なぜ「石破辞めるな」なのか?
驕りが招いた自民党時代の終わり
『山田厚史の地球は丸くない』第294回

8月 08日 2025年 政治

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山田厚史(やまだ・あつし)

ジャーナリスト。元朝日新聞編集委員。「ニュース屋台村」編集主幹。

自民党では悪評嘖嘖(さくさく)の首相だが、世間の評判はさほど悪くない。誠実さをたたえる声さえもあり、「石破おろし」に反発する「石破辞めるな!」のデモさえ国会周辺で起きている。

「石破首相らしさ」が滲(にじ)み出たのが8月6日、広島の平和記念式典でのあいさつ文だった。原爆投下80年、毎年繰り返される行事だが、手あかが付いた政治的決まり文句を排し、自分の思いを込めた言葉を選び、最後に被爆歌人・正田篠枝(しょうだ・しのえ)さんの短歌「太き骨は先生ならむ そのそばに 小さきあたまの骨 あつまれり」を、2度繰り返し、締めくくった。

あいさつの後、首相は自らの思いは「あの歌に全て尽くされている」と語った。被爆者や平和団体ばかりかSNSでも「ありがとう」の声が上がった。石破の言葉が際立ったのは、過去に安倍首相、菅首相が読んだあいさつ文が、ひどいものだったからだ。

◆広島平和記念式典でのあいさつ

首相の座に8年間あった安倍晋三氏のあいさつは、毎年ほとんど変わらず「被爆者の皆様の苦しみに思いを致し、核兵器のない世界の実現に向け、国際社会の努力を主導してまいります」という決まり文句が繰り返された。被曝(ひばく)への思い入れの低さがうかがわれ「コピペあいさつ」と呆(あき)れられた。

菅義偉(よしひで)首相も安倍時代のあいさつ文をほぼ踏襲。2021年の長崎では一部を読み飛ばした。広島と長崎で、日付と地名だけを変えた「手抜きあいさつ」を問われた菅氏は「核兵器廃絶、被爆者の思い、恒久平和の実現など共通することがらであり、どうしても同じような内容になる」と言い訳をした。

あいさつ文は秘書官など側近のスピーチライターが書くものだが、首相がどれだけ重視しているかで出来栄えは変わる。

安倍・菅時代の自民は国会で安定多数をいいことに驕(おご)りが目立った。パターン化したあいさつ文を使い回し、あからさまに「平和運動」への冷淡な姿勢を見せた。

同じ自民党でも石破は違う。2年前に広島平和記念資料館を訪れた時に感じたこと、外国の人が資料館を訪れるよう働きかけていることなど自分の言葉で語り、広島・長崎へ共感を見せた。

◆自民党の危機テコに愚直さ開花

国会でも同じことが起きている。野党とのやりとりが大きく変わった。

安倍政権は、首相が答弁席から質問者にヤジを飛ばすなどけんか腰が目立った。菅首相は役人の書いた答弁書を読むだけ。質問者に向き合う姿勢は見えなかった。議論はかみ合わず、深まらず、歩み寄りもないまま、時間がくれば多数決で決まる。熟議とはほど遠いものだった。そんな国会が、少しまともになってきたのではないか。

石破首相は質問に正面から答える。官僚が用意した紙に頼らず、自分の言葉で語り、はぐらかしたりしない。

当たり前のことが国会で行われようになった。それが新鮮に感じられるほど、日本の国会は歪(ゆが)んでいた。

衆議院、参議院で自民党は大敗して自公政権は少数与党に転落した。法案を通すには野党の協力が欠かせない。低姿勢を取らざるをえない、という政治状況の変化もあるだろう。

8月1日から始まった臨時国会は、いくつかの案件で与野党歩み寄りがある。ひとつが政治とカネ。「企業・団体献金の廃止」を巡って自民・公明・立民・国民の4党が協議会を作った。選挙の大敗で自民党も「献金廃止には応ぜられない」と言ってはいられなくなった。石破は党内で企業献金に批判的な立場だった。少数派の石破が野党と連携して自らの考えを実現しようとしている。

物価対策・生活対策では「給付付き税額控除」の検討が始まった。所得税で減税しても税金を納めていない低所得者には恩恵が及ばない。減税が金持ちばかりを利するものになっては「生活対策」にならない。「困っている人に恩恵が届く給付」を強調してきた石破にとって「給付付き税額控除」は受け入れやすいが、与党の立場で野党案に乗ることは政治的に難しかった。それが少数与党になったことで状況は変わった。立憲民主を引き込むためにも「給付付き税額控除」は絶好の課題になった。

企業献金廃止も給付付き税額控除も、立憲民主党に理があったが、権力を握る自民党主流は相手にさえしなかった。

コメ政策も同様である。石破は麻生政権の農水相のころ、減反が農家の生産意欲を妨げていることを憂い、減反を打ち切ろうとした。しかし、コメ価格の下落を恐れる農林族議員に阻まれ実現できなかった。「令和のコメ騒動」を機に、石破はコメ増産へと舵(かじ)を切った。

自民党にあって非自民=反主流の石破は、自民党の危機をテコに、心にしまってきた政策を実現しつつある。信念を貫くためには少数派となることも厭(いと)わない、という愚直さがいま開花している。

党内で力を持つには多数派に与(くみ)する、政策は二の次という空気が強い自民党で、コツコツと政策を磨き、大概のことは自分で判断できる。その自信が、官僚が用意した紙に頼らず、自分の言葉で語る答弁を支えている。

◆参院選で敗北したのは安倍的自民党

群れない、理屈っぽい、友達は少ない。だから、並みの政治家からうっとうしがられる。「選挙で3連敗、スリーアウト・チェンジ。交替しろ」という石破おろしが党内に渦巻いている。

メディアも「選挙で示された民意を踏まえれば辞任しかない」という論調がほとんどだ。自民党は敗北した、国民の審判を受けたのだから「トップである総裁が責任をとるべきだ」という理屈だ。だが、石破は「ミスター自民党」だろうか。石破は決して今の自民党を代表する政治家ではない。

今の自民党は古い体質をもつ「安倍的自民党」と「非安倍的自民党」が混在している。安倍的自民党とは、裏金づくりが象徴する金権体質、靖国神社参拝などの歴史修正主義、選択的夫婦別姓に反対する家父長的家族観、国債発行と財政膨張による積極財政などに重きを置く議員たち、岩盤保守とつながる勢力だ。

非安倍勢力はそこまでのめり込んでいない議員たちで、先般の総裁選で石破を応援した勢力だ。

選挙で敗北したのは金権と驕りが目立った安倍的自民党であって、石破に代表される反安倍自民ではない。「石破おろし」の中心となっているのは、安倍的自民党員である。自らの責任で敗北したのに、責任を石破になすりつけ復権を果たそうとしている。みんなで渡れば怖くない、とばかり徒党を組む。

「石破辞めるな」の合唱は、その反作用だろう。朝日新聞の世論調査(7月26、27日実施)では、「石破首相は辞めるべきだ」は41%、「辞める必要はない」が47%だった。世論が石破の粘り腰を支えている。

◆政党地図を書き換えるキーパーソン

派閥の維持さえできなかった少数派が総裁選で勝ったのは、非自民へと舵を切るしか自民党は生き残る道がなかったということである。生まれながらに政治基盤が薄い石破は世論の後押しと野党との連携で権力を維持している。国会議論の正常化は、その結果生まれた。

身を捨ててこそ浮かぶ瀬もあれ、の石破政権がいつまで保つかわからない。だが、石破が辞めて、他の誰がなっても首相は安倍晋三のような傲慢(ごうまん)な振る舞いはできない。少数与党という状況は「野党と話ができる政治家」でないと首相は務まらない。高市早苗に支持が集まらないのは、「高市首相」だと野党が対決姿勢で一本化しかねないからだ。小泉進次郎は選挙向けの表紙になっても、国会で野党と握る力には不安がある。そうしてみると、石破に比較優位がある。

「極右・排外主義」とも見える参政党が急進し、日本保守党も議席を得た。自民党に飽き足らない岩盤保守が党外に流れ出た。政党は再編へと動いている。そんな中で、自民党内では「安定した連立政権」を探る動きが出ている。石破の御意見番のように振る舞う亀井静香は「立憲民主党との大連合」の旗を振る。幹事長経験者である山﨑拓も「立憲との連合を目指せ」という。石破と立憲代表の野田佳彦とは、財政政策や対米政策などで一致点が多い。

自民党内では「鈴木総裁・玉木首相」という奇策も取りざたされる。鈴木俊一前財務相を自民党総裁に据え、首相には国民民主の玉木雄一郎を首相に担ぐという案だ。鈴木は麻生太郎の義弟で鈴木善幸元首相の長男。首相への野心がなく、野心満々の玉木を首相にして国民民主を引き込もうというもくろみだ。

労働組合の連合は国民民主の連立には表向き反対しているが、連合の芳野友子会長は自民党に接近している。今年の春闘では政権と組んで高額回答を引き出した。「玉木首相」は芳野にとって悪い話ではない。実現すれば、自民は経団連、国民民主は大企業労組とつながり、労使協調で国策に当たるという構図になる。

自民党に在(あ)りながら、自民党を否定する石破首相は、政党地図を書き換えるキーパーソンとして、時代の節目に現れたのかもしれない。(文中一部敬称略)

※『山田厚史の地球は丸くない』過去の関連記事は以下の通り

第266回「石破茂『日本は独立国ではない』―政治家が口閉ざす『日米同盟の闇』(2024年6月28日付)

https://www.newsyataimura.com/yamada-133/#more-15053

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