п»ї ラスベガスで逮捕されたマレーシア人と政府の奇妙な関係『アセアン複眼』第6回 | ニュース屋台村

ラスベガスで逮捕されたマレーシア人と政府の奇妙な関係
『アセアン複眼』第6回

3月 20日 2015年 国際

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佐藤剛己(さとう・つよき)

企業買収や提携時の相手先デュー・デリジェンス、深掘りのビジネス情報、政治リスク分析などを提供するHummingbird Advisories 代表。シンガポールと東京を拠点に日本、アセアン、オセアニアをカバーする。新聞記者9年、米調査系コンサルティング会社で11年働いた後、起業。グローバルの同業者50か国400社・個人が会員の米国Intellenet日本代表。公認不正検査士、独立行政法人中小企業基盤整備機構・国際化支援アドバイザー(3月末で退任)

今回は、マレーシア人のカジノ界の大物が、米ラスベガスで違法賭博容疑で逮捕され、その後、警察を管轄するマレーシア内相がこの男性を支持する手紙を米連邦捜査局(FBI)に出していた、という話をご紹介したい。いわゆる「政商」はアセアンでは数多く「活躍」。その存在は見え易く、また異様な存在感醸している。英字メディアでも細かく見ていくと、小さな事件から政治と裏社会のつながりの片鱗(へんりん)を垣間見ることができて、なかなか興味深い。

◆サッカー・W杯開催中の逮捕劇

2014年7月9日、ラスベガスのシーザーズパレス・ホテルのヴィラで、マレーシア・ギャンブル界の大物ポール・プア・ウィセン(Paul Phua Wei Seng)氏と息子のダレン・プア・ワイキット(Darren Phua Wai Kit)氏がFBIに違法賭博の疑いで捜査された(逮捕は14日)。FBIの捜査員がホテルの部屋に入った当時、親子と仲間らは、彼らが運営するオンラインのサッカー賭博サイトと、テレビ画面に映るサッカー・ワールドカップ(W杯)のオランダ対アルゼンチンの試合のライブ放送に見入っていた、という。

捜査員から両手を頭上に上げるよう指示されながら、仲間の1人は片手は上げたものの、もう片手では賭博サイトでコンピューターのキーボードを打ち続けていたという。

 ホテル敷地内のプア氏らが陣取る場所とは別のヴィラには、大型スクリーン3台をしつらえた「オペレーションルーム」もあり、世界の顧客から集めた当時の賭け金は総額27億香港ドルに達したという。何やら大掛かりな違法賭博が行われていたらしい(注1)。本稿では控えるが英字の記事を子細に読むと、FBIも相当手の込んだオペレーションを準備していたことがうかがえる。

◆悪者の大物とはこういうことか

この事件、外野には計り知れないことだらけである。まず、プア氏の大物ぶりがすごい。彼はひと月前の14年6月18日、実はマカオのウィン・ホテルで20人余りの仲間と違法賭博容疑で逮捕された。この時は保釈金を支払って釈放され、国外追放の後、プライベートジェット「ガルフストリームG550」(4800万米ドル相当、テールナンバーはN888XSの8ぞろい)で、23日にラスベガス入りしていた。

「8」ぞろいという点では、彼がラスベガスで使っていたヴィラは、部屋番号8881、8882、8888の3つ。験(げん)を担いで「8」並びを取っているが、どの部屋も1泊2万5000米ドルは下らないという。

 ラスベガスでの件を報じるメディアによると、逮捕された親子はここでも保釈金250万米ドルを積んで釈放。ガルフストリームは取り上げられた。この保釈金、実はプア氏の2人の顧客が払ったのだという。プア氏は若いころ、ラスベガスに本社があるカジノリゾート運営会社ラスベガス・サンズのマカオ「支店」でジャンケット(カジノに大金を賭ける客を紹介したり、そうした客に対して宿泊先の手配や資金の融通をしたりする仲介業者)として働いていただけに、上客が多いことがうかがえる。

 マレーシア警察当局からFBIに提供された2008年当時の情報によると、プア氏は香港マフィア「14K三合会 (14K Triad)」(香港のいわゆる犯罪組織「三合会」の流派とされる)のメンバーで、かなり上級の地位にあるという。この情報を基にFBIもプア氏を追跡していた。ラスベガスの一件は、両国の捜査協力が実ったものだった。

 驚きはここで止まらない。プア氏はマレーシア国籍だが、逮捕当時サンマリノ共和国の「駐モンテネグロ大使」の肩書の外交旅券を所持(2011年発行)していた、というのだ。犯罪に詳しい危機管理専門家によると、「サンマリノくらいの小国になると、多額の寄付で名誉大使の肩書を買うくらいはできる」という。

◆マレーシア内相の横やり

ところが今年に入り、この逮捕にマレーシアの内務大臣アハマド・ザヒド・ハミディ(Datuk Seri Ahmad Zahid Hamidi)氏から横やりが入っていたことが明らかになった。(注2)。昨年12月18日付のFBIに宛てた書簡でザヒド内相は、①プア氏は「14K三合会」のメンバーでも関係者でもない②プア氏はマレーシアの国家安全保障上、多くの支援をしてくれた③マレーシアはプア氏の帰国を待ち望んでいる、と述べたのだ。

なぜ、警察を所管するはずの内相が? 国家安全保障上の支援とは何か? 疑問は尽きない。

 内相の書簡に関しては政府部内でも大騒ぎになったようで、まず身内のマレーシア警察から批判が噴出。「ザヒド氏は警察の威信を失墜させた」との警察幹部の声がメディアで紹介された。ナジブ首相、警察組織の監察官トップ、検察トップもザヒド氏とこの件で面会しており、事態が深刻に受け止められていることがうかがえる。

ザヒド氏はその後、「書簡はプア氏の弁護団に請われて執筆した」「書簡は職権上、許される行為」「プア氏が無罪だとは主張していない」などとメディアに釈明。しかし、「国家安全保障上の支援」については明らかにしなかった。結局、マレーシア政府がクレームを付け、ザヒド氏の書簡は裁判所から取り下げられたようだ。

 この事案は現在、連邦判事がFBI の証拠を精査している段階。FBIは、一部捜査の違法性を判事から問われ、証拠の練り直しをしているようだ。

 韓国でも最近は、実刑判決を受けた財閥要人を仮釈放させ、財界に復帰させようという動きがあるらしい。お金に寛容なのは(日本から見ると新興国の)マレーシアだからなのか、アジア全体の傾向か。日本も例外ではないだろう。「The Economist」2014年11月15日号はスペシャル・レポート「The Pacific」で、 “East Asia, like America, is a place where power is judged first and foremost by wealth”と断じている。

(注1)プア氏に関する記事はThe Malaysian Insider(”Malaysian facing US illegal gambling charge may go free on technicality”)、Malaymail Online(”At Vegas US25k-a-night villa, Malaysian Paul Phua allegedly ran mammoth World Cup betting hub”)などで報じられた。第1報はthe South China Morning Postだったらしい。

(注2)ザヒド氏はマレーシアの最大与党「統一マレー国民組織」(UMNO)に所属している。先に同性愛の罪で有罪判決を受け服役中のアンワル・イブラヒム元副首相に近かったとされる。1998年には当時のマハティール首相を批判する演説を行い、国内治安法違反容疑で逮捕されたこともある。2008年に首相府相、09年に国防相を務めた。

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