迎洋一郎(むかえ・よういちろう)
1941年生まれ、60年豊田合成入社。95年豊田合成タイランド社長。2000年一栄工業社長。現在中国、タイで工場コンサルタントを務める。自称「ものづくり研究家」。
私はこれまで、自動車部品の製造にかかわる企業を中心に改善や原価低減のお手伝いをしてきた。成果の大きさは会社の規模によって違うが、年間数億円単位で原価が下がった例もある。
私は改善指導の要請を受けると、お引き受けする前に必ず工場を見学させてもらう。実際に工場を見せてもらい生産性が20%くらいなら改善できそうだと思うと、その旨をお客様にお伝えし、満足頂ければお引き受けしている。ちなみに生産性が20%改善すると、それに伴い不良品の減少による材料費の減少、人員稼働率上昇による人件費の削減、更には仕掛品(しかかりひん=製造途中にある製品)の削減による倉庫費用の削減などから、製造原価も経験値によると10%程度下がる。
私は豊田合成勤務時代、トヨタ自動車の生産調査室長だった鈴村喜久雄主査から数十回に上る現場指導を受けた。鈴村主査の監査は極めて厳格だったが、人柄は大変優しかった。鈴村主査から多くのことを教えていただき、私なりの現場観察評価術を作っていった。今回はその方法について具体例を挙げて紹介し、「悪い工場」とはどんな工場か指摘したい。
◆改善に向けた6つの着眼点
(1)「金になる仕事」をしていない
私は工場見学の際にその職場の扉を開いた瞬間、作業員の何%の人が「金になる仕事」をしているかをまず見る。「金になる仕事」とは、お客様が認めてくれる加工、検査の時間である。例えば、加工するワークが無いため作業員が手待ち状態や職場内をぶらぶら歩いている▽隣の作業者としゃべっている▽組み付けのための部品切れや空箱切れで加工を中断している▽トイレに行って現場を離れている▽作業中なのに携帯電話を操作している――などである。
お金をもらえない行動をしている割合を大ざっぱに計算してみる。目の前に10人が働いていたとすると、そのうち7人が手を休めずに仕事をしていれば、稼働率70%の職場だと判断する要領である。この要領は、確率90%だと思って間違いない。
(2)工程間仕掛りが山積み
2014年2月14日号の拙稿「在庫削減は改善への大きな鍵」でも指摘したが、工程間仕掛りとは中間仕掛りでお金にならない物品である。いやそれどころか、すでに材料代や加工賃が支払われた貴重な財産の固まりと言った方が正確である。できるだけ早く売却して現金に換えるべき品物である。その認識が甘い職場は「ムダがいっぱい潜んでいる」と判断して間違いない。
面白いと言っては大変失礼だが、中間仕掛りが多い職場は完成品在庫も多い。完成品在庫が多い職場は納入遅延も多いと判断して間違いない。したがって、その職場は改善すべき課題が山積しているということである。
(3)工場内にゴミや部品が散乱
一般的に「5Sが悪い」と表現されるが、「5S」(整理・整頓・清掃・清潔・しつけ)のうち、私はしつけの程度によってその会社の改善状況を判断している。
改善目標としてかつては「3S」から始まり、「4S」に進化。昭和40年代に入り、豊田合成の加藤宗平社長(当時)は日本プラントメンテナンス協会が行っている、従業員全員が生産システム効率化に極限まで取り組んだ企業に贈られるTPM賞にチャレンジすると宣言され、全社一丸となって取り組むこととなった。豊田合成では当時、「4Sだけではいけない。教育訓練が伴わないと4Sもうまく進まない」との認識から、教育訓練をしつけに置き換えて5S運動を開始した。以来5Sが多く使われているが「まさに意を得たもの」と今更ながら感心している。
私はこの5Sの状況をその会社の人材育成への取り組みレベルの判断基準として使用している。しつけが悪いと、職場は乱れる。職場が乱れると品質や納期管理も乱れ、ムリ・ムダ・ムラも多く発生する。「決めたことは必ず実行する」という風土は、企業にとって最重要課題の一つである。
(4)作業者の目線がワークに集中してない
作業環境にもよるが、だれかが職場に入ってくると一斉にそちらを振り向く職場は問題ある職場である。なかには私のような訪問客に対して、作業を止めて丁寧にあいさつしてくれる会社がある。営業上は有効かもしれないが、私自身は「作業員には周囲に目もくれず仕事に集中してもらいたい」と考えている。
集中できない原因はどこにあるのか考えてみると、職場の責任者が作業員に対し、仕事の質を明確に求めていないケースが散見される。作業標準書が整備されていない▽教育訓練が施されていない▽生産性や不良品のなどの管理資料が作成されていない――などが疑われるのである。
ある会社の職場では検査室が設けてあり10数人が従事していた。全員が出入り口のある通路側向きに作業をしていた。私がドアを開けると一斉に顔が上がり、誰が来たのか確認しようとする。そこで私は、全員が奥の壁側向きで作業することを提案した。しかし翌月再びその現場に行ってみると、何も変わっていない。またあろうことか、作業者の一人は携帯電話で通話をしており、私を見て慌てて携帯電話を仕舞いこんだ。
「なぜ壁側向きに作業をさせないのか?」と責任者に問いただすと、「作業者が今のままで良いと言っています」との返事。さらに「火事が発生したら発見が遅れ、逃げ遅れる可能性があります」と訳の分らぬことを言っているようである。
要は、不都合な事をやっていて上司に見つかってはまずいと考えたのであろう。責任者に対し、携帯電話の例を持ち出し、さらに仕事に集中させる必要性を説明したところ、その翌月にはレイアウトを変更。かねて懸案だった生産性評価グラフも作成していた。
(5)座り作業は素早い対応ができない
豊田合成でもかつて、組み付けや検査作業はいすに座って作業をしていた。ところが、トヨタグループの指導会で突然、作業員全員が立ち作業に変更するよう指示が出た。立ち作業は定期、不定期に発生する付随作業の対応が素早くやれる▽前後工程の遅れがあると応援要員が工程間に容易に投入でき生産性が向上する▽立ち作業は脳に刺激を与えるので眠気も少ない――。こうした理由を説明したが、長年座り作業が習慣となっており、作業員の抵抗は収まらない。
そこで中間仕掛け品を無くし、その跡に休憩コーナー室を設けて畳の部屋を作った。休憩時間には、そこで手足ゆっくり休ませてもらおうという提案である。最終的には作業員たちは私の説得に応じて、立ち作業に挑戦する決心をしてくれた。当初は作業員たちも足がかなり疲れていたようである。昼休みには畳の上で横になって休憩をとっていたが、月日が経つにつれて体も慣れてきたようである。座り作業から立ち作業への変更は、タイの自動車部品会社2社も導入し、大きな改善効果に結びついている。
(6)「見える化」ができていない
「見える化」については随分前から叫ばれているが、最近は改善指導に行く先々でこの「見える化」の衰退が気になる。原因はパソコンの普及である。例えば「この製品の不良率は今何%ですか?」と聞くと、管理監督者から即答が得られない。
生産性指標についてもしかりである。「ちょっと待ってください。今調ベます」と返事が来る。そして近くにいる部下に命じてデータを持って来させる。パソコンに仕舞い込んで必要ならいつでも引っ張り出せるものを「見える化」と解釈しているようだ。そんな管理監督者の職場は、改善への問題意識が低いと判断して間違いない。
パソコンは少々ウソついてもばれることはほとんど無い。しかし不良率や生産性のグラフ、不良品などの現物の展示、さらには対策書などを人前に開示をすると、作業員など多くの人が見るため、ウソを書くとすぐバレてしまう。管理者自らが真剣に改善作業に取り組む必要が出てくる。「見える化」によって初めて現場の実情を正しく捉え、課題を抽出し、改善につなげる活動ができるのである。
◆管理監督者は「考える力」を身につける
以上、「改善の着眼のしかた」すなわち「悪い工場の見分け方」について、私なりの方法を紹介してきた。
最後に1点補足したいことがある。それは「現地、現物を見て、課題や問題点をいくつも発見できるかの能力」の開発トレーニングについてである。会社経営者は会社の管理監督者層を主要対象者として、「課題抽出能力向上訓練セミナー」を計画的に実施して積極的に人材育成を行っていただきたい。
やや大げさな言い方のセミナーだが、方法は簡単である。定期的に管理監督者5人前後のグループをつくり、「ヨーイドン」で現場へ行かせ、そこで10分間かけて改善すべき課題を5件以上見つけて来させる。10分過ぎたら全員を会議室に招集し、見つけてきた改善課題を1人ひとりに発表させる。さらにこれらの課題を整理統合し、重要度の高いものについては、誰がいつまでに改善するか決めて解散する。こうしたセミナーを何回か繰り返すことで、管理監督者の「考える力」を間違いなく向上する。
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