山田厚史(やまだ・あつし)
ジャーナリスト。元朝日新聞編集委員。「ニュース屋台村」編集主幹。
2026年衆議院選挙の争点は何か。積極財政でも消費増税でもない。本当のテーマは「日本の核武装化」ではないのか。内田樹(たつる)さんが東京新聞の「時代を読む」というコラムで「隠された争点は『日本核武装』である」と指摘した。同感だ。
「首相はもし選挙で信任を得たら、『国論を二分するような大胆な政築』に『批判を恐れることなく果敢に挑戦』すると述べた。首相が『民意を得た』と判断した時、いかなる政策を提示するつもりかは予測がつく。核武装である」と書いている。
◆国論を二分する高市の政策
「国論を二分する大胆な政策」とはなにをさすか。首相は具体的に挙げてはいないが、高市色の強い以下の政策は明らかに「国論を二分」している。
①憲法改正②防衛費増額③防衛3文書書き換え④武器輸出解禁⑤防衛産業強化⑥皇室典範改正⑦日本国国章棄損罪の制定⑧外国人政策の厳罰化⑨旧姓使用法制化⑩対外情報庁・スパイ防止法など治安体制強化――。
いずれも日本の国家としてのあり方に関わる課題だ。①から⑤までは戦後の日本が掲げてきた「平和国家」の否定である。
違憲とされていた集団的自衛権が、安倍晋三政権で解釈が変わり合憲となり、アメリカの戦争に日本が巻き込まれる余地が生まれた。自衛隊は守りに徹する「専守防衛」のはずだった。国家安全保障政策が書き換えられたことで他国を攻撃できる長距離ミサイルを配備する足掛かりができた。
GDP(国内総生産)の2%へと引き上げた防衛費は、米国の要請に沿って更に増額される。防衛産業を主力産業にし、殺傷力のある武器までも輸出できるようにする。こうした路線を高市首相は「普通の国」という。
憲法で交戦権を否定し、攻撃兵器を持たず、国際紛争に兵隊を送らない。そんな「普通でない国」から脱却しましょう、という流れができつつある。
◆「非核3原則」の看板を下そうとしている高市政権
今回の選挙では自民党に限らず「自分の国は自分で守る」という勇ましそうな演説が目立つ。中国や北朝鮮の脅威を煽(あお)り、「自分の国を守れ」と呼びかけ、中国や朝鮮半島を射程にとらえるミサイルを列島に並べる。高市首相は、これを「抑止力」という。
仮に、中国が攻めて来たらどうする。飛んでくるミサイルを防空ミサイルで全部撃ち落とすのは難しい。攻撃を仕掛けてくる敵の基地にミサイルを打ち込むことができる「敵基地攻撃能力」が欠かせない。言葉を変えれば、敵の主要都市を攻撃できるミサイルを備えておくことが「抑止力」という理屈だ。
「日本を攻撃したら、お前の国も報復を受け、大変なことになるぞ」という脅しが抑止力になる、という考えである。武力で威嚇(いかく)し平和を維持する。「軍事力への依存」がいつの間にか「憲法9条の平和主義」を押し除けた。
日本が「抑止力」として軍事強化を進めれば、中国は脅威に感じ軍備をさらに強化するだろう。果てしない軍拡競争に税金を注ぎ込むことになる。4倍の経済力を持つ中国を相手にした力比べに勝ち目はあるか。そこで浮上するのが核兵器。現状では「核こそ最強の抑止力」とされている。
日本は唯一の被爆国として核兵器の恐ろしさを知っている。いかなる事情があっても核兵器は認めない。持たない、作らない、持ち込まない「非核3原則」を誓った国だ。ところが高市政権は、「現実に合わない」として看板を下そうとしている。
元空将で高市首相のブレーンである尾上定正首相補佐官が、記者との懇談で「日本は核兵器を保有すべきだ」と語ったことは、一連の流れと無関係ではない。「個人的な考えを述べただけ」とされるが、自衛隊幹部あがりの首相補佐官が記者を集めて核保有の必要性を「ここだけの話」として語るのは、明らかな世論工作である。首相は「お咎(とが)めなし」で事態を放置した。
「この人物がこの時用いたのが『国論を二分する課題』という表現である。言葉づかいが同じことに気づいた人がどれほどいたか知らないが、選挙に勝てば首相はおそらく核武装に『挑戦』するだろう」と内田さんは述べている。
◆日本の核武装を阻んできた「内外の壁」の状況変化
「抑止力」すなわち「威嚇し合うことによる平和」の行き着く先は核武装である。だが、実際に日本が核兵器を持つまでには何重もの壁がある。
まず「国際社会の壁」。国連は第2次大戦の戦勝国が作った国際組織。敗戦国のドイツ、イタリア、日本は主要ポストから外されている。核保有が認められているのは安保理の常任理事国である米・英・仏・ロ・中の戦勝5カ国。アメリカは日本に核の傘を提供している。日本が核を持つなど論外という立場だ。
日本は核不拡散条約(NPT)に加盟しており、脱退すれば経済制裁など国際的孤立もありうる。
「国内の壁」は原子力基本法だ。原子力の平和利用を謳(うた)い、軍事目的に使わないことを誓っている。作るとなると、核兵器の原料となるプルトニウムは原発の使用済み燃料から抽出し日本に十分ある。人材も豊富、その気になればいつでも核武装できる「潜在的核保有国」と自負している。だが、核開発に欠かせない実験場所や発射システムがない。最大の壁は、核の恐ろしさを知る国民感情だ。
こうした「内外の壁」が日本の核武装を阻んできたが、内外ともに状況は変わりつつある。
アメリカが防衛戦略を変えた。負担が大きい世界の保安官をやめ西半球に軸足を移し、中東・アジアから手を引く。だが覇権を争う中国への睨(にら)みは効かせたい。中国と一戦を交える気はないアメリカは、日本に中国を牽制(けんせい)させる。抑止力としての核武装が選択肢に上がる。
こうした議論が米国の外交専門誌に載るようになった。
「日本が核武装すれば、東アジアには核保有国がひしめくことになり、偶発的な核戦争リスクが一気に高まる。中国は戦争を回避するために西太平洋進出について抑制的になるかもしれない。また仮に核戦争が起きたとしても、戦場になるのは中国大陸と朝鮮半島と日本列島である」と内田さんは指摘する。
NPT体制は脱退が続き、機能不全が問題になっている。脱退後の扱いはアメリカの意向次第だ。
◆「連立政権合意書」に盛り込まれた原潜保有
日本では、原発再稼働で与野党が足並みをそろえるようになった。新型原発の開発が成長産業に盛り込まれた。そうした中で、唐突に打ち出されたのが原子力潜水艦である。
自民党と日本維新の会による「連立政権合意書」に、「次世代の動力を活用した潜水艦の保有に関する政策を推進する」との項目が盛り込まれた。
「従来の例(ディーゼルエンジン)にとらわれることなく、原子力を含めた次世代動力の活用」「長距離・長期間の移動・潜航を可能にし、VLS(垂直発射装置)搭載潜水艦の保有に関する政策の推進」とある。
長期間潜り続け、有事になれば深海からミサイルを発射できる原子力潜水艦を日本は持とうということだ。
3年ほど前、軍事専門家に「核兵器を持つことは安上がりに防衛体制を構築できる、という意見がありますが」と聞いたことがある。その時に言われたことが「核武装は原子力潜水艦が必要になるから安上がりにはならない」だった。
核武装は核弾頭だけでは済まない。察知されない場所から突如発射する原子力潜水艦は核の基地なのだ。建造費に1兆円かかるが一隻では足らない。原潜艦隊を日本が持てるのか。夢のまた夢だった。
それが連立合意書に盛り込まれた。防衛力の抜本的強化に関する有識者会議が9月にまとめた報告書でも「垂直発射システムを搭載する次世代潜水艦について、原子力を含む動力の選択肢も検討すべき」との提言が示されている。
有識者会議は防衛相の諮問機関、元経団連会長が議長を務めるが、政府の方針を代弁する「操り人形会議」である。
原子力潜水艦は核武装化に欠かせない道具立ての一つだが、今から布石を打っておかないと間に合わない。原発回帰、防衛予算増額を求めるアメリカ、中国牽制の最前線としての日本、そして高市政権の誕生。補佐官に核武装論者を起用し、総選挙で圧勝すれば、「批判を恐れることなく果敢に挑戦」が始まるのでないか。自民党に維新、国民民主、参政党を合わせた改憲勢力が衆院で3分の2を確保できれば憲法改正が視野に入る。
「首相は高市早苗でいいですか」の裏に憲法改正と核武装が隠れている。今回の総選挙が抱えるとんでもなく重い争点に有権者は気づいているだろうか。











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