п»ї 「成長は善」から決別する時―日本がもう一度輝くために(8)『翌檜Xの独白』第8回 | ニュース屋台村

「成長は善」から決別する時―日本がもう一度輝くために(8)
『翌檜Xの独白』第8回

1月 31日 2014年 社会

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翌檜X(あすなろ・えっくす)

企業経営者。銀行勤務歴28年(うち欧米駐在8年)。「命を楽しむ」がモットー。趣味はテニス、音楽鑑賞。

これまで7回に分けて日本が再度輝きを取り戻すためには何が必要かを考えてきました。今回は、閑話休題というわけではないのですが、「成長」の意義を考える上で参考になった最近読んだ書物について、感じたところを綴(つづ)ってみたいと思います。

二冊あります。一つは、『滅亡へのカウントダウン』(アラン・ワイズマン著、早川書房刊)。そしてもう一冊が『世界がもし100億人になったら』(スティーブン・エモット著、マガジンハウス刊)です。二冊に共通するテーマは、人口爆発とその影響です。前者が米国のジャーナリストによる世界各国の人口動態の実情に関するレポートであるのに対し、後者は、英国の研究機関で複雑系を軸に生態系や環境問題を研究する科学者による書物です。

◆日に日に悪化している地球環境

まず『滅亡へのカウントダウン』ですが、結論はただ一つ。人口の増加をコントロールできなければ人間に、地球に未来はないということです。人口統計によると現在、年間で約8000万人、4日間で100万人ずつ世界の人口は増加しています。このままいけば、2050年には世界人口は90億人を超し、世紀末には100億を優に超すことになります。

その一方で、環境と調和して過ごせる人間の数は20億と試算されています。英経済学者マルサス以来その警告は科学技術の進展によって克服されたとされてきましたが、マルサスの亡霊は今も消えていません。今現在この地球上で10億を超す人たちが飢餓状態にあり、毎日1万6000人が餓死し続けているとのことです。

もっと深刻なのは地球環境が日に日に悪化しており、人間を含む生物が生息するのに必要な自然の基礎構造が破壊されつつあることです。この本の中では2008年に28人の共同研究者が英科学誌「ネイチャー」に発表した論文が引用されています。

そこでは9つの限界が挙げられ、そこを超えると、世界は、人類にとって大異変となりうる位相変化の段階に入ると指摘されています。その9つの限界とは、①気候変動②生物多様性の喪失③窒素とリンの地球規模の循環の乱れ④オゾンの減少⑤海洋の酸性化⑥真水の消費⑦土地利用の変化⑧化学物質による汚染⑨大気中の微粒子―です。

どの要素も顕著に悪化していますが、位相変化を引き起こすような段階かどうかについては定量化できているものとできていないものがあります。明らかに数値上限界を突破していると指摘されているのが、①、②、③です。

気候変動については、われわれが日々実感するところですが、その数値的な根拠は、大気中のCO2の濃度にあるそうです。この計数の限界値は350ppm(1ppmは100万分の1)に設定されていますが、この論文発表時に既に387ppmが観測されており、その後も上昇しているようです。

生物多様性については、その限界値が1年に絶滅する種が100万種につき10種に設定されており、産業革命以前はその値が0.1~1.0であったものが、現状は100種に及んでおり、今世紀末にはその10倍に増えると予想されています。

更に、③についても人間が使うために大気からしぼり取られる窒素の量が限界値の4倍近くにまで増えています。また、リンは既に枯渇してきており、この不足が今後の食糧生産に多大な悪影響を及ぼすことが懸念されています。その他の要素についても、限界値が特定できなかったり、計量化が難しいため数値として提示できなかったりするだけで、限界に近づいているか既に超えていることも十分想定されます。

ちなみに、この本の中で、日本は世界で最初に「縮小と繁栄」の可能性が試される実験場となるであろうと表現されています。

全てが語られた後、ある学者の次に言葉で締めくくられています。「全てを理にかなった均衡のうちに止めよ。化学も、多様性も、数量も。そうすれば、われわれの子供たちと、あらゆる鳥やチョウの子孫がともに生き延びることが望める。」

◆絶望的な状況にある地球環境への警告

もう一冊の『世界がもし100億人になったら』は、グラフや写真が随所に取り込まれた小著ですが、シンプルであるが故にメッセージ性には強いものがあります。地球の生態を考える上でキーとなる要素と計数を淡々と記述し、そのインパクトを読者に分からせようとするのはさすがに科学者の手になる書物と実感します。

ただ、全体を通じて流れるトーンが暗く、著者の諦観が強く感じられます。最後のページの結論はあまりにも投げやりで、この一ページだけでこの書物を拒否する人も多いと思います。しかし、書かれている内容そのものには非常に説得力があり、自分たちのありようや地球環境がいかに絶望的な状態になっているのかが切々と訴えられています。

『滅亡へのカウントダウン』が、人口増加そのものを課題とし、どうすれば人口をコントロールすることができるかを主眼とするのに対して、本書は、人口爆発に起因する様々な不都合な現象をより具体的に数値や図表を駆使して明らかにします。

まず、食料です。肉食の比重が高くなったために、人口の増加以上に食料需要が増えています。その需要を満たすために年々森林・熱帯雨林が伐採されており、1970年を基点にすると30%以上の森林が失われました。しかもその速度は年々加速化しています。

今後の食糧生産については、①異常気象による干ばつ②土地の劣化・砂漠化③水ストレス④燐酸肥料の枯渇⑤菌類病原体の耐性増強―といった理由で生産性の悪化が見込まれています。一時期グリーン革命によって食糧問題が解決されたかのように喧伝(けんでん)された時期がありましたが、それは幻想でしかなく、土地の劣化を招くなどの付けが回ってきており、増え続ける食料需要への対応策は全く見えない状況です。

次に水です。既に深刻な水不足が生じています。地球上で手に入る真水の70%が、農業用の灌漑(かんがい)に使用されています。食糧生産が増えれば水の需要も増えます。加えて工業や牧畜の進展によって仮想水(農産品や工業製品の生産および流通過程で消費された水)が大幅に増えます。

例えば、ハンバーガーを1個作るのに約3千リットルの水がいるそうです。また、1リットルのペットボトルを作るのに4リットルの水が消費されるそうです。①工業化の進展②既に地下水の使用が補給を大きく超過していること③深刻な水質汚染が進んでいること―などから水不足が解消する見込みは立っていません。

最後にエネルギーです。予想される需要を賄うには、今世紀末までにエネルギー生産を3倍に増やす必要があります。ちなみに、そのためには、世界最大規模のダムを1800基、または原子力発電所を2万3000基、火力発電所であれば3万6000基を新たに建設する必要があります。そして著者は、不本意ではあるが、環境への影響を考えると短期的(数十年程度)には原子力がエネルギー問題に対処できる唯一の既存技術と論じています。

◆世界で共有されていない深刻な危機

なぜこれほどまでに明らかな危機が各国に、人類に共有されないのでしょうか? 各国の政治・経済界のリーダーたちは「国の繁栄=成長」の信条に立脚し、それぞれの国を運営しています。

一方、全体としての自然の基礎構造の歪(ひず)みは既に制御不能の状況に達しつつあるかに見えます。このまま人間が自らの行動原理を変えなければ確実に破局を迎えます。破局は確実に来ます。でも頭の中では理解できても、見ようとしない限り見えないし、実感しづらいのも事実です。この本の中に、エコノミスト誌の的確な引用があります。曰(いわ)く、「みなそこから利益を得たいが、誰も自分だけ責任を負いたくはない。気候変動は、まさにコモンズの悲劇(共有財産を各自が勝手に利用しつくしてしまうことによる全員の損害)の見本のようなものだ。」

「成長は善」とのナイーブな価値観から決別する時が既に到来しているのかも知れません。ふたたび輝くために何を目指すのか、真の幸せとは何か、自分たちは自然の一部であり、生かされている存在であるとの認識の下、全体最適を図る運営に真剣に取り組まない限り、一国はおろか、人類そのものに未来はありえないとの思いを強くしました。

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