異次元緩和の負のトライアングル
縮む市場経済、軋む金融システム、緩む財政規律
『山本謙三の金融経済イニシアティブ』第10回

5月 15日 2019年 経済

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山本謙三(やまもと・けんぞう)

oオフィス金融経済イニシアティブ代表。前NTTデータ経営研究所取締役会長、元日本銀行理事。日本銀行では、金融政策、金融市場などを担当したのち、2008年から4年間、金融システム、決済の担当理事として、リーマン・ショック、欧州債務危機、東日本大震災への対応に当たる。

地域金融機関が苦境にあえいでいる。日本銀行が半年に1度公表する「金融システムレポート」でも、回をおうごとに経営基盤が弱体化していることが分かる。

収益悪化の理由は、①異次元緩和の長期化②地域の資金需要の減少――だ。日銀は後者の構造要因を強調するが、本当にそうか。メガバンクも、国内商業銀行業務の収益悪化は著しい。

そもそも、異次元緩和の生み出す金融環境があまりに極端なため、借入需要減少の影響を取り出して、各金融機関の真の実力を測ることすら難しい。現下の金融環境はどれほど「特異」だろうか。

縮む市場経済、緩む財政規律

地域の借入需要が減るからといって、直ちに地域金融機関の収益が大幅に悪化するわけではない。年金の流入持続を背景に、しばらくの間は一定の預金の伸びが続くからだ。余った資金を他地域で運用すれば、収益は下支えされる。

最も考えられる運用先は、国である。日銀の資金循環統計によれば、異次元緩和開始後の最大の資金不足部門は一般政府、なかんずく中央政府(国)だ。これに海外部門が続く。一方、国内の法人部門や家計部門は資金余剰主体にある。

だが、国の債務である国債は、日銀が巨額の買い入れを行ってきた。日銀の国債保有額は、6年間で340兆円も増加した。実に、過去9年の財政赤字の累計額に匹敵する。国の資金不足は100%以上、日銀によって穴埋めされ、民間に運用機会は残らない。

俯瞰(ふかん)してみれば、日銀によって「国」が市場メカニズムから隔離され、一国の経済に占める市場経済のウェートが大きく低下した。民間金融機関の活動範囲が狭まるのも、当然だろう。

つれて、財政規律も弛緩(しかん)した。2019年度(当初予算)の財政赤字は、依然30兆円台が続く。2013年度に設定された「20年度までにプライマリーバランスを黒字化」との財政目標も、5年後の昨年、さらに5年先送りされた。

長期金利はリーマン以上のショックを織り込む?

日銀の政策金利である「短期金利-0.1%、長期金利0%程度」も、金融機関にとって重荷だ。金利の決定理論に従えば、名目金利は「名目経済成長率の見通し」と「リスクプレミアム」の和で決まる。

リーマン・ショック後の9年間(2010~18年)の名目成長率の実績は、年率1.3%だった。リーマン・ショックに伴う景気後退期を含む11年間(2008~18年)でも、年率0.3%のプラスである。決定理論に従えば、「長期金利0%程度」は、先行き10年の間にリーマン以上のショックが起きることを織り込んだ水準といえる。

さすがに、この水準を市場メカニズムから説明するのは難しい。日銀が力ずくで押し下げることで、実現している水準だ。長く続けば、市場に歪みが生じるのは必至である。

異次元緩和が支える政府系機関の融資金利「ゼロ近傍化」

その歪(ゆが)みが、貸出金利の大幅な低下を生み出し、民間金融機関の収益を圧迫してきた。民間金融機関同士の競争だけではない。競合する政府系機関の融資金利の大幅低下も、貸出金利の低下を加速させている。

例えば、病院や介護施設、保育施設に貸し出しを行う政府系機関に、独立行政法人「福祉医療機構」がある。同機構が提示する30年物融資(変動金利、10年ごとに更新)の当初10年金利は、0.2~0.3%だ。民間金融機関のどの業態の経費率よりも低い。

中小企業や小規模事業者、農業向けに融資を行う日本政策金融公庫の融資金利も、きわめて低い。農業向けのなかには、「無利子」というものもある。ゼロコンマではなく、文字どおり金利ゼロだ。

これら政府系機関の融資金利「ゼロ近傍化」は、異次元緩和の結果にほかならない。政府系の資金調達は国からの借り入れに多くを依存しており、調達金利は国債金利と同水準だ。日銀がゼロ近傍の金利で大量に国債を買うことで、政府系の調達金利がゼロまで下がり、ゼロ近傍の融資金利が実現している。

地域金融機関にとっては、病院・介護施設も中小企業も重要な貸出先である。競合先である政府系がゼロ近傍の金利を提示すれば、みずからの貸出金利も引き下げざるをえない。

リスクの高い貸し出しへの傾斜

これらの結果、地銀や第二地銀の新規貸出金利(総合)は急速に低下してきた。いまや各業態の経費率とほぼ同水準にある。ストックの貸出金利(総合)はこれらを若干上回るが、ストックはいずれ新規に追いつく理屈なので、利ざやがほぼゼロとなるのは時間の問題だろう(参考参照=添付のグラフは、その該当するところを一度クリックすると「image」画面が出ますので、さらにそれをもう一度クリックすると、大きく鮮明なものを見ることができます)。

(参考)地銀、第二地銀の貸出約定平均金利と経費率

(出所)日本銀行「貸出約定平均金利」、全国銀行協会「全国銀行財務諸表分析」を基に筆者作成

もちろん、銀行には貸出業務を縮小する選択肢があるかもしれない。しかし、銀行は巨大な装置産業であり、固定費の割合が高い。固定費を少しでも回収しようとすれば、低採算の貸し出しであっても量の拡大に向かうのが自然な流れだ。

地域金融機関がより高いリスクの貸し出しに傾斜してきたのは、そうした事情による。日銀「金融システムレポート」2019年4月号が指摘した不動産関連融資の増大も、その一例である。

負のトライアングル

異次元緩和は、「縮む市場経済」「軋(きし)む金融システム」「緩む財政規律」の負のトライアングルを生み出してきた。これは、日銀が、経済の実態からかけ離れた超低金利で巨額の国債を購入し続けてきた結果であり、同根である。

「副作用」と呼ぶには、あまりに重い。市場メカニズムから乖離した運営が「慢性化」したことで、わが国が拠って立つ「経済のかたち」が変わろうとしているということだ。

中央銀行は全能ではない。だからこそ、各国の中央銀行は市場メカニズムを通じた金融調節を心掛け、市場との間合いを測りながら、慎重な政策運営を行ってきた。日銀も、早く硬直的な運営から脱し、市場メカニズムを通じた政策運営に立ち返る必要があるだろう。

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