダーシップに懸かっている。役人は、できることしか言わない。その振り付けで踊るだけが政治家の仕事ではないだろう。

日本政府は、初動を誤った。水際はすでに破られ、国内に散らばった感染は次々とクラスターを作り、ウイルスを拡散し始めているのではないか。検査をしていないから、どこで感染が広がっているかわからない。重症者が出て初めてわかり、後追いで接触者を検査する。

死者が出て、検査したら感染がわかった、というケースが多発している。愛知県のケースでは、亡くなった高齢者が、クラスターとなったデイサービス施設に通っていたため、念のために検査したところ陽性だとわかった。集団感染が問題となったデイサービス施設との関係がわからなければ、検査はなかっただろう。

◆「医療崩壊」不安を煽り、自粛求める

「納棺師」と呼ばれる、死者を送り出す人たちが困っている。「新型コロナウイルスに感染した遺体の処理について」という指示書が役所から届いた。家族など関係者が触れないよう遺体を袋に密封し、24時間内に火葬する。しかし、肺炎による死者が多く、新型コロナウイルスの感染を調べたかどうかわからない遺体がたくさんあるという。肺炎による死者の中に新型コロナウイルスの犠牲者が混ざっていないとは言えないだろう。検査が十分でないことの余波は現場を混乱させている。

厚生官僚や医療専門家は立場上、自分たちの仕事への影響に配慮する。一番の心配は、「医療崩壊」である。運び込まれる患者に対して、施設や医師、看護師が対応できなくなることだ。

頼みとするのは自粛の徹底だ。「週末は外出を控えて」「夜の街に出ないで」と人との接触を極力抑えることで、感染の広がりにブレーキがかかることを期待している。

呼びかけはあってもいいが、政府には政府の仕事がある。検査をきちんとして情報を人々に公開する。足らない施設や人材を補う迅速な施策を打つ。なすべきことをせず、「医療崩壊」の心配を煽(あお)って、自粛を求める。実態を表さない数字が危機感を薄めてはいないか。「布マスク2枚」が示すリーダーシップの彼方に、どんな事態が控えているのだろうか。

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