п»ї 安倍亡き後も安倍路線-国葬後の岸田政権 『山田厚史の地球は丸くない』第222回 | ニュース屋台村

安倍亡き後も安倍路線-国葬後の岸田政権
『山田厚史の地球は丸くない』第222回

9月 30日 2022年 政治

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山田厚史(やまだ・あつし)

ジャーナリスト。元朝日新聞編集委員。「ニュース屋台村」編集主幹。

故安倍晋三氏の国葬が9月27日に執り行われた。隠然たる力を退任後も誇示していた「安倍支配」は、騒然たる賛否を巻き起こした国葬で終わった。最大派閥である安倍派も空中分解がささやかれている。そうはいっても安倍政治は、まだしばらく岸田政権を縛りそうだ。専守防衛を蹴散らす防衛力の抜本的強化、新型小型炉開発を含む原発再稼働、インフレ放置の金融緩和継続。元首相が先鞭(せんべん)を付けた暴政は、岸田政権によって実行へと移される。

◆説明にならぬ説明を繰り返す

国葬でやたら目立ったのが自衛隊だ。儀仗(ぎじょう)隊が舞台回しをしているかのようだった。都内渋谷区富ヶ谷の自宅を出た安倍氏の遺骨は、新宿区市ヶ谷の防衛省に寄って会場に向かった。首相官邸でも自民党本部でもなく防衛省。先導は自衛隊、武道館に着くと儀仗隊長が昭恵夫人から遺骨を受け取り、祭壇に据えた。黙祷(もくとう)の間に演奏されたのは、旧軍の式典曲「国の鎮(しず)め」。靖国神社の大祭でおなじみの、大日本帝国の郷愁を誘う軍歌である。

「自衛隊を憲法に」と並んで「防衛力の抜本的増強」は、岸田政権に課せられた宿題だ。岸田首相は5月の日米首脳会談でバイデン大統領に「相当な増額を確保する決意」を表明、「アメリカへの約束」を足がかりに既成事実の積み上げで防衛費拡大を進めるという手法だ。だが概ね5兆円で並んでいる防衛費、公共事業費、教育文化費の中で防衛予算だけを特別扱いする理由を国民にどう説明するのか。

教育現場はさまざまな問題が発生しながら教員が定数に満たない、という惨憺(さんたん)たる有様。自然災害が多発しているというのに、道路・橋・治山治水などのインフラは老朽化が目立つ。陸上配備型迎撃ミサイルシステム「イージス・アショア」の迷走が象徴するように、米国の要請で高額な兵器を買いそろえることが国民の納得を得られるかは疑問だ。

突破口にするのは、中期防衛力整備計画、防衛計画の大綱、国家安全保障戦略の三つ文書を書き改める年末までの作業だ。日本の安全保障をめぐる環境は急変した、従来の戦略では日本を守りきれない、新しい方針や装備が必要だとアピールする。中核になるのが「敵基地攻撃能力」。自衛隊は攻撃を受けたら防衛することが任務で、他国に攻め込む兵器を持たない。「専守防衛」を貫いてきた。これでは米国が求めている「中国を射程に入れたミサイル」の配備などできない。

「守り一辺倒」だった自衛隊を「攻撃できる軍隊」に模様替えするにはべらぼうなカネがかかる。そこで「防衛費を5年で倍増」という突拍子もない話が持ち上がったわけだが、理解しているのは、日米同盟に深く関わる外務省、防衛省、自民党、兵器メーカーなどごく一握りの「防衛ムラ」の面々だけではないのか。財務省でさえ予算の特別扱いや、兵器の実用性などに首をかしげている。なにより、兆円単位の財源をどうやって調達するか。財政難だというのに、国民の暮らしに直結しない防衛力整備を特別扱いにすることに、連立を組む公明党さえ慎重だ。

どう見ても説得力に乏しい「防衛予算倍増」を、岸田政権はどうやって実行に移すつもりなのか。

国葬と同様の事態が予想される。仲間内で決め、あとは説明にならない説明をただ繰り返す。国民の納得を得られなくても、最後は数で国会を押し切る。

◆「原発推進」に路線転換

世論の納得にほど遠い案件は、もう一つある。「原発政策Uターン」。今なお汚染が続いている福島第一原発事故の現場を「アンダーコントロール」と言い切った安倍元首相は、原発再稼働や新増設を模索していた。が、岸田首相は「17基を再稼働、耐用年数60年を超える運転、新型小型炉の開発を含めた新増設」を打ち出した。

福島第一原発事故以来、原発に頼らない、安全性が確認された原発だけ再稼働を認めるが新増設はせず、耐用年数が来た原発から退場させる、という「時間をかけての脱原発」が、言わずもがなの社会的合意となっていた。それを、岸田首相は「原発安楽死」を拒否し、「推進」へと路線転換した。

背景には「原発ムラ」の危機感がある。原発メーカー、核研究者、潜在的核保有国という立場を維持したい官僚・政治家などが「原発技術の立ち枯れ」を恐れていた。欧米では化石燃料に代わる「クリーンなエネルギー」として高圧ガス炉や小型モジュール原発など従来の原発に比べ安全性の高い新型炉の研究が盛んだ。この流れに取り残されたくない原発産業の事情が岸田政権の背中を押した。

日本経済新聞は9月26日付の朝刊で、緊急提言として「原発推進」を社論として打ち出した。以前から産業界の意向に沿った論説が目立っていたが、この局面であえて「政策転換のお先棒」を担いだのは不可解である。

大手紙で公然と「原発推進」を掲げているのは読売新聞だけだったが、日本を代表する経済紙が「原発推進」へと踏み込んだ。

福島の事故現場では溶け落ちた核燃料を取り出すことさえできず、汚染水の処理もめどは立っていない。

住民は、避難指示が解除されても、汚染された野山を前に帰るに帰れない有様である。いまなお続いている事故の惨禍に目をつぶり、原発復帰へと舵を切った岸田政権は、また世論の分裂をあおることになる。

防衛力倍増も、原発回帰も、政権の支持基盤の中核勢力から求められる政策ではあるが、国民が積極的に支持できる案件とは言い難い。

◆命取りになりかねない「暴政」

国民の最大の関心事ともいえる「物価の上昇」こそが当面の課題だが、政権は立ちすくんでいる。

「インフレ誘導」を狙ったアベノミクスの行き着いた先がここだ。安倍元首相に選ばれた黒田東彦(はるひこ)日銀総裁は金融の量的緩和を抑える気はなく、インフレ放置の舵取りを続けている。米国も欧州も「インフレ対策」を全面に掲げ、金利引き上げを急いでいるというのに、日本はいまだマイナス金利を続け、内外の金利差は開くばかり。その結果、円相場は半年で30円も下落し1ドル=145円まで落ち込み、輸入インフレに拍車が掛かっている。電気ガス料金はどんどん上がり、冬に向かって燃料費は暮らしを襲う。食品の値上がりもこれからが本番だ。国民の実質所得は4か月連続で下がったまま。食料・エネルギーの値上がりは所得の低い人ほど打撃は大きい。

インフレはボディーブローのように暮らしを傷める中で、岸田政権は防衛予算倍増と原発推進に邁進(まいしん)する。命取りになりかねない「暴政」である。「聞く力」があるという耳は、どこに向いているのか。

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