山田厚史(やまだ・あつし)
ジャーナリスト。元朝日新聞編集委員。「ニュース屋台村」編集主幹。
「べらぼうな高関税」の一方的な押し付けが行き詰まり、姿を現したのは「身勝手な防衛費増額」だった。
トランプ米大統領は7月8日、韓国に駐留する米軍への韓国側の負担が少なすぎると不満を述べ、「増額する必要がある」と主張した。言い分の趣旨は、以下のようなものだ。
米軍の駐留などで我々は韓国の発展に貢献しているが、韓国は費用をほとんど払っていない。駐留経費の負担増は第一次政権の時、韓国政府と協議していたが2020年の大統領選で敗れ、協議は完結しなかった。その後のバイデン政権は増額交渉を怠った。政権に復帰したからには、韓国に適正な駐留経費を負担してもらう――。
◆通じない国際法の常識
韓国は反発した。26年から5年間の駐留経費はすでにバイデン政権時代に協議済み。26年の負担額は前年より8.3%増の1兆5192億ウォン(約1660億円)で決着していると主張する。大統領が代わっても国家間の協定は有効というのが国際法の常識だが、トランプには通じない。
大統領が代わったのだから、仕切り直しだ、というわけだ。国内の支持者には喝采(かっさい)を浴びても、国際的には通用しない言い分だ。常識が通じない大統領が持ち出したのが「25%に引き上げる」とする相互関税である。「駐留経費の増額に応じなければ、高関税を掛けるぞ」と脅しているのに等しい。
高関税をテコにして、米国に有利な協定を他国に強いる。これが「アメリカ第一」を掲げるトランプのやり方だ。
◆「一つの大きくて美しい法案」の実態
韓国に課す「25%関税」は、日本も同水準である。「米軍の駐留」という安全保障体制も同様である。すでに日本には「GDP(国内総生産)の3.5%の防衛費負担」という要求が非公式ではあるが、伝えられている。
ご承知の通り、日本は岸田首相が2023年、バイデン大統領に「防衛予算をGDPの2%に引き上げる」と表明した。韓国のように「協定文書」にはなっていないが、首相がワシントンに赴き、首脳会談での発言として記録され、事実上の約束になった。
「防衛予算はGDPの1%以内に」を国是としてきた日本が「2%」へと倍増することは、財政に大きな負担となる。「5年間で48兆円」という巨額の防衛予算は国内に強い反発があった。日本にとって、「3.5%への引き上げ」は気が遠くなるような数字である。だがトランプにとっては「大統領が代わったのだから、数字も変わる」ということなのだろう。
他国の事情などお構いなしに米国の利益になるなら、同盟国だろうと取れるものはなんでもむしり取る。背後にあるのは「内政」での人気取りだ。中核となるのが「一つの大きくて美しい法案」という名の法案だ。トランプは7月4日、この法案に署名し、法律として成立させた。
トランプが選挙戦で訴えていた減税や強硬な移民政策などを盛り込んだ政策をひとまとめにした総合政策だ。
議会予算局の推計では、大規模減税などで連邦政府の財政赤字は10年間で3兆3000億ドル(約490兆円)増加するという。潤うのは金持ちや大企業で、低所得者への恩恵は少なく、社会保障費が削られて数百万人が公的医療支援を打ち切られる可能性があるという。
トランプを支えた「貧しい白人たち」を裏切るような中身があるだけに、彼らの歓心を買う「敵への攻撃」が必要になった。
2年後の中間選挙を乗り切るためにも、「アメリカ第一のトランプ」を印象づけるパフォーマンスは不可欠で、財政赤字を穴埋めする政策も必要だ。高関税を外国に課し、同盟国には防衛費を負担させる。
◆同盟国を追い込む「身勝手な要求」
日本はGDP比3.5%の防衛費を課せられたらどうなるのか。日本のGDPは609兆円(2024年)、その3.5%なら21兆円となる。25年度で8.6兆円の防衛予算が2.5倍になる。参院選でも減税が叫ばれる消費税は年間25兆円(2025年予算)、その大半を防衛費がのみ込むことになる。現実にはありえない数字だ。
実施されれば、社会福祉予算は崩壊し、国債大増発は不可避で、金利は跳ね上がり、国債格付けは下がり、財政は崩壊するだろう。
同じことがトランプのアメリカでも起きている。「べらぼうな高関税」を発表したのは4月2日だった。対抗措置に踏み切った中国に対する関税は追加関税を含め145%まで跳ね上がり、「世界を巻き込む米中関税戦争」が現実味を帯びた。これを止めたのは外交交渉ではなく、市場だった。
米国の株式市場、ドル相場、米国国債が揃って下落し「トリプル安」が起きた。政策の暴走に市場は「アメリカ売り」で応えたのだ。肝を冷やしたベッセント財務長官の説得でトランプ関税は90日間凍結され、交渉による引き下げへと動いた。
政治・外交の舞台では優越的地位を乱用し身勝手な振る舞いが可能でも、政策が常軌を踏み外すと市場がブレーキを掛ける。
7月9日が交渉期限だった「相互関税」が再び引き伸ばされたのは、「べらぼうな高関税」の強行は「アメリカ売り」を招きかねない、との心配があったからだろう。高関税は、他国を脅すトランプの武器だが、使い放題とはならない。高関税をテコに防衛負担という形で「カネを巻き上げる」というトランプ外交の裏技が、韓国で表面化した。
日本は参議院選への影響を恐れる石破政権が、「非公式要請」をひた隠しにしてきた。それを英紙フィナンシャル・タイムズがすっぱ抜いた。選挙が終われば「対日要求」として鮮明になるだろう。
日本も韓国もアメリカの同盟国として対中包囲網に加わってきた。そんな同盟国を追い込むような「身勝手な要求」は、同盟国の世論にも影響しかねない。
◆「なめるなよ」で対峙できるか
「トランプの米国に付き従ってゆくのか」は、両国にとって大きな課題となっている。波長が合わなかった日本と韓国が「トランプという現実的脅威」を前にタッグを組む、ということもありうる展開となった。
中国という「膨圧」を意識して、アメリカを頼りにしてきた両国だが、トランプの登場が、東アジアの力学を微妙に変化させている。
どうする日本、である。石破首相は街頭演説で「なめられてたまるか」と発したが、日本はやはり「なめられている」ということか。まずはトランプに「なめるなよ」で対峙(たいじ)できるか。全ては「対等な関係の構築」から始まる。(文中一部敬称略)
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