小澤 仁(おざわ・ひとし)
バンコック銀行執行副頭取。1977年東海銀行入行。2003年より現職。米国在住10年。バンコク在住27年。趣味:クラシック歌唱、サックス・フルート演奏。
米の価格上昇が止まらない。小泉進次郎農林水産大臣の就任によって備蓄米売却の随意契約が実施され、当面の間は安価な米が市場に出回るかもしれない。しかし90万トンしかない備蓄米が米価の低下にどの程度貢献するかは不透明な状況である。米価高騰の原因を「天候による米の一時的不作」や「一部業者による買い占め」のせいにする議論が目立つ。しかしこうした指摘は正しいのだろうか。世界の農業先進国と比較すると、明らかに日本の農業政策は異質である。米国や中国などの農業先進国が農業生産物を増やしている中で日本の農業生産量は近年低下を続けている。一方で、農薬使用量はこれら大国に比べて日本は多い。また、農業補助金のあり方も世界の潮流からは外れている。
今回はバンコック銀行日系企業部の佐藤功哉(こうや)さんが作成した「世界各国の農業の現状と比較」と題するレポートを2回に分けて紹介する。世界の農業大国の農業政策などをデータに基づいて分析したものである。日本のコメ不足が日本の農業政策の異質さに起因していることがおわかりいただけるであろう。
- 世界の農業動向
(1)農業総生産量の推移
図1 世界の農業総生産量の推移(棒グラフー農業生産量、折れ線―伸び率)
出典:国連食糧農業機関(FAO)「FAOSTAT」より筆者作成
・世界全体の農業総生産量は2000年の約73億トンから2022年は約115億トンと約158%の成長をしており、各年の推移は緩やかな増加傾向である。2004年は主に北米での好天の影響、2007年から2008年にかけてはヨーロッパをはじめ世界各国で小麦の豊作の影響により高い成長率を記録している。
・反対に2009年にはリーマン・ショック、2020年には新型コロナウイルスの影響で前年対比の成長率がほぼ横ばいとなっており、世界規模の危機事象との相関が確認できる。また、2011年の高成長はリーマン・ショック時に生産量が伸び悩んだものが景気回復に合わせ生産量が増加したものである。
図2 主要各国+日本の総生産量に占めるシェア(2000年、2022年)
出典: FAO「FAOSTAT」より筆者作成
・農業生産に占める各国のシェアを見ると、2000年から2022年にかけて中国、インド、ブラジル、アメリカの上位4カ国が占める割合は42.4%から42.86%と微増しており、これら4カ国の動向および気象条件が世界全体の食糧供給に大きな影響度合いが高まっていることがわかる。また、国別のシェアを見ると中国、インドはわずかな割合の変化である一方でブラジルは割合が大きく上昇しており、反対にアメリカの割合が低下していることが見て取れる。
図3 主要各国+日本の総生産量の推移
出典: FAO「FAOSTAT」より筆者作成
・2000年と2022年における農業生産における上位5カ国(中国、インド、ブラジル、アメリカ、フランス)と日本の生産量を見ると中国、インド、ブラジルの3カ国は2000年からの生産量の増加幅が大きい一方で、アメリカは生産量の増加幅が小さく、フランスと日本に関しては2000年と比較してわずかながら減少している。
次の項では、主要各国および日本の各種農業指標から傾向について分析を行う。
1.各国の農業指標に関する分析
①農作物総生産量との関連
表1 農業生産量と関連する指標
出典:世界銀行「World Data Bank」、FAO「FAOSTAT」、OECD「Data Explorer」、各国農業機械業界団体、各種報道発表を基に筆者作成
※化学肥料は植物の成長を促進する目的で投入されるもので、主に窒素やリン、カリウムなどがある。一方、農薬は害虫や病気から植物を守り、土壌を変質させるために投入されるもので、殺虫剤やpH調整剤などがある。
・農作物の総生産量が多い国では農業従事者も多く、農薬などの農業資材に頼らない生産が主流となっていることから、農薬の使用量が少ない傾向が見られる。その中でインドと中国の間では、中国の方が従事者1人当たりの生産額が大きく、農薬などの農業資材に対する支出を行うことができるため、農薬使用量の順位が逆転している。
表2 インドと中国の従事者1人当たりの生産額の比較
出典:FAO「FAOSTAT」を基に筆者作成
・農作物総生産量が大きく成長している背景には販売台数の伸長によるトラクターの普及がある。特にブラジルでは耕地面積が拡大傾向で、農業従事者1人当たりの耕地面積も増加していることから農業機械の重要性が高く、インドとの間で成長率の順位が逆転している。
表3 インドとブラジルの国土面積に占める耕地面積割合
出典:世界銀行「World Data Bank」、FAO「FAOSTAT」を基に筆者作成
・農作物総生産量の成長率が高い国では、生産性を高める化学肥料の使用量成長率が高い傾向にある。一方、FIBL(スイス有機農業研究所)とIFOAM-Organics International(国際有機農業運動連盟)の発表資料によると、2022年におけるフランスの耕地面積に占める有機農業取組面積の割合は10.0%と日本の0.7%を大きく上回っており、有機農業への取り組みの差から、化学肥料の使用量成長率について日本、フランス間の順位が逆転している。
②GDPに占める農業分野の割合との関連
・GDP(国内総生産)に占める農業分野の割合が高い国では人口1人当たりのGDPが低くなる傾向にあり、国家としての成長を図るには、農業分野の割合が低下する必要があることを示している。
・また、農業従事者数が生産量に直結するため労働人口に占める農業従事者の割合も高い傾向にある。一方で、日本とフランスでは、フランスの農業従事者1人当たりの耕地面積が日本よりも広く、少人数での大規模農業が行われていることからGDPに占める農業分野の割合はフランスの方が高くなっている。
表4 フランスと日本の農業従事者1人当たりの耕地面積比較
出典:世界銀行「World Data Bank」、FAO「FAOSTAT」を基に筆者作成
③農業所得に対する政府補助との関連性
表5 政府による農家に対する補助手法の比較
出典:各種WEBサイトより筆者作成
※インドの価格支持政策は国際価格より低い水準のため、消費者保護的な側面が強く、農家保護にはつながっていない。
・政府による農家への補助政策には「価格支持」と「直接支払い」の2種類が存在する。価格支持は農作物の価格を下支えすることで農家の収入を確保するものであり、農家にとっては生産物の買い取り価格が安定するため生産計画を立てやすくなるメリットがある。一方で、価格が政策動向により左右されることから国際価格との間に乖離(かいり)が生まれやすい。
・一方、直接支払いは、農家に対し一定金額を直接支給するという仕組みであり、生産量の多寡では補助金額が変わらないという特徴がある。直接支払いでは農作物の市場価格に影響を及ぼさないため、国際的な競争力が維持されやすい。
・2000年時点では多くの国が価格支持政策を採っていたが、補助水準の維持による国際的な競争力の低下や財政負担を鑑み、欧米諸国を中心に直接支払いへの移行が進んだ。一方、日本は引き続き価格支持に重点を置いており、また中国でも2000年代前半以降、農民保護のために価格支持が採用されている。
・農業総生産量の成長率が低い国では生産性減少への対策として政府による補助割合が高くなる傾向にある。反対に農業総生産量の成長率が高い国では政府による補助の割合が低くなる傾向にあるが、ブラジルは市場経済型で政府補助に頼らない農業構造が構築されており、化学肥料や農薬の積極投入などの生産性向上の取り組みを行っていることから、特に高成長を遂げている。
表6 ブラジルの1haあたりの化学肥料、農薬の使用量
出典:世界銀行「World Data Bank」、FAO「FAOSTAT」を基に筆者作成
・労働人口に占める農業従事者の割合が大きく減少している国では離農防止への支援が増加することから、農業所得に占める政府補助の割合が増加、もしくは減少幅が小さくなる傾向にある。その中でブラジルでは企業や外国資本の参入により、省力化投資が進んでいるため特に農業従事者の減少率が大きい。一方、日本は新規就農支援や離農防止に対し積極的な支援を行っているため、農業従事者の減少幅が抑えられている。
④生産性との関連
・トラクターの販売台数の成長率が高い国では、トラクターの導入により工程が最適化、省力化され生産性が向上するため1ha当たりの生産額の成長率が高くなる傾向にある。
・労働人口に占める農業従事者の割合は低い国では、生産性を高めるために農業資材の投入などが積極的に行われるため、農業従事者1人当たりの生産量が多くなる傾向にある。特にブラジルでは組織的な大規模農業が中心となっていることから1人当たりの生産量が大きくなっている。
⑤まとめ
・人口1人当たりのGDPが多い国では、GDPに占める農業分野の割合が低い傾向にあり、労働人口に占める農業従事者の割合も低くなっている。
・また、農業従事者が少ない国では農業総生産量も少なくなる傾向にある一方で政府補助の割合が大きくなる傾向が見られ、それに合わせて農薬などの農業資材の使用量も多くなる傾向にある。
・化学肥料使用量とトラクター販売台数の2項目は農作物総生産量及び1haあたりの生産額と相関関係にあり、農業生産性の向上には特に化学肥料とトラクターが寄与していることがわかる。
・政府補助の割合の低下幅が大きい国では、全労働者に占める農業従事者割合が低下している。これは補助割合低下により採算が取れない農家が離農していることを示しており、農家は生き残りのため生産性を高めていくことが必要である。(以下、第294回に続く)
コメントを残す