「国際特許」なんてありません
『知的財産:この財産価値不明な代物』第3回

3月 18日 2016年 経済

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森下賢樹(もりした・さかき)

プライムワークス国際特許事務所代表弁理士。パナソニック勤務の後、シンクタンクで情報科学の世界的な学者の発明を産業化。弁理士業の傍ら、100%植物由来の樹脂ベンチャー、ラストメッセージ配信のITベンチャーなどを並行して推進。「地球と人にやさしさを」が仕事のテーマ。

3月16日、世界知的所有権機関(WIPO)が2015年の特許の国際出願件数を発表しました。中国の華為技術(ファーウェイ)が2年連続で首位、日本勢は三菱電機、ソニー、トヨタ自動車、パナソニック、日立製作所、シャープが20位までに入っています。韓国はサムスン電子が4位、LG電子が7位でした。

とまあ、時事ネタでスタートしましたが、そもそも「国際出願」とは何でしょうか。国際出願をすれば「国際特許」が得られるのでしょうか。実は「国際出願」は存在しても、「国際特許」なるものは存在しません。

私は弁理士を20年やっていますが、このあたりの話が出ると、「そんなこと世の中で理解している人は弁理士と企業の知財部ぐらい。不親切だよ」と思います。もちろん、最近は大学で知的財産の講義も増えているので、若い世代の一部は知っているのかもしれません。しかし、企業で意思決定をする世代が勉強をした頃は、そういう講義はほとんどなかったと思います。「国際特許」が存在しないことを説明してみましょう。

◆国際出願とは

正確には、「特許協力条約(PCT : Patent Cooperation Treaty)に基づく国際出願」と言い、「ひとつの出願書類を条約に従って提出することによって、PCT加盟国すべてに同時に出願したのと同じ効果が与えられる出願」を言います。それがこの言葉の定義です(実務家は「PCT出願」とも言います。なお、商標については、「マドリッド協定議定書による国際出願」というのがありますが、それは別の機会に触れるとし、以下特許の国際出願の話をします)。

なお、「PCT加盟国すべてに同時に出願したのと同じ効果が与えられる出願」と言いましたが、いま加盟国の数は150に迫ろうとしています。出願人が150もの国で特許をとりたいなど、聞いたことがありません。実際には、必要な国を選び、それらの国で特許をとります。そうじゃないとコストがパンクします。

◆特許協力条約(PCT)とは

1978年に発効しました。WIPOの日本語サイトには、「特許協力条約(PCT)は、出願人が自身の発明について国際的に特許保護を求める際に役立ち、各国特許庁の特許付与の判断を助けるとともに、これらの発明に関する豊富な技術情報の利用を促します。」とあります。

企業の活動が国際化すると、自国だけでなく、諸外国でも特許をとりたくなります。しかし、各国の特許制度はそれぞれの国で定められるものであり、国ごとに異なります。出願のフォーマットからして違うので、各国に特許出願して特許をとっていくのは大変な作業です。

そこでPCTができました。条約の規定にしたがってひとつの特許出願(つまり国際出願)をすれば、PCT加盟国のそれぞれに出願したのと同じ効果を認めようじゃないか、という精神です。国ごとに異なる煩瑣(はんさ)な手続が一気に簡素化されました。

◆特許は国ごと

ならば、国際出願は審査にとおればPCT加盟国全部で有効な特許(つまり、言うなれば「国際特許」)として成立するのでしょうか。答えは否。PCTは「手続の一本化」をするだけで、「特許を認める」すなわち「特許権を与える」という財産権の設定には一切タッチをしないのです。それはなぜか。

財産権はそれぞれの国において、その国の憲法によって認められるものだからです。WIPOは各国の憲法という崇高なものを差し置いて、勝手にその国に財産権を設定することなんてできません。財産権の設定や消滅は国ごとにするのです。だから、

「国際出願はあっても、国際特許はない」

のです。

国際出願は、PCT加盟国それぞれにおける国内特許出願を仮想的に束にしたもの、と考えるとわかりやすいですね。束は出願の段階までで、審査の段階ではばらばらになり、国ごとに特許庁が特許を与えるかどうかを判断します。「国際出願をしたのに、中国と米国では特許が通り、日本では通らなかった」というケースもあります。同じ発明でも特許になる国とならない国があり、審査の基準の違いや、審査官の判断のばらつきが影響することもあります。

◆「出願の手続き」だけと言うが……

PCTは出願時点の手続きを簡素化するものです。しかし、実はもう少し深い仕事もやってくれます。日本企業が国際出願をする場合、一般に日本語の出願を日本の特許庁に提出します。日本の特許庁は、PCTの規定上、WIPOのための「出願受理機関」として行動します。

日本の特許庁はさらに進んで、「PCT加盟国のための調査機関」として働きます。発明が特許として認められるためには、少なくとも新規性が必要です。各国、特許法は違えど、新規性はいずれの国でも一致した基本要件です。ならば、「新規かどうか」は誰かひとりが調べてくれるほうが便利です。その役目を日本の特許庁がやります。調査結果は各国の審査において参照されます。

調査までした日本の特許庁。なら、「特許として認める、認めない」はもう目の前です。そこで、出願人が希望すれば日本の特許庁は「予備的な(つまりどの国に対しても拘束力のない)審査をする機関」として働きます。出願人は審査結果を見て、「これではどこも特許にならないな」と思えば、各国での審査を諦め、コストをセーブできます。逆に「これは通る」と思えば、少し多めの国で特許にしようと努力するかもしれません。

PCTは特許権の付与には一切関与しない(むしろ、できない)と言いつつ、一歩踏み込んで特許性に関する見解を示すのです。

◆再び「国際出願」と「国際特許」

知的財産は無体、つまり形なきゆえ観念しかありません。だからなおさら、言葉の定義には慎重になる必要があります。世の中で「国際出願」と「国際特許」が混同されるのは、前者が本当は「PCTに従ってなされる出願」という非常に明確な定義をもつ専門用語であるのに対し、後者は単に「複数の国で効力をもつ特許」という程度の感覚的な意味を与えられているからだと思います。

国際特許……。

この言葉を聞くたび、気持ち悪くて仕方がありませんでした。ここで説明ができ、少し楽になりました。

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