山田厚史(やまだ・あつし)
ジャーナリスト。元朝日新聞編集委員。「ニュース屋台村」編集主幹。
中国の文化大革命を覚えている人は、「メンドリが鳴くと世の中が乱れる」と中国で言われていたのをご記憶と思う。毛沢東夫人の江青女史である。偉大なる指導者の権威をかさに着て、文革の先頭に立ち、大衆を扇動して全土を混乱に陥れた。
日本のメンドリは、思想性に乏しいようだが、夫の権威に便乗した振る舞いが、政治を混乱させたことは同罪ではないか。
森友学園の国有地売却を巡るスキャンダルで佐川宣寿前理財局長が証人喚問の席に立たされようとしている。決裁文書改ざんの主犯とされている。「文書はすべて廃棄した」と国会で答弁しながら、都合悪い文書を裏で書き換えていたらしい。
エリート官僚ともあろうものが、こんなバカなことをするのか。「答弁と文書のつじつま合わせ」と言われているが、危ない橋を渡るには、よほどの事情があったのだろう。
明快に語るのは小泉元首相だ。
「財務省は(昭恵夫人が)関係していると知っていたから、答弁に合わせるために改ざんを始めた。(財務省が)忖度したんだよ」
昨年2月、安倍首相が国会で、自分や妻が国有地売却に関係していたら首相を辞める、と明言したため、昭恵夫人の関与を文書から削った、という見立てである。
9億円の土地を8億円で売る。気前のいい払い下げは「首相夫人」の口利きがあったからだろう、と多くの人は推察している。
籠池理事長の無理な要求に慎重だった近畿財務局が、急に態度を変えて、「格安払い下げ」に応じたのは、首相夫人が登場したからだろう。開校する小学校は安倍晋三記念小学館で、籠池夫妻と昭恵さんが3ショットで収まった写真を示し、「いい土地だから前に進めて、と夫人が言っています」と告げられた担当者は「安倍案件」と判断したのだろう。
昭恵さんは学園が経営する幼稚園を訪れ、名誉校長になり、講演などしている。教育勅語を暗唱させる教育を「いい教育」と褒めたたえた。普通に考えれば「ヤバイ学校法人」だが、安倍晋三の名が出ると「いかにも」と思わせる空気があったのだろう。
「政治案件」の始末を負わされているのはノンキャリと呼ばれる職員たちだ。政治家の最高峰である首相の名前が出て、夫人と昵懇の関係を示されれば、「特例的計らい」は自然の成り行きだった。
そんな事情を知ってか知らずか、安倍首相は国会で「妻が関わっていたら辞める」と言ってしまった。オレは命令していない、妻だって無理なことをするはずはない、と思っていたのかもしれない。
明恵さんは自由奔放の人、といわれる。自分の振舞いが他人にどう受け取られるか、そのあたりに気が回らないお嬢様だという。
森友学園に限らず、困った人には気楽にお手伝いするおおらかさのある人。そんな人柄をよく聞く。2014年の山口県知事選を取材した時、こんなことがあった。
反原発で自然エネルギー推進の旗手とされていた飯田哲也氏が、安倍首相のおひざ元から立候補した知事選である。
国会議員夫人の会が、保守系候補を応援する会合を開いた。留守がちの夫の代わりに選挙区で顔つなぎするのは夫人たちは、選挙で大事な役割を果たす。その会合に昭恵夫人は顔を出さなかった。ツイッターで「今日は北海道。ジョギングです」とつぶやいていた。
知事選なんて興味なし、と言わんばかりの振舞いに選挙関係者はやきもきしていた。
なぜなら昭恵さんは、対立候補である飯田氏のお友達らしい、というのである。自然エネルギーに関心を寄せ、四国電力が原発建設を予定している上関地区を飯田氏と一緒に訪れ、反原発に理解を示していた。「夫にも話してあげて」と頼まれた飯田氏は、当時は野党議員だった安倍晋三氏に2時間、世界のエネルギー動向と風力発電の重要性を御進講した、という。「安倍さんは一生懸命聞いてくれた。そにあとしばらくは風力発電のことを盛んに口にしていた、と昭恵さんから聞きました」と飯田氏は振り返る。
森友学園でも、最初は善意で始まったことだろう。理想の教育に向かって頑張る籠池理事長の力になれれば、と「お手伝い」のつもりでやったのではないか。だが、経産省から派遣された秘書が財務省に照会するなど、「権力」を背後にした行為は、財務官僚に「官邸案件」と認識させた。
その結果、「格安売却」が実現し、不正を追及されると、文書の隠蔽、虚偽答弁、決済の改竄、職員の自殺、国税庁長官の辞任にまで発展した。
もとを辿れば、世間知らずのお嬢様の小さい善意から発したことである。本人に悪気はなくても、首相夫人の振舞いはこれほど周りを巻き込むの。
文書改ざんをさせれた職員が自らの命を絶った。「勝手に忖度した結果」と言えるだろうか。
疑惑は、国会で問題になった時点から、昭恵さんの「気まぐれな善意」の問題ではなくなった。官邸は、責任が首相に及ばないよう防戦に努める。資料は出さない、事実を認めない、佐川元局長を国会に出さない。
権力を総動員して、官邸への波及を食い止めようとした。深手を負ったのは財務省である。官僚の誇りは木っ端みじんに砕かれ、悲願の消費増税さえ困難になり、職員に犠牲者まで出た。
「そこまでして安倍政権に忠誠を尽くさなければならないのか」という反省が現役・OBに広がっている。
元をたどれば昭恵さんの「お手伝い」だった。気まぐれを許す首相とその周辺の「緩み」「驕り」がもたらした悲劇である。責任を取るのは誰だろう。
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