与那国島・町長選が示した民意
島民が判断できる情報を
『山田厚史の地球は丸くない』第296回

9月 05日 2025年 政治, 社会

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山田厚史(やまだ・あつし)

ジャーナリスト。元朝日新聞編集委員。「ニュース屋台村」編集主幹。

日本最西端の島・与那国島(よなぐにじま)が静かに変わろうとしている。

この10年余、急速に軍事要塞(ようさい)化が進んでいた。8月24日に行われた町長選挙で「平和な島に」と主張する上地常夫(うえち・つねお)氏が当選した。

上地常夫(61)無所属新 557票▽糸数健一(72)無所属現 506票▽田里千代基(67)無所属新 136票

上地氏は、本島の高校を卒業後、島に戻り、役場に勤務し、22年から町議会議員を務めていた。自衛隊の駐屯には反対しないが、自衛隊の島にはしたくない、と訴え、僅差(きんさ)で現職を破った。

◆「ミサイル基地」への歩み

与那国島は2016年に陸上自衛隊の駐屯地を受け入れた。当時の町長は外間守吉(ほかま・しゅきち)氏(在任2005年から21年)で、島も人口対策・産業振興として自衛隊誘致を進めた。

与那国島の「ミサイル基地」への歩みは、以下の通りだ

  • 2005年 「自衛隊誘致で人口減と経済危機を食い止める」と主張する外間守吉氏が町長に当選
  • 2008年 「沿岸監視部隊の配備を政府に要請」を町議会が決議

「自衛隊配備を求める町民の会」などで署名活動を組織

防衛省や国会議員に働きかけ 党内で賛否割れる

  • 2015年2月 「自衛隊誘致」問う住民投票、賛成632票 反対445票
  • 2016年3月 陸上自衛隊「与那国駐屯地」が開設

与那国沿岸監視隊、通信中隊など約150~160人規模

  • 2021年8月 糸数町長が「保革共闘」で当選
  • 2022年4月 航空自衛隊「第53警戒隊 与那国分遣班」

移動式レーダーを運用する部隊、約20名

  • 2024年3月 「第101電子戦隊」「第301電子戦中隊」が配置

防衛省 駐屯地を拡張し、掘り込み港湾など計画

  • 2025年  地対空ミサイル導入を発表、土地取得は2025年度

当初は、島の振興策として駐屯地を誘致し、任務は沿岸の監視に限定されていた。それが通信基地へと広がり、電子戦を想定した移動レーダー部隊となり、戦闘色を強めていった。

◆島を二分してきた自衛隊駐屯の是非

自衛隊駐屯の是非は、かつて島を二分する「騒ぎ」となった。

2015年に行われた住民投票は「6対4」で受け入れ派が勝利した。お互いの暮らしが丸わかりの濃密な生活共同体を「賛成・反対」に二分し、後味の悪い結果となった。2016年に駐屯地が開設され、一応の決着がついた。だが、自衛隊が最大の産業となり、発注から消費まで大きな存在となると、利害損得が絡むようになる。

糸数氏は、外間氏後継候補への対抗馬とし21年の選挙戦に臨み、自衛隊誘致反対の革新系勢力との共闘で町長の座を射止めた。ところが、当選後の糸数氏は外間氏より更に踏み込んだ「推進派」となり「台湾有事への備え」「国策協力」を全面に打ち出すようになった。

糸数氏の町政は、那覇の玉城県政を飛び越え、中央政界に直結した。

岸・河野・浜田など歴代防衛相はじめ林官房長官、鈴木財務相など閣僚級の政治家が相次いで島を訪れ、最西端の防衛環境を視察。国の後ろ盾を得て国境防衛推進の糸数路線は安定感を増したかに見えた。

何よりの「後ろ盾」は部隊の投入で増え続ける自衛隊員だ。人口1638人(2025年7月)の島で、隊員とその家族の数は人口の2割を超えたとされる。毎回、500票前後で接戦となる町長選で、自衛隊は固い組織票として、町政のキャスティングボートを握る。隊員が急増した今回の選挙は、現職で親自衛隊の糸数が「断然有利」と見られていた。

ところが結果は、糸数候補が「にわかに信じられないことが起きた。まさかのまさか」と語るような「番狂わせ」となった。

◆現職落選につながった3つの理由

現職の強みがあり、自衛隊・中央政府のバックアップがあり「圧勝」と思われた糸数の票が伸びなかったのはなぜか? 3つの理由が考えられている。

一つは、糸数町長が、あまりにも急速に「国境防衛」にのめり込んだことだ。島の振興策から始まった自衛隊誘致が、政府が進める「南西列島のミサイル基地化」と一心同体となり、島民を米中対立の危険な状況に追いやった、という指摘である。

島周辺海域の監視、という口実が、台湾有事の議論の中で、戦闘正面として強化されている。更に、中国を狙うミサイル基地になったら、逆に標的されるのでは、という不安が拭(ぬぐ)えない。

糸数町長は、政府のお先棒担ぎのように動いているように島民の目に映る。24年5月には、櫻井よしこ氏が代表を務める「『21世紀の日本と憲法』有識者懇談会」で講演し、自衛隊の明記、緊急事態条項の創設に加え「交戦権」に言及し、「平和を脅かす国家に対して一戦を交える覚悟が問われている」と発言した。

こうした姿勢に「我々は自衛隊が沿岸警備に当たるというから駐屯をお願いしたのであって、この島の安全を脅かすために来てもらったのではない」という声が、自衛隊受け入れ派にも広がっていた。

2つ目の理由は、糸数路線に距離を置こうとする保守派の一部と、自衛隊誘致反対の勢力が手を組んだことだ。 今回136票で3位にとどまった田里千代基(たさと・ちよき)候補は「自衛隊受け入れ反対」を主張する革新系候補。町民を二分した2009年の町長選挙では516票を獲得して現職の外間候補に肉薄した。革新系は、今回の選挙では「自衛隊反対を掲げ勝利することは難しい」と判断し、票を上地氏に流し、糸数落選を狙った。

上地候補は、役場職員として外間・糸数の2人に総務課長として仕え、自衛隊駐屯地の受け入れに奔走(ほんそう)した。そうした経歴を示し「自衛隊には反対しないが、戦争に巻き込まれるような動きには慎重であるべきだ」と訴え、反糸数票を集めた。

3つ目は、「自衛隊票の一部に、糸数離れが起きたのではないか」という推測だ。投票率は90.83%。島の選挙は各戸の投票先まで票読みできるとされる。こうした中で予想外の展開となったのは、「糸数の固定票とみられていた自衛隊票に異変が起きたからではないか」との解釈がある。

タカ派的色彩を強め「一戦を構える覚悟が問われる」などと扇動する町長には付いていけない、という感覚の隊員がいてもおかしくはない。戦争になれば身の危険に晒(さら)されるのは最前線の自衛隊員たちだ。

上地町長は「島に人が住み続けることが最大の防衛。自衛隊だけの島にはしたくない。離島は医療、福祉、教育をしっかりしないと一気に人口が減っていく」と強調する。

当選後も「今の自衛隊駐屯地はあっていい。しかし、これ以上の増員は必要ない」「私たちがお願いしたのは周辺海域の監視だ」「この島を自衛隊の島にしたくはない」「政府が考えるミサイル基地とはどんなものなのか。私たちが判断できる情報をまず示していただきたい」など、ポイントを突く発言が目立つ。

◆「敵基地攻撃の島」の「軍拡のジレンマ」

防衛省は8月29日、敵基地攻撃用ミサイルの最初の配備先を陸上自衛隊健軍駐屯地(熊本)の第5地対艦ミサイル連隊とすると明らかにした。

相手の射程圏外から艦艇や基地などを攻撃できる「スタンド・オフ・ミサイル」を、中国を睨(にら)む「第一列島線」に沿って配備する。この計画は米軍主導で決まり、日本の防衛予算で行うことになっている。今回発表されたのは、三菱重工が開発した「12式地対艦誘導弾」の射程を約1千キロに伸ばした「能力向上型」のミサイルで、射程圏内には中国の沿岸部が含まれる。

日本のミサイル防衛は、飛んでくるミサイルを迎撃して破壊するというシステムだったが、多数を同時に撃ち落とすことは難しいとされる。そのため敵が日本を狙って発射する動きがあれば、その基地を攻撃する長距離ミサイルを開発することで「抑止力」とする政策へと舵(かじ)が切られた。

2022年末に改定された安全保障関連3文書に敵基地攻撃能力が盛り込まれたが、敵への先制攻撃となり、日本が基本戦略としてきた「専守防衛」を踏み越えるおそれがある。照準を向けられた「敵国」が脅威と感じ、日本側の基地を標的にすれば「抑止力」が互いの「軍拡」に拍車をかける「軍拡のジレンマ」を招きかねない。

与那国島は、やがて「敵基地攻撃の島」となるのではないか。島民に不安が募っている。与那国町が行ってきた住民説明会で、この質問は繰り返されたが、防衛省の担当者は「現時点でその計画はない」とするだけで、明快な答弁はなされていない。配備計画が決まっていなければ「計画はない」ということで、住民は納得できない。糸数町長は「政府・防衛省が決めること」という態度だった。

10年前までは「戦争と縁のない平和な島」だった与那国島が「戦争に巻き込まれる恐れがある島」になり、「ミサイル基地の島」になろうとしている。

大事なことは中央で決まり、住民が聞いても教えてもらえない。決まった時はもう手遅れ、そんな事例は沖縄にはいくつもある。

「われわれは自衛隊に反対しているのではない。島の運命に関わる政策や情報をきちんと説明してもらいたいだけだ」。そう語る新しい町長に政府はどう向き合うのだろうか。

9月中旬には南西諸島から沖縄本島に及ぶ「日米合同の軍事演習」(レゾリュート・ドラゴン25)が1万5000人規模で開始される。

与那国島でも、米海兵隊の高機動ロケット砲システム「HIMARS(ハイマース)」持ち込まれ、対艦戦闘訓練で使用される。度重なる事故が問題視されている輸送機オスプレイも飛来する。

上地町長は「攻撃用の武器はこの島に必要ない」として搬入を拒否する構えだが、果たして貫けるだろうか。(文中一部敬称略)

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