物価押し上げる「物価対策」
高市政権「積極財政」2つのリスク
『山田厚史の地球は丸くない』第302回

11月 28日 2025年 経済

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山田厚史(やまだ・あつし)

ジャーナリスト。元朝日新聞編集委員。「ニュース屋台村」編集主幹。

財務省がまとめた補正予算案に「ショボすぎる!」とダメ出しし、4兆円を首相自ら上積みしたという。高市早苗首相が渾身(こんしん)の力を注いだ総額21兆3000億円の大型経済政策。「強いニッポン」を目指し「強い経済」に望みを託す。旗を振る「積極財政」を形にした政策だ。威勢のいい予算だが、高市政権の致命傷になるリスクを秘めている。

◆「物価を抑える」という発想がない

総額21兆円の経済政策は3本柱だ。1本目の柱は「物価対策」、子ども1人に2万円を給付など生活支援に11.7兆円を注ぐ。2本目の柱は危機管理・成長投資、造船業や半導体など安全保障や産業政策に絡む業界向けの資金が7兆2000億円。3本目の柱が防衛費の積み増し、1兆7000億円が計上された。

物価対策の衣を被った軍事予算の拡大である。懸案だった防衛費増額を経済対策の中にサラリと潜り込ませた。アメリカから迫られトランプ大統領に約束した「GDP(国内総生産)比2%」を前倒しで達成する財政措置だ。造船業へのテコ入れも日米防衛協議の合意事項。米国の艦船を日本で修理し、米国で艦艇を製造する造船所を作ることなどが計画されている。武器輸出の解禁を視野にした軍事産業への支援も含まれるだろう。経済対策と称して、トランプに強いられた宿題を果たす。「強いニッポン、強い経済」とはこういうことである。

高市首相は政策の優先順位を問われると「物価対策が第一」といつも答える。政権維持には庶民の暮らしへの目配りが欠かせない。1本目の柱を「物価対策」としているのはその表れ。子どものいる家庭への給付、ガス・電気代の補助、ガソリンの暫定税率廃止、おコメ券発行、年収の壁引き上げ……。野党の掲げる政策も取り込み、国会対策まで意識した「大盤振る舞い」になった。

生活支援としてそれなりの効果はあるだろう。だが、減税を除けば一時金のようなバラマキだ。物価高に悩む生活者への対症療法でしかない。

暮らしを財政で支えるとしたら膨大な予算が必要になる。一時的に奮発しても長続きは困難だ。子どもへの給付2万円も1回だけ。子ども手当のように恒久的な補助ではない。多額の財政支出は市場への資金供給となってインフレを煽(あお)る。

分かりやすい例は「おコメ券」。コメは供給が十分でなく値が上がった。5キロ袋が4000円を超える高いおコメに庶民は音を上げている。そんな中で配られるおコメ券は「高いおコメを買うための補助金」である。コメ価格を抑える策ではない。

つまり高市政権の「物価対策」は物価抑制ではなく、値上がりを放置して、生活費を補填(ほてん)することで、物価高に耐えろ、という政策だ。

こうした政策を打ち出すのは「インフレやむなし」と考えているからではないか。

マクロ政策の常識に照らしても、財政出動は景気を刺激する「インフレ政策」である。「強い経済」を信奉する首相の頭には「経済を大きくしたい」という思いはあっても「物価を抑える」という発想がないのように見える。

◆「所得の再分配」になっていない経済対策

高市首相は、今の物価上昇を「コストプッシュ型の値上がり」という。強い需要に牽引(けんいん)された値上がりなら「好ましいインフレ」だが、コストプッシュ型は「好ましくないインフレ」というわけだ。

なぜコストプッシュが起こるのか。最大の要因は円安である。円安が資源や食糧など輸入物価を押し上げインフレを起こした。1ドル=110円だった2年前なら110円で買えたものが、今では155円払わないと買えない。

物価を抑えるなら円安を止めるのが政府の役割だろう。そのためには円の金利を上げるしかない。ところが高市首相は「利上げ」に否定的だ。

前回2024年の自民党総裁選挙の時、高市氏は「いま利上げするのはアホやと思う」と述べた。

「安倍後継」を掲げる高市氏は「異次元の金融緩和」を柱としたアベノミクスを信奉している。金融を締めれば経済活動にブレーキがかかり、成長が鈍化すると心配している。

高市政権になってから、円安は急ピッチだ。自民党総裁選の前日、円相場は1ドル=147円台で取引されていた。直近は158円近くまで円安が進んだ。首相に決まって、わずか1か月半で10円の円安。今なお金融緩和にこだわる高市首相の姿勢が円安を誘った。円は急速に購買力を失い、10円の円安は輸入物価を6%余引き上げる。資源や食糧が6%上がれば「コストプッシュ型」のインフレは加速する。

割を食うのは原材料を輸入に頼る中小企業や消費者だ。輸出や海外事業で外貨を稼ぐ企業は売り上げや利益が膨張する。経団連に参加する大企業や国際展開が可能な上場企業は、努力することなく利益が増える。円安は強い企業・大きい企業にとって好ましいことだが、円で生活するしかない庶民や中小企業など「経済弱者」に痛手となる。社会の格差を広げる方向に働く。

そうしたことは承知でアベノミクスは円安を煽り、大企業の利益を増やした。

経済強者に利益が集まれば、やがて富は下々に滴(したた)り落ちる「トリクルダウン」という発想があった。ところが富は強者の懐にたまるだけで、従業員の給与や設備投資などの滴り落ちることはなかった。

カネが日本国内に回らない。高市政権は大型補正予算に「物価対策」と称して家計支援に乗り出さざるを得なかった。財政を通じて、強い者・富める者からカネを集め、貧しい者に配る、ということなら話は分かるが、今回の経済対策はそのような「所得の再分配」にはなっていない。

◆税の上振れと税外収入で17兆円確保は不可能

21兆円の経済対策に必要な政府予算「俗称真水(マミズ)」は17兆7000億円が計上された。この大型補正の財源はどこから調達するのか。

「税の上振れ分と税外収入を当てるが、足らなければ国債を発行する」(高市首相)。

「税の上振れ」とは予想外に増えた税収を指す。財務官僚は、予算編成の時、税収を手堅く見積もる。実際の税収はそれより多くなるのが通例で、財務省にとっては秋の補正予算の財源としてあらかじめとっておくカネだ。税外収入は、日銀や中央競馬会の納付金などもあるが、最近は国有財産の売却益がほとんどだ。補正財源が足らない時、国が所有する都心のビルや国有地を売って稼ぐ。しかし、どうあがいても税の上振れや税外収入で17兆円を確保することは不可能だ。

政府はこのほど補正財源として11兆6000億円の新規国債を発行すると発表した。補正財源の3分の2を国債に頼る。物価対策11兆7000億円に相当する額だ。高市政権は庶民に還元する生活支援金は、儲(もう)けている強者・富者から取るのでなく借金で調達する、ということだ。国債を発行してカネをばらまく、という最悪のやり方だ。

このところ債券市場で国債が叩き売られている。国債の値が下がれば、長期国債の金利が上昇する。10年もの国債は3年前にはマイナス金利だったが、このところ1.8%台まで上昇した。高い金利をつけないと国債は消化できない、という状況だ。

市場には「責任ある積極財政といっても国民に不人気な増税はいない。結局、国債発行にたよるしかなく政府の財政は悪化する一方だ」という見方が広がっている。

英国では2022年9月、リズ・トラス首相が在任49日で辞任に追い込まれた。法人税減税をしながら財政拡大に走った結果、国債、通貨ポンド、英国株式が揃って急落「トリプル安」となり、市場が首相を不適格と宣言した。

積極財政を掲げる高市政権は2つのリスクを抱えている。

ひとつは「物価対策」と言いながら物価高を放置する政策。一部の大企業を除き、労働者の賃金は物価に追いつかず、実質賃金は下がり続け、国民に窮乏感が広がっている。物価を上回る賃上げがなければ、やがて国民の怒りに火がつくだろう。

もうひとつは財源を国債に依存するバラマキの限界。「責任ある積極財政」と口でごまかしても、市場は騙(だま)せない。合理性を失った政策に市場は黙っていないだろう。

インフレ政策と国債乱発。威勢だけはいい高市首相は、危ない橋を渡っていることをどこまで自覚しているだろうか。

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