山田厚史(やまだ・あつし)
ジャーナリスト。元朝日新聞編集委員。「ニュース屋台村」編集主幹。
トランプ大統領と習近平首相がワシントンで米中首脳会談を行った2日後、アトランタ(米ジョージア州)の動物園に2頭のジャイアントパンダが届いた。平平(ピンピン)と福双(フーシュアン)。中国にとってパンダは最強の外交手段で、関係改善の象徴でもある。
アトランタの動物園は1999年からパンダを飼育していたが、おととし(2024年)10月、4頭が中国に返還され、パンダがいない状況が続いていた。2頭は「米中両国民への友情の使者」と習近平は言葉を添えた。米国のパンダはこれで4頭になった。
米中首脳会談の直前、高市首相はニューヨークでトランプ大統領と会い、米国と中国の関係強化に懸念を示し、内外の記者団に「ドナルドと私が国連本部でこうやって首脳会談をするということは、世界に向けて日米同盟の強さを示すことになる」と強調した。
トランプ・習近平会談の前に割り込むことで「大統領は日米の結束を踏まえ中国と向かい合う」という構図を世界に示そうとした。「会っても、安易な歩み寄りは決してしないで」と釘を刺したつもりだったが、直後の「米中会談」は、その期待を裏切った。
◆米国から軽くあしらわれる現実を世界に
トランプは歓迎あいさつで「第2次世界大戦はわれわれを同盟国にした」と述べた。中国を応援した米軍義勇部隊フライングタイガーの勇気を称え「戦争に勝つために両国民が協力したように、私と習主席はより良い未来を築くため協力を続ける」と締めくくった。
これを受け、習近平は「米中人民はファシストの侵略に対して肩を並べて戦った。両国民はその歴史を忘れてはいない」と応じ、晩さん会では、米中が共に戦った敵を「日本軍国主義の侵略者」と名指しした。
首脳会談のあいさつ文は数日前に原案ができて互いに確認するのが外交儀礼である。高市首相が釘を刺しに行った時、すでに「米中同盟」のシナリオはできていたのだろう。「世界に向けて日米同盟の強さを示す」どころか、そうした情報をとることもできず、米国から軽くあしらわれる現実を世界に見せてしまった。
トランプは、中国を友好国と考えているとは思えないが、敵対よりディール(取引)ができる相手として認める、という道を選んだ。国際的な覇権は手放さないが、米中2大国で世界を管理する、という姿勢を鮮明にした。
◆米シンクタンクの提言に現実味
見逃せないのは「トランプはロシアを含めた3カ国による軍備管理交渉を提案した」と伝えられたことだ。米側の発表にはあるが、中国がどう応じたかは明らかにされていない。軍拡競争で米国を追い上げている習近平が、軍縮にどう応じるかは微妙だ。政権基盤である人民解放軍への配慮も必要だ。だが、大国である米中が軍縮に向けた交渉を始めるなら、世界にとって悪い話ではない。
米国は軍事費が重荷になっている。中国との関係が安定的となれば財政赤字の根元にある軍事予算の膨張に歯止めをかけることができる。トランプ政権にとって大きな課題は財政赤字だ。財源を補填(ほてん)する国債の金利が上がり、国債の利払い費が膨れて財政はさらに悪化する。
だが、米中が「軍縮」へと動くとしたら、中国を敵視する高市政権の立場はどうなるのか。米軍が北東アジアから引く、という動きはこれまで何度も伝えられている。
米国のシンクタンク、ディフェンス・プライオリティーズは9月10日、「アジアにおける第二列島線戦略」と題する提言を発表した。軍事分析部門責任者のジェニファー・カバナ上級研究員によるもので、「米軍は中国と対峙(たいじ)する最前線を日本列島からフィリピンにつなぐ第一列島線に置いてきたが、グアム・ハワイをつなぐ第二列島線へと後退させるべきだ」とした。論文の核心は、アメリカの国益を「米本土の防衛と、アジアの市場・通商路へのアクセス」と位置付け、「中国との戦争を避ける」つまり「台湾有事への軍事不介入を明示」していることだ。
最前線を後退させることで、沖縄の海兵隊や嘉手納の戦闘機部隊を段階的に撤収し、2035年までの駐留の解消することを提案した。日本への防衛義務は解消し、限定的な安全保障協力に置き換えるという。
シンクタンクの提言に過ぎないが、トランプの習近平との向き合い方は、こうした防衛構想と符合(ふごう)しているように見える。
◆台湾めぐる米中首脳の思惑の深層
高市首相は、国会で「台湾有事は日本の有事」と発言した。この言葉の前提には「中国が台湾に武力で侵攻し、米軍と衝突する事態が起きたら」という想定があった。
台湾侵攻があればアメリカは武力で阻む、ということが自明の理のように思われているが、米国は「武力で阻止」を明言したことはない。曖昧(あいまい)にすることで中国の出方を牽制(けんせい)するのが得策と考えている(日本も同様に曖昧にすることを基本方針としてきたが、高市首相は踏み込んでしまい、中国から「発言の撤回」を求められている)。
だが、カバナ氏の提言は「台湾有事不介入」が前提になっている。国益を「本土防衛・アジア市場と通商の確保」とすれば、台湾で米国が戦争に巻き込まれるのは避けることが合理的ということだ。
トランプは台湾有事を問われると、「私が大統領でいる間はない」とはぐらかしてきた。冷静に考えれば、台湾のために米国の兵士が血を流すことが国民の支持を得られるのか疑問、ということである。
台湾を失うことが米国の国益を失うことにつながるのか。ビジネス頭のトランプにとって「台湾防衛義務」は釣り合わないディールと考えているように思える。台湾問題は中国の問題で、アメリカは当事者ではない、と見ているではないか。
習近平も武力で台湾をとることを考えているのか。本音は「戦わずして勝利する」にあるだろう。独立は許さない、その時は武力侵攻もいとわない、という脅しである。トランプにとって中南米は核心的利益であっても、北東アジアは「市場と通商アクセス」を確保できればいい。そう考えているなら「カバナ論文」と重なる。
◆米のアジアからの撤収は時間の問題
すでに中東では「撤収」が始まっている。9月30日、米国はイラクに駐留していた部隊を引き揚げた。2000年の9・11同時多発テロをきっかけにアフガニスタンに侵攻し、03年にはイラクの首都バクダットを制圧した。
同時多発テロで浮き足だった米国民は喝采(かっさい)したが、侵攻の根拠だった「大量破壊兵器」は見当たらなかった。
政府秩序の解体で、宗教・民族の対立が噴き出し、過激な「イスラム国」(IS)が勢力を伸ばした。戦火は国境を越えてシリアに広がり、米軍は内戦の泥沼に引き込まれた。
軍事力を投入すれば政府を崩壊させることは容易だ。だが人民を支配することはできない。米国の意のままに動く傀儡(かいらい)政権を作っても、力任せの統治は民衆の支持を得られず、兵は損傷や駐留費用が重くのしかかる。原油の確保は必須の課題ではなくなり、中東に兵を送ることに大義を見いだすことはできない。
短期間で決着させるはずだったイラン制圧も果たせないまま、ホルムズ海峡を握られ、原油高騰はインフレを煽(あお)り、米国民から怨嗟(えんさ)の声が上がっている。
米国は、かつてのように突出した経済大国ではない。世界秩序を一手に引き受ける力は無くなった。アジアからの撤収は時間の問題となってきた。
日本の頭越しに中国と話をつけるアメリカだが、対中融和を唱えながらも軍事バランスは維持したい。アメリカは負担を減らし、日本に肩代わりさせる。軍縮でビジネスが減る兵器産業を下支えするため、日本には米国製兵器をたくさん買ってもらう。そのために防衛費を増額させる。中国を脅威と思うなら自前で防衛体制を築け、という理屈だ。この筋書きは、アメリカは肩の荷を軽くするが、日本は「米中融和」の配当を得ることはできない。
防衛費増額を国民に納得させるため「中国は怖い国」と煽り、国民に反中意識を植え付けてきた日本。アメリカが手を引いても、中国への睨(にら)みは維持しなければならない。米中は仲良くしても、日本は軍事緊張を背負い込み、アメリカへの貢物が財政を圧迫する。
◆「友好の使者」は最大の政治課題
日本は「日米同盟をさらなる高みへ」という掛け声とともに「国策大転換」へと舵(かじ)を切っている。自衛隊は守備だけで攻撃はしない、としてきた「専守防衛」の原則を空文化し、「攻撃は最大の防御」とばかり中国内部に打ち込めるミサイルの配備を始めた。「兵器生産は自衛隊向けだけ」としていた産業政策を改め、「殺傷兵器の輸出もOK」とした。これからは防衛産業を飯のタネに育てる。
途上国支援は平和貢献が原則で「軍事援助は一切しません」としていたODA(政府の途上国援助)を大転換して軍事援助を積極的に行う。軍事研究を排除して来た日本学術会議を改組して大学でも軍民両用の研究に力を入れる。底流には戦後80年、平和国家の土台となった憲法9条改正の動きがある。
そんな日本を「軍国主義の復活」と中国は非難する。言われてみれば、その通りかもしれない。
日本の親分であるアメリカが対中融和に舵を切ったのに、日本が「中国敵視」で突き進むのは、どう見ても得策ではないだろう。
1970年代、アメリカのニクソン大統領が、台湾の国民党政権を切り捨て「日本の頭越し」に毛沢東の中国と手を結んだ。この時、田中角栄首相は日中国交回復に舵を切り、両国の経済発展の土台を築いた。
この時、2頭が日本にやってきてパンダブームが起きた。一時は13頭が各地の動物園にいた。それが安倍政権以来「返還」が進み、上野動物園にいた最後の2頭が昨年6月返還され、日本にパンダはいなくなった。
日本は、これからも「ゼロパンダ」が続くのか。それとも新たな「友好の使者」が来るか。政治にとって最大の課題である。(文中一部敬称略)











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