トランプおじさま・サナエちゃん関係
対米迎合の行き着く先はどこか?
『山田厚史の地球は丸くない』第300回

10月 31日 2025年 国際, 政治

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山田厚史(やまだ・あつし)

ジャーナリスト。元朝日新聞編集委員。「ニュース屋台村」編集主幹。

あのシーン、みなさんはどうご覧になっただろうか。満面の笑みでトランプ大統領に寄り添い、大勢の米軍兵を前に飛び跳ねながら手を振る高市早苗首相。「日米黄金時代」を謳(うた)い、大統領と個人的信頼関係を築けるか、が問われていた首相は、緊張して首脳会談に臨んだのだろう。会談を終えて、原子力空母「ジョージ・ワシントン」に場所を変え、米軍兵士の歓待を受けた。高市首相は「日本の歴史に残る女性首相」と紹介され、緊張の糸が切れたかのように舞い上がった。

大統領の腕にぶら下がるようなツーショットは、「トランプおじさま」と「サナエちゃん」といった風情だが、それは「日米同盟の現実」を映しているのかもしれない。毎日新聞の社説(10月29日付)は「対米迎合が先走る危うさ」と警鐘を発した。

◆究極の「対米迎合」

「対米迎合」は、首脳会談の準備段階から着々と進んでいた。政府は「主要課題は要求マル呑(の)み」で臨んだ。対処方針は「トランプの機嫌を損ねない」。何を言い出すか分からない大統領に気分よくいてもらうために、思い切り歓待する。そのためには「アメリカ側の要求を、日本が自発的に考えた政策として、要求される前に表明する」。究極の「対米迎合」である。

1期目のトランプ政権に安倍晋三首相は徹底的な「迎合路線」を取り、「世界でも稀(まれ)な良好な関係」を築いた。高市政権もこれを踏襲する。

「MAGA」(メイク・アメリカ・グレート・アゲイン)を掲げる2期目のトランプは、1期目に増して高い要求を掲げている。今回は「防衛費の更なる積み上げ」だ。すでに石破政権の時から水面下で防衛予算をGDP(国内総生産)の3.5%に拡大することを求めてきた。

日本はバイデン政権との間で「GDP2%」を2027年度までに達成すると約束した。今はその最中だというのに、トランプ政権は「2%では足らない。3.5%に」と目標の引き上げを迫ってきた。

首脳会談でこの数字が表に出ると、日本がトランプに尻を叩かれ防衛予算を増やしていることが明らかになる。政治的に好ましくない、との判断から、高市政権は、会談では数字に触れず、日本が「自発的な意思」で必要な装備を拡充し、その結果、米国が望むような防衛予算になるように努めることを表明する、ということで話がついた。

◆米の要求丸呑み

水面下の合意を形にしたのが、高市首相の所信表明だ。この中に①GDP2%の防衛予算は、目標年度を2年早め2025年度中に達成する②安全保障戦略の基本を定める3文書を早急に書き換える③殺傷兵器を含める防衛装備品の輸出制限を緩和する――などが盛り込まれた。

トランプが求める「GDP3.5%」の受け入れは明示されていないが、所信表明はその方向を約束する宣言だ。「おっしゃる通りに軍拡を進めますから、会談で数字を上げて迫るようなことはしないでください」と首脳会談の前に表明したのである。

トランプ・高市会談は、水面下で決まった方針をお互いに笑顔で確認する「儀式」となった。交渉ではないから就任1週間の首相でも務まる。台本どおり演技すればいい。

冒頭でトランプは「日本の防衛力はかなり増強されると聞いている。米国にはベストな戦闘機やミサイルがある」と述べ、安倍晋三首相の時と同様の「兵器爆買い」を迫った。高市首相は「日本と米国をより強く、豊かにするために日米同盟の新たな黄金時代を」と応じた。

通常、首脳会談があれば、共同声明が出され、共同記者会見が行われる。ところが、トランプ・高市会談は、共同声明はなく、何が決まったか明らかにされないまま、共同記者会見もなく、メディアが疑問点を問いただす機会もなかった。

2人は会談後、大統領の専用ヘリコプター「マリーンワン」にそろって乗り、米兵が待つ米海軍横須賀基地に向かった。ここで高市首相は、操り人形役から解放され、目いっぱいの喜びを表した。

党内に確固たる基盤がない。維新(日本維新の会)と組んでも国会の議席は過半数に満たない。自民党は衰退の危機にある。そんな不安定な中で、後ろ盾であるワシントンから見放されたら、政権はもたない。トランプと親密な関係を保つことが政権の安定に不可欠となっている。アメリカの要求を丸呑みすることを高市政権は選んだ。

◆「アメリカの肩代わり」正当化した日本

「対米従属」は戦後日本の基本的な構造だか、時の政権によって強弱はある。ワシントンの評価は政権の寿命を左右する。古くは対中・対ソ関係を独自に模索した田中角栄が排除され、アジア重視を掲げた鳩山由紀夫が嫌われたりした。

自民党右派の高市首相は、反中・嫌韓の岩盤保守が支持基盤だ。中国を仮想敵と見て「力による平和」を掲げるトランプと波長は合う。政権の延命に欠かせないからと、このまま対米迎合の路線を突っ走れば、日本は「米国に都合のいい持ち駒」にされかねない。

想定される最大の懸念は「台湾有事」だろう。台湾問題は、基本的に中国の内戦である。日本は毛沢東から始まる中華人民共和国を中国の正統と見なし、日中平和条約で「唯一の政府」と認めた。台湾は、中国の一部であり、国交はないことになっている。

仮に中国と台湾が武力衝突しても、それは内戦であって日本は関与できない。しかし、実際に戦争状態が起きた時、どうなるのか。

アメリカは台湾海峡を中国との戦闘正面に位置付けている。沖縄をはじめ日本各地の米軍基地は、中国を牽制(けんせい)する戦力だ。これだけでは足らず、米軍は中国を狙うミサイル網の配備を急いでいる。

そのミサイル網が日本の分担となった。日本は2022年12月「安全保障戦略の指針」を改訂し、中国の内陸に届くミサイルを配備できるようにした。アメリカの「中国封じ」ではなく、日本の安全保障のために必要という理屈で「アメリカの肩代わり」を正当化した。

ミサイルだけではない。戦闘機、偵察機、イージス艦からレーダーまで。アメリカが必要とする戦力を日本の安全のために買いそろえる。

「日米協力の黄金時代」とは、日本とアメリカが防衛協力で一体化すること。中国敵視で足並みをそろえ、日本のカネで対中抑止力を高める。米国は、国際紛争を軍事力で解決する国だ。20世紀後半から世界の戦争は米国を軸に戦われてきた。今度の戦場は日本の近くで起こるかもしれない。その時、日本は米国の戦争に引きずり込まれるだろう。

◆「ない袖振れず」トランプに通用せず

「米国追従」のヤバさはここにある。日本は「自主的」にそのワナに踏み込もうとしている。

そのための財源が「GDP2%」の防衛予算だ。ずっと「1%の枠内に」とされてきた防衛費を一挙に2倍にすることへの抵抗は強かったが、「日米同盟を新たな高みへ」という謳い文句で突破した。27年度までの5年間で総額43兆円の予算が必要になる。

この財源として年間1兆円を増税で賄う予定だが、減税が政治課題になった昨今、増税を言い出すことはできず、財源は宙に浮いている。

「GDP2%」でも難航している。そんな時に、アメリカから「2%では足らない。3.5%だ」という“指令”が来た。日本のGDPは600兆円。2%なら12兆円。3.5%なら21兆円だ。そんな財源は日本にない。

「ない袖は振れず」はトランプに通用しない。苦しい財政をなんとかやりくりして防衛費を増額する。それが高市首相の任務となった。

尻を叩かれてやるのではなく、自発的に「2%達成は前倒しして今年度中に」と決めた。ということは、補正予算で1兆円規模の防衛費増を実現するということだ。予算というものは使い道が決まっている。いったい、何を買うというのか。増税さえ決められないというのに、高市首相はどうやって財源を確保しようというのか。

対米追従で首脳会談を乗り切ることは簡単だ。問題は、そこで約束したことの実行だ。仮に、防衛費12兆円という「GDP2%」を今年度に実現できたとしても、その先に21兆円という「GDP3.5%」が待ち受けている。どうあがいても、そんなカネは日本の財政にはない。

財源捻出(ねんしゅつ)には、国民の懐(ふところ)に手を突っ込む増税▽他の財源から引っぺがして充当▽将来の納税者に負担を押し付ける国債発行――この3つしかない。

社会保障改革という美名で医療・介護・福祉が狙われている。だが、すでに削りまくり、病院や介護施設、児童相談所などの運営が困難になり、社会問題化している。防衛費に充てる数兆円のため国民生活の安全保障を傷めることに国民の同意は得られないだろう。増税には逆風が吹いている。となると、目の前の有権者は誰も傷まない国債に政治はなびくのではないか。

高市首相は、自民党内の積極財政派である。積極財政とは「予算をケチらず、必要な事業には十分なカネをつける。足らなかったら多少の赤字は国債で埋める」という考えだ。

自民党はこの路線で財政赤字を膨らませ、政府はGDPの2倍を超える借金に喘(あえ)いでいる。国債残高は1000兆円を超えた。「それでも暴落しないのだから、もっと出しても大丈夫」という楽観が積極財政の支えになっている。

◆財政の暴走が起こる恐れも

「財政のために経済があるのではない、強い経済をつくるために財政がある」と、首相になる前の高市氏は言っていた。財政資金を軍備に費やすことが強い経済を生むのだろうか。国民の血税がアメリカの軍事産業に流れる。トランプはそれを歓迎する。そんなトランプに日本の首相が尻尾を振り、ぶら下がっている。

軍事予算の大盤振る舞いを約束する高市首相の登場で、株式市場は活気づき、防衛産業関連の株は値を上げている。その陰で、長期金利はジリジリと上がる。つまり国債価格は安くなっている。

アメリカ追従と防衛予算の際限ない拡大。今はその方向が示されているが、現実に防衛予算が組み上がった時、市場はどう反応するだろうか。

戦争に備える軍備の拡大。財政規律を無視した国債発行が大手を振る。政治的に誰も止めようのない財政の暴走が起こる可能性はゼロではないだろう。

「対米迎合が先走る危うさ」の行き着く先はどこか。今のうちに考えておきたい。(文中一部敬称略)

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