要塞化する与那国島
楽園喪失 自衛隊が占拠
『山田厚史の地球は丸くない』第303回

12月 19日 2025年 政治, 社会

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山田厚史(やまだ・あつし)

ジャーナリスト。元朝日新聞編集委員。「ニュース屋台村」編集主幹。

与那国島は「絶界の孤島」のたたずまいを残す。東京から1900キロ、沖縄本島からは500キロ。断崖がそそり立ち、独特の生態系と文化を育む離島である。黒潮に洗われ、漁場の中に島があり、海人はカジキ漁で潤う。エメラルドの海には12月になるとユニークな姿のハンマーヘッドシャークが群れをなしてやってくる。沖縄でありながら、ハブはいない。悠々と時が流れる楽園が、にわかに刺々(とげとげ)しくなってきた。あるとも分からない台湾有事への備えが、人々を不安にしている。

◆地対空ミサイルと対空電子戦部隊の配備
 12月4日、「対空電子戦部隊の配備に関する説明会」が与那国町の集会場で行われ、約100人が参加した。質疑応答では「自衛隊がやって来て防衛力を拡大すればするほど島民は緊張にさらされる」「いつまでこの島に住めるか不安だ」という率直な意見が出された。
 人口減への対策として受け入れた自衛隊が「南西諸島の防衛拡大」の掛け声とともにどんどん増え、このままでは「要塞(ようさい)の島」になる。そこに「台湾有事」が重なって与那国は対中国の最前線に押し出された。
 国内で一番近い石垣島とは120キロだが、台湾とは110キロ。東京と富士山の距離だ。よく晴れた日には台湾の山並みが見える。
 いま島民の心配は二つある。地対空ミサイルと対空電子戦部隊の配備だ。物騒なミサイルを持ち込めば、中国を刺激するのは目に見えている。
 11月下旬、島を訪れた小泉進次郎防衛相は「ミサイルはあくまで島を守るためのもの。攻撃に対する抑止力になる」と語った。中国は毛寧・外交部報道局長が「小泉発言は意図的に地域の緊張を高め、軍事的対立を煽(あお)るものだ」と批判した。
 配備されるのは03式中距離地対空誘導弾で、戦闘機やミサイルを迎撃する「防空ミサイル」だが、住民を守るために配備されるわけではない。
 与那国町議会議員の一人は「このあと出てくる攻撃用ミサイルや電子戦部隊とセットになった配備」と指摘する。
 防衛省は防空ミサイルの配備時期など詳細は明らかにしていないが、問題はその先だ。防空システムによって守られる「地対艦ミサイル」、さらに国境の奥深くまで届く「敵基地攻撃ミサイル」が控えている、という。
 敵基地攻撃ミサイルは、2022年末の防衛3文書改訂で盛り込まれた。敵のミサイル攻撃を察知したら、飛んでくる前に敵基地を破壊するミサイルを発射する。「専守防衛」の原則を踏み越えた先制攻撃用の兵器だ。

◆着々と進むミサイル基地建設
 ミサイル防衛の理屈では、やられる前に敵基地を叩(たた)けるミサイルを発射できることが「抑止力」になるという。
 米軍には長距離ミサイル・トマホークがある。日本は400発のトマホークを25〜27年度にかけて調達するが、国産ミサイルを持ちたい防衛庁は三菱重工に攻撃用長距離ミサイルの開発を指示した。
 膨大な軍事予算が注がれる自衛隊は、米軍に代わって対中ミサイル網を日本列島に沿って配備する計画だ。その最西端が与那国だ。
 島ではミサイル基地建設が着々と進んでいる。駐屯地に隣接する18ヘクタールの用地がすでに買収された。住民説明会で配れた資料には、弾薬庫や射撃地区の位置が大まかに示されていた。
 現時点では、防空ミサイルの配備だけが表に出ている。これを住民に受け入れさせ暫時(ざんじ)、地対艦ミサイル、敵基地攻撃の長距離ミサイルへと進めていくのが防衛省の作戦のようだ。
 しかし、抑止力と言われても、与那国にミサイルや敵の電波を撹乱(かくらん)する部隊が集中すれば、有事の時に狙われる。住民はそれを恐れている。
 「防空ミサイルは理解できるとしても、台湾海峡をにらむ地対艦ミサイルとなると難しい問題だ」と上地常夫(うえち・つねお)町長は言う。
 国策に協力的で、政府の要請を丸呑みしてきた現職を破って8月に町長に就任したばかりの上地氏は、「自衛隊に反対はしない」としながら、自衛隊施設の増強については「住民へ丁寧な説明を行い、住民の対話によって進めていく」との姿勢を鮮明に打ち出した。
 前町長の糸数健一氏は、県を飛び越え防衛省や自民党と直に話を進め、独断とも思える防衛強化路線を突っ走った。選挙戦でも「自衛隊に感謝」と書いたタスキをかけ、日の丸を掲げて駐屯地の前で演説した。糸数氏のあからさまな自衛隊票狙いに対して上地氏は「町民ファースト」を掲げ、「自衛隊をこれ以上増強する必要はない」と訴えた。
 投票結果は、上地常夫氏(61)557票、糸数健一氏(72)506票、田里千代基氏(67)136票。投票率は90.83%の激戦だった。

◆「積極推進」と「対話重視」に分かれ争う保守派
 今回の町長選は、自衛隊を巡る対決の構造がこの10年で大きく変わったことを示した。駐屯地の開設は2016年、その前年、2015年2月に島では自衛隊受け入れを問う住民投票が行われ、賛否で島は二分された。結果は、賛成632票、反対445票。駐屯地の受け入れは決まったが、当時は賛成と反対が拮抗(きっこう)していた。
 10年が経ち、反対を叫ぶ候補は少数派となり、「自衛隊受け入れ」を前提とする保守派が「積極推進」と「対話重視」に分かれ争う形となった。
 独断専行が目立った糸数氏から穏健路線の上地氏へと保守内部の政権交代となったが、政府が進める「防衛力の南西シフト」は止まらない。人口1700人の島が国策に抗(あらが)うことは容易ではない。
 住民説明会の後、報道陣に囲まれた上地町長は「電子戦部隊の受け入れ」について「前の町長が認めていたことなので容認せざるを得ない」と語った。
 小泉防衛相に「住民説明会」を要望し、受け入れてもらったことをよしとし「容認」に転じた。この決定に対し、二つの団体から「選挙での約束と違うのでは」という申し入れ書が町長と町議会あてに出された。
 「ご自身が糸数町長の強硬姿勢からの刷新を掲げた選挙戦で語ったこととの大きな矛盾と、住民に対する信義への違反があります」(与那国町民の声をあつめる会)。有無を言わさず進む国策に「対話路線」を掲げた町長は厳しい舵(かじ)取りを迫られている。

◆「このままではミサイルの島になってしまう」
 無視できないのは、島の社会構造の変化だ。2016年、駐屯地が開設された時、島に入った自衛官は150人ほどだった。相次ぐ増強でいまでは約230人(9月現在)、電子戦部隊が増強されれば260人になる。家族も加えると、人口1700人の島で20%超を自衛隊関係者が占めることになる。
 人口が減る島は、役場も公共施設も人不足だ。自衛隊では「地域活動への協力」は隊の方針でもある。公民館、PTA、役場、商店に自衛官やその家族が増えている。お祭りや地域対抗運動会などで自衛隊員は欠かせない存在になった。「小さな島でお互い顔見知り。自衛隊反対と言いにくい雰囲気が広がっている」という声を聞く。端的に表れるのが選挙の得票だ。有権者の3割近くが自衛隊関係という自治体は、日本全国で見当たらない。自衛隊票が町政を左右することになる。
 公共工事など財政でも防衛予算への依存がすでに始まっている。住民説明会の資料に「与那国町における防衛省補助の事例について」のページがあり、ゴミ処理施設21億4000万円、複合庁舎11億7500万円、総合食育センター7億600万円――などが並んでいる。
 複合庁舎とはシェルター機能を持つ町役場のことで、老朽化した役場を防衛予算で建て替える。そのほか、隊員住宅や巨大な掘り込み港湾など防衛関係の公共事業が満載されている。
 有事になれば、真っ先に攻撃されかねない危険施設を押し付けられながら、与那国町は自衛隊なしに生きられない。
 「40年前、与那国に来た時、島には自立しようという気風があった。自衛隊に依存するようになってから、仕事にからむ損得もあり、住みづらくなった。島を出る友人も少なくない」。陶芸家の女性は言う。
 島には高校も特別養護老人ホームも無い。不便さを超える島独特の良さが暮らしを支えていたが、台湾有事を煽り、軍事施設ばかり増える刺々しい空気が住みにくさを増している。
 「自衛隊は増えても、島の人は出ていく。このままではミサイルの島になってしまう」。民宿を経営する女性は、そう心配する。

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