п»ї TPPが自動車の国際分業を壊す『山田厚史の地球は丸くない』第47回 | ニュース屋台村

TPPが自動車の国際分業を壊す
『山田厚史の地球は丸くない』第47回

5月 29日 2015年 経済

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山田厚史(やまだ・あつし)

ジャーナリスト。元朝日新聞編集委員。「ニュース屋台村」編集主幹。

環太平洋経済連携協定(TPP)の日米交渉で、米国が厄介な問題を持ち出してきた。日本車の原産地問題だ。日本は虚を突かれ、にわかに攻守逆転という形勢だ。

米国は日本車に対し2・5%の関税をかけている(トラックやMPVは25%)。これをゼロするという交渉が続き、「10年後から」という米国に「もっと早く」と日本がせっつくという構図だった。ところが米国は「日本から輸入しているクルマは日本製ではない」と言い出した。

◆NAFTAの前例

根拠は、北米自由貿易協定(NAFTA)の前例だ。アメリカ、カナダ、メキシコの3か国が94年に単一市場をつくった時、国産認定の基準を「内製化率60%」に決めた。カナダやメキシコから米国に輸出する時、現地で作った部品や付加価値が車両価格の60%以上でなければ国産と認めない、というルールだ。例えばメキシコが外国からエンジンやプレスしたボディー鋼材を輸入し、溶接やネジ止めだけで作ったとしたらメキシコ産と認めないというルールである。TPPにもこの基準を適用しろ、というのだ。

日本は困った。アジアに生産拠点を展開する日本は「アセアンルール」で内製化率を決めてきた。NAFTAと同じようにASEAN加盟10か国は自由貿易を目指している。原産地認定は「内製化率40%以上」が基準だ。

日本は1990年代から自動車生産のアジアシフトを強めた。初めは主要部品を日本から供給していたが、「現地生産の強化」を求められ、円高の後押しもあり、いまではプレスや金型、鋳造・鍛造品などの協力会社まで現地で生産している。

親会社について行った下請けは、台数に限りがある現地生産車だけでは利益が出る生産数量に達しない。始まったのが逆輸入だ。タイやインドネシアの生産技術は年々上がり、部品を日本に輸出できるようになった。円高の加速でメーカーもアジア製部品を重宝して使うようになった。

そのあおりで日本から米国に輸出される日本車までも日本国内での内製率は60%に達していない。タイ、中国で作った部品を沢山使っているが、タイも中国もTPPに参加していない。域内生産が基準に達していないから関税引き下げの対象にならない、と米国は言い出した。

◆米国に逆らえない日本

日本のメーカーは、「サプライチェーンネットワーク」と呼ばれ高度に発展した国際分業体制を再編する必要に迫られた。円安になったのだから、日本製部品に切り替えるのも一つの手だが、米国が密かに要求しているのが「米国製部品の購入」である。

身勝手な要求に思えるが、日米自動車交渉はいつも、米国の勝手な要求につき合わされてきた。自由貿易を主張しながら、自国に入ってくる日本車の台数を制限するため、日本に「自主規制」を要求した。制限したいなら米国側が「輸入規制」すればいいのに、それをすると他国に自由貿易を迫るのに都合が悪い。自主規制を強いる、という無茶苦茶な要求を出し、日本はそれに応じた。

これが日本外交の実態だ。自動車の話は自動車業界だけで完結しない。農産品の扱いや、保険・金融、知的所有権など様々な交渉とバーターになる。あるいは首相訪米での厚遇や沖縄県・尖閣(せんかく)諸島を巡る安全保障など、2国間での貸し借りを含む総合的判断で決まる。

政治的に米国に逆らえない日本、政権の安定に必要な米国の後ろ盾、という問題まで絡んでくる。1980年代、自由競争なら米国市場を席巻できた日本の自動車産業が「自主規制」に追い込まれ、現地生産に応じたのも政治的力関係が反映したのである。

◆日本が交渉にくたびれるのを待つ米国

TPPはゴールが見えた、といわれる。だが、米国では大統領に貿易交渉の権限はない。議会にある。議会は今、大統領に交渉権限を与える貿易促進権限(TPA)法案を審議している。先日、上院でなんとか通ったが、6月から始まる下院での審議は難航しそうだ。オバマ与党の民主党に反対が根強い。議会が納得する成果を引き出さなければ法案は通らない。

大きな反対勢力は労働組合だ。外国からの輸入が増えれば失業が増える。自動車労組はピリピリしている。アメリカの雇用を殖やすため日本車にアメリカ製部品を使ってもらおう、という働きかけは以前からあった。労組の反対を切る崩すためにも、オバマ政権は背水の陣で「現地調達率」を持ち出した。

米国市場は一筋縄でいかない。内製化率をクリアしてもまた別の難題が出てくる。交渉を担当する米通商代表部は、やり手弁護士が集まる政治集団だ。奇策・無理筋を含むあれこれを突き付けるのが仕事である。背後にあるのは米国産業の悲鳴だ。

米国の狙いは、日本が交渉にくたびれるのを待っている。2・5%程度の関税で争うぐらいなら、現地生産を増やすか、という気になってくれることだ。

兆候はすでに出ている。日産が先鞭(せんべん)をつけたメキシコでの生産は、マツダ、ホンダがあとを追い、トヨタまで進出を決意した。政府間交渉で関税が下がるのを待っていられない。NAFTAに拠点をつくって米国市場を狙おう、という戦略だ。その分、日本の雇用や国内総生産(GDP)は海外に流れるという話である。

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