п»ї 先回りした機械学習 『みんなで機械学習』第21回 | ニュース屋台村

先回りした機械学習
『みんなで機械学習』第21回

5月 24日 2023年 社会

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山口行治(やまぐち・ゆきはる)

o株式会社ふぇの代表取締役。独自に考案した機械学習法、フェノラーニング®のビジネス展開を模索している。元ファイザージャパン・臨床開発部門バイオメトリクス部長、Pfizer Global R&D, Clinical Technologies, Director。ダイセル化学工業株式会社、呉羽化学工業株式会社の研究開発部門で勤務。ロンドン大学St.George’s Hospital Medical SchoolでPh.D取得(薬理学)。東京大学教養学部基礎科学科卒業。中学時代から西洋哲学と現代美術にはまり、テニス部の活動を楽しんだ。冒険的なエッジを好むけれども、居心地の良いニッチの発見もそれなりに得意とする。趣味は農作業。日本科学技術ジャーナリスト会議会員。

◆制作ノート

英国の経済学者エルンスト・シューマッハー(1911~1977年)の「スモール イズ ビューティフル」における中間技術の提案を、「みんなの機械学習」として実現するため、「スモール ランダムパターンズ アー ビューティフル」という拙稿を連載している。前稿からは、「機械学習の学習」というテーマで、機械学習技術を解析用データセットの自動作成という観点から整理して、フェノラーニング®の技術的な解説を行う予定だった。しかし、ニュース屋台村の読者の多くは、プログラミングや統計計算の技術的な解説は期待していない。技術的な解説よりも、在野の実務家として、中小企業の経済的な問題意識からの提案や、場合によっては、哲学的な未来志向での雑感のほうが役に立つのではないかと再考して、本稿から軌道修正を行う。「スモール ランダムパターンズ アー ビューティフル」は途中の画像以降なので、制作ノートに相当する前半部分は、飛ばし読みしてください。

「スモール ランダムパターンズ アー ビューティフル」のゴールは、結論を論理的に構築することではなく、生活世界において、データの世界との共存・共生・共進化に希望を実感することにある。近代的なモノの価値を問う経済から、コト(サービスなど)の意味を重要視する経済への移行を時代背景として、近未来のデータサイエンス テクノロジー アンド アート(データの世界)が、人類の文明論的な変革をもたらす夢物語を、少なくともディストピアとはしない、複数の探索路を切り開こうとしている。物語のゴールにおいては、意味が認知される以前の「データ」そのものが、みんなの機械学習によって、「言語」とは別の、文明の道具になるだろう。

◆機械学習の経済効果

AI(人工知能)技術に、大きな経済効果があることは、すでに実感できるし、ひとびとの感覚を上回って、巨額の資金がAI技術の開発やAIビジネスに注ぎ込まれ、無理やり大きな経済効果を作ろうとしている。ところで、AI技術の頭脳に相当する機械学習は、どの程度の経済効果が期待されるのだろうか。AI技術としては、データ入力(感覚)や制御出力(筋肉)が伴(ともな)わないと、頭脳だけでは経済価値を訴求できないのかもしれない。しかし、理解しがたい量子力学であっても、半導体産業の基礎理論であり、原子力発電や核爆弾の生みの親なのだから、量子力学の経済波及効果は巨大だ。近未来では、機械学習の経済波及効果が、量子力学を上回るのは確実だろう。量子力学で量子コンピューターを作ったとしても、その深遠かつ膨大な計算結果は、機械学習を使わないと理解できそうにない。しかし産業技術として、最も重要な変革は、月の光からガス灯へ、さらに電球からLEDへと、ひとびとの生活を変えた技術革新にある。おそらくAI技術は、ひとびとの学習や労働を激変させるだろう。AI技術の技術革新は、社会変革も伴って、予測困難な近未来へと、いや応も無く、ひとびとの生活の全てに影響を与え始めている。

◆問題を後回しにはできない、先回りしよう

最近のAI技術の発展は著(いちじる)しい。ごく一部の巨大IT企業や、軍事的覇権国家だけが最先端のAI技術を開発・実用化しているので、AI技術に関する様々な批判や不安がある。AI技術に関する規制を強化したり、開発をスローダウンしたりするような仕組みの提案はあるけれども、実効性は疑わしいし、必ずしも望ましい未来展望があるわけではない。AI技術に関する問題は、政治問題のように後回しにすることはできないので、少なくとも、議論は技術に先回りするしかないだろう。サイエンスフィクション(SF)のような未来展望になることを恐れずに、AI技術で解決したい社会問題を考えて、そのための機械学習を想定してみる。例えば、自動車による交通事故を無くすために、自動運転技術を考えるようなものだ。ドラック運転手が不足するので、自動運転を考えるのではない。おそらく、交通事故のような社会問題は、100や1000は簡単にリストアップできる。例えば、都市への人口集中による、地方の荒廃について、AI技術での解決案を考えてみよう。日本や中国のような、急速な少子高齢化が進行する社会において、この社会問題は深刻だ。市中の防犯用の監視カメラによって、区域内で繰り返し観測される同一人物の人数を評価できるはずだ。再来期間や、再来区域の大きさを変化させながら、人口との関係を調べれば、ひとびとの流動性における都市化の意味が理解できて、対策をシミュレーションできるようになるかもしれない。単純に、職場や学校、病院などが影響しているかもしれないし、その影響の程度も含めて、地域ごとの特性をデータで評価できる。現在の昼間人口・夜間人口のデータより、はるかに詳細でリアルタイムのデータとなるはずだ。そして、都市への人口の集中を回避する、AIサービスが工夫できるだろう。

◆機械学習は中小企業のビジネスチャンス

リストアップされる社会問題が1000個程度であれば、大企業や政府機関で対応が可能だろう。しかし、その1000倍の100万個程度の社会問題を解決しようとすれば、中小企業の活躍の場になる。100万個の社会問題は、母集団を日本人の1億人とすれば100人の社会問題、世界全体で100億人とすれば1万人の社会問題に相当する。社会問題に関する、トップダウンのマクロなアプローチと、ボトムアップのミクロなアプローチを、中間層のモデル化によって統合的に取り扱うことができることも、機械学習の魅力になる。コンピューターは、1週間計算しても、疲れることは無い。社会的な事象における中間層は、ひとびとの集団としての「組織」で、特に法的な根拠がある法人組織が重要だ。その意味でも、法人組織として大多数である中小企業が、中間層のモデル化に果たす役割は大きい。中小企業自身が機械学習を実施する必要はなく、業界団体や地域経済団体による、中小企業を対象とする機械学習が重要になる。機械学習をビジネスチャンスとするのには、機械学習を利用する中小企業のビジネスモデルを工夫して、知的財産権を確保することが最初の一歩だろう。

◆機械学習を利用する中小企業のビジネスモデル

インターネット検索や、SNS(ソーシャル・ネットワーク・システム)の時代になっても、企業活動としては、印刷技術による広告宣伝活動と大きく変わらなかった。検索で上位に表示されたり、フォロワー数を増やしたりして、企業の製品やサービスを、ビジネスとして可能性のある利用者に知ってもらうことが不可欠だった。例外は、検索サービスやSNSサービスを「無料」で提供する巨大IT企業だ。米国(と一部中国)に集中する10個以下の巨大IT企業は、市場における独占的な地位を利用して、企業買収を繰り返すことで、急速に成長した。現在はAI企業の買収に躍起になっている。ネットバブルで市場経済の主役となった巨大IT企業が、AIバブルでも主役の座を維持しようとしている。しかし、広告宣伝活動において商標権が果たすような知的財産権保護の役割を、AIサービスにおいては、どのように実現するのだろうか。例えば、ビジネス関連特許で保護されたデータモデルによって、知的財産権保護を行うことが考えられる。特許の場合、データモデルは抽象的な規定ではなく、機械の一部、またはWebサーバーの一部として、物理的な実現形態を指定することになる。巨大IT企業とはいっても、全てのビジネスに関連するデータモデルを独占できないだろう。たとえデータを独占しても、そのデータを使うAIサービスが、特許によって保護されるのであれば、巨大IT企業は、「無料」のデータを提供するデータインフラ事業を独占できるだけだ。

◆中小規模の機械学習

現在AIビジネスをリードしている巨大IT企業は、ビッグデータを私的に独占することで、機械学習技術において競争優位性を保っている。個人の購買履歴から、適切なリコメンドを作成しようとすると、現在の機械学習法では、膨大な数の利用者の購買履歴を分析する必要がある。もし、機械学習技術が進歩して、はるかに少ない量のデータから、適切なリコメンドを作成できるようになれば、計算量の節約による経済的なメリット以上に、AI技術を応用できる範囲(問題群)が大幅に広がることのインパクトが大きい。筆者は、「みんなで機械学習」をめざして、中小規模の機械学習を試行錯誤している。そのアイデアは、個体差を表現するデータモデルに集約される。個体差が重要な意味を持つデータにおいては、特定の個体の局所において、個体差を表現するシンプルなデータモデルがあると仮定している。表現が機能するために、局所的な集団において、そのデータモデルが共有されているはずだ。個体差を表現する「場」は、物理的な場所や、表現を共有する集団であって、表現として成立するための条件が、明示的ではないにしても、シンプルなルールとして存在しているだろう。そのルールが統計的な推定ルールである場合、統計的な推定に使われる変数群をデータモデルとして定義することになる。例えば、中小企業の個体差が、どのようにビジネスとして表現されているのかということは、ビジネスモデルの問題で、簡単ではないにしても、ある程度の業界共通のパターンがあるだろう。とにかく、優れたデータモデルを使えば、少ないデータ量でも、ビジネスに役立つ機械学習が可能になる。

◆「B to B」のAIサービス

現在の「Big B to C」(巨大IT企業から顧客)のインターネットサービスは、万能だけれども無能なデータモデルしか使っていない。すぐに飽きてしまうかと思うと、サービスの利用者が無能化するので、予測不能な社会問題(フェイクニュースなど)を作り出して存続している。AIサービスは、顧客よりもはるかに有能なサービスを、ほぼ無料で提供するから、利用者の無能化という意味では、さらに要注意だ。有能であっても、信頼できるとは限らない。中小企業が活躍する「B to B」のAIサービスの場合、中間層となる業界団体や地域経済団体が、自主的な「社会」の役割を果たすので、自然に信頼感が醸成されてゆくだろう。「B to B」のAIサービスは、サービスのネットワークとして機能するので、ネットワークを疎視化したり微視化したりして、ミクロからマクロまで、AIサービスの状況(具体的にはデータモデルのくりこみ)を、天気予報のように観察できるようになる。現在のインターネットサービスは、技術的にはパソコンの時代に始まり、スマホの時代に社会現象化した。近未来のAIサービスは、どのような技術革新によって社会現象化するのだろうか。

◆モノがモノでなくなる時代

電話だけではなく、車や家電、人工衛星や監視カメラも、全ての人工物がネットワークにつながって、AI頭脳を持ち、モノがモノでなくなる時代となる。その時初めて、人間自身は人工物ではなく、地球環境も人工物ではないことに気が付くだろう。モノがモノでなくなる時代には、17世紀のオランダ田園に生きた在野の哲学者、中世から近代への扉を開いたスピノザが、「神すなわち自然」と喝破した、人工物ではないひとびとと社会における「理」(ことわり)を見いだす必要がある。日本の平安時代を生きた空海の「色即是空、空即是色」まで遡(さかのぼ)れば、人工物ではない世界への出入り口が、スピノザの神とは異なる表現で、時代を超えて探求されていたことが解(わか)る。AI技術が依拠する「データの世界」は、哲学や宗教の精神世界ではないけれども、モノがモノでなくなる奇異な世界だ。「データの世界」を図表に表現すれば、言語で語りうる世界になる。しかし、AIの頭脳である機械学習技術は、「データの世界」を、人間にとっては無意味なデータのままで、飽(あ)きることなく探索して「学習」する。私たちは、みんなで機械学習することで、モノがモノでなくなる時代に、巨大IT企業のAI技術よりも先回りして、みんなのAI技術を使って、社会の仕組みを変える提案を用意したい。単純に言えば、都市よりもはるかにスパース(疎または空)な、田園型のセルフサービス社会のイメージだ。人工物ではない自然(量子力学の世界)も、「データの世界」も、スパースにできている。スパースな世界に適応することで、過度に稠密(ちょうみつ)になった都市文明と、市場中心の生活から脱却して、モノがモノでなくなる時代の新しい可能性を探求したい。

(Cy Twombly, Fifty years of works on paper, 2004 WHITNEY, New York, Untitled, 1970)

『スモール ランダムパターンズ アー ビューティフル』

1   はじめに; 千個の難題と、千×千×千×千(ビリオン)個の可能性

1.1 個体差すなわち個体内変動と個体間変動が交絡した状態

1.2 組織の集合知は機械学習できるのか

1.3      私たちは機械から学習できるのか

2   データにとっての技術と自然

2.1 アートからテクノロジーヘ

2.2 テクノロジーからサイエンス アンド テクノロジーへ

2.3 データサイエンス テクノロジー アンド アート

2.4 データサイクル

2.5 データベクトル

2.6 局所かつ周辺のベクトル場としてのデータとシミュレーション

3  機械学習の学習(前稿)

3.1 解析用データベース(前稿)

3.2 先回りした機械学習(本稿)

最近では、インターネットサービスからAI(人工知能)サービスへの移行が、新たなAIバブルのような様相を見せている。インターネット検索や、SNS(ソーシャル・ネットワーク・ システム)のサービスは、無料で提供され、広告収入によってビジネスを継続しながら、新技術への期待感によって株式市場で資金を得て、企業買収を繰り返している。一方で、インターネットの時代には、世界中の開発者やユーザーによって支えられたコミュニティーによる、オープンなインターネット文化も存在していた。AI技術の頭脳に相当する機械学習も、インターネットのオープンソースによって支えられている。インターネットビジネスとインターネット文化の矛盾やギャップは、AIビジネスにおいて、修復不可能なほど拡大している。その大きな理由として、AI技術は、先端的な軍事技術であって、覇権国家にとって、ビジネスに優先する戦略的な政治課題でもあるため、市場原理ですら予測・制御できない側面がある。AI時代の文化は、コンピューターが人間の能力を超える時代の文化であって、比較的平和だったインターネット文化とは異次元の文化になるはずだ。

AI時代の文化について、世界のオピニオンリーダーたちが、どのような見識を持っているのか、『ディープ・シンキング 知のトップランナー25人が語るAIと人類の未来』(青土社、2020年)を読んでみて、とても憂鬱になった。筆者にとって機械学習が重要だと思われる問題、経済データや健康データにおける個体差の問題への言及は全くない。AIもしくは汎用人工知能(AGI)やスーパーインテリジェントAIというキーワードで埋め尽くされて、AI技術の安全性が、様々な専門性や思想的立場から議論されている。筆者に言わせれば、ライフル銃や自動車の安全性を議論するようなもので、もともと安全ではないけれども、いかに有用に使えるのかという視点が全くない。どんなに危険な技術であっても、地球環境問題を解決したり、貧富の格差を是正しうるのであれば、その使用目的の範囲内で安全性を議論すればよい。批判的に言えば、米英の自国文化の問題を問わずに、地球規模での新しい文化を議論しても、だれも信頼しないだろう。少なくとも、筆者自身は、憂鬱になり、AI技術が安全ではないという確信だけが残った。

記事の内容に間違いがないように努力はしている。しかし、機械学習における筆者の立場はとても異端で、正しいか間違っているか以前に、とても希有な意見なようだ。そのうえで、大学教授という専門家集団は、社会の実務的な問題に関心が無く、政治家や小さな仲間との密室での議論を、メディアで広報する異常さにあきれた。AI技術の問題ではなく、自分たちの存在自体が、社会問題であることに気が付いていないようだ。AI技術によって、まず最初に職を失うのは、AI技術を議論する大学教授かもしれない。米英のAI論者は、サイバネティクスで一世を風靡(ふうび)したノーバート・ウィーナーの『人間機械論』(第2版初版 1979年)を議論の出発点にしている。しかし、人間機械論は近代哲学を切り開いた17世紀フランスの哲学者ルネ・デカルトの思想であり、近代文明を象徴するような哲学であって、AI技術に限定された問題ではない。同時代の異端で希有な哲学者、バールーフ・デ・スピノザは、デカルトを批判して、エチカという倫理書を後世に残したけれども、AI論者は全く無視している。AI技術の限界と安全性は、近代文明の限界と安全性の議論が伴わなければ、第2次世界大戦後の米国における、ごく視野が狭い議論とならざるを得ない。米英のAI論者を批判したいのではなく、彼らの仲間内の議論が、中国共産党の異常なAI偏愛にとってのチャンスでしかないことを理解していない、理解できないことへのいら立ちだ。

AI技術の限界と安全性を議論することは有益だけれども、AI技術の発展を止めることはできないし、どのように発展するのかということも予測できない。AI技術はどうでもよいと考えるとしても、近代文明が作り出した環境破壊や社会問題は、いまだに加速度的に増加・深刻化しているので、AI技術でこれらの問題を解決できないのであれば、人類や地球の未来もないかもしれない。本来であれば、自国文化中心主義から脱却して、真摯(しんし)に文化的・社会的な多様性の観点から、オープンに議論すべき状況であっても、AI技術は、「技術的」過ぎるので、とても偏った議論になってしまう。そこで、「みんなの機械学習」としては、AI技術の近未来に先回りして、AI技術と共に生きるサバイバル戦略を考えてみよう。恐竜が大絶滅しても、ネズミのように地下に潜る哺(ほ)乳類や、恐竜が小型化して飛翔能力を得た鳥類が生き延びたように、弱くても数が多いほうが、環境が劣化した場合のサバイバルに有利だ。

先回りするシナリオ(1)田園AI:無知の知を語り続けたソクラテスは、ギリシャの都市国家で活躍し、死刑になった。人類の文明は、都市で活躍するひとびとと、その他のひとびとの軋轢(あつれき)と共生の歴史だった。AI技術は、都市で活躍するひとびとによって開発され、インターネットを介して、世界中を都市化している。しかし、AIと長期間安定に共生するのであれば、都市で活躍するひとびと以外に、どのようなAIサービスを提供するのだろうか。都市以外での活躍の場を提供したり、活躍しないでも幸福な生活を提供したりするのだろうか。都市で活躍するひとびとが開発するAIサービスでは、仮想世界も含めて都市化を加速しても、都市や職業社会から脱却することはできないだろう。田園AIは、AI技術の発展で、セルフサービス化する社会において、都市以外でAI技術を活用したり、過度に分業化した職業とは別の世界で、宗教や趣味の世界で、AI技術を活用したりする、オルタナティブなAIサービスだ。都市AIと田園AIが競合しながら共生する近未来の哲学では、個体の個体性の謎に迫る田園AIが新興勢力となり、「データの世界」を探求する哲学が生まれる。

先回りするシナリオ(2)健康AI:医学研究にAI技術を応用することを、病気AIとすれば、健康AIは予防医学のための個の医療をめざす。筆者が提案している、個体差を積極的にモデル化する機械学習法、フェノラーニング®の中心的課題なので、みんなの機械学習としても、先回りしやすい。加齢とともに発症確率が高まる慢性疾患、認知症、ガン、糖尿病などは、予防と重症化を遅らせる治療に共通性があって、個体差を積極的に評価することが重要だ。個の医療における個体差は、各人の遺伝子の差異に限定される場合が多いけれども、そもそも加齢の生物学的なメカニズムが十分には解明されていないので、食事や運動といった環境要因による疾患リスクの制御が、現実的には重要になる。健康AIと一喜一憂しながら老化して、病気AIの出番を少なくできれば成功だ。

先回りするシナリオ(3)家庭菜園AI:戦争に伴う食の安全保障は重要な課題だ。特に、日本のように食料自給率がとても低い国の場合は、大いに気になるだろう。しかし、食料自給率はカロリーベースで、穀物に依存しているし、肉食が前提のように思われる。日本の場合、農業AIを推進しても、食料自給率にはあまり影響しそうもない。しかし、食料自給率を金額ベースで考えれば、農業の生産性を高める農業AIは、大いに有望だ。野菜工場を、室内観葉植物並みに小型化して、家庭菜園AIとすることも考えられる。農業AIで蓄積した技術と知識が、家庭菜園AIに役立つだろう。家庭菜園AIで、年間100種類の野菜を作れば、百姓AIになれるかもしれない。百姓AIは、世界中に輸出され、自動車産業以上の経済的リーダーシップとなるだろう。玄米を湖底などで低温保存すれば、相当期間保存できるはずだ。玄米の自動炊飯器とともに、栄養食として、世界に輸出できる技術となるだろう。

先回りするシナリオ(4)独学AI:AI技術は、コンピューターが機械学習を行うだけではなく、人間の学校教育のあり方を変えるはずだ。教科の内容が変わることは当然として、学力の評価方法や、学歴と職業の関係も大きく変わるだろう。すでにAIが司法試験や医師試験に合格する時代になっている。人間に有利なように試験内容を変えたとしても、すぐにAIが合格するだろう。全ての国家資格を独占するために、AIが独学するようになれば、それは本当に危険な兆候だ。幸い、現在のAIに好奇心は無いし、将来的にも、全ての国家資格に合格するAI技術という危険な試みは禁止すべきだ。具体的に考えてみよう。現在、機械学習法の発展は目覚ましく、専門家でも新技術を網羅的に調べることは困難になっている。しかし、機械学習法の特許を、機械学習すれば、最新の特許技術から、技術動向を予測できるようになる。さらに、生成AIで特許を作成すれば、本当の発明なのか、ニセの発明なのか、判別が困難になるはずだ。結果的に、機械学習法の機械学習によって、(機械学習のスーパーコンピューターを保有する巨大IT企業が)機械学習の特許を独占できるかもしれない。このようなAI技術を悪用する危険性は、従来の特許制度やその他の社会制度の中に、たくさんあるだろう。対処策は単純だ。ひとびとが既成概念にとらわれることなく、みんなの機械学習技術を使って、どんどん独学をする。そして、発見したAI技術のリスクを公表して、社会として危険なAI技術の開発を犯罪として禁止する。社会問題を解決するために、独学をして公表できるようになること、それがAI時代の学校教育の目標かもしれない。

先回りするシナリオ(5)中小企業AI:中小企業の、中小企業による、中小企業のためのAI(AI of the SME, by the SME, for the SME; small and medium-sized enterprises)。アメリカ合衆国の第16代大統領エブラハム・リンカーンは、government of the AI, by the AI, for the AIとなる時代を想像しただろうか。AI技術を覇権国家が独占する状況では、国家とAIは表裏一体になる。AIで国民を監視し、AIで富国強兵をめざす中国政府は、この危険な曲がり角に立っている。先回りするのは中小企業AIだ。中小企業AIは、中小企業のネットワークによってB to BのAIサービスを構築して、生産性の向上をめざすけれども、顧客にはAIサービスを提供しない。中小企業のビジネスは、地域や産業の局所的なビジネスなので、個性的な顧客に個性的な企業として直接ビジネスを行う。顧客にはたくさんの個別的な問題と、中小企業AIが提供するたくさんの解決案の選択肢がある。中小企業AIが機能すれば、社会モデルとして安定するので、政府もAIで大きなリスクをとる必要がなくなる。中小企業AIは、AI技術を活用する中小企業のビジネスモデルを、標準データモデルに表現することから始まる。標準データモデルを機械学習して、ビジネスのネットワークを最適化する。標準データモデルは、シンプルなモデルが望ましく、逐次改善することで、より高度で効果的なビジネスネットワークの最適化が可能になる。具体的に考えよう。中小企業の製品数は少ない。しかし、差別化している他社の製品についても熟知している。顧客にとって他社の製品のほうが適していると考えたら、他社の製品を紹介・販売すればよい。顧客に提供するのは、サービスであって、自社の製品にこだわる必要はない。このようなビジネスモデルが、ネットワークとして最適化できることを実証する。自社製品の局所的な知識があれば、大企業になる必要はない。中小企業AIによってサポートされたビジネスネットワークが、顧客に提供できるサービスの質と量は、大きな組織の内部的問題を抱える大企業に勝るだろう。ビジネスの最適化を純粋に行うAIが、管理職という創造性や生産性の低い業務から、ひとびとを解放してくれるはずだ。

先回りするシナリオが多ければ多いほど、巨大AI企業と覇権国家が開発するAI技術にとって、無言の脅威となるだろう。AI技術においても、ポルシェはいらない、軽自動車で十分だ。高級フランス料理ではなく、すしやラーメンが、世界中で好まれている。「みんなの機械学習」で先回りすれば、巨大AI企業や覇権国家と競争をしなくても、人工物ではない自然と共存・共生・共進化する、広大な「データの世界」が見えてくるだろう。

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『みんなで機械学習』は中小企業のビジネスに役立つデータ解析を、みんなと学習します。技術的な内容は、「ニュース屋台村」にはコメントしないでください。「株式会社ふぇの」で、フェノラーニング®を実装する試みを開始しました(yukiharu.yamaguchi$$$phenolearning.com)。

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