п»ї 中国のEV市場を見て感じたこと中国 見たまま聞いたまま(その3) 『バンカーの目のつけどころ 気のつけどころ』第264回 | ニュース屋台村

中国のEV市場を見て感じたこと
中国 見たまま聞いたまま(その3)
『バンカーの目のつけどころ 気のつけどころ』第264回

4月 12日 2024年 国際

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小澤 仁(おざわ・ひとし)

oバンコック銀行執行副頭取。1977年東海銀行入行。2003年より現職。米国在住10年。バンコク在住26年。趣味:クラシック歌唱、サックス・フルート演奏。

中国の自動車事情は私にとっては魑魅魍魎(ちみもうりょう)の世界である。前回第263回「中国経済は破綻するのか?―中国 見たまま聞いたまま(その2)」(2024年3月29日付)では、中国経済の変調について私が感じたことを指摘した。この流れの中では「中国の自動車販売台数も大幅に落ち込んでいる」という印象を持ってしまう。日本のマスコミの中には「中国の電気自動車(EV)は売れ残りが大量に放置され、EVの“墓場”ができている」という記事が見受けられる。しかし、今回の中国出張では、こうしたEVの「墓場」を見る機会はなかった。今回訪れた上海、重慶、深圳、広州の都市では、ナンバープレートが緑色のEVと、青色のガソリン車がほぼ同数走っている印象だった。一方、タイに戻って中国の自動車の統計数字を見ると、全く違和感を覚える数字に出くわした。2023年の中国の自動車販売台数はなんと「3009万台」(中国汽車工業協会)と過去最高なのである。中国の自動車事情はいったい何が正解なのであろうか? 一つずつひも解いて、私のわかる限りの説明を試みたい。

◆統計数字から見える自動車事情

「中国の統計数字は不正確で信用できない」という言葉を聞いたことがある。統計を作成する部署が統一されず、かつ「中央政府の年初予算に近づけるべく、なるべく自分に有利な数字を提出したい」という担当者の意向が働くからだといわれている。

まず今年1月11日に発表された中国汽車工業協会の「自動車販売台数3009万台」について、内訳を見てみよう。この中には491万台の輸出台数が含まれている。これを差し引くと2518万台という数字が導かれる。しかし、この数字はまだ国内の乗用車販売台数と大きく乖離(かいり)する。自動車販売台数の中には、商用車の販売台数403万台が含まれているようである。

中国に関するいくつかのレポートを見てみると、23年の乗用車販売台数として2192万台、2152万台、2090万台という三つの数字に出くわす。自動車メーカーの販売台数を集計したもの、EVやガソリン車など車種別統計などによって異なる数字が出てくる。ここではメーカー別の統計数字をベースに話を進めたい。

まず、下記の表を見ていただきたい。数字の正確性は前述のとおり保証の限りではないが、遠く外れてはいないと思う。

表1.中国の自動車販売動向                  (単位;万台)

(中国汽車工業会、ジェトロの資料をもとに筆者作成)

注:新エネ車とはEV、プラグインハイブリッド車(PHEV)、水素ガス車を指す(中国基準)

中国の自動車販売動向を表にまとめると、以下のことがわかる。

①中国の自動車販売台数の総数は、17年の2888万台をピークに20年まで漸減、21年から輸出の増加を背景に増加し始め、23年には過去最高の3009万台になった

②一方、国内の乗用車販売は16年をピークに20年まで減少。21年には新エネ車の売り上げが寄与し若干持ち直したものの低迷傾向は継続

③新エネ車の中国国内販売は17年以降増加し、21年以降、新エネ車の比率は14%、25%、35%と急上昇している

④国内販売の低迷を受けて中国自動車メーカーは21年より輸出に傾注。ロシア・ウクライナ戦争の特需などもあり、毎年100万台を上乗せ。23年には日本の442万台を抜き中国車の輸出は491万台と世界1位になった

⑤21年以降、新エネ車の輸出が活発化し23年には120万台になった。輸出先上位はベルギー、タイ、英国、フィリピンの順

このように整理してみると、ようやく中国の自動車事情が見えてくる。この数字をベースに今回の出張でわかったことを紹介したい。

◆新エネ車の急増と進む淘汰

中国国内の自動車販売はここ5年ほど芳(かんば)しくないようである。乗用車は19年以降2000万台近辺をうろうろしている。中国の生産可能人口(15~65歳)は14年にピークアウトしたといわれている。自動車購買層の減少が影響しているのか? 近年の景気悪化が影響しているのか? 多分その両方の影響なのであろう。今回の中国訪問では、中国の乗用車売り上げの低迷そのものを感じることはなかった。しかしこの5年で中国の乗用車販売に大きな変化が起こった。

その第1が中国車メーカーの台頭である。19年に38.3%であった中国メーカーの販売シェアは23年には51.8%まで飛躍的に伸びたのである。さらに第2の変化がEVに代表される新エネ車の割合である。こちらも19年の4%から23年の35%に飛躍的に増加した。これについては私も肌で感じることができた。

上海、重慶、深圳の空港からホテルに向かうまでの高速道路では、緑色のナンバープレートを付けた新エネ車の割合が約半分程度走っていたのは前述のとおりである。23年に沿海部での新エネ車の販売比率は44%(中国全土35%)であったと聞いた。上海などの豊かな地域では新エネ車が多く走っていても不思議ではないのである。またこうした新エネ車はテスラを除いて中国車の独壇場である。中国車の販売比率が高まるのも当然の帰結である。

それではなぜこれほどまでに中国で新エネ車が増加したのであろうか? 日本では「中国ではEVの購入に際して多額の補助金が付くため、新エネ車の販売が増加し日系自動車メーカーは不公正競争を強いられている」という論調が目立つ。中国は国を挙げて産業振興を図っており、日本の牙城(がじょう)である自動車業界にEVを使って攻め入ろうとしているのは間違いない。このため意図的に補助金を利用している。19年以降の新エネ車の増加は補助金頼みである。

ただし、これに続く日本のマスコミの「補助金がなくなればEVは売れなくなる」という指摘には疑問符が残る。中国の消費者が自動車を選ぶ基準はこれまで「品質、走行距離、外観、車内空間」の四つの要素が大きかったと聞く。ところが直近では、この基準が「国潮(中国第一主義)、外観、『智能』化(デジタルコックピットなど)、品質」に変わってきているという。中国の自動車メーカーは明らかにこれら消費者の趣向の変化に追随している。また直近の自動車の売り上げを見るとBYD、テスラ、Aionなど新興メーカーが上位に来ている。従来の「勝ち組」であった上海汽車や一汽汽車などは不振にあえいでいる。中国の人たちは自動車に「安心や安全」よりも「新しさ」を求めているのである。

さらに23年になって特徴的に起こったのが、新エネ車の大幅な価格引き下げ販売である。前回第263回でも述べた通り、中国の地方政府は地域ごとのばらつきはあるものの、おしなべて財政状況は苦しくなっているようである。このため「EVの補助金をもうこれ以上出せなくなってきている」と聞く。22年末には1.2万元(約25万円)に設定されていた新エネ車購入補助金が撤廃された。この逆境を乗り越えるべく23年初めにはテスラやBYDが2%から5%の価格引き下げを仕掛けてきた。EVメーカーの攻勢に耐えきれず、フォルクスワーゲンなどガソリン車メーカーも現在は5%以上の価格引き下げで対抗しているようである。激しい値引き合戦の中にあって外国自動車メーカーの中には撤退に追い込まれているところがいくつもある。重慶では現代自動車やスズキ、広州では三菱自動車などの撤退の話を聞いた。中国自動車メーカーの淘汰(とうた)が進むのは間違いない。

23年の新エネ車メーカーの業績を見ると、わずかにBYD、テスラ、理想の3社が黒字を確保したようである。この事実も反対側から見ると、別の景色が見えてくる。補助金がなくなりつつある中でも、EVメーカーの一部はガソリン車に負けない価格での製造が可能になってきているのである。かねてより「EVがガソリン車に取って代わるためには 価格 の要素が一番大きい」と思ってきた私にとって、現在の中国のEVの価格破壊は脅威に映った。

中国にある自動車製造ラインの生産能力は4500万台とも5500万台ともいわれている。この数字が自動車全体を指すのか乗用車を指すのかも明確ではない。しかし中国自動車メーカーの生産ラインの稼働率は50%程度であるとみられている。現にNIOや小鵬などのEVメーカーの販売台数は目標値の40%程度であるといわれている。過大な余剰生産能力を持ち、かつ中央政府からの販売目標達成のプレッシャーを受ける中国企業は、いまや輸出に活路を見いだそうとしている。私の住むタイにも中国の自動車メーカーが押し寄せ、急速に販売シェア(22年4.7%→23年10.9%)を拡大している。ASEAN域内の日系自動車メーカーや部品メーカーは早急な対応が必要となっている。この点については次回、問題提起したい。

◆自動運転タクシーに乗ってみた

最後に、自動運転タクシーの試乗体験について紹介したい。かねてより「中国では主要都市で自動運転タクシーが走っている」と聞いてきた。「もし可能なら自動運転タクシーに乗ってみたい」。こう思って私は中国の地に足を踏み入れた。

上海では手配を依頼した日本人の方が同乗を嫌がって、残念ながら試乗を断念した。しかしバンコック銀行の上海支店長から「広州でこのタクシーに乗った」とその時のビデオを見せてもらった。幸い深圳(シンセン)に訪問することになっていた私は、広州まで足を延ばし自動運転タクシーに乗ろうと試みた。しかしバン銀の深圳支店長は自動運転タクシーの存在そのものを知らなかった。自動運転タクシーはまだ一般には知られていないようである。現地に行けば手掛かりが得られると思い、まずは広州に向かった。広州までの道すがら、深圳支店の中国人秘書を使って広州の自動運転タクシーの予約を試みた。残念ながらその日は既に予約でいっぱいであるとのこと。ところが深圳でも自動運転タクシーが始まったようである。こちらはまだ実験段階で補助者が同乗するが、乗車の予約ができた。すぐに深圳に引き返し、ようやく自動運転タクシーに乗ることに成功した。

この自動運転タクシーで、バン銀深圳支店長と私は5キロほどのドライブを楽しんだ。タクシーは路線変更や追い抜き、一般道から高速道路への乗り換えなど難なくこなす。危険を感じる場面もなかった。私の運転よりもずっと上手である。5キロの間に補助者は1度もハンドル操作をしなかった。同乗した補助者から聞いたところ、このタクシーを運営している会社は「仔馬(ポニー)」。北京、上海、広州、深圳(実験段階)の4か所で自動運転タクシーを走らせているという。各地での運行ルートは事前に定められており、まだタクシーと呼べるような自由な運行体系ではないようである。

日本での運転経験に乏しい私は「自動クルーズ」と呼ばれる自動走行機能について知らない。このため今回の自動運転との比較もできない。しかし「5キロの道のりを無人で走り切った中国の自動運転タクシーの存在」を自分自身で確認できた。「人権が国益よりかなり低い中国だからできること」と負け惜しみを言う日本人も多くいる。しかし中国は実際に街中で無人運転車を走らせ、データ集積に余念がない。中国はこの分野では他国より1歩も2歩も進んでいることは間違いない。(以下次回に続く)

※『バンカーの目のつけどころ 気のつけどころ』過去の関連記事は以下の通り

第262回「閉じこもる大国?―中国 見たまま聞いたまま(その1)」(2024年3月15日付)

https://www.newsyataimura.com/ozawa-143/#more-14644

第263回「中国経済は破綻するのか?―中国 見たまま聞いたまま(その2)」(2024年3月29日付)

https://www.newsyataimura.com/ozawa-144/#more-14672

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