小澤 仁(おざわ・ひとし)

バンコック銀行執行副頭取。1977年東海銀行入行。2003年より現職。米国在住10年。バンコク在住27年。趣味:クラシック歌唱、サックス・フルート演奏。
時のたつのは早いもので、あっという間に2025年の年末を迎えている。しかし、これほど暗い気持ちになる年末は記憶にない。年を取ると死が近づくことによって恐怖心が増してくる。肉体の衰えも感じるし、回復力も衰える。こうしたことから物事を悲観的にとらえやすくなる。さらに年齢を重ね、多くのつらい経験がトラウマにもなる。
それにしても、高市早苗首相の発言に端を発した日中関係の軋轢(あつれき)は抜き差しならない状態になってしまった。それに対して日本にいる人は、極度に高まっている日中関係の緊張をあまり感じていないようである。今回の日中関係の緊張は「日本にとって深刻な危機」である。私は37年間海外に住み、外国の価値観や考え方に常に触れてきた。また中国、欧州、米国、東南アジアに頻繁に出張し、日本のマスコミが伝えない各国の実情を把握すべく心掛けてきた。
これまでそうした視点からの論考を「ニュース屋台村」に寄稿してきたが、時として「反日的だ」という批判を受けることもあった。しかし私は純粋な「愛国主義者」だと思っている。愛国主義者だからこそ、日本の問題点や弱点を指摘し変革していきたいと願っている。現在の日中関係を語るとき「空気」に流されては危険である。日本国民全員が「冷静に、かつ科学的に物事を理解していく」ことが求められている。
◆抜き差しならない日中関係
高市首相の「戦艦を使って武力行使を伴うものであれば、これはどう考えても存立危機事態になりうるケースだ」という衆議院予算委員会の答弁に端を発した日本・中国間の外交上の軋轢。日本のマスコミの言葉を借りるなら、中国側の挑発は世界の支持を得られないほどにエスカレート。中国の理不尽な対応によって、日中関係は抜き差しならないところにまで来てしまった。しかし世界の受け止め方は、本当に日本人が思っているようなものであろうか?
プロイセン(現在のドイツ)の軍事思想家クラウゼヴィッツの有名な言葉に「外交は戦争の延長である」というものがある。「外交も戦争も国家や国民の安全保障と繁栄を目的とした行為であり、その手法が違うだけだ」という考え方に基づく。言い換えれば、外交は武力行使を伴わない戦争行為なのである。
日本人の大半は今回の高市首相の発言は「単なる言葉の問題だ」と受け止めているようだが、世界は「日本と中国は既に言葉の戦争に入った」と受け止めている。それが証拠に、中国は積極的に世界の有力国に「高市発言は日本による中国への内政干渉だ」と訴え、中国への支持を要請している。中国の外交攻勢は友好国に対してだけではない。習近平はトランプ大統領に直接電話し、高市首相を強く非難。トランプ大統領から高市首相に電話があり、「中国に対する慎重な行動」を要請されたのは記憶に新しい。それだけではない。中国はフランスやドイツに対してもこうした訴えを行っており、日本は台湾を除いて世界中から孤立しかねない状況である。
現に私の住むタイの英字紙には毎日のように「緊迫化する日中関係」の記事が掲載されているが、冒頭部分には必ずと言っていいほど「高市首相が台湾について発言したことが契機となって悪化した日中関係は……」という枕詞が並ぶ。そこには「問題の要因を作ったのは日本だ」という空気が流れており、知らず知らずのうちにタイ人の中にこうした考えがしみこんでいく。
これに対して日本は、中国に向かって反論を繰り返しているだけだ。戦争当事国の中国に対して、単なる言葉を発しても何の効果もない。外交は常に戦争である。相手に打撃を与える論陣を張るか、多くの味方を作っていくか、明確な戦略が求められる。
中国は既に尖閣諸島の領有権を主張。歴史考察を交えながら、日本から沖縄まで略奪することを画策し始めている。「『沖縄は日本の領土ではない』などという中国の主張にコメントする必要はない」と木原官房長官は述べたようだが、ここで世界に向かって反論しなければ、中国は本気になって沖縄を取りにくる。
日本では報じられていないが、「尖閣諸島は既に中国に実効支配されている」というのは世界の常識である。タイに住む欧米の友人たちと話をしていても「尖閣諸島は10年前までは日本の領土だったが、現在は中国に帰属している」と明確に見解を語る。尖閣諸島の領有権について、外交上の主張を怠ってきた日本政府の“つけ”がここにきて顕在化している。繰り返しになるが、外交は戦争なのである。
さらに、日中関係が武力衝突のギリギリの状態にあると思い知らされるのは「中国軍機による自衛隊機へのレーダー照射事件」である。日本政府の発表によると、「自衛隊機は追尾され、一方的にレーダー照射を受けた」ということである。ところが中国側は「東シナ海で行われていた中国の軍事演習に、日本の自衛隊機が妨害に入ったため警告をした」と主張。中国は100隻以上の艦船を集結させ、日本の近海で大々的な軍事演習を始めたのである。
今回のレーダー照射も、中国側が仕掛けてきたものなら事態はより深刻である。中国はきたるべき武力衝突に備え、日本の実力を試しにきたはずである。自衛隊機が中国機からのレーダー照射にどう対応するか? 沖縄の基地などからのスクランブル発進など自衛隊がどれほど迅速に対応できるか? 中国側によって日本の軍事力が丸裸にされ始めている。
既に武力衝突の前哨(ぜんしょう)戦が始まっている。慎重な性格で、内モンゴルや香港の中国帰属化の例を見るように「勝てる戦いしかしない」と定評のある習近平。その習近平が、今回は日本との対話の窓口を断って厳しいカードを切ってきている。習近平は外交でも武力衝突でも日本に勝てる勝算があるのだろう。中国側はいつでも、日本を攻撃する体制にあることは間違いない。「戦争の危険が間近に迫っている」ということを日本の人たちはどこまでわかっているのだろうか?
◆日本をはるかに上回る中国の軍事力
日本のインターネットを見ると「自衛隊の保有設備は世界最新鋭で、訓練を積み士気の高い自衛隊員がそろっているため、中国に負けない軍事力を保有している」という内容の記事に出くわす。世界中の軍事力を調査・分析する「グローバル・ファイヤー・パワー」によると、25年軍事力ランキングは第1位米国、第2位ロシア・第3位中国となり、日本は第8位で中国にかなり後れを取っている。各国の個別の軍事力は国家機密だが、インターネットなどに流れている情報によると、日中の比較は以下の通りとなる。
軍事費(23年) 兵士 艦船 戦闘機 戦車 核弾頭
日本 501億ドル 25万人 139隻 370機 770台
中国 2964億ドル 218万人 690隻 3370機 7400台 600弾
各項目を見ると、おおよそ5倍から10倍の開きがある。数字の単純比較をすれば、日本はとても中国にかなうレベルでない。もちろん現代兵器はそれぞれの装備によって優位性が大きく異なる。単純に数が多いからと言って、優っているわけではない。私は軍事専門家ではないので、そうした詳細な比較はできない。
前述の通りネット上では、日中の保有兵器の優劣を個別に比較して「日本は中国と互角の戦いができる」としている記事がある。しかし本当にそうなのだろうか? ウクライナ戦争ではロシア・ウクライナ双方とも4年間で120万人程度の兵力を動員。両国とも既に20万人は死亡。70万人が負傷し、戦力として現在使えるのは25万人程度といわれている。
局地戦であるウクライナ戦争ですら、これほどの被害が出るのである。日本の自衛隊の25万人の戦力などあっという間に枯渇(こかつ)してしまう。さらに中国は600発の核弾頭を保有している。15年ほどの前の日本政府の非公式の試算だが「日本にある40か所の原子力発電所にミサイルが撃ち込まれた場合、日本国内で5千万人の死傷者が出る」というシミュレーションがある。繰り返しになるが、私は軍事専門家ではないので、「日本は中国と互角に戦える」という説の真偽についてはわからない。
◆中国の技術力にかなわない日本
しかしこうした論説には決定的な欠陥が存在する。それは、現在の保有武器だけで日中の軍事力総体を比較している点である。ウクライナ戦争でもわかる通り、日中間の戦争がいったん始まれば4、5年は戦争が続くことを覚悟しなければならない。
日本は日清戦争以来、先手必勝の「奇襲攻撃」「夜間攻撃」に全力をかけてきた。しかし太平洋戦争では、国力で圧倒的に優位であった米国に総力戦で粉砕されてしまった。一般的に国力を表すGDP(国内総生産)を比較してみても、2024年の実績値で中国が18兆7498億ドルに対して、日本は4兆193億ドルと5倍弱の開きがある。
たとえ当初の保有兵器の戦いで日本が有利になったとしても、中国は国力にものを言わせた長期戦で臨んでくるだろう。いったん保有武器を使い切ってしまったら、武器は自国で生産するか同盟国から購入するしかない。石油、石炭、鉄鉱石などの資源を持たない日本は、資源大国である中国にどのように立ち向かえるのだろうか? ましてや最先端武器に必須の半導体などを作成するためのレアアースについていえば、中国は世界埋蔵量の48.4%、精錬量の91.4%と独占状態にある(週刊東洋経済25年11月15日号)。日本のレアアース調達に占める中国依存度は71%にのぼり、日本は中国に首根っこを押さえられた状態にある。
資源だけではなく技術力や生産力についても日本は劣後にある。政府の資金を3兆円投入したラピダス社の半導体製造では世界最先端の2ナノの製造ラインを目指しているが、日本の現在の実力はせいぜい24ナノである。これに対して中国では昨年初めの段階で7ナノの半導体を製造していた。車両の自動運転やミサイルの制御に必要なレーダーの生産量についても、中国は70%の世界シェアを誇っているが、日本はわずか1社が参入しているだけである。最先端の半導体やレーダーを使用した誘導ミサイルや戦闘機など、近代兵器を製造しようとしても、日本は中国の技術力にはとてもかなわない。
最先端兵器だけではない。ウクライナ戦争では、敵の陣形や装備などの情報を収集する目的で、低機能のドローンが大活躍している。しかし、ドローンはレーダーなどで容易に捕捉(ほそく)され撃墜されるため、ロシア・ウクライナ双方とも1週間に1万台ほど消費している。それでもドローンがなければ現代の戦争での勝利者になれない。5年ほど前まで世界中のドローンの90%は中国で作られているといわれていた。いまだに「ドローン大国」の中国に対して、日本はこれからドローンの大量製造ラインを作っていかなければならない。
◆アベノミクスに固執する高市首相
技術力も心配だが、日本の食糧事情はもっと深刻である。2023年の日本の食糧自給率は生産額ベースで64%(カロリーベースは38%)である。海外からの食糧輸入ができなければ、日本人の約4割は飢え死にしてしまうのである。
24年の日本の食品輸入額は13兆4千億円。中国は米国に次ぐ第2位の輸入国で1兆8千億円にのぼる。まず中国の代替国を探さなければならない。これだけの量の代替国を見つけるのも大変だが、武力衝突が起こった後に日本にこれだけの食料を調達する資金があるのか大きな不安である。
24年度の日本政府の借金は国債・借入金の合計で1323兆円。GDP対比で236%とレバノンに次いで世界で2番目に借り入れ比率の高い国となっている。従来「これら国債などの借金は、日本国内で資金調達されるからデフォルトの危険は極めて少ない」という議論がなされてきた。ところが最近になり、新発国債の日本での調達が難しくなってきた。長期国債の買い手がいなくなり、財務省はこの分を短期国債での調達に急きょ変更。日本政府の資金繰りは「自転車操業」状態になっている。
事態解決のためには日本国内で潜在的な国債購入者を増やすしかない。政府・財務省は少額非課税制度であるNISAの制度変更を行い、老い先短い高齢者にまで「積み立て投資枠」を拡大。現在はNISAの対象を0歳以上の子供まで拡大しようと躍起である。
しかし早晩、日本は海外からの資金調達に頼らざるを得なくなる。日本政府の過剰債務問題は、今年に入って国際通貨基金(IMF)からも改善勧告を受けている。こうしたことから、円の価値は下落の一途である。アベノミクスに起因した放漫財政と放漫金融のつけが来ているにもかかわらず、高市首相はいまだにアベノミクスに固執している。
円の価値が下落すればするほど、海外から購入する食料価格は上昇する。現在の円の下落状況を見ると、今後日本が海外から十分な食料を調達できる確証が持てない。日中戦争が始まれば、いずれ日本国民の大半が飢えを経験することになるだろう。こんな悲惨な将来を日本国民は本当に願っているのだろうか?
◆米国の短期的利益しか考えていないトランプ
「そうは言っても最後は米国が日本を助けてくれる」。日本の人たちはこのように楽観的に考えているようだ。しかし「米国は日本と心中してくれる」とはゆめゆめ思わないほうがいいだろう。
米国は2009年のオバマ大統領からは、米国の伝統的政策である「モンロー主義(南北アメリカに閉じこもる鎖国主義)」に回帰した、と考えるほうが自然である。特にトランプ大統領は「米国を再び偉大に(MAGA)」のスローガンの下、米国の安全保障と自国強化のための政策に邁進(まいしん)している。移民排斥▽薬物取り締まり▽炭素回帰のエネルギー政策の変更▽連邦政府の機能縮小▽同性婚廃止などキリスト教倫理への回帰▽ドル安政策の推進▽世界各地の紛争への介入――。こうした目的を実現するための「極端な関税政策」の導入などである。一見すると何の脈絡もないトランプの政策だが、拙稿第303回「暴走を続けるトランプ―米国出張記録(その1)」(25年10月24日付)で報告したように、彼は彼なりの「米国に資する」政策目標に向かって進んでいる。
トランプを人物プロファイリングにかけると、「大国中心主義」「即物的利益追求型」「名誉獲得欲旺盛」(『国際情勢を読み解く技術』〈小泉悠、黒井文太郎著、宝島社、25年9月〉より)となるようである。こうしたトランプの性格や今までの政策を読み解くと、彼の中国に対する考え方がわかってくる。
「モンロー主義」に回帰し「大国中心主義」のトランプは「北南米は米国の領土」「アジアは中国の領土」「東ヨーロッパはロシアの領土」と分割して考えている可能性が高い。こういう仕切りでいけば、米国の安全は保障される。トランプのゼレンスキー・ウクライナ大統領に対する冷たい態度もこの考え方の裏返しである。「民主主義の盟主」なる肩書はとっくの昔に捨ててしまった。米国もしくはトランプ自身の利益となれば、トランプは何でもよいのである。
一方で、米国は中国を最大のライバルとみなし、中国に対する優位性を守ろうと必死である。中国に「仮想敵国」を対象とする301条関税を課していることを見れば一目瞭然(りょうぜん)である。「米国による最先端技術の保持」と「中国への技術流出阻止」はトランプの重要政策でもある。
米国が現在、中国に対して劣後する項目が2点ある。製造業の集積とレアアース資源である。製造業については232条関税で高額な関税を課すことにより、重要産業の米国工場移転を促そうと考えている。一方、レアアースについてはウクライナやカナダからの権益奪取を試みているが、うまく機能していない。現状は中国からの輸出に頼らざるを得ないため、中国との良好な関係を維持しようと考えている。
そもそも米国には「正義が勝つ」という考え方はない。「勝った者が正義を獲得する」のである。かつて米国で7年半にわたり「再建屋」として多くの訴訟案件にかかわってきて、骨の髄まで染みついた私の考えである。だからこそ米国人は訴訟に勝つために知力・体力・資金を投入して勝てる戦いをする。繰り返しになるが、トランプは米国の短期的利益のことしか考えていない。勝てる見込みのない戦いなど絶対にしない。「日本のために中国と事を起こそう」などとつゆほども思っていないのである。
◆八方ふさがりの日本、私たちができることは
私から見ると、日本の現状は八方ふさがりに見える。それは日本人が世界の現状や世界のルールを理解していないからである。外交は自国の力を言葉で表す戦いである。今の日本にどれほどの力があるのだろうか? 国力、資源、技術力、資産など日本が米国や中国に勝てるものがあるだろうか? 日本人一人ひとりが真剣にこれらのことを考える時期に来ている。
今、戦争に突入して我々一人ひとりが何か得るものがあるだろうか? 戦中の映画監督・文筆家伊丹万作が「戦争責任者の問題」として提起した問題がある。太平洋戦争の敗戦後、ほとんどの国民は「私は日本政府や軍部にだまされた」と言って自分の責任を回避した。しかし戦前、戦中と国民は積極的に戦争に加担し、平和を唱える者を糾弾してきた。
日本を戦争に向かわせるのは政治の力だけではない。国民一人ひとりが作り上げてきた「空気」が戦争の大きな推進力だったのである。今回の日中間の軋轢については、国民一人ひとりが「冷静に」「科学的に」対処することが必要である。(文中一部敬称略
※『バンカーの目のつけどころ 気のつけどころ』過去の関連記事は以下の通り
第303回「暴走続けるトランプ―米国出張記録(その1)」(2025年10月24日付)
https://www.newsyataimura.com/ozawa-184/#more-22730











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