山田厚史(やまだ・あつし)
ジャーナリスト。元朝日新聞編集委員。「ニュース屋台村」編集主幹。
入社した1971年は、M放送にとってテレビ開局30年の節目だった。10月には数々のイベントが予定され、制作の現場では「特別番組」の企画が進んでいた。私も「アシスタントディレクター」として、特番チームの末端に加わった。
テレビ業界で「アシスタントディレクター」は、「エー・ディー(AD)」と呼ばれ、タレントの送迎、飲食の手配から小道具の手配、カンペ(看板ペーパー=タレントやアナウンサーの発言表示)出し、など「制作現場の下働き」を一手に引き受ける。ほとんどは下請けの制作会社の人たちで、「奴隷労働」などと呼ばれていた。そんな中に若手の正社員は別格の「ディレクター見習い」として参加し、経費計算など担当する。 記事全文>>