小澤 仁(おざわ・ひとし)
バンコック銀行執行副頭取。1977年東海銀行入行。2003年より現職。米国在住10年。バンコク在住27年。趣味:クラシック歌唱、サックス・フルート演奏。
前回第293回に引き続き、バンコック銀行日系企業部の佐藤功哉(こうや)さんが作成したレポートの後半を紹介する。今回は諸外国(中国、インド、ブラジル、アメリカ、フランス)と日本の農業動向の現状と、前回も含めたレポート全体のまとめである。
- 諸外国の農業動向
(1)中国
図4 中国の農業総生産量と農業所得に占める政府補助の割合推移
※3ヵ年の移動平均法による 出典:FAO「FAOSTAT」、OECD「Data Explorer」より筆者作成
表7 中国の農業関連指標の推移
出典:中国統計年鑑(各年版)、世界銀行「World Data Bank」、FAO「FAOSTAT」より筆者作成
図5 中国の主要農作物の生産量シェア
出典: FAO「FAOSTAT」より筆者作成
<相関関係>
農作物総生産量 × とうもろこし総生産量
化学肥料使用量 × トラクター保有台数 × かんがい面積 × 政府補助の割合
①中国の農作物総生産量はとうもろこしの生産量増加を主因として各年緩やかな成長を続けている。2000年から2022年までの間に全世界のとうもろこしの消費量は家畜用飼料やバイオエタノールの原料として需要が高まりを背景に2倍以上へ増加している。
表8 全世界のとうもろこし消費量の推移
出典:アメリカ農務省「PSD Online」より筆者作成
②2004年にスタートした優良品種栽培農家への補助の結果、2005年から2010年までの間の総生産量の成長率は15%以上となっており、この政策が中国の農作物総生産量の増加に大きく寄与していることがわかる。
③中国国内のトラクターの保有台数は所得水準向上や2002年開始の農業機械購入補助制度の結果、2000年から2005年の間に1.6倍に増加している。また、化学肥料使用量についても政府の補助増加などにより農業資材導入の余裕が生まれた結果、2015年には1haあたり421.96kgと2000年から大幅に増加している。
④農業所得に占める政府補助の割合は農業機械購入補助や一定金額の直接給付、最低買い付け価格制度(農家に対し政府が一定の価格での買い取りを補償する制度)などの政策により、2000年から2015年ごろまで上昇を続けている。
(2)インド
図6 インドの農業総生産量と農業所得に占める政府補助の割合推移
※3ヵ年の移動平均法による 出典:FAO「FAOSTAT」、OECD「Data Explorer」より筆者作成
表9 インドの農業関連指標の推移
出典:世界銀行「World Data Bank」、FAO「FAOSTAT」、Tractor and Mechanization Association (TMA)発表資料より筆者作成
図7 インドの主要農作物の生産量シェア
出典: FAO「FAOSTAT」より筆者作成
<相関関係>
・化学肥料使用量 × トラクター販売台数 × 1haあたり生産額
・農作物総生産量 × 農薬使用量
・全労働者に占める農業従事者数 × トラクター販売台数
①農作物総生産量は農薬投入量の増加により2005年以降成長が続いている。農家への給付制度が2005年に開始して以降、農薬を投入する農家が増加したことで土壌の改善や虫害の抑制につながり、生産量が増加している。
②主要生産物はサトウキビ、コメ、小麦の順となっているが、総生産量に占めるシェアは低下傾向である。一方、バナナやとうもろこしといった作物のシェアが増加しており、栽培作物が多様化していることがわかる。
③政府の化学肥料メーカーへの規制のため、農家は安価に化学肥料を使用できる体制となっている。そのため農家の所得増加に伴い化学肥料の使用量が増加しており、1haあたりの生産額の成長につながっている。
④また、トラクターの販売台数も生産性との間に関連がある。トラクターは幅広い用途で使用されているほか、農業従事者数の減少を背景に販売台数が続伸している。加えて2010年代初頭以降、「カスタムハイアリング」と呼ばれるシェアリングサービスが拡大したことも販売数増加の要因となっている。
⑤農業所得に占める政府補助の割合は、政策に国内価格が国際価格より安い水準で維持されていることから、農家にとっては逸失利益が生じており、2000年以降一貫してマイナスで推移している。
(3)ブラジル
図8 ブラジルの農作物総生産量と耕地面積の推移
※3ヵ年の移動平均法により作成 出典: FAO「FAOSTAT」より筆者作成
表10 ブラジルの農業関連指標の推移
出典:世界銀行「World Data Bank」、FAO「FAOSTAT」、OECD「Data Explorer」より筆者作成
図9 ブラジルの主要農作物の生産量シェア
出典: FAO「FAOSTAT」より筆者作成
<相関関係>
・農作物総生産量 × 耕地面積 × 1haあたり生産額
・政府補助の割合 × 化学肥料使用量
①農作物総生産量は外国法人による大規模な農地開発を行ったため大幅に増加している。ブラジルでは外資規制が少なく、外国資本による新たな耕地の開発が盛んになっている。
②近年は耕地開発が盛んな北西部のブラジル高原に位置する「セラード地帯」というサバンナ地域は水はけが良い一方で低栄養な土壌である。そのため、農薬の投入による土壌改善や化学肥料による成長促進が行われたため生産量の増加に合わせて、農薬、化学肥料の使用量が増加している。
③開発によるアマゾンの熱帯雨林の減少などを背景にブラジル政府は2010年に森林伐採や化学肥料、農薬投入量を規制する「Programa ABC」政策を施行。そのため2012年以降は総生産量、耕地面積の双方とも成長が鈍化している。
④2000年から2022年にかけて総生産量に占めるサトウキビ、大豆、とうもろこしのシェアが増加しており、2022年時点ではブラジルの総生産量のうち88%以上がこれら3品目によって占められ、重要性が増していることがわかる。
(4)アメリカ
図10 アメリカの農業総生産量と農業所得に占める政府補助の割合推移
※3ヵ年の移動平均法により作成 出典:FAO「FAOSTAT」、OECD「Data Explorer」より筆者作成
表11 アメリカの農業関連指標の推移
出典:世界銀行「World Data Bank」、FAO「FAOSTAT」、OECD「Data Explorer」より筆者作成
図11 アメリカの主要農作物の生産量シェア
<相関関係>
農作物総生産量 × 化学肥料使用量
政府補助の割合 × 農薬使用量 × かんがい面積
①アメリカの農作物の総生産量は前述の3カ国と異なり、5年間の伸び率の変化が小幅な動きとなっていることが特徴的であり、その生産量は化学肥料との相関関係が見られる。
②家畜用飼料やバイオエタノール向けの需要が高まったことで、とうもろこしの生産量が大幅に増加している。特にアメリカ国内ではバイオエタノール向けの消費量は2000年から2022年までの間に3倍以上に成長している。
図12 アメリカ国内のとうもろこし利用用途の推移
出典:米国農業省「Feed Grains: Yearbook Tables」より筆者作成
③アメリカの農家の農業資材導入の意思決定には、政府による補助度合いが影響を及ぼしており、農薬使用量や灌漑面積の拡大率の推移は、農業所得に占める政府補助の割合と同じく大幅に低下している。
(5)フランス
図13 フランスの農業総生産量と農業所得に占める政府補助の割合推移
※3ヵ年の移動平均法により作成 出典:FAO「FAOSTAT」、OECD「Data Explorer」より筆者作成
表12 フランスの農業関連指標の推移
出典:フランス農業・食料省発表資料、世界銀行「World Data Bank」、FAO「FAOSTAT」、OECD「Data Explorer」より筆者作成
図14 フランスの主要農作物の生産量シェア
出典: FAO「FAOSTAT」より筆者作成
※甜菜(てんさい)は「ビート」とも呼ばれ、砂糖の原料となる地中海原産の植物。寒冷に強く、日本では主に北海道で生産されている。
<相関関係>
・農作物総生産量 × 1haあたりの生産額
・有機農業売上高 × 政府補助割合
・農薬使用量 × 化学肥料使用量 × 農業従事者1人当たりの耕地面積
①農作物総生産量、1haあたりの生産額がともに2000年以降緩やかな減少傾向にあり、農作物の生産構造も2000年以降大きく変化していない。
②農作物のシェアを見ると、小麦との転作により大麦の生産量が増えた結果、とうもろこしとの間で順位が逆転している。この大麦は小麦と同様にパンなどの材料として使用されるほか、家畜用飼料の原料として利用されている。
③フランスでは2008年に「エコフィトプラン」という有機農業の推進を図る政策が施行されるなど有機農業に取り組む農家に対し積極的な支援を行っており、有機農作物市場は2022年には2000年対比で13倍以上に伸長している。
④一方、有機農業による差別化を図る農家と、農薬や化学肥料の導入により生産性を向上させることで収入を図る農家に二極化しており、農薬と化学肥料の使用量はともに2010年以降再度増加に転じている。
(6)日本
図15 日本の農業総生産量と農業所得に占める政府補助の割合推移
※3ヵ年の移動平均法により作成 出典:FAO「FAOSTAT」、OECD「Data Explorer」より筆者作成
表13 日本の農業関連指標の推移
出典:農林水産省発表資料、世界銀行「World Data Bank」、FAO「FAOSTAT」、OECD「Data Explorer」より筆者作成
図16 日本の主要農作物の生産量シェア
出典: FAO「FAOSTAT」より筆者作成
<相関関係>
・労働人口に占める農業従事者の割合 × トラクター販売台数
・1haあたりの生産額 × 農業総生産量 × 農薬使用量 × 化学肥料使用量
①2000年以降の農業総生産量、1haあたりの生産額は減少傾向にあり、各農作物の生産構造も大きく変化していない。一方、コメについては政府による生産割り当てにより生産量が維持されており、相対的にシェアが上昇している。
②1haあたりの生産額は農薬使用量、化学肥料使用量との間に相関関係が見られる。農薬、化学肥料ともに2010年から2015年までの5年間の減少率が最も高くなっているが、これは2011年から、投入する農薬および化学肥料を50%以上低減する営農者に対し補助金を助成する「環境保全型農業直接支払交付金」の制度がスタートしたためである。
③2022年の全労働者に占める農業従事者の割合は2000年の6割程度にまで低下している。そのため国内のトラクター市場も縮小しており、2022年の販売台数も2000年のおよそ6割の水準となっている。
④近年、欧米諸国の農業政策が「価格支持」方式から「直接支払い」方式に転換したことで政府補助の割合及び価格支持方式の割合が低下している一方、日本では引き続き減反政策などの「価格支持」方式を採用しているため、農業所得に占める政府補助の割合は世界的に非常に高水準であり、2022年時点も40%と高い水準を維持している。
図17 アメリカ、フランス、日本の農業所得に占める政府補助の割合及び補助に占める価格支持方式の割合推移
出典:OECD「Data Explorer」より筆者作成
◆全体のまとめ
・世界全体での農業総生産量は2000年の約73億トンであったものが2022年には約115億トンと2000年対比で約158%の成長であり、各年の推移は緩やかな増加傾向である。農業生産に占める各国のシェアを見ると、2000年から2022年にかけて中国、インド、ブラジル、アメリカの上位4カ国が占める割合は42.4%から42.86%と微増しており、これら4カ国の動向および気象条件が世界全体の食糧供給に大きな影響度合いが高まっている。
・人口1人当たりのGDPが多い国では、GDPに占める農業分野の割合が低い傾向にあり、労働人口に占める農業従事者の割合も低くなっている。また、農業従事者が少ない国では農業総生産量も少なくなる一方で政府補助の割合が大きくなり、農薬などの農業資材の使用量も多くなる傾向にある。
・化学肥料使用量とトラクター販売台数は農作物総生産量及び1haあたりの生産額と相関関係にあり、農業生産性の向上には特に化学肥料とトラクターが寄与している。
・政府補助の割合の低下幅が大きい国では、全労働者に占める農業従事者割合が低下している。これは補助割合低下により採算が取れない農家が離農していることを示しており、農家は生き残りのため生産性を高めていくことが必要である。
・中国では、農業機械購入補助や優良品種栽培補助など、農家に対して積極的に支援を行っており、農業の近代化が実現され生産量の増加に貢献している。また世界的な需要増に伴い、とうもろこしの生産量が増加している。
・インドでは、トラクターが農業用以外にも幅広い用途で使用されており、農業従事者数が減少傾向の中、生産量を維持するために農業機械の必要性が増しているため、販売台数が続伸しており、生産性向上に寄与している。
・ブラジルでは、外国法人による大規模な農地開発を要因に農作物総生産量が大幅に増加している。中でも2022年時点でサトウキビ、大豆、とうもろこしの合計シェアが総生産量の88%以上を占めており、重要性が増している。
・アメリカでは、農作物総生産量は小幅な成長である一方、家畜用飼料やバイオエタノール向けの需要が高まったことでとうもろこしの生産量が大幅に増加している。
・フランスでは、農作物総生産量、1haあたりの生産額がともに2000年以降緩やかな減少傾向にあるが、政府の積極的な推進策を背景に有機農作物市場は2000年から2022年までの間に13倍以上に伸長している。
・日本では、農業総生産量、1haあたりの生産額ともに2000年以降減少傾向にあることに加え農業従事者数、トラクターの販売台数もそれぞれ2000年の6割程度にまで落ち込んでおり衰退が顕著である一方で、農業所得に占める政府補助の割合は世界的にも高水準な推移をしている。
・「価格支持」方式による農業補助政策の結果、農作物価格が高止まりしていることで日本産農作物の国際競争力が失われている。そのため、補助手法を国内価格と国際価格の乖離が少なくなる「直接支払い」方式へ徐々に切り替えていく必要があると考えられる。
※『バンカーの目のつけどころ 気のつけどころ』過去の関連記事は以下の通り
第293回「コメ不足ニッポン その現状と外国との比較(上)」(2025年6月6日付)
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