п»ї 大使公邸料理とディプロマチックセンス『記者Mの外交ななめ読み』 | ニュース屋台村

大使公邸料理とディプロマチックセンス
『記者Mの外交ななめ読み』

8月 08日 2013年 国際

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記者M

新聞社勤務。南米と東南アジアに駐在歴13年余。年間100冊を目標に「精選読書」を実行中。座右の銘は「壮志凌雲」。目下の趣味は食べ歩きウオーキング。

岸田文雄外相はこのほど、大使館など日本の在外公館で開くパーティーの料理の質が落ちていると指摘したうえで、在外公館予算の上積みを各党に呼びかけた。これを報じた全国紙の記事を俎上に載せて「Yahoo! JAPAN」が「日本大使館の料理予算増加をどう思う?」との問いで意識調査を行ったところ、計3万5585票が寄せられた。結果は「減らしたほうがいい」が1万7998票(全体の50・6%)、「現状のままでいい」が9080票(同25・5%)、「増やしたほうがいい」が8507票(同23・9%)だった。

この結果について、僕は「妥当」だと考える。ただし、「減らしたほうがいい」と考えるのが「妥当」なのではない。おおかたの日本人がなんでもかんでも節約節約と考えているその志向は、大使公邸の料理についても及んでいることを示した「平均的な回答」という意味において「妥当」だと考えるのだ。

しかし、聖域なき極端な節約志向はときに、外交力の衰退を招き、国益を阻害することがある。

◆ベジタリアンが好むごちそう

少し前の話だが、日本の在外公館の中でワインを大量に備蓄・保管しているところがやり玉に上がった。高価なうえに、パーティーをかなり開いても底をつかないほど大量で、結局、売りに出すことで決着がついた。いかにも、節約志向の平均的日本人の選びそうな評定(ひょうじょう)である。しかし、なんでもかんでも、「ぜいたく」「無駄遣い」などという言葉でくくるのはおかしい。要は、その使い方と、使った後の成果がどうだったか、ということが問題なのだ。

数年前、世界各地にある日本の在外公館(2013年7月現在で大使館135公館、総領事館61公館)の公邸のパーティーの開催頻度について調べたことがある。非公表の数字なので、外務省関係者の複数の証言に頼らざるを得ないが、それによると当時、最も多かったのは駐フランス大使公邸だった。「華のパリ」だし、国際機関の出先もかなり集まっているから、「さもありなん」と特に違和感はもたなかった。

ワシントンの日本大使館はといえば、駐在経験のある同僚によると、懇談の場は駐米大使公邸よりもワシントン市内の高級レストランのほうがずっと多いらしい。外務省関係者の証言では、上位にはランクされていなかった。

2番目はどこかといえば、これには正直驚いた。駐インド大使公邸である。当時の大使(すでに退官)は何度か会ったが、とにかくエネルギッシュで、外交官というよりも外交術に長けたやり手の政治家然としていた。館員たちは「難易度の高い宿題をたくさん出されて大変です」とぼやいていたが、この大使の在任中、日印の政府要人の相互往来が頻繁に続き、2国間関係は加速度的に強化された。

その実力派大使の公邸の料理とは、いったいどんな内容だったのか。

駐インド大使公邸のパーティーに招かれたことがないので公邸料理人の得意とする料理が何かは知らないが、外務省関係者はこう耳打ちしてくれた。「いまだにカースト制度が残るインドにあって招待される客の大半は上流社会のベジタリアン(菜食主義者)。公邸にいつも大勢集まるのは、公邸の料理の魅力というよりも、そこに集まる人たちの『情報』がお目当て。それこそがごちそうなんです」。詰まるところ、大使は「人寄せパンダ」。ニューデリーの外交団の中でも特に人気があった日本大使の周りには自然と人が集まり、情報も集まったというわけだ。

◆食や文化によるアプローチ

タイの日本大使公邸では、日本料理が好きな王族を招いて外交関係の修復に努めた時期があった。

日本とタイの関係は、タイのチュアン民主党政権が交代するまでは極めて良好だった。タイ首相府のチュアン首相の執務室の机の上には小渕恵三首相(当時)自らが描いたチュアン首相の似顔絵が飾られていた。両首脳の緊密な関係を示すエピソードの一つである。チュアン首相は小渕首相が急逝した折、在タイ日本大使館が弔問の受付を開始すると同時に真っ先に訪れ、深々と頭を垂れて弔意を表した。

しかし、チュアン首相は総選挙で新興政党のタイ愛国党に大敗。新たに政権の座に就いたタクシン氏は日本との「対等な関係」を主張し、これを日本側が「天に唾するもの」(当時の日本外務省幹部)と反発するに至って、両国の外交関係はボタンの掛け違いのようないびつなものになってしまった。

こうした事態に陥った主因は、総選挙でタイ愛国党が大勝するという確定的な予測がありながら、当時の日本大使館がチュアン民主党政権との蜜月関係を重視するあまり潮目を見誤り、タクシン氏らタイ愛国党関係者へのアプローチが後手に回ってしまったからに他ならない。

当時の日本大使館幹部は「日本のメディアはわれわれにまったくアプローチしてこないけれど、いったいどうやって選挙情勢の分析をしているんでしょうか」と真顔で尋ねてきたことがあった。1990年代前半ごろまでの南米やアフリカならわからないでもないが、日本のメディアは日本大使館の情勢分析に頼らずとも、地元メディアの関係者から情報を得たり、大票田の選挙区を直接取材したりするなどして大勢をつかんでいた。情報の「蚊帳の外」にあったのが、日本大使館だったのである。

タクシン氏が日本大使公邸の晩餐会に行ったのは、総選挙で勝利した後のことだ。タクシン氏はそのずっと前にアメリカや中国の大使公邸でのパーティーに招かれていたし、首相就任後に外遊先として日本を訪問したのも、アメリカや中国を訪れた後のことだった。

ただし、日本外務省にとって「かわいくない国」と映ったタイとの関係の修復に腐心した大使もいた。東宮侍従長などを歴任したある大使は日本皇室とタイ王室の歴史的な関係を重視。大使在任中に天皇皇后両陛下のタイ訪問を実現させたほか、日本料理が好きなタイ王室関係者を公邸に招いてもてなすなどして外交関係改善の糸口を探るよう努めた。この大使によると、事前に着物を用意しておいたところ、ゲストの王室関係者が興味を示して袖を通してみたという。こうした王室に対する食や文化によるアプローチによっても劇的な関係改善には至らなかったが、国王を「国父」と崇めるタイの国民や政府関係者からは「親タイ派」と見られたようだ。

◆ディプロマチックセンスをもつ

自民党外交部会は先の参院選で大勝する前、在外公館の予算確保などを求める「外交実施体制の強化を求める決議」を採択し、安倍晋三首相に申し入れた。

決議では「各国が極めて積極的な外交体制強化を図っている中で、わが国の体制は相対的に弱体化している」と指摘し、2014年度予算での対応を求めた。自民党政務調査会の外交力強化に関する特命委員会は第1次安倍内閣当時の07年9月に「外交力強化へのアクション・プラン10」を提言。この中で「『日本の顔』、最後の『砦』たる在外公館の充実・強化」をうたっている。外務省関係者によると、大使館など在外公館は賃貸が多く、国有化率は43%にとどまる。在外公館でのパーティー開催についても予算が10年間で約40%削られ「中国に比べて質・量で見劣りしている」という。

日本はいま、中国の猛烈な外交攻勢の前に国際社会の舞台でも大きく水をあけられている。中国共産党機関紙・人民日報系の国際問題紙・環球時報は7月23日付の社説で、参院選で自民党が圧勝したことを受け、「両国は現在、一種の『冷対抗(冷たい対立)』状態に入った」と指摘。「われわれは、中国指導者が長期的に安倍と会わず、中国高官も対日関係で発言しないよう提案する」と主張した。社説はまた、「中国の戦略における中日関係の重要性は中ロ・中米よりも低い」と分析。「(日中関係は)日本にとっては『最も重要な2国間関係の一つ』だが、中国にとっては必ずしもそうではない」とし、両国関係の主導権は中国にあるとの見方を示した。

冷たい関係が長期化している中国との比較や先鋭的な中国共産党系新聞の主張を紹介すると「嫌中派」を勢いづかせることにもなりかねない。しかし、それは本意ではない。中国に対して、卑屈になったり自虐的になったりする必要もない。一般家庭や企業と混同して在外公館予算に対しても切り詰めばかりを迫る冒頭の「平均的な回答」をした人たちに対し、日本大使公邸でのパーティーやそこで供される日本料理が外交上の有力なツールの一つであることをぜひ知ってほしいのだ。

なかなか理解が得られないのは、一部の大使公邸でいまだに日常的に冷蔵庫やワインクーラーのドアが公私の別なく開けられているといううわさが絶えなかったり、一部の国会議員が「外遊」の名目で在外公館を拠点に、これまた公私の別なく便宜供与を強いていたりするケースがあるからだろう。

国際政治学者ハンス・モーゲンソーはかつて、「外交は国力の一要素として最高の重要性をもっている」と説き、 吉田茂は自著『回想10年』(新潮社、全4巻)の中で、ウィルソン米大統領の外交顧問だったエドワード・ハウス大佐から「ディプロマチックセンス(外交的感覚)のない国民は、必ず凋落する」と指摘されたと書いている。日本人は「内向き」と言われて久しいが、国内に閉塞感が漂ういまこそ狭窄的視野を排除しつつ、一人ひとりが足下の外交を考えるときに来ていると痛感する。


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