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教育水準と軍事費が日本の技術力に与える影響
『バンカーの目のつけどころ 気のつけどころ』第168回

5月 15日 2020年 経済

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小澤 仁(おざわ・ひとし)

oバンコック銀行執行副頭取。1977年東海銀行入行。2003年より現職。米国在住10年。バンコク在住22年。趣味:クラシック歌唱、サックス・フルート演奏。

タイから日本を見ると、過去20年近くにわたり日本の競争力ならびに日本企業の技術力は著しく低下してきた。海外に住む日本人にとって日本の競争力低下はきわめて深刻な話である。なぜならば、私がタイで住み続けられるのも、日本の競争力を背景とした日本人としての存在価値があるからである。残念ながら、2017年4月に世界経済フォーラム(WEF)が発表した「国際競争力ランキング2017 – 2018」で、日本は137カ国中8位から9位へ順位を下げた。順位は12の構成項目によってランキングされ、高等教育が23位(前年も23位)と低水準だった。本稿では、日本国内であまり知られていない高等教育の実態について、データに基づいた日本の特徴や他国の現況に言及しながら、その影響を考えていきたい。

1 日本の高等教育の現状

1-1 大学(学部、修士、博士)進学者数(率)
 以下の表1は日本の過去15年の18歳人口、大学、短大入学者・進学率の変化をまとめたものである。
大学入学者はほぼ横ばいであるが、進学率は過去15年で大きく上昇しており、これは、18歳人口が減少している少子化が要因であることが推測できる。

表1 18歳人口と大学・短大の入学者数(率)

図1は2004(平成16)年から2016(平成28)年の修士課程への進学率である。理工学系の学生はやや増加。その他の学部生は横ばいから減少傾向が読み取れる。全体の大学院への進学率は2004(平成16)年:11.8%から2015(平成27)年:11.0%であり、やや減少傾向。大学への入学者数が大きく変化していないことから、大学院への入学者数も大きく変化していない
図1 学士過程修了者の進学率推移(分野別)

図2は1991(平成3)年から2016(平成28)年までの博士課程進学率であり、全学部右肩下がりであることが分かった。全体の博士課程進学率は1991(平成3)年:16.1%から2016(平成28)年:9.4%に減少。大学進学者数、修士課程進学者数が横ばいであることから、博士課程進学者は減少している

図2 修士課程修了者の進学率推移(分野別)

1-2 世界の大学進学率
 1-1で、少子化が主な要因であるが、日本の大学進学率は増加していることが分かった。ここでは、世界の大学進学率を比較する。図3で示した通り、経済協力開発機構(OECD)加盟国の大学進学率(大学+短期大学)は、2010年度31カ国中22位で、日本は平均以下である。(この統計は、一生のうちに大学進学する割合を推定した値であるため、上記表1の大学進学率とは異なる。)
OECDは「世界のシンクタンク」と呼ばれており、先進諸国のみ加盟可能で、ヨーロッパを中心に、現在は35カ国が加盟している。

図3 大学進学率の国際比較

1-3 世界の博士号取得者数
1-1で、日本の博士課程進学者が減少していることが分かった。ここでは世界の博士号取得数の比較を行う。図4は上位9カ国の推移であり、日本は2014年世界9位。日本だけ博士号取得者が減少している

図4 博士号取得者推移

2 学術レベルの現況
 日本の大学進学率は増加しているが、他国と比較すると低く、博士号取得者数が減少しているのは日本だけであった。これらは将来的に、日本の研究者が減少し、技術力の低下につながることが予想される。2章では、日本の学術の現況について言及する。
 2-1 米国科学系博士号取得者
 図5は、世界各国のアメリカへの、科学系博士号取得者数の推移である。各年の値は、過去4年間の累計値(2015年は2012-2015年の累計、2013年は2010-2013の累計)。
2015年(2012-2015)の世界全体の米国化学系博士号取得者は5万9922人で、中国は31%を占め、日本は1.3%。1995年の取得者数は4万941人に対し、中国は25.1%、日本は1.4%。日本の米国科学系博士号取得者比率は増加していない

図5 米国科学系博士号取得者推移
 2-2 論文数
 図6は2016年の論文数世界上位10カ国の2006年と2016年の論文数を比較したものである。日本の論文数は2006年世界3位であったが、2016年には世界6位。唯一日本だけが減少している
日本の博士課程者数(在籍者)は2006年1万7131人、2016年1万4972人。
日本の論文数は2006年11万503件、2016年9万6536件。
博士課程者1人あたりの論文数は2006年6.45件、2016年6.44件。1人あたりの論文件数は変化しておらず、このことから論文数は博士課程者数に依存していることが分かる
図6 論分数世界上位10カ国の論文数推移

 2-3 世界特許数
 図7は、2018年の特許出願件数上位5カ国の推移である。日本の特許数は世界3、2018年の特許出願シェア率は19.7%(1位アメリカ22.2%、2位中国21.1%)。徐々にアメリカとの差は縮小しているものの、2017年に中国に総数を抜かれる。分野別では、機械関連(半導体やエンジンなどを含む)の特許数が1位(シェア率25~30%、2位の2倍)だが、IT関連、有機化学、バイオテクノロジー、医薬品の分野においてアメリカ、中国に大きく差をつけられている。

図7 国際特許出願件数推移

2-4 研究開発(費)
 図8は研究開発費の推移であり、日本の研究開発費は増加しているものの増加率は低い。一方、アメリカ、中国は大幅に増加している。
図9は研究者1人あたりの研究開発費の推移で、1人あたりの研究開発費は各国とも増加している。また、中国は研究開発費が2位にもかかわらず、1人あたりの研究開発費は日本と同程度であり、中国の研究者数が多いことが分かる


   図8 各国の研究開発費の推移

図9  各国の1人あたりの研究開発費の推移

性格別研究費の内訳として、図10で示す通り、日本は基礎研究11.9%、応用研究19.9%、開発研究63.7%、その他4.5%となっており、アメリカと類似している。

図10  主要国などの性格別研究費

また、研究開発費の内訳として、日本の研究開発は知識向上が大部分を占めている一方、アメリカの研究開発費は、防衛研究が大部分を占めていることが図11、図12で分かる。

図11 日本の研究開発費内訳(2016年)     図12 アメリカの研究開発費内訳(2016年)

<日本の高等教育の現状について>
①新しい技術の発明や技術の研究を主に行う日本の博士号取得者は徐々に減少しており、研  究成果を示す論文も他国は増加している一方、減少している。
②日本のアメリカへの留学生は、他国と比べると増加していない。
③近年、日本の特許数は増加しており、中国に抜かれたものの、アメリカの特許数に迫っている。しかし内訳を見ると、日本が元々得意としていた半導体やエンジンなどの機械関連のものが多く、ITやバイオテクノロジー、医薬品などの流行分野の特許数は、アメリカや中国に大きく差をつけられている。
④他国との研究開発費の内訳を比較すると、日本は基礎研究(特に知識向上)に注力している。

3 過去発明された商品・技術
 2章では、現状の日本の学術レベルについて言及した。特許数は年々増加し、アメリカ・中国とほぼ同程度。研究開発費については、アメリカ・中国を除く他国とは同じ傾向であることが分かった。しかし、論文数は日本だけが減少しており、今後の特許数やノーベル賞などに影響があると推測できる。
この章では、高等教育や学術レベルの低下以外に、技術力の低下につながるものが他にあるかどうかを考えるため、私たちの身の回りにある技術は何が起源であるかについて、表2にまとめた。

表2  身の回りにある技術の起源

このように多くの技術・商品は軍事技術が起源である。

4 各国の軍事・防衛状況
 3章で、様々なものが軍事技術から民間転用されたことを確認することができた。そして今後新しく開発される技術や商品も、軍事技術の応用が発端となることが予想される。
そのためこの章では、各国の軍事費の特徴について説明し、日本の防衛費との比較を行いたい。比較対象国は、アメリカとイスラエルで、アメリカは世界最大の国で、様々な分野・産業などで他国を牽引(けんいん)しており、日本として見習う点が多い。一方、イスラエルは経済規模は小さいが、昨今「イノベーション大国」として知られている。また、イスラエルの開発した技術はs私たちの身近なものが多く、日本として勉強になる項目・分野が多いと判断したためである。

4-1 アメリカ

4-1-1 軍事費
 表3で、2017年のトランプ大統領就任によって、国防費が大きく増加したことが分かる。
 表4で示す通り、軍事費の対GDP(国内総生産)比は3%超と他国と比較しても高水準。世界全体の約1/3をアメリカが支出している。
表3 米軍の軍事費推移           表4 2018年軍事費ランキングと対GDP比

(SIPRI〈Stockholm International Peace Research Institute〉はスウェーデンに本拠を置く国際平和研究機関)

 4-1-2 軍事企業
 表5は世界の武器売上企業ランキングで、上位5社の中にアメリカ企業が4社入っていることが分かる。ロッキード社は戦闘機製造、ボーイング社が航空機、レイセオン社はミサイル、ノースロップ・グラマン社はステルス戦闘機製造が主力商品。アメリカの軍事は、政府の積極的防衛費計上以外に、民間企業の後押しも大きい

表5 2016年武器売上企業ランキング

4-1-3 研究開発費
 図13から、研究開発費の半分を防衛研究に費やしていることが読み取れる。また、表6から、昨今地上戦やミサイルの開発に注力していることが分かる。

図13 アメリカの研究開発費内訳(2016年)  表6 アメリカ軍の主要装備内訳推移

4-2 イスラエル
 4-2-1 イスラエル基本情報
イスラエルの基礎情報を紹介した後、軍事費などについて言及したい。
表7で示す通り、日本より国土が小さく、人口も少ない。しかし、1人あたりのGDPは日本より上位で、昨今成長率が高い(表8)。

表7 イスラエルと日本の基礎情報

表8 イスラエルと日本のGDP成長率推移

4-2-2 軍事費
 2018年、イスラエルの軍事費は世界32位。しかし軍事費は低いが、研究開発費のGDP比率が世界1であり、研究開発費が直接軍事技術へ転用されていることも考えられる。

4-2-3 研究開発費
2017年度の研究開発費は、153億9200万米ドル(アメリカは5432億4900万米ドルで世界1位、日本は1709億100万米ドルで世界3位)。
日本の1/10以下で、研究費の総額自体は低い。このことから、研究開発費の総額と、昨今のイスラエルが起こしているイノベーションやGDP成長率には関連性がない 

 4-2-4 イスラエルが開発した商品
 ここでは、イスラエルが開発した商品を紹介する。

・外部からの不正侵入を防ぐファイアウォール
・スマートフォンで使うメッセンジャーアプリの基礎
・カプセル型内視鏡(ミサイルにカメラを搭載した軍事技術から発展)
・ミサイル迎撃システム
・薬の模倣品検出チェック
・マイクロプロフェッサ
・フラッシュメモリー
・USBメモリ
・IP音声電話
・小型ポータブル心臓超音波診断装置
・ZIP圧縮技術

多くがIT関連の商品・技術。これは全イスラエル人は徴兵制度があり、ITやサイバーセキュリティーの勉強をするため。また、周辺に敵国が多いことも理由の一つであると推測できる。また、技術開発やGDP成長率は軍事費・研究開発費以外にも要因がある

4-3 日本
 4-3-1 軍事(防衛)費

表9が示す通り、日本の軍事費は、2018年度世界8位。軍事費対GDP比は2018年度0.9%と軍事費上位10カ国の中では最低。これは軍事大国化の歯止めとして、防衛費をGDPの1%以下とすることが1976年11月に当時の三木内閣によって閣議決定。暗黙の天井として機能しているためである。
表9 2018年 軍事費ランキングと対GDP比

4-3-2 米軍基地関連

図14は、過去の10年間の各国の米軍駐留者数の推移と、日本の米軍駐留割合である。
日本の米軍駐留割合は年々増加している

図14  各国の駐留米軍人数推移

防衛費のうち、2018年の米軍基地関係経費は「在日米軍の駐留に関連する経費」「SACO関係費」「米軍再編関係経費」である。その内訳は表10の通り。

表10 米軍基地関連経費内訳

SACO(Special Actions Committee on OKINAWA)の日本語訳は「沖縄に関する特別行動委員会」。SACO関係経費とは、沖縄県民の負担を軽減するための経費。

また、武器輸出は2018年300万米ドルに対し、武器輸入は2018年6億9600万米ドルであり、図15が示す通り、日本の武器輸入はアメリカに依存している。

図15 日本の武器輸入先内訳

SACO関連費を防衛費として鑑みた際、2018年(平成30年)日本の防衛費の内訳は表11の通り。(1ドル=110円にて計算)

表11   日本の防衛費内訳

2018年度、防衛費466億ドルのうち、人件費42%を除く58%中の13%(61億ドル)をアメリカ政府やアメリカの軍事企業に支払っている

5 最後に

ここまで、日本企業の技術力を担保する可能性のある我が国の教育水準や軍事技術などについて分析してきた。その要約を改めて、以下に列挙する。

1 学術について
①新しい技術の発明や技術の研究を主に行う日本の博士号取得者は徐々に減少しており、研  究成果を示す論文も他国は増加している一方、減少している。
②日本のアメリカへの留学生が他国と比べると増加していない。
③一方、近年、日本の特許数は増加しており、中国に抜かれたものの、アメリカの特許数に迫っている。しかし内訳を見ると、日本が元々得意としていた半導体やエンジンなどの機械関連のものが多く、ITやバイオテクノロジー、医薬品などの流行分野の特許数は、アメリカや中国に大きく差をつけられている。
④他国との研究開発費の内訳を比較すると、日本は基礎研究(特に知識向上)に注力している。
これらのことから、博士課程者数の減少、留学生の横ばい、流行分野への研究費開発費未投下、基礎研究を重視している日本の技術力は低下していくと予想される。

2 軍事・防衛費について
①過去の技術や商品は軍費技術から民間転用されたものが多く、軍事・防衛費も学術と同様に技術力に関連している。
②各国の軍事費の特徴については、アメリカは政府が積極的に防衛費を費やし、民間企業の後押しも大きく、一方で、イスラエルは、GDPや軍事費総額も低いが、多くのイノベーションを起こしており、これはイスラエルの教育環境やおかれている地政学が要因で、軍事費の総額のみが新しい技術の発明に関連していない。
③日本の防衛費は先進諸国の中でも低額であり、防衛費の多くをアメリカへ支払い、依存している。

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