п»ї 党略の道具とされる国民の暮らし―弄ばれる「財政と消費税」『山田厚史の地球は丸くない』第103回 | ニュース屋台村

党略の道具とされる国民の暮らし―弄ばれる「財政と消費税」
『山田厚史の地球は丸くない』第103回

9月 29日 2017年 経済

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山田厚史(やまだ・あつし)

ジャーナリスト。元朝日新聞編集委員。「ニュース屋台村」編集主幹。

突如の解散・総選挙。「国難突破解散」と安倍首相はいうが、国難を招き寄せるのは誰か。政治家が国難を創り出しているのではないか。

25日、記者会見した安倍首相は

「消費税の増税分2%を子育てや介護の負担を減らす財源に充てる。増税は財政再建に当てる約束になっていた。使途をかえることで国民の信と問いたい」と表明した。

消費増税のルールを変える、これが国会を解散する理由である、と説明した。

これまでも消費増税の実施を先送りする時、国政選挙で国民の信を問うたから、今回も約束と違う政策をとるので総選挙を決断した、という。もっともらしい理屈。政治家はズルいな、と思った。

◆40年も前から語られてきた「少子高齢化」

安倍首相の在任は間もなく5年になる。子育てや介護に熱心に取り組んできた、とは思えない。異次元の金融緩和とか、国家戦略特区による規制緩和、法人税の引き下げ、産業界の目線に立った「成長戦略」には熱心で、庶民の暮らしに寄り添う政策は安倍さんの口からあまり語られてこなかったように思う。

「国難突破解散」でいう国難に、北朝鮮の脅威と並べて、「少子高齢化」を挙げた。

40年も前から語られてきた問題だ。保育園への自己負担や介護料金を国が面倒を見るのは悪いことではないが、必要なら黙って予算措置すればいいだけはないか。

試算では保育園に自己負担分は800億円、介護の自己負担が800億円程度。併せて1600億円。本当にやる気があれば通常の予算措置で対応できる金額だ。手を付けてこなかったのは、首相に関心がなかったからではないのか。

少子高齢化は急に始まったわけではない。なぜ今、国会を解散してこの問題を問いかけるのだろう。消費増税は2019年10月の話である。

芝居がかった表情で「少子高齢化は国難」「増税の使途で民意を問う」などと首相が言えば、政治家の言葉の虚(うつ)ろさをなおさら感じてしまう。

「ボク難解散」と言われる。臨時国会が開かれれば森友・加計疑惑の追及を受ける。国会閉会中に都合悪い材料がどんどん出てきた。国会が開会されれば首相は苦しい立場に立たされる。不愉快な答弁には立ちたくない。

民進党が山尾問題で傷つき、小池新党の選挙準備が整わないうちに解散するのが得策と思ったのだろう。

与党に都合のいい時を選んで解散できる今の慣行はおかしいと思うが、計略を巡らすのが政治だ。アンフェアだろうとも敵を出し抜くものが勝ち、という世界だ。

◆野党に抱き付いた政策が安倍政権を襲う

それでもひっかかるのは、首相に誠実さが感じられないことだ。25日の記者会見では、「国難に対処するため、消費税増税で生活保障をする」と増税の約束を「解散の大義」にしていたのに、解散を断行した28日の演説では「増税」も「使途の変更」も触れないで、「北朝鮮の危機」ばかり強調した。

思惑が外れたからだろう。「今度はちゃんと増税します」と首相が踏み込んだのは、訳がある。野党第一党の民進党が「消費税の増税分を国民の生活保障に使う」という方針を打ち出したからだ。

代表に選ばれた前原誠司は、アベノミクスへの対抗策として「オール・フォー・オール」を掲げた。皆で助け合う政治。金持ちから税金を取って貧乏人に配るだけでは連帯社会はできない。低所得者も負担し、皆が応分に身を切ることで支え合う。

新自由主義の経済政策では、経済成長と自己責任で暮らしを守ることが強調された。オール・フォー・オールは、財政を通じた再分配で安心して暮らしを保証する。社会民主主義の思想が底流にある政策だ。

安倍首相は「もっけの幸い」と飛びついた。前原の政策を丸のみして「使途変更」を解散の口実にしたのだ。子育て介護に関心はなくても、民進党が同じ政策なら増税は選挙の争点にならない。使途を変えれば財政再建は遅れるが、民進党も同じ主張だから追及されない。ワル知恵の働く側近がいるのだろう。ところが希望の党が現れて、ワル知恵が自らに向かう刃(やいば)となった。

希望の党は「消費増税凍結」を打ち出した。自民が「増税実施」なら「増税反対」が有利という政治判断である。合流した前原は「オール・フォー・オール」をあっさり下ろした。政策を捨てて生き残りへと走ったのである。

前原は「税による再配分が連帯社会をつくる」と主張する社会経済学者・井手英策(いで・えいさく)慶応大学教授の思想に共鳴し、政策への協力を依頼した。それがオール・フォー・オールとなったが、あまりにもあっけなく捨てられた。政策をどれほど真剣に考えたのだろうか。

結果的に井手の社民的政策は、形として安倍政権に引き継がれた。希望の党の登場で、今や「厄介者」になっている。

政策の裏付けとなる思想など安倍の頭にはない。野党に抱き付いた政策が、新野党の登場でブーメランとなって安倍政権を襲う。

財政をどうする、子育て・介護の財源は、予算の優先順位は、切実な問題は党略の道具でしかないのか。

真面目に考えてこなかった重要問題が「国難」として迫っているのに、政党は正面から向き合っていない。有権者に突きつけられた問題でもある。

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