п»ї 「アスリート・ファースト」って何だ!『山田厚史の地球は丸くない』第53回 | ニュース屋台村

「アスリート・ファースト」って何だ!
『山田厚史の地球は丸くない』第53回

9月 04日 2015年 経済

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山田厚史(やまだ・あつし)

ジャーナリスト。元朝日新聞編集委員。「ニュース屋台村」編集主幹。

新国立競技場を巡るドタバタの中で、盛んに飛び交うようになった言葉が「アスリート・ファースト」。平たく言えば「競技者のことを一番に」ということだろう。

建設費1550億円。決めた関係閣僚会議の見直しの方針に「アスリート・ファースト」があった。安倍首相も「アスリート・ファーストで」と念を押した。「だったら、今まではなんだったんだよ」と突っ込みを入れたくなる。アスリート・ファーストではなかった、と言っているのと同じだ。そこで思い出したシーンがある。

◆「アスリート・セカンド」の秘密

いつのオリンピックか覚えていないが、テレビで開会式の中継を見た。日の丸を先頭に日本選手団が入場する。傍らにいた英国人が「日本の選手は年配者が多いね」と言った。「えっ」と画面を見ると、オヤジ集団が映っている。「彼らはスポーツ団体の役員だ。選手ではない」と説明すると、「日本は選手以外の人がたくさん来ているんだね」と彼は納得した。五輪開会式は、日本では「団体役員の晴れ舞台なのか」と私も納得した。

競技者より団体関係者が大きな顔をしているのが、日本スポーツ界の現状だ。その構造が新国立競技場のデザインに反映している。

ザハ・ハディド氏のデザインの沿った設計で建設費が2520億円にも膨れ上がることが分かり問題化したが、工費膨張の主因は「規模が大きすぎる」ことにある。

規模を縮小した後も延べ床面積は22万平米。ロンドン大会の競技場(10・9万平米)、シドニー大会(8・1万平米)の2倍以上ある。収容人員がロンドンやシドニーの2倍ある、というなら分かるが、国際水準とされる「8万人収容」は同じ。競技スペースも観客席もほぼ同じサイズなのに、新スタジアムの床面積は倍。なぜそうなったのか。ここに「アスリート・セカンド」の秘密がある。

新競技場には維持管理機能として運営本部・会議室などが4万平米もある。VIPラウンジ・観戦ボックス・レストラン・宴会場などホスピタリティー機能が2万平米、ショップ・資料室などスポーツ振興機能が1・4万平米ある。

スポーツ界に顔が利く政治家や協会役員がお客を招いてVIP待遇で観戦し、盛大なパーティーを開く姿を思い浮かべる人は少なくないだろう。「一部の関係者が虚栄心を満たすための施設」という批判が市民団体から上がっているのもうなずける。競技団体の役員がそろって開催地に乗り込み、開会式を行進するあの姿が二重写しになる。

こんなデザインにした責任はザハ氏にはない。国際コンペの条件として、文部科学省傘下の独立行政法人「日本スポーツ振興センター」(JSC)が提示した基本コンセプトに盛り込まれているからだ。「多目的複合型スタジアム」という考えだ。

五輪後はプロの野球やサッカー、ライブコンサートやイベントなどスポーツ以外の興業に使おうという魂胆だった。莫大(ばくだい)な維持費を稼ぐというだけでなく「日本にあるソフトパワーの発信基地にしよう」という構想があった。

JSCは新国立競技場将来展望有識者会議を2012年3月に発足させ、基本コンセプトを練った。有識者会議に三つのワーキンググループ(WG)を設け、スポーツWGが競技団体の要望をまとめ、作曲家の都倉俊一氏が率いる文化WGがエンターテインメントのアイデアを募る。両者の要望を安藤忠雄氏が建築WGでまとめる、という仕組みだった。スポーツ団体や広告代理店が、あれもやりたい、これもできる、と盛り込んで「アスリート・セカンド」が進んでいった。

◆キーワードは「仲間内」「もたれ合い」「無責任」

「オリンピックは宝の山」とも言われる。震災関連といえば何でも予算化された復興関連費と似た構造が東京五輪にある。「影の五輪担当相」といわれる森喜朗元首相が存在感を示した。19年にラグビー・ワールドカップ(W杯)を東京で開催する日本ラグビーフットボール協会の会長でもあった元首相は、「8万人スタジアム」が無くて困っていた。競技場の建て替えの旗を振ったのは19年の会場が必要だったから、とも言われている。

都会に残された貴重な緑地環境として厳しく保護されていた神宮外苑を、規制緩和で高層ビルが建つようにしたい、と動いた面々もいた。新競技場建設を突破口に都の都市計画審議会を動かし高さ制限を伸ばし、容積率を倍にした。

JSCはそのどさくさに、競技場近くに新オフイスを構える。このビルは自民党の政治家と縁が深い日本青年館。競技場建設に伴う移転保証という名目で税金によって建て替える。その予算は、競技場解体予算200億円に潜り込ませた。

納税者の知らないところで、いろんなことが進んでいる。それが東京五輪・パラリンピックの一面でもある。キーワードは「仲間内」「もたれ合い」「無責任」。白紙撤回になった五輪のロゴマーク騒動も、キーワードに沿って見ると面白い。このエンターテインメントは、笑ってばかりいられない。

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