山田厚史(やまだ・あつし)
ジャーナリスト。元朝日新聞編集委員。「ニュース屋台村」編集主幹。
今度は「極左摘発」だという。
トランプ支持を若者に訴えていた右翼活動家チャーリー・カーク氏(31)が凶弾に倒れた。容疑者は逮捕されたが、動機や思想背景など解明はこれからだ。ところがトランプ大統領は「犯人は極左思想」と決めつけ、SNSに「死刑だ」と発信した。断片的情報だけで「リンチにかけろ」と言わんばかりである。ネットにはさまざまな感想・見解が交錯するが、容疑者に同調するような書き込みは通報され、職場を解雇されるなど、1950年代のマッカーシズムを思い出させる「思想攻撃」が始まっている。
◆進む社会の分断「内戦の一歩手前」
「敵」を次々と作り、罵倒(ばとう)し、世論を煽(あお)って、急先鋒(きゅうせんぽう)に立つ。それがトランプの政治手法だ。
最初は移民だった。不法就労者の流入は真っ当な労働者の賃金を下落させるばかりか社会秩序を破壊する、と大規模な摘発を始めた。
次は性的少数者をやり玉に挙げた。「人類は男と女だけ」。ゲイやトランスジェンダーは認めず、「多様性」「社会的包摂」を主張する人々を政府や軍から追放する。
更に、リベラルを敵視し、大学が標的になった。キャンパスに広がるパレスチナ支援の声を「反ユダヤ主義」と問題にし、イスラエルに批判的な教授・職員・学生のリストを差し出せ、などと求め、従わなければ補助金カットで締め上げると脅す。抵抗するハーバード大学には22億ドル(約3420億円)の補助金を差し止めた。
途上国援助は無駄だとして援助機関であるUSAID(国際開発局)ごと切り捨てた。環境対策では地球温暖化を「誤り」と退け、化石燃料復活へと舵(かじ)を切った。感染症対策ではワクチンは必要なし、との姿勢を打ち出した。
メディアとの関係も、とげとげしくなった。気に入らない質問には答えない。「偽報道(fake news)」だと無視する。記事の内容に文句をつける。メキシコ湾を「アメリカ湾」にするというトランプに従わず「メキシコ湾」と表記したAP通信の記者を締め出した。
米紙ニューヨーク・タイムズに対しては、「脅し」としか思えない高額の訴訟(スラップ訴訟)を起こした。大統領選で民主党支持を明らかにしたことなどを問題にし、偏向報道で名誉を毀損(きそん)された、と150億ドル(約2兆2000億円)の損害賠償を要求する。ウォール・ストリート・ジャーナルにも同様のスラップ訴訟をふっかけ、今や主要メディアとの関係は最悪だ。
代わってFOXニュースに代表される親トランプのメディアに頻繁に登場する。自前のSNSで支持者に直接語りかける。批判するメディアは敵視し、取り巻きだけを優遇する。
大統領が代わって9か月。アメリカは時計の針を逆に回すような大転換が進んでいる。科学・良識・人権――。社会が積み上げてきた価値をボロクズのように捨て去った。政治は「敵・味方」を際立たせ、議論が成り立たない。
政治が解決すべき問題を「暴力=銃」に頼る短絡が勢いを増し、社会の分断は「内戦の一歩手前」とまで言われている。
◆「国際紛争を武力で決着する国」
拳銃をぶら下げたカウボーイが撃ち合いで決着をつける西部劇の時代のような空気。アメリカは、国民の半数近くが銃を所有する銃社会である。人々は銃で自らを守ることを憲法は認めている。その気になれば銃を携え蜂起することも絵空事ではない。
トランプは、国防総省を「戦争省(Department of War)」と呼ぶことを大統領令で決めた。この呼び名は、1789年から1947年までアメリカの軍事関連省庁の名称として使われていた。「戦争省」の下でメキシコとの戦争や南北戦争、第1次世界大戦・第2次世界大戦などで勝利した。アメリカは世界一の軍事大国になり、武力を全面に出すことを控え「Department of Defense(国防総省)」に名称を変えた。
「メイク・アメリカ・グレート・アゲイン」のトランプは「Defence」より、「War」が強さを感じられると判断したようだ。アメリカの戦争を振り返ると、以下のようになる。
インディアンとの戦争(1770年代以降断続的に)
独立戦争(1775–1783):イギリスから独立
米英戦争(1812–1814):イギリスと再び戦争
米墨戦争(1846–1848):カリフォルニアなど領土獲得
南北戦争(1861–1865):奴隷制をめぐる内戦
米西戦争(1898):スペインに勝利。グアム・ハワイなど獲得
第1次世界大戦(1917–1918参戦)
第2次世界大戦(1941–1945)
朝鮮戦争(1950–1953)南北の争いに介入、中国と交戦
ベトナム戦争(1960年代本格化–1975):泥沼の戦いで敗北
中南米介入(1950–80年代)グアテマラ・チリ・ニカラグアなど
中東戦争介入(1958, 1982–84)イスラエル支援
湾岸戦争(1991)イラクの侵攻を阻止
アフガニスタン戦争(2001–2021)
イラク戦争(2003–2011)「大量破壊兵器」を口実に侵攻
シリア内戦(2014–):イスラム国掃討作戦で空爆
ウクライナ戦争(2022–)軍事・財政支援
ほぼ切れ目なく戦争に明け暮れてきた。
新大陸に渡った移民は、原住民の土地を奪い、独立戦争に勝った余勢でメキシコと戦い、領土を増やし、豊かになると北部と南部で内戦となり、さらにスペインと戦って太平洋の島を領有。二つの世界大戦に参加するも国内は無傷。その後は「世界の保安官」としてアジア・中東で戦争に戦争三昧(ざんまい)。
世界を見ても、これほど頻繁に戦争をしている国はない。国柄を一言で言えば、「国際紛争を武力で決着する国」である。暴力的、戦争好きの国ともいえる。
「戦争省」は、アメリカの実態を素直に表す言葉だと思う。
◆地元住民より米軍に気を遣う日本
日本は、日米安保条約で、この国と同盟関係にある。地位協定によって国内どこでも米軍が基地を作ることを許し、治外法権を認めている。あえて言えば、安保条約によって日本はアメリカの軍事体制に組み込まれている。
日本は憲法で「国際紛争を武力行使や威嚇(いかく)によって解決しない」と明記している。国際紛争が起これば、武力で決着を図ってきた米国とは目指す世界が正反対だ。
その日本が、トランプ政権の下で「戦争省の下請け」になる動きを強めている。
大手メディアはあまり取り上げていないが、「レゾリュート・ドラゴン25」という日米合同演習が、9月11日から2週間、日本列島を舞台に行われている。北海道から沖縄の南西諸島まで、中国を仮想敵に見立て、ミサイルや戦闘機を軸に、1万9000人を動員する訓練だ。
目立ったのは米軍の強引な姿勢と、あまりにも従順な日本側の対応だ。
米軍岩国基地では、滑走路を空母に見立て、「タッチ・アンド・ゴー」と呼ばれる訓練が行われた。米軍のステルス戦闘機が着地した瞬間にエンジンを全開して急上昇する。轟音(ごうおん)を発するため岩国市は「着艦・発進訓練」を認めていない。米軍は、通常は硫黄島でする訓練だが「噴火の影響で火山灰が降るので岩国を使う」と一方的に通告。市は防衛省に「中止するよう要請してほしい」と頼んだが、同省は「米軍の立場は理解できる」と取り合わなかった。
地位協定で、米軍は訓練を自分の判断でできる。日本に決定権はない。
岩国市は、厚木(神奈川県)にあった米軍部隊の移転を受け入れた経緯があり、「米軍反対」ではない。それだけに訓練は市民に受け入れてもらえる範囲で、という意向が強いが、米軍には無視された。福田良彦岩国市長は防衛省に「住民になお一層の負担を強いるもの。到底容認できない」と伝えたが、中国四国防衛局は「硫黄島で行うのは極めて困難と判断したと承知している。9月17日から訓練を行いたいということは変わらない」(深和岳人局長)。住民より米軍に気を遣っている。
岩国基地では、米軍が運び込んだ中距離ミサイルシステム「タイフォン」が注目された。トマホークなど中国内陸の都市を狙えるミサイルを搭載する。敵の標的にならないよう場所を変えて発射する移動式で、離島からでも打ち込める実践型だ。
中国外務省は「タイフォンのアジアへの配備は他国の安全利益を損ない、地域の軍拡競争と軍事的対立のリスクを高める」と強く抗議した。
石垣島には米軍の新型対空防御システム「MADIS(マディス)」と、ミサイル発射システム「NMESIS(ネメシス)」が初めて搬入された。
与那国島には電子戦部隊が新たに投入される。与那国駐屯地には去年3月、情報収集のための電子戦部隊が配備されたばかり。これとは別に、敵の航空機レーダーを無力化する「対空電子戦部隊」を2026年度に配備すると中谷防衛相が明らかにした。8月下旬に行われた町長戦で「要塞(ようさい)化」に慎重な上地常夫(うえち・つねお)氏が当選した(『山田厚史の地球は丸くない』第296回参照)。今度は、敵機の操縦を妨害する実戦部隊である。
中谷防衛相は「住民説明会は予定していない」という。住民の反発を恐れているのだろう。
◆中国を敵視する米国に従順な日本
中国にミサイルを向けることは、中国を敵国と意識する米国の都合でしかない。日本にとって、米国と一緒に中国を狙うことが、安全保障につながるのか。GDP(国内総生産)で4倍の中国と軍拡競争をしても勝ち目はない。
「戦争省」を掲げてアメリカは異様な大転換を進めている。国連の人権理事会が「ジェノサイド(大量虐殺)」と非難したイスラエルのガザ侵攻もアメリカの後ろ盾があるからだ。国際社会はトランプに危うさを感じ、多くの国は「関係の見直し」を急いでいる。そんな中で、日米同盟の強化だけは粛々と進む。
今や日本は中国と対峙(たいじ)する最前線に押し出され、日本列島を舞台にした「レゾリュート・ドラゴン25」は、中国を威嚇する大演習だ。隣国への挑発である。
その危うさが、日本で語られないのはなぜか。思考が止まったまま。自民党の総裁選でも議論さえない。
国際紛争を武力で決着してきた米国で、トランプが大統領になり、強権を振るう。こんな危険な国に、ただついてゆく。大丈夫なのか、日本は。(文中一部敬称略)
※『山田厚史の地球は丸くない』過去の関連記事は以下の通り
第297回「与那国島・町長選が示した民意―島民が判断できる情報を」(2025年9月5日付)
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