ロールスロイスの世界的汚職事件、インドネシアでようやく捜査本格化
『アセアン複眼』第17回

4月 18日 2018年 国際

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佐藤剛己(さとう・つよき)

『アセアン複眼』
企業買収や提携時の相手先デュー・デリジェンス、深掘りのビジネス情報、政治リスク分析などを提供するHummingbird Advisories CEO。シンガポールと東京を拠点に日本、アセアン、オセアニアをカバーする。新聞記者9年、米調査系コンサルティング会社で11年働いた後、起業。グローバルの同業者50か国400社・個人が会員の米国Intellenet日本代表、公認不正検査士、京都商工会議所専門アドバイザー。自社ニュースブログ(asiarisk.net)に、一部匿名ライターを含めた東南アジアのニュースを掲載中。

英国を代表するエンジンメーカー、ロールスロイスによる一大汚職事件は、関係国の捜査がひと段落した2017年1月、同社が事案の全貌を公表したことで全容が明らかになった。捜査した英、米、ブラジル各当局に同社が支払う課徴金が総額8億800万ドルに上った英国史上最大級の汚職事件。24年間、12か国にわたる贈賄行為、アジアではガルーダ・インドネシア航空(以下「ガルーダ航空」)が主要な舞台だった。「ニュース屋台村」でもこれまで複数の筆者が取り上げている汚職事案(※注)だが、本稿では、そのガルーダ航空を巡って同国汚職撲滅委員会(KPK)の捜査がようやく目に見えて進み始めた点を中心に、事案のその後に触れてみたい。

◆12か国、24年にわたる贈賄行為が摘発される

対象案件は、時期も1989~2013年と長期なら国も12か国と、過去の汚職捜査に比べて桁違いに大きい。アンゴラ、アゼルバイジャン、ブラジル、中国、インド、インドネシア、イラク、カザフスタン、マレーシア、ナイジェリア、ロシア、タイ(ロールスロイス発表順)の計12か国。この間、ロールスロイスが支払った賄賂総額に関する情報は手元にないが、贈賄で得た利益は3億100万ドルと認定され、その2倍以上が課徴金で課された計算だ。

事の発端は、同社に30年以上勤め、インドネシアでの贈賄工作にも関わったとされる元従業員による告発だった。元従業員は2006年から自身のブログで情報を公開し始め、これを受けた同社が本格調査に乗り出し、2012年後半には英重大不正捜査局(SFO)が捜査を始めた(2013年12月23日付英紙ガーディアンなど)。

捜査が英国で大々的に報じられ始めたころ、インドネシアに関しては当時国営だったガルーダ航空がロールスロイスから6基のエアバスA330用エンジンの売り込みを受けた1990年当時の話で持ちきりだった。仲介者として、スハルト元大統領の末息子トミー・スハルトの名前が挙がり、「ロールスロイスから2千万ドルと青いロールスロイス車の供与を受けた」との話が幾度となく流れた(東南アジアの富豪はロールスロイスが好きだ)。トミー・スハルト側はもちろん関与を否定した。ちなみに現在、自動車のロールスロイスはBMW傘下の別会社として運営されている。

昨年のSFOの発表資料はガルーダ航空の嫌疑について、「インドネシア大統領室のエージェント(an agent of the office of the president of Indonesia)」がロールスロイスとガルーダ航空の「仲介者(an intermediary)」として匿名で記載されたのみ。ガルーダ航空の収賄者も匿名扱いのまま、「1989~1998年に225万ドルとロールスロイス車『シルバー・スピリット』を供与された」という記述にとどまった。

◆インドネシア当局の捜査

インドネシアは、国民から信頼の厚い汚職撲滅委員会(KPK)がSFOの発表から2日後の2017年1月19日、ガルーダ航空の前社長兼CEO(最高経営責任者)、エミルシャ・サタル氏を当時の責任者として国内でも訴追を進めると発表。仲介者についても、インドネシア大手グループ企業MRAグループのオーナー、Soetikno Soedarja氏だと明かした。2018年に入ってようやく、両者とともに、MRAグループの創業者の1人でかつて殺人事件への関与も取りざたされたAdiguna Sutowo氏らが3月以降、KPKの事情聴取を受けるに至った。

SFOが立件した事案の時期は1989~1998年、2011年7月、2012年3月と長期間にわたったが、インドネシア当局は2005~2014年に行われた50機の購入を立件の視野に入れているようだ(2018年4月10日付、ジャカルタ・ポスト)。

ガルーダ航空は2015年にも、ロールスロイスから12億ドル分の航空機A330neo用エンジンやサポートサービスを購入しているが、この取引を巡って贈収賄の情報は出ていない。

サタル氏は2014年末、理由を明らかにしないままに同社を退社。その後、財閥リッポ・グループ系のEコマース会長などを務めていた。世界経済フォーラムのウェブサイトには今でも顔写真とともに経歴が記載されている。

◆「死刑」が阻むタイでの捜査

同じく嫌疑が掛かったタイでは、ロールスロイスの2017年の発表直後に、収賄側のタイ航空が社内調査委員会を立ち上げると発表。政府の汚職追放委員会(NACC)も、英米から情報収集していることを認め、元閣僚2人、タイ航空元幹部24人を対象に捜査を進めるはずだった。が、こちらは遅々として進んでいない。

2017年4月以降は、ほとんど報道が確認されず真相は不明だが、タイで容疑者に死刑が求刑される恐れがあることから、非人道的刑罰を禁止した「人権と基本的自由の保護のための条約」(the European Convention on Human Rights、1953年発効)第3条への抵触を懸念する英国政府が、十分な情報提供を躊躇(ちゅうちょ)しているらしい(2017年3月2日、ブルームバーグなど)。

タイでの嫌疑は1991~2005年、航空機7機のエンジン調達の見返りに、複数の仲介者を通じてタイ航空に3600万ドルの賄賂が支払われた、というもの。SFOなどの公表資料では、この仲介者は「Intermediary 3」「agents of the state of Thailand and employees of Thai Airways」などと記されている。元閣僚2人についてはすでに地元紙が実名を報じている。

◆他のアジア諸国でも

アジアでは他に中国、インド、マレーシアでもロールスロイス事件で国内企業や個人が名指しされた。英SFOと米司法省の資料などを読むと、この3か国での嫌疑は次のようなものだ。以降の進展については、エアアジアが贈収賄への関与を強く否定したほかは、表面化しているものがほとんど確認されない。

中国:

・カザフスタンと中国のガスパイプラインプロジェクトをめぐり2009 ~2012年、540万ドルを両国政府に影響力を持つアドバイザーに支払った

・2011~2013年、中国の中国東方航空へのエンジン納入を目論み、贈賄。賄賂の一部は同社社員複数の米国でのMBA取得費用に使われた
インド:

・インド租税当局が押収していたロールスロイス社「仲介者リスト」の返却をもくろみ、2006~2007年ごろ、職員に贈賄を持ちかけた

・2005~2009年、政府発注の軍事物資供与契約を巡り、仲介者を採用した事実を事前に申告しなかった
マレーシア:

・2011~2013年、格安航空便を運航するエアアジアグループとの取引において、同社にロールスロイス社員が贈賄行為を働くのを止めなかった

◆資料を読んでみると……

英SFO、米司法省の公表資料とも今でもウェブサイトからダウンロードできる。米司法省の資料はA4で2枚半しかない。SFO公表資料は53ページあるが、この手の公表資料にしては少ない方だ。「事実は小説より奇なり」を地で行く箇所も多く、また、当局の目の付け所から学ぶ点も多い。企業のコンプライアンス担当者の方々には、この事案の当局資料はうってつけの研究材料になりそうだ。筆者も、再度目を通した上で、インドネシアとタイの案件をモニタリングしたい。

・Serious Fraud Office, Rolls-Royce PLC
https://www.sfo.gov.uk/cases/rolls-royce-plc/

・Department of Justice, “Rolls-Royce plc Agrees to Pay $170 Million Criminal Penalty to Resolve Foreign Corrupt Practices Act Case”
https://www.justice.gov/opa/pr/rolls-royce-plc-agrees-pay-170-million-criminal-penalty-resolve-foreign-corrupt-practices-act

(*注)事案がロールスロイス社から公表された時点での詳報は、内村治さんの「英ロールス・ロイス贈賄疑惑の波紋」(http://www.newsyataimura.com/?p=6401#more-6401)、ガルーダ航空の波乱の歴史については宮本昭洋さんの「神鷲ガルーダの光と影」(http://www.newsyataimura.com/?p=7302#more-7302)をご参照ください。

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