п»ї 中小企業海外進出支援策の摩訶不思議『バンカーの目のつけどころ 気のつけどころ』第19回 | ニュース屋台村

中小企業海外進出支援策の摩訶不思議
『バンカーの目のつけどころ 気のつけどころ』第19回

4月 11日 2014年 経済

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小澤 仁(おざわ・ひとし)

バンコック銀行執行副頭取。1977年東海銀行入行。2003年より現職。米国在住10年。バンコク在住16年。趣味:クラシック歌唱、サックス・フルート演奏。

タイの政治情勢は相も変わらずの膠着(こうちゃく)状態であるが、非常事態宣言が解除されたせいか、または日本のマスコミに過激なシーンが映らなくなったせいか、日本からの来訪客が増加してきている。昨年11月までは、中小企業の海外進出相談や地方自治体などによる視察ツアーがひっきりなしに来ていたが、再び復活の兆しが見える。

それにしても、アベノミクスの成長戦略の目玉として、中小企業の海外進出支援を日本政府や地方自治体が積極的に支援することは、本当に正しい施策なのであろうか? タイで日系企業をお客さまとして商売をする私の身からすれば、中小企業のタイ進出は喜ばしい話であるが、何か割り切れなさが残る。その割り切れなさが何なのかを今回、問うてみたい。

◆物見遊山のツアーが後を絶たない日本の視察団

そもそも「中堅・中小・小規模事業者新興国進出支援専門事業」という長たらしい名前のついた事業は、日本貿易振興機構(ジェトロ)が推進母体となっている。ジェトロの説明資料を読むと、日本の中小企業は欧州、特にドイツの中小企業に比べて海外展開比率がきわめて低い(日本の0.3%に対しドイツは17.2%)。一方で、日本の中小企業の海外展開意欲は近年大きく高まっているが、アンケートによると、最大のネックはグローバル人材の不足だと結論づけられている。

1998年に生産可能人口(15~60歳)がピークを迎え、その後国内総需要が減少している日本にとどまっても発展が無いのは事実である。陸地で国境に接しているヨーロッパ諸国と中小企業の海外展開比率を比較することに意味があるのかどうか分からないが、中小企業といえども生き残りをかけてタイに出て来ている会社はいくらでもある。そうした点でジェトロの説明資料は間違っていない。しかし、アベノミクスの成長戦略の目玉として、そこに政治が金(かね)をつけると胡散(うさん)臭くなる。

私は98年からタイで仕事をしているが、赴任当初よりジェトロ・バンコク事務所の人たちと大変仲良くお付き合いさせて頂いてきた。ジェトロ・バンコク事務所は歴代の所長が優秀な方で、他国に先駆けて2000年7月には海外進出支援センターを立ち上げ、中小企業を含めて積極的に進出企業のサポートを行ってきている。

この海外進出支援センターを運営されている海外投資アドバイザーの矢島洋一さんやジェトロスタッフの方は年間1000件以上の進出相談を取り扱っており、多くの会社が矢島さんのサポートによって進出を成功させてきている。矢島さんだけではなく、ジェトロの現地スタッフや歴代アドバイザーの方によって日本企業の進出は、ことタイにおいては手厚くサポートされていると私は信じている。

ところが、この事業に予算がついたところあたりから話がおかしくなる。中小企業の海外進出のためにはグローバル人材が不足しているということで、年収600万円のアドバイザーが合計200人採用された。年間12億円もの金をつぎ込んだわけであるが、このアドバイザーにまぎれこんだ人の中には、私の知っている限りにおいても風評良からぬ方が数名いる。せっかくの政府施策も現場でうまく回らなければ意味が無い。

中小企業の海外進出支援策の中には、視察費用の公費負担も含まれる。ジェトロ以外にも地方自治体がこうした活動に補助金を出している。しかし私どもバンコック銀行を訪ねてくる視察団の中にも、物見遊山のツアーが後を絶たない。銀行を訪問したという証拠を残すために私の名刺と進出や経済関連資料を入手し、観光ツアーやゴルフ場へと出向いていく。

昨年15人近くの県知事や市長がタイへ来て地方振興のためのパーティーを開いていったが、タイ投資促進委員会(BOI)関連の人を除いてタイ人が出席していたパーティーはほとんどなかったと関係者から聞いている。こうした視察ツアーやパーティーには多くの補助金が税金から支出されているが、本当に意味のある施策となっているのであろうか?

また、今回のジェトロの海外進出支援策の目標は、日本での相談件数1000件となっている。本当に中小企業の海外進出とするならば、3年後に海外で「成功」した企業を何社支援したかなどの結果を伴ったものにすべきだと考える。そうでなければ、90年代以降、主に日本の銀行が中心となり、せっせと中国への投資を呼びかけ今になって苦境に陥っている日系企業の中国進出の二の舞になってしまう。

うがった見方かもしれないが、ジェトロが地道に努力してきた成果に対し、アベノミクスの成長戦略の最も達成可能なテーマとして皆が相乗りしようとしているのが、現在の中小企業進出支援策の実態だと思われる。

◆地方振興こそ日本生き残りの重要政策

こうした現在の政府や地方自治体の施策に対して疑問に思うことも多いが、もっと摩訶(まか)不思議に思うのは、政府や地方自治体が積極的に日本の空洞化を招く施策に関与していることである。人口動態から日本の企業はいやが応もなく、海外に商品を売っていかなければならない。これを支援していくことも理解出来る。しかし、もっと重要なことは、日本に魅力的な環境をつくり世界から投資を呼び込むことである。

日本の地方では、20歳から39歳までの出産適齢期の女性が急激に減少している。その要因は、地方にいては生活をしていけるだけの収入を得られないからである。こうした現象は2000年以降、急激に進展している。更に悪いことに、東京に出て来た女性は頼るべき家族が無いないため、赤ちゃんを産むことに躊躇(ちゅうちょ)する。東京の出生率は1.09(2012年)と全国最低である。日本全体で見ると、いよいよ人口減少の悪循環に陥るのである。

地方には高齢者が増え、この世代が亡くなると、相続の富は大都市へと移動する。地方財政はいよいよ破綻(はたん)へと近づいてきており、地方銀行の預金・貸出も一部地域については減少が始まってきている。

国家の最大の役割は国民の生命・財産を守ることであり、このために防衛や外交が必要となってくる。防衛や外交を行っていくためにも、日本の国力向上が今後必要になっているのである。

そして、国力向上の重要施策の一つが、地方振興であると私は考える。若い女性が十分収入を得られるだけの環境を、地方は準備しなければならない。そうすることによって、日本全体の再生が見えてくるのではないだろうか。現在の危機的な日本の地方の状況で、中小企業の海外進出支援が中心的な施策となるとは思えない。地方政府や地方銀行は、どのようにしたら自分の地域の産業が振興できるか真正面から向き合う必要がある。

One response so far

  • 石原義一 より:

    私自身は都会生まれで今も東京に住んでいますが、「地方振興こそ日本生き残りの重要政策」という点については本当にその通りだと思います。グローバル化が進み、東京にとっては日本の地方も世界の地方も食料等の供給という意味では同じ位置づけになってしまっているので、価格だけで選べば別に日本のものが選ばれるとは限らない。
    根っこのところでは明治以降の中央集権政府の権限を地方に分散することが必要だと思う。地方選出議員の方が多いのに何故できないのかは理解できないが。

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