山田厚史(やまだ・あつし)
ジャーナリスト。元朝日新聞編集委員。「ニュース屋台村」編集主幹。
自民党総裁選はあす10月4日に投開票される。
「読売新聞社が実施した国会議員の支持動向調査では、小泉進次郎農相(44)が、旧派閥横断で幅広い支持を得ている実態が明らかになった。高市早苗・前経済安全保障相(64)は旧安倍派、林芳正官房長官(64)は旧岸田派を中心に浸透する中、各陣営は態度未定の議員票に狙いを定め、追い込みをかける」。
「小泉氏を支持する国会議員71人を派閥・旧派閥別でみると、無派閥が5割弱と最も多く、麻生派が2割弱、旧岸田、旧茂木両派がそれぞれ1割などだった。衆院当選5回以下の中堅・若手議員の支持は30人超で、立候補した5氏の中で最多だった。陣営幹部は『勝ち馬に乗りたい層へのアプローチが重要』と強調し、議員票の更なる上積みを図る」(9月30日付、読売新聞)
同じ日、朝日新聞は以下のように報じた。
「小泉進次郎農林水産相(44)がトップで、林芳正官房長官(64)が続いた。高市早苗前経済安全保障相(64)は3番手だった。いずれも党員・党友票を含む初回投票で過半数を得る勢いはなく、上位2人の決選投票となる公算が大きい」
こちらも「小泉優勢」を伝えている。投票前に「勝つのは誰か」を当てるのがメディアの仕事であるかのような書きぶりである。
◆決選投票に残るのは?
国会議員295人のうち朝日新聞が接触できたのは270人、このうち226人が名前を挙げ、44人が態度を明らかにしなかったという。小泉氏支持は72人、2位は林氏で57人、高市氏は37人。小林鷹之元経済安保相(50)は31人、茂木敏充前幹事長(69)は29人だった。
読売は265人から聞き取りし、小泉71人、林52人、高市37人、小林29人、茂木29人という結果だった。
両紙を比べると、小泉支持は朝日が1人多い。高市は57で同数、林は読売の52に対し朝日は5人多い57人が支持している。
社内評価はともかくとして、読者から見ればほとんど差のない調査・分析である。ニュースとされるのは「小泉進次郎が最有力」ということだ。しかし1回目の投票で決着をつけるのは困難だという。
自民党総裁選は295人の国会議員と、同数の党員票(全体の投票数を按分〈あんぶん〉して295票にする)を合わせた590票で競い合う。1回目の投票で候補の誰かが過半数を獲得すれば決定する。いなければ上位2人が決選投票に進む。決選投票は国会議員だけなので、議員の多数派工作が決定的に重要になる。
単独で過半数を取れる候補はいない。決選投票に残った候補者は、残れなかった候補者の陣営からどれだけ議員票を集められるか、そこが勝負の分かれ目だという。
直前になると「寝返り」や「勝ち馬に乗る」などの動きが舞台裏で活発になる。役職や処遇をちらつかせた一本釣りや派閥丸ごとの取り込み、かつては札束が飛び交ったという。
敗退候補の票が総裁を決める。昨年の石破総裁誕生がいい例だ。1位高市、2位石破で決選投票になり、小泉・河野・林などの票が石破に流れ、弱小勢力の石破がまさかの逆転勝利を果たした。
今回は、決選に誰が勝ち残るか。予想される組み合わせは、「小泉vs高市」「小泉vs林」「高市vs林」の3パターン。
当初は「小泉vs高市」の争いと見られていたが、選挙が始まると官房長官として政権を切り回してきた林芳正の安定感が見直され、急速に追い上げているという。小泉が決選に残れば、勝ち馬に乗る動きが高まり、小泉で決まり。
ただ、「やらせメール」など陣営の不祥事が影響し決選に残れず「高市vs林」になったら番狂わせが起きかねない、などと事情通はしたり顔で語る。
◆明確な針路を語らぬ候補者
「落ち目の自民党。総裁選はコップの中の嵐」と言われながら、なぜ新聞やテレビは連日、こうも手厚い報道をするのか。
各陣営に記者を張り付かせ、多数派工作をつぶさに探る。取材網を総動員して国会議員や地方組織の動きを追う。資金と人員を投入して世論調査を繰り返す。有権者が参加できない「コップの嵐」になぜ大騒ぎするのか。
ごくまれに短期間あった政権交代を除けば、日本の政治は自民党によって為(な)されてきた。少数与党になった今も、野党はバラバラで一本化できず、次の自民党総裁は、ほぼ間違いなく日本の首相になる。誰が総裁になるかは国民にとって重大な出来事で、大きな関心事でもある、大々的に報じるのは当然だ、とメディアは考えているのだろう。
だが、連日の大報道に接しながら、もの足りなさをおぼえる人は少なくないだろう。大事なことがスッポリ抜け落ちているからだ。
誰が勝つか、という「勝ち馬予想」の報道はあっても、「日本はどうなる」という大局が見えない。候補者も日本をこの方向に導く、という明確な針路を語っていない。
トップを走る小泉氏は、「選択的夫婦別姓」「雇用を流動化させる解雇法制の見直し」など昨年の総裁選で掲げた政策を引っ込めた。党内の保守層に支持を広げるため持論を封印したのだ。「首相になっても靖国神社を参拝する」と言っていた高市氏は明言を避けた。歯切れよさがない小泉、保守色を薄めた高市、政治家としての個性はどこへ行ったのか。
日本記者クラブ主催の公開討論会(9月24日)に出かけ、5人衆の肉声を聞いたが、討論会になっていない。意見の違いは、ほとんど感じられない。
「独自色なき討論会」「持論封印、連立先言及せず」。翌日の朝日新聞はそう報じた。しょせん、自民党の総裁である。多数派の支持を得るのにエッジが立った政策は難しい。あちこちに気遣ううちに角が取れてしまう。中庸でまとまることは悪いことでないが、誰がなっても政策に大きな違いはない、ということだ。
◆「現代の暴君」トランプとどう向き合うか
日本が順調に進んでいる時ならそれでもいいが、国民は貧しくなり、格差は広がり、高齢化と少子化で将来が危ぶまれている。そんな中で自民党はスキャンダルにまみれ「解党的出直し」が問われている。
「独自色なき討論会」の記事が載った同じ新聞に、「トランプ氏 国連猛批判」という見出しが躍っていた。国連総会の一般討論演説で、国連や欧州が主導してきたエネルギー・環境政策や移民対策をボロクソに攻撃し、「あなた方の国は地獄に落ちる」と非難した。
国際社会の中心にいたアメリカが「自国第一」を掲げ、世界の秩序を壊し始めている。日本に対しては「防衛体制の強化」を求め「防衛費をGDP(国内総生産)の3.5%に引き上げろ」と外交ルートで伝えてきた。
5人の総裁候補は「防衛力増強」、「トランプと個人的信頼関係を築く」ということで足並みはそろっている。日本の外交は「日米同盟基軸」だが、このままトランプ大統領に付き従っていていいのか。欧州をはじめ世界の国々は「現代の暴君」となったトランプ大統領との向き合い方に戸惑っている。
中国を最大のライバルと位置付け、台湾海峡が米中対峙(たいじ)の最前線となり、米国にとって日本の役割が大きく変わった。財政難のアメリカは軍事費の削減は不可避だ。対中ミサイル網を日本が肩代わりするなど、日本への要求はこれまで以上に強まるだろう。日本の首相が「信頼に足るパートナー」として自国第一のトランプの懐に飛び込んで大丈夫なのか。
◆自らの使命を見失った政治報道
「安全保障」という観点だけを考えるなら、「日米軍事同盟の強化」は、一つの選択かもしれない。
日本が軍備を強化すれば、中国も対抗するだろう。経済力をテコに防衛体制を強化する中国と軍拡競争に突入しようというのか。米国はミサイルをもっと、潜水艦の配備を、基地の拡充を、と要求するだろう。対中最前線は日本の責任で、という戦略が透けて見える。防衛省や自衛隊、日本の防衛産業などは大歓迎だろうが日本の国益につながるのか。
歳出削減が叫ばれる財政状況で、防衛費だけがアメリカの要請で急膨張している。軍拡を更に加速させることが可能なのか。医療・介護、子育て、社会保障はこれ以上削れば、社会のセーフティーネットに穴が開く。軍事予算のために増税が可能なのか。GDP2%の防衛費を達成するため1兆円の増税が予定されているが、政府は踏み切れない。3.5%にするならば更に10兆円近い財源が必要となる。増税ができなければ赤字国債で調達するのか。
トランプは10月下旬、韓国・慶州で開かれる国際会議に合わせ来日するという。新総裁は日本の首相として会うことになる。
アメリカの対日戦略は明確だ。北東アジアで中国・北朝鮮・ロシアと対峙する日本には応分の責任を果たしてもらう、ということ。言葉を変えれば「たたけばカネが出るキャッシュディスペンサー」である。
歴代首相は政権維持のため「日米同盟堅持」を掲げてきたが、トランプにも笑顔で「ウエルカム」と言えばいいのか。
大事な話は、総裁選の議論にならない。これまでのしがらみを抱えた自民党では誰が総裁になっても、答えの出しようがないのだろう。首相になる前、日米地位協定の改定に意欲を示していた石破氏も、首相になると主張を封印した。
自民党が議論できないことを追及するのがメディアの役割ではないのか。候補5人衆がそろって口にしないことを問いただす。問題提起こそジャーナリズムが世の中から求められていることだ。
現実は、自民党の当事者と一緒になって「誰が勝つか」を血眼で追う。権力者と思考回路が同調し、自らの使命を見失った政治報道は、自民党とともに滅ぶのか、それとも一緒に生き残るか。選ぶのは有権者であり、読者である。(文中一部敬称略)
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