小澤 仁(おざわ・ひとし)

バンコック銀行執行副頭取。1977年東海銀行入行。2003年より現職。米国在住10年。バンコク在住27年。趣味:クラシック歌唱、サックス・フルート演奏。
8月下旬から3週間にわたり米国に出張したが、今回の大きな目的の一つが米国の自動車事情を実際に見ることにあった。コロナ禍の影響が急速に薄れた2023年以降、タイの自動車市場はあっという間に中国企業に席巻されてしまった。中国はコロナ下でのロックダウンを機に電子決済などのデジタル化、EC(電子商取引)によるデリバリーが急速に進展。一方、2014年に労働生産人口(15~65歳までの人口)がピークアウトしたあと、中国経済はいわゆる「失われた30年」に突入。中国国内の景気低迷を受け、電気自動車(EV)メーカーをはじめとして中国の民間企業は大挙して海外に進出した。
タイはこうした中国企業の橋頭堡(ほ)になっており、特に日本の牙城(がじょう)ともいえるタイの自動車産業はその影響が顕著である。タイ政府によるEV奨励・促進策に乗じて、2023年7月以降、中国のEVメーカーはタイ市場に攻勢をかけた。否、中国自動車企業の販売攻勢はタイに限った話ではない。タイを含む東南アジア各国や、中国との関係が深いドイツやハンガリーなどの欧州、さらにはブラジルなど中東諸国まで販売攻勢をかけている。
では、世界最大の経済規模を誇り、かつ中国を実質的な仮想敵国としている米国でも中国自動車メーカーの存在感を増しているのであろうか? 米国における中国自動車メーカー、さらにEVの実態を少しでも理解したいと考えたのが、今回の訪米の動機の一つである。
◆EV普及まだ先か
結論を先に言うと、「米国でEVが普及するのはまだまだ先になるであろう」というのが私の感想である。ニューヨークのケネディ空港に降り立ち、バンコック銀行ニューヨーク支店が用意してくれた大型バンでマンハッタン市内に向かう中、高速道路や市街地で見る車は大型のスポーツ用多目的車(SUV)や大型バンが大半である。「国土が大きく道も広い米国では大型車に乗る方が安全である」という感覚が私の中で自然と湧いてきた。
実際に数字を見ても、24年の米国新車販売台数1604万台のうち、80.3%にあたる1289万台の車がSUV・ピックアックトラック・バンなどの小型トラックと呼ばれる車種になっている。航続距離に難があると言われているEVは依然として小型車が中心である。最近ではEVの燃費(電費)もかなり改善され、大型EVも登場している。私もロサンゼルスで起亜自動車の大型SUVのEVタクシーに乗った。米国では24年に初めてEV比率が10%を超えた。少しずつではあるがEVも使われるようになっている。
米国ではウーバーのタクシー配車アプリを使い「ガソリン車と電気自動車」「大型車と小型車」などを選択することができる。値段は固定料金が事前に設定され、チップを払う必要もない。配車される車ごとに料金が異なり、最安値で配車を依頼することが可能となる。
今回の訪米中に2回ほど一般のタクシーを利用したが、タクシーメーターの信用度はいま一つで、かつチップの支払いでもひと悶着(もんちゃく)ある。これに比べて配車サービスの方は透明性が高く、領収書が後日Eメールで送付されるなど利便性が高い。また配車サービスで頼むEVタクシーは一般的にガソリン車より低料金が提示されため、私はたびたびEVタクシーを利用した。
ただし、EVタクシーが簡単に手配できたのは、ロサンゼルスとサンフランシスコに限られていた。テキサス州オースティンでもEVタクシーは登録されていたものの、数が少なく配車されることはなかった。タクシーの配車サービスといえども、カリフォルニア州以外はEVがまだそれほど多く利用されているとは思えなかった。
確かにサンフランシスコは、私から見てもEVに最適な街である。古い町並みは道も狭く、かつ市内の中心部に丘があって道はアップダウンが多い。スムーズなEVの発進能力が最大限に引き出される。またサンフランシスコは天候に恵まれ、一年中快適に過ごせる街である。電力消費がかさむ車内のエアコンの使用も少なくて済む。なるほど、サンフランシスコがEVメーカーのテスラ発祥の地というのも納得できる。
しかしサンフランシスコ以外の日本人駐在員に話を聞くと少々事情が違ってくる。「充電に不安があり、EVでは長距離旅行ができない」と言うのである。EV用の充電設備の拡充もまだこれからの課題のようである。
◆便利な自動運転タクシー
今回私が訪問した5都市では中国製EVを見ることはなかった。米国企業であるテスラのEVは当然ながら多く見る機会があったが、それ以外では韓国の起亜自動車とオランダのステランティスに気づく程度であった。
米国は中国を仮想敵国と見なし、中国に対して関税301条を発動している。中国車の輸入には100%の関税が課せられ、実質的に排除されているのである。米国政府はオバマ民主党政権のころから「反中国」にかじを切り、第1次トランプ政権では仮想敵国を対象とする301条関税を中国向けに設定。民主党、共和党を問わず米国政府は中国政府に対して厳しい態度で臨んでいる。こうした中国嫌いの感情は米国民も共有しているようである。あまりにも存在感が大きくなった中国に対して、米国の人々が警戒感を持つのは不思議ではない。米国民は星条旗の下で胸に手を当て、「星条旗」という名前の付いた国家を歌う愛国者なのだから。
今回の訪米では日系企業をいくつか訪問した。彼らの主要な関心事はEVではなく自動運転にあった。アメリカではすでに無人タクシーが実用化されている。日本人にもなじみのあるウェイモ(Waymo、グーグルの子会社)はアリゾナ州フェニックス、カリフォルニア州サンフランシスコ、ロサンゼルス、テキサス州オースティン、ジョージア州アトランタの5都市で無人タクシーの事業を展開している。
私もサンフランシスコとロサンゼルスで自動運転タクシーに計3回乗車したが、全く不安のない運転であった。ウェイモの場合、まず携帯電話にアプリをインストールして本人情報と決済情報などを登録する。登録が完了するとその旨メールに通知が来る。さっそく使用開始である。
ウェイモのアプリを開くと、グーグルマップを通して自分の位置情報が確認される。そのうえで行きたい場所(降車地)を登録する。一般的なナビ機能と同様に会社名、建物名、住所、電話番号などいずれかで降車地が特定される。それとともに配車可能なタクシー何台かが表示され、乗車地までの配車時間、到着地までの固定料金、到着時間などが提示される。乗車場所は100%自分がいる場所ではなく、歩いて最大7分程度の場所が何か所か提示される。もちろんホテルやレストランなどは問題なく配車される。
ただし、路上などからアプリを使用するとこうはいかない。地図アプリを使った位置情報確定機能の限界だと思われる。タクシーに近づくと、たぶん私を特定した携帯電話に反応するのであろう。ドアロックが自動的に解除されて私はタクシーに乗り込む。自動車は現在ジャガーが使われており、起亜自動車も順次使われるようだ。
ジャガーに乗り込むと、さわやかな音楽が私を包む。自分の好きな音楽がアプリを通して選択できるのである。ゆったりとした乗り心地と快適な音楽で、無人タクシーであることの恐怖心を和らげる試みなのかもしれない。
ウェイモの自動運転については全く不安感がない。スムーズな発進と法規に従った間違いのない運転。右折も左折も自由自在。私の妻に言わせれば「私の運転技術の数十倍も上」ということになる。目的地に着くと自動音声でその旨が告げられ、ドアの自動ロックが解除される。料金の決済はあらかじめ登録されたクレジットカードなどで行われ、翌日には領収書が登録したメールアドレスあてに送付されてくる。領収書の取り忘れも発生しない。まことに合理的な仕組みである。
◆テスラも無人タクシー事業に参入
米国ではこのウェイモ以外にも無人タクシーを提供している会社がある。世界最大手のEVメーカー、テスラもその一つである。テスラは今年8月24日からテキサス州オースティンで無人タクシー事業を開始した。
私はこの情報を聞きつけ、オースティンを訪問先に加えた。オースティンを訪問したのは9月に入ってかで、まだ限定的な運用で試乗できる人も限られていたようである。オースティンに住む私の古くからのシステム仲間やオースティンにあるタイ企業の米国子会社の社長など四方八方、手を尽くしたが、残念ながらテスラの無人タクシーに乗ることはできなかった。
かねて日系自動車メーカーの開発部門の人たちは、テスラのOver The Air(OTA:インターネットの無線通信を通してソフトウェアを更新・管理できるシステム)というビジネスモデルに注目をしていた。スマートフォンが定期的に不具合修正などを目的としてソフトウェアを更新する仕組みに類似する。テスラは車のソフトウェア機能を進化させ、新しいシステムに改定するたびに料金を取るのである。この改定料がテスラの大きな収益源となっている。自動車を単に売りっぱなしにするだけでなく、常に収益を得る道具に変えたのである。そして最新のソフトウェアでは自動運転機能が装備されている。この自動運転機能を使って無人タクシーの事業を開始した。
自動運転機能については、ウェイモとテスラでは決定的な違いがある。自動運転機能を実装するためには従来、GPS(宇宙衛星を使った地図と位置特定機能)・カメラ・ミリ波・ライダー・超音波の技術を活用する。特に電磁波を常に360度送受信して障害物を認識するライダーは自動運転機能の安全性を担保する最も重要な技術だと思われていた。無人タクシーの写真を見ると、一般的に屋根にプロペラのようなものが装着されている。これがスキャナ型と呼ばれるライダーである。米国のウェイモも中国のポニーもいずれもこのスキャナ型ライダーが搭載されている。
一方、テスラの自動運転車にはこのスキャナ型ライダーがない。現在、自動運転機能を持つ車はライダーを搭載したものと、カメラモジュールを中心としたエンド・ツー・エンド(E2E)型に大別される。22年ごろからカメラの認識技術、AI(人工知能)技術の双方が飛躍的に進歩し、カメラモジュールとして高額なライダーを使用しない自動運転技術が開発されている。その代表選手が米国のテスラと中国のシャオペン(小鵬汽車)である。
E2E自動運転車の実証実験がどこまで進んだのかは知らないが、米国オースティンではテスラを使った無人タクシーに許可が下りたのである。何事も自分でやってみないと納得しない私は、是が非でもこのテスラの無人タクシーに乗ってみたかったが、残念ながらできなかった。
しかし今回会った日系自動車メーカーの人から「テスラの自動運転機能を使い、コネチカットの自宅からニューヨークのマンハッタンまで自動運転で通勤したことがある」と聞いた。一度もハンドルに触ることなく駐車場まで来たそうである。「危険を感じる場面もなく、テスラの自動運転に全く不安を感じなかった」と話していた。
そのテスラは9月初旬から無人タクシー事業をサンフランシスコのベイエリアでも試験的に開始した。まだ助手席には補助運転手が同乗しているようだが、E2Eの自動運転が本格的に実用化されれば自動運転車の価格の大幅な引き下げが期待できる。
また今年9月からアマゾン傘下のZooxがアリゾナ州ラスベガスで無人タクシーの営業を開始した。Zooxの自動運転車はハンドルやペダルが搭載されておらず、完全に自動運転を目指した形状をしている。まだラスベガスの一部地域だけの試験走行のようだが、米国の自動運転技術はすでに実用化レベルに入っている。
◆米中で進化する自動運転技術
最後に、自動運転機能について米中の比較をしてみよう。中国ではポニー、米国ではウェイモの無人タクシーしか試乗していない私は、結論めいたものを言える立場にはない。あくまでも現状についての感想である。
まず中国のポニーの無人タクシーだが、タクシーと名がついているが、現状は走行ルートがあらかじめ決まっているバスのような機能しか持ち合わせていない。走行ルートがあらかじめ決まっている自動運転と行き場所を臨機応変に変えられる自動運転では雲泥の差が感じられる。ポニーが無人タクシーを走らせている上海や深圳(シンセン)は、都市計画に基づいた整然とした街並みで、道も広く監視カメラが街のいたるところに設置されている。カメラを使った顔認証の進んだ中国では、コロナ禍以降犯罪が激減。歩行者が信号無視して道路を横断しても、後日警察から呼び出される。こうした膨大な数の監視カメラが自動運転にも活用されていると聞いた。こう考えると、中国の自動運転技術の進化は、過去20年余りにわたって行われた壮大な都市計画の成果ともいえる。
一方、米国の道路事情は中国とは異なる。監視カメラといった社会インフラがない中でも、米国の自動運転技術は中国より先行している。カメラの解読技術やAIによる解析技術とデーターの蓄積で一日の長があるのだろう。また些細なことかもしれないが、米国では無人タクシーのアプリが開発され、オートロック解除やネット決済まで顧客ニーズをつかんだ機能が確立されている。これらも米国の強みとしてカウントできよう。
今回の米国出張で、自動車業界の戦いがEVから自動運転に大きく流れが変わったことを感じた。米国ではすでに無人タクシーの営業が始まっている。一方、日本は自動運転機能の開発において米国や中国の2周遅れのように感じてしまう。
日本の大手自動車メーカーは日本政府の規制緩和の遅れにしびれを切らし、こうした開発を海外に移転し始めている。すっかり高齢化社会となった日本では、高齢者による反対車線走行などの事故が相次ぐ。高齢者の運転免許証返上が社会的には推奨されているが、交通インフラが整備されていない地方に住む高齢者にとっては死活問題である。自動運転車が投入されればこうした問題も解決される。70歳を過ぎた私もいずれ運転免許証を返上しなければならない。「日本でも早く自動運転が実現してほしい」。今回の米国出張を通して、こうした思いを強くした。
※『バンカーの目のつけどころ 気のつけどころ』過去の関連記事は以下の通り
第304回「トランプ支持の米国民と進む分断―米国出張記録(その2)」(2025年11月7日付)
https://www.newsyataimura.com/ozawa-185/#more-22749
第303回「暴走続けるトランプ―米国出張記録(その1)」(2025年10月24日付)











コメントを残す