「今なら勝てる解散」の謎
首相に解散権は世界の非常識
『山田厚史の地球は丸くない』第305回

1月 22日 2026年 政治

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山田厚史(やまだ・あつし)

ジャーナリスト。元朝日新聞編集委員。「ニュース屋台村」編集主幹。

大相撲に「優勝決定戦をいつやるかは、横綱が決める」というルールがあったらどうなるだろう。相手が故障しようが、くたびれていようが、横綱が「この日に」と決めたらその日にやる。自分が万全な時を選ぶだろう。こんな不平等は、勝負の世界であり得ない。

「取り組まなければならないことは山ほどある。解散を考えている暇はない」と言っていた高市早苗首相が、前言を翻し、衆議院解散へと突き進んだ。
 言っていたことと違うじゃないか、というのが大方の反応だが「解散は首相が決める。ウソをついてもいい」というのが政界の常識、ウソを真に受けた方が悪いということになっている。

◆「今やれば勝てる、と判断したから」で短期決戦
1月19日に記者会見した首相は「首相になってから、国民の信任を受けていなかったことがずっと気になっていた」という。公明党との連立を解消し、日本維新の会と新たな連立を組み、政策合意書を取り交わした。そうしたことも含め「高市早苗に国家経営を託していただけるのか、国民に直接判断いただきたい」と語った。
 高市早苗が首相にふさわしいか、判断することは必要だ。しかし、それが今なのか。

首相になってまだ3か月。国政の核となる2026年度予算案は、できたばかり。これから国会で審議が始まる。その前に解散してしまっては判断しようがない。「高市劇場」はまだ開演していない。主役が務まるかは、見てのお楽しみ、ではないのか。

国会が始まる前に解散に打って出たのは「今やれば勝てる、と判断したから」というのが衆目の一致するところだ。
 日本初の女性総理が、中高年の男性ばかりの国会で、颯爽(さっそう)と振る舞う姿に好感を持つ人は少なくない。支持率は70%を超え、自民が失いつつあった支持を取り戻している。野党はバラバラ、ライバルの立憲民主党の支持は10%台に低迷したままだ。このチャンスは逃したら、と首相が思ったとしても不思議はないだろう。
 総選挙の公示は27日、投票は2月8日。解散から投票まで16日間という短期決戦だ。

◆解散は「首相の特権」という軽いものではない英国
「解散は首相が好きな時、いつでも」という慣行は、日本で「当たり前」だが、世界を見渡すと、ほとんど見当たらない。政権を握る党が、自分の都合がいい時に総選挙を行うのは、フェアではないからだ。

日本のように首相が解散を決めている国に英国がある。解散権を持つのは国王だが「進言する」首相が実権を持っている。国王を天皇に置き変えれば日本と同じだが「似て非なるもの」といわれる。
 デーヴィッド・キャメロン内閣(保守党と自由民主党との連立)の2011年まで、英国も日本と同様に首相が好きな時に解散ができた。だが、政権党が解散の時期を選べるのは公平ではない、という声が高まり、2011年から「固定任期制」が採用され、総選挙は5年ごとに行われる決まりができた。早期解散は可能だが、そのためには「下院の3分の2の賛成」が必要とされる。あるいは「内閣が不信任された時」でなければできない。
 この状況下で「EU(欧州連合)からの離脱(ブレグジット)」起きた。2016年に行った国民投票で「離脱賛成」が多数を占め大混乱が始まった。キャメロン首相は責任を取って辞任。代わったテリーザ・メイ首相が2017年に「下院3分の2の合意」を得て解散に打って出た。与野党とも議席拡大を目指し、合意のもとでの解散だった。この総選挙で与党保守党は安定政権を築けず、政治の混乱は激化した。EU離脱をめぐっては保守党・労働党とも党内で意見が分かれ、議論は進まず、政局が行き詰まった。「3分の2条項」があって解散もできない。国家の重大事を抱えながら「決められない政治」が問題となり、英国の固定任期制は2019年に廃止された。
 英国は日本と同じような仕組みにまた戻った。日本ではそう受け止める向きは少なくないが、現状は全く違う。首相の都合がいい時に解散できる、という身勝手な慣行は、すでになくなっている。
 英国は慣習法の社会で、憲法はない。試行錯誤の繰り返しで基本ルールが決まる。固定任期制は廃止されたが、元に戻ったわけではない。解散は政局の行き詰まりを解消する手段として認められるもので、首相は、解散がなぜ必要か説明する責任を負う。解散権を握るのは国王で、首相が進言しても拒否することが理論的には可能だ。拒否した例はないが「拒否もありうる」という緊張感が露骨な政略解散を封じている。解散は「首相の特権」という軽いものではなく、メディアや世論も厳しい目を注ぐ。

◆「いまなら勝てる解散」の始まりは第2次吉田内閣
 フランス・ドイツ・イタリアでは、解散権は大統領にある。ドイツは戦後、一度も解散はない。国会議員は任期を全うするのが当たり前とされている。フランスはド・ゴール大統領の第五共和政になってから解散が5回あった。いずれも政局が緊迫した時で、最近は2021年、マクロン大統領が発動した。欧州議会選挙でフランスはネオナチとされる極右勢力が第1党となった。共和制にとって一大事となり、フランスの民意を問うとして行われたものだ。
 アメリカには解散という制度さえない。議会と大統領は対等な関係にあり、大統領は議会を解散する権限を持っていない。
なぜ、日本には首相が自由にできる解散の仕組みがあるのか。もとをたどると、終戦直後の政治混乱とアメリカによる占領政策の転換に行き着く。
 戦後最初の解散に踏み切ったのは吉田茂首相だった。1949年1月、吉田茂が首相の復帰(第2次吉田内閣)から1か月で電撃解散に踏み切った。この総選挙で、少数与党だった吉田の民主自由党は264議席を獲得、一気に保守長期政権の基盤を作った。野党が分裂し、バラバラ。「いまなら勝てる解散」の始まりはここにある。背後にあったのは、安定政権を作りたかったGHQ(連合国軍最高司令官総司令部)の思惑だ。
 1947年に制定された日本国憲法には、「首相の解散権」は明記されていない。69条で、衆議院が内閣不信任を決議した時、「衆議院が解散されない限り」内閣は総辞職をしなければならない、という規定があるだけだ。
つまり解散は、内閣が国会で不信任となった時、民意を問うために設けられている。これだけだと「首相の自由な解散権」はない。
 高市首相が今回発動した解散は、憲法7条にある「天皇が行う国事行為」を根拠にしている。天皇は政治への関与が制限され、「内閣の助言と承認を得て」行う職務が国事行為として列挙されている。その一つに「衆議院の解散」が書かれている。
政治に関与できない天皇が、形式的に持っている解散の権限を実質的に差配するのは首相。それなら首相が天皇に助言して解散を行える、と拡大解釈して今の制度ができた(7条解散)。
 1947年4月に行われた戦後初めての総選挙は日本社会党が第1党となり、片山哲内閣が発足。戦後民主主義の理想を掲げたが、現実路線の右派と急進的な左派が対立、連立政権は9か月で瓦解(がかい)した。民主党・芦田均内閣に代わったものの、昭和電工疑獄など内閣の不祥事が噴出、政権は行き詰まった。政権の立て直しが模索されたが、GHQは「解散には衆議院の不信任が必要(69条解散)」との見解で、7条だけでの解散を認めなかった。
 芦田内閣は野党に不信任案を出してもらう「馴れ合い解散」を模索したが、結局は総辞職に追い込まれた。

代わって組閣した吉田首相は「いま総選挙をすれば圧勝する」と読んで、7条を根拠に解散に打って出た。背後で吉田を支えたGHQは「7条解散」を黙認した。すべて占領政策の手のひらで踊る動きだった。冷戦が始まり、日本に共産主義に対抗する安定政権をつくることがGHQの課題になっていた。
 軍国主義復活に歯止めを掛ける戦後処理は「逆コース」をたどり、日本を共産圏に対抗する拠点にすることに重点は移った。安定した強い政府を作るため、与党に有利な仕組みが採用された。「解散権を拡大解釈」。首相の特権があってこそ、自民党の長期政権は可能だった。

◆首相が握る解散権の本質的な議論ないまま
 好きな時に「優勝決定戦」ができるなら、横綱の地位は安泰だ。勝負の世界には好不調がからむ。けがしても、技量が落ちても、土俵に上がることを求められれば、引退も早まる。それが相撲界の新陳代謝を促してきた。

政権交代が起きにくく、澱(よど)んだ政治をひきずる最大の要因は、首相が握る解散権ではないか。
 今回「高市首相の自己都合解散」が話題になったが、総選挙が始まれば勝敗が全て、「解散ルールはこれでいいのか」などという本質的な議論は吹っ飛んでしまった。
 メディアも「政治とカネ」には熱心だが、「首相の解散権」には鈍い。先進国ではありえないルールがまかり通る現状に、この国の民主主義が映し出されているように思う。(文中一部敬称略)

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