元記者M(もときしゃ・エム)
元新聞記者。「ニュース屋台村」編集長。南米と東南アジアに駐在歴13年余。座右の銘は「壮志凌雲」。2023年1月定年退職。これを機に日本、タイ、ラオス、オーストラリアの各国を一番過ごしやすい時期に滞在しながら巡る「4か国回遊生活」に入る。日本での日課は5年以上続けている15キロ前後のウォーキング。歩くのが三度の飯とほぼ同じくらい好き。回遊生活先でも沿道の草花を撮影して「ニュース屋台村」のフェイスブックに載せている。
◆恨めしい秋の長雨
梅雨が明けないうちに豪州シドニーに赴き、やれやれと思っていたが3か月後に日本に戻ると、秋雨前線が停滞して嫌になるほどの長雨にたたられている。9月中に東京都内が朝から晴れだったのはわずか1日。日本にいる時はいつも歩いている江戸川沿いのウォーキングコース(全長約13キロ)をフルに歩けたのは、帰国して以来まだ5日間にとどまっている。平年の梅雨時だってこんなに長く雨が降り続いたことはなかったのに、いったいどうしたことか。
気象庁の東京の平年値では、9月の日照時間は126.7時間。1日あたりにすると、平均で約4.2時間。しかし今年の9月をみると、同庁の20日までのデータでは、期間合計の日照時間はわずか7.4時間と、極めて少ない水準で推移している。
雨の日にどうしても外出しなければならない時は、足元が濡れるのが嫌だし、格好にこだわる年齢でもないので、大きめの傘に黒のゴム長靴を履いている。ただし、長靴はウォーキング仕様のような快適さはないから、5キロも歩くと疲れてしまう。
天気予報を見ると、都内は9月中は満足な晴れは望めそうにない。「大工殺すにゃ刃物は要(い)らぬ、雨の三日も降ればよい」という言葉が落語に出てくる。日雇いや屋外稼業は雨が続くと仕事にならないのと同じように、歩くのが三度の飯とほぼ同じくらい好きな私にとって、この長雨はなんとも恨めしい。
◆カビが生えていたクッションカバー
シドニーから戻って最初にやらなければならなかったことは、掃除と洗濯。私たちの留守中、都内に住む長女や駐在中のタイから一時帰国した長男に部屋の空気の入れ換えや郵便物のチェックを頼んでいたが、2人とも「部屋がカビ臭くなってるよ」と連絡してきた。3か月の留守中に計3回、部屋の空気の入れ換えをしてもらったが後半の1か月は締め切った状態だったので、カビが出てきたようだ。
なるほど、帰ってみると、ソファのクッションカバーや食卓の表面にカビが生えていた。夕方に羽田空港に着いたばかりで疲れてはいたがカビ臭いのは嫌なので、洗濯しながら食卓やその周りを拭(ふ)き掃除した。洗濯物を乾燥機に入れてベッドに入ったのは日付が変わってからだった。
人気(ひとけ)がない家は朽(く)ちるのが早い、というが、おそらくこのことだろう。そう言えば、私には縁遠い話だが、軽井沢に別荘を持つ知人は懇意にしている管理人に個人的にお願いして留守中、定期的に換気をしてもらっていた。それでも、そもそも軽井沢は湿気が多くてカビが生えやすいので24時間換気だけでは間に合わず、管理人が交代したタイミングで排水できるタイプの除湿器を設置し、1年中稼働させているという。
軽井沢の別荘を維持するお金や手間暇を考えれば、夫婦2人住まいの集合住宅のリビングルームの留守中のカビなんぞは、拭いて洗えば済むことだ。
◆市井の消費者の目に戻る
帰国した翌日は雨が降っていたし疲れも残っていたので外出せず、翌々日の曇り空の日にスーパーに出かけた。コメやロールパン、バナナ、空っぽの冷蔵庫の中に入れる卵や納豆、もずく酢、めかぶ、豆腐、野菜などを買い込むためである。5キロ入りのコメをリュックサックに背負い、シドニーで使い勝手のよかったウールワースの緑色の買い物袋にこれらの食材を詰めて持ち帰った。
これだけ買っても5000円でおつりが戻ってきた。「やっすー!」。声には出さなかったが、正直な言葉である。シドニーでは現地の物価高にずっと悩まされていたが、日本に戻ってみると、報道されているほどの割高感は感じなかった。
ただし、「安い!」という感想は3日ももたなかった。
シドニー滞在中に使い果たした風邪薬や胃薬、鎮痛剤を買うために薬局を回ったところ、同じ薬でもかなりの価格差があることに気づいた。5か所回って一番安い薬局で買おうとしたところ、ある薬局で明らかに私より年上とみられる女性の薬剤師がしきりに「アプリを入れたら15%引きになるし、ポイントも貯まりますよ」と勧めてきた。
私はスマホに必要最低限と思われるアプリしか入れておらず、最初は「いや、いいです」と断った。それでもなお、この薬剤師は「みんな面倒ぐさがってそうおっしゃるんです。とくにお年寄りは」と食い下がってきた。「私もやり方を覚えたばっかりですが、いっしょにやってみましょうよ」と言うので根負けして、応じた。レジには私の後ろに列ができ始めたが、薬剤師は別のスタッフを呼んでレジを頼み、私のアプリ入れを手伝ってくれた。
「ほぉら、簡単でしょ。こんなにお得なんですから」。機嫌が悪い時の私なら、最初に「要りませんって言ってるでしょ!」と声を荒げて拒否するのだが、年上の女性に「とくにお年寄りは」と言われては、返す言葉がない。でも、安いに越したことはない。以来、最寄りの5か所の薬局の中でここに一番頻繁に行くようになった。
私が日本でふだん歩く江戸川のウォーキングコースの沿道には計4か所のスーパーがある。長雨の影響で帰国してからまだ5回しかフルに歩いていないが、イートインで冷たい水を飲んだり休憩したりするついでに店内を回っては商品の値段を比較している。渡豪前にはどの商品も断然安かったスーパーは、帰国後は軒並み値上げしていた。
シドニーに比べて、全体として相対的に日本の物価のほうが明らかに安いのは確かだが、同じ商品なら1円でも安いところで買いたい。日本の日常に戻った私はすでに、市井の一消費者の目で買い物をしている。
◆高市首相の“メロン騒動” 豪で話題に
帰国後の日本の内政の動きをみると、9月17日に高市政権の内閣改造があり、改造内閣がスタートした。その前日の16日には自民党の役員人事が決まり、新執行部が発足した。いずれも大半が留任で新鮮味を欠いた。一方、今年2月の総選挙で惨敗した野党は、中道改革連合が解体し、立憲系20人と公明系28人が離党、立憲系は9月17日に新党「民主改革の会」を結成した。
このうち、第2次高市改造内閣の発足について、日本に留学経験のあるシドニー在住の妻の叔父に尋ねたところ、豪公共放送ABCなど豪国内の主要メディアは一切報じておらず、唯一確認できたのはロイター通信が配信したニュースだけだったという。
大相撲好きで、27日の秋場所千秋楽で横綱・大の里に敗れ連覇を逃した大関・安青錦(あおにしき)を推しているこの叔父が、逆に私に高市首相について話題を振ってきたのは、高市首相がアルバニージー豪首相に贈ったメロンのことだった。いわゆる高市首相の“メロン騒動”。私はシドニーに滞在していた8月に日本の新聞で知っていた。
そもそも高市の“メロン騒動”は、今年5月にキャンベラで行われた日豪首脳会談にさかのぼる。会談では経済安全保障や供給網強化が主要なテーマだったが、その際に高市がアルバニージーに日本産メロンを贈っていたことを、アルバニージーが7月に公開された豪州のポッドキャスト番組の中で紹介した。日本側の説明では、日本産メロンの輸入解禁を踏まえた贈り物という意味付けだったという。
アルバニージーは番組の中で、高市から贈られたメロンについて、胸の前で両手を動かしながら「彼女はメロンを2つ持ってきた」といった趣旨で話したと報じられた。これが、女性の身体を連想させる不適切な言い方だと受け取られて批判が広がったのである。また一部で、重要な外交の場なのに土産話ばかりが目立つという受け止めが広がり、SNSで揶揄(やゆ)も含めて話題になった。
高市側が一方的にまいたタネではなかったが、日本にとって「特別な戦略的パートナー」に位置づけられている豪州でこの類いの話くらいしかニュースにならないのは、いまの日豪の首脳同士の関係がこの程度の弱くて薄いものであることを物語っているようだ。
◆お粗末な日本外交
この“騒動”は最終的に、アルバニージーが8月に「番組出演自体が誤りだった」と釈明し、火消しを図った。また、英紙The Guardianのオーストラリア向けデジタル版The Guardian Australiaによると、アルバニージーは佐野豪俊(たけとし)駐豪大使と会い、発言への深い遺憾を伝えた。その後、高市は9月23日に国連総会に出席した際に、ニューヨークでアルバニージーと再会している。
高市のほかに最近3か月の間に日本の閣僚で豪州メディアに登場したのは、8月にキャンベラを訪れてマールズ副首相兼国防相と会談した小泉進次郎防衛相だけである。
この日豪防衛相会談について、豪公共放送ABCは、米韓軍事演習の縮小を背景に日豪の防衛当局が慎重に対応することで一致したと報道。The Guardian Australiaもこの会談について伝えはしたが、“メロン騒動”のあとでも日豪関係は強固で防衛協力の実務は継続しているという内容だった。総じて、最近3か月の間に日本の内政・外交で豪州メディアが取り上げた話題の主役は、新聞で言えば、投稿欄の中にある一コマまんがの題材に打って付けのような“メロン騒動”だったことになる。
日本の内政・外交だから私たち日本人自身が関心を持って注視するのは当たり前のことだが、“メロン騒動”程度の話題しか豪州のニュースにならないのは、高市ら日本の政治家に発信力がなく、彼らがこぞって強調するほど国際社会の中で日本のプレゼンスは高くはないという証左ではないか。11月の米中間選挙を前に大言壮語、朝礼暮改、有言不実ぶりがいっそう際立つトランプ大統領の発言に右往左往しているのと同じくらい、日本の外交はお粗末なのだ。
トランプが大統領在任期間中は、日米同盟の深化などとても望めそうにないことはわかっているはずなのに、高市らは相変わらず「日米の強い絆(きずな)」を力説している。米中の接近が皮相的・打算的なものかにわかに判断できないが、米国一辺倒に固執する日本外交は、国際社会とりわけアジアの国々からどのように見られているだろうか。対話が途絶えている中国との関係を放置したままでいいのか。本音で渡り合える外交力と調整力に富んだリーダーがいまの日本にいないのが実に哀しいが、そのリーダーを選んでしまったのは私たちである。
◆「Another Sky」タイは雨期まっただ中
私と妻の今年の回遊生活は、これから後半に入る。今月末から12月初めまでタイとラオスを回る。シドニーから戻ってまもないスーツケースに夏物衣料などを詰め直して、羽田空港に託送したばかりだ。
出発を目前にして、気になるのはバンコクの大雨である。タイの雨期は一般的に6~10月で、特に9月前後は雨量が多く、連日のスコールや冠水が起こりやすい時期だ。が、バンコクに転勤して8年目になる長男によると、今年の雨量は「半端なく異常」だと言い、バンコク市内や郊外のいたるところで道路が冠水し、大渋滞を引き起こしているという。SNSのThreads(スレッズ)などでも連日、交差点や道路が冠水した映像がアップロードされている。
日本での記録的な長雨。そして、タイでもまた雨かぁ。私は「晴れ男」を自任しているが、帰国後の日本では残念ながら、これまでのところ通用していない。タイでは果たしてどうだろう。
私はタイに駐在していた2002年10月、ラオスとの国境を流れるメコン川沿いの東北部の要衝ノンカイで記録的な大雨に遭ったことがある。川と見分けがつかないほどに冠水した道路を恐る恐るなんとか運転したが、今から思うと、なんとも無謀だった。当時、もし電気自動車(EV)に乗っていたらエンストでは済まなかっただろう。冠水した道路上で停まってしまうと、EVはガソリン車以上に厄介で感電する危険がある。Threadsでも冠水した路上に放置された多数のEVの映像がアップロードされていて、EVの決定的な弱点が指摘されている。
一方、タイの物価はシドニーほどではないものの相変わらず高い。そのうえ、円安バーツ高が続いているから、財布の中身と相談しながらの状況はシドニーとさほど変わらない。しかも、かつて8年間駐在していたとはいえ、本帰国してから19年が経ち、ここ数年の回遊生活で訪れるたびに劇的に変化し、もはや私の知るタイではないことも十分承知しているつもりだ。
タイ政府は今年9月から、従来の60日間のビザ免除を見直し、日本を含む59の国と地域についてビザなし滞在期間を30日に、一部を15日に再編した。理由として、犯罪や不正利用の抜け穴を減らすため▽オーバーステイや制度の悪用を抑えるため▽観光振興と安全保障のバランスを取るため――などとしている。
私たちは毎年、タイ滞在中にラオスに出国し、ラオスに2週間程度滞在したあとタイに再入国しているので、今回の見直しについてとくに不便は感じていない。一方、ラオス政府は2025年6月に、日本人に対するビザ免除期間を従来の15日から30日に延長したので、さらに便利になった。
ただし、問題は別のところにある。今年シドニーに3か月間滞在してみて、健康のありがたさを改めて実感したように、回遊生活を支えるのに必要かつ十分な体力の維持という問題である。
日本の国外という非日常に身を置くことが知らず知らずのうちにストレスを生んでおり、今年のシドニー滞在では初めて、加齢を実感した。そして、あとどれくらいの間、回遊生活の理想と現実、日常と非日常のバランスをうまく保つことができるだろうか、という不安がよぎったのだった。
いま、雨期まっただ中のタイ、そして妻の生まれ故郷であるラオス。どちらも私にとってシドニーと同様、間違いなく回遊生活の大切で特別な場所――第二の故郷――、言い換えれば「Another Sky」である。そこで見えてくる新たな景色と体験がこれからの回遊生活にどう影響するだろうか。日本の日常に身を置く私の身体全体を駆使した、非日常の中での新たな挑戦(実験)が再び始まる。(文中一部敬称略)











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