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新聞は五輪翼賛体制に切り込めるか
『山田厚史の地球は丸くない』第113回

3月 30日 2018年 経済

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山田厚史(やまだ・あつし)

ジャーナリスト。元朝日新聞編集委員。「ニュース屋台村」編集主幹。

「内閣支持率最低31%」。3月19日付の朝日新聞朝刊は、安倍政権の支持率急落を一面トップで伝えた。財務省が森友学園の決裁文書改竄を認めたことを受け、週末の行った世論調査の結果である。

◆日本の有力紙は「東京五輪の推進派」

この日の朝日新聞は異様だった。「これ、朝日新聞?」と首をひねるような体裁だった。一面にスポーツ選手のコラージュ写真と「TOKYO2020」の文字がデカデカと載る。題字下に「本日は特別誌面でお届けします。通常紙面は2枚目からになります」と書かれていた。

「新聞の顔」である一面トップを覆い隠す「特別紙面」の2ページ目は全面広告。裏表4ぺーにニュースはなく、編集委員の名がついた記事は広告のお供え物のようだった。

東京五輪に便乗して広告を集めようとする新聞社の涙ぐましい努力の成果である。朝日新聞は東京五輪のオフィシャルパートナーになっている。読売、毎日、日経も同様で、日本の有力紙は「東京五輪の推進派」ということである。

オリンピックは手放しで賛美できるイベントだろうか。アスリートの感動物語は格好の読み物だが、スポーツの祭典はアスリートのためのものか。商業主義にまみれ、開催都市は重い財政負担に耐えられず撤退する都市さえ出ている。東京誘致を巡り、多額の資金が五輪関係者の親族に渡った事件が昨年明るみに出た。

華やかな祭典の裏でカネが動き、勝利の美談の陰に競技団体の歪んだ運営がある。輝きが眩(まぶ)しいほど闇は濃い。感動の塊でもあるオリンピックは舞台裏のおぞましい話も含め、全体像を伝えるのがメディアの役割ではないか。

オフィシャルパートナーにそれが出来るのだろうか。

国際五輪委員会(JOC)の重鎮で国際陸連の元会長だったセネガル出身のラミン・ディアク氏は、不祥事がバレてその地位を追われた。だが東京五輪の誘致に絡み、息子の会社が日本の誘致委員会から2億円を受け取っていた。シンガポールにある息子の会社の口座に振り込まれたことは確認されている。日本の誘致委員会の関係者や電通の名が挙がったが、真相は藪(やぶ)の中である。

誘致には裏金が必要といわれてきたが、日本の誘致関係者が実際どんなことをしてきたのか、資料はすでに破棄された、という。月刊誌「FACTA」(ファクタ出版)が英国やフランスの新聞社と協力して疑惑を追っているが、海外に取材拠点を持つ大手紙に動く気配はない。

◆五輪の不都合な事実に及び腰

東京五輪・パラリンピック組織委員会は28日、2020年大会を成功させるためボランティア11万人を募集すると発表した。大会の裏方に8万人、競技場の外での案内などに3万人が必要だという。無給で最低10日働ける人を募集するという。

選手として参加できなくても、一生の思い出になる手伝いを、と考える人は少なくないだろう。ボランティア活動は東日本大震災の支援・復興でも存在感を示した。

この動きに対し「7月の炎天下、無給で労働させるのはブラック企業のようなものだ」という批判がネットを中心に巻き起こっている。五輪と電通との関係などを書籍で問題にしてきた元博報堂社員・本間龍氏は

「ボランティア募集が始まりますが、絶対に応じてはいけません。JOCには潤沢なカネがあるのにそれを使わず、皆さんの貴重な時間、知識、体力をタダで使い倒そうとしているからです。『感動詐欺』にくれぐれもご注意を」と警鐘を発している。

大手メディアは組織委員会の発表を大きく伝え、募集宣伝に一役買っている。

朝日は、リオ五輪にボランティアとして参加した経験者の「求める者が『経験』でない人はブラックと言ってしまうかも。自分は得難い経験ができたし、支給されたユニホームは一生の宝です」というコメントで締めくくり、「ブラック批判」に触れながらも好意的に紹介した。オフィシャルサポーターらしい紙面である。

メダルラッシュに沸いた平昌五輪の余韻も残り、「五輪を批判的に書くと世論を敵に回す」という配慮もあるらしい。石原慎太郎都知事(当時)が2016年東京五輪の誘致に失敗した時、世間には開催への熱狂はなかった。低迷する経済、大震災・原発事故など閉塞(へいそく)感が漂う世相に「ニッポン・チャチャチャ」が広がる。収益事業の新聞は時代の空気に抗えない。

そこに、背に腹は代えれない経営問題が絡む。オフィシャルパートナーになることで「五輪ビジネス」の輪に入り、広告収入を増やそう、という思惑もあるのだろう。

五輪の不都合な事実に及び腰になるのは、その代償なのか。新聞は社会が直面する課題に切り込めるか。東京五輪という翼賛体制は、メディアの姿勢を試しているように見えてならない。

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