国民に届かぬ「無味乾燥」な言葉
議論ないまま戦争準備が進む
『山田厚史の地球は丸くない』第301回

11月 14日 2025年 政治

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山田厚史(やまだ・あつし)

ジャーナリスト。元朝日新聞編集委員。「ニュース屋台村」編集主幹。

「存立危機事態」「防衛装備品移転」「5類型廃止」「安保三文書」。なんのことだか分かりますか。普通の国民には理解しにくい難解な言葉ですが、どれも日本の針路にかかわるキーワードです。ほとんどの人がさっぱりわからない専門用語を使って、つまり国民の大多数をカヤの外に置き、権力者は「戦争への備え」を着々と進めている。ぼーっとしていると、取り返しのつかない所に連れて行かれる。それが今の日本です。

◆アメリカの戦争に引き込まれる危険

「ソンリツ・キキ・ジタイ」という言葉が、高市首相の口から飛び出し、日中関係が険悪になっている。舞台は11月7日の衆議院予算委員会。

「戦艦を使って、武力の行使も伴うものであれば、これはどう考えても存立危機事態になりうるケースだ」

立憲民主党の岡田克也議員の質問への答弁だった。台湾有事が勃発(ぼっぱつ)し、中国の艦艇が海上封鎖に動く、米軍の艦艇が阻止しようとして砲火を交わす事態になったら、どうなる。安保法制で定める「存立危機事態となるか」と問いかける岡田議員に、首相は「どう考えても存立危機事態」と答えた。

国会は騒然となった。「台湾有事に米軍が参戦すれば日本は一緒になって戦う」と首相が言ったに等しいからである。中国は「内政干渉だ、発言を取り消せ」と怒った。

一般の人は、なんのことやら、だが「存立危機事態」は、とてつもなく重い言葉だ。自国が攻撃を受けなくても、自衛隊が出撃して敵と戦うことになるから。いったい、どうしてそんなことになるのか。

2015年、安倍晋三政権が憲法解釈をねじ曲げて「集団的自衛権」を合憲と判断したことから混乱は始まった。日本は米国と安全保障条約を結んでいる。日本の安全を保障する義務を負う米国が第三国から攻撃を受け、そのことで日本の安全が脅かされる事態になったら、それは日本が攻撃を受けたのと同じだと解釈され、自衛隊は米国の戦いに参戦することができる。それが「集団的自衛権」に基づく日本の「存立危機事態」というわけだ。

日本は護(まも)ってもらうだけでなく、アメリカと共に戦う。その結果、アメリカの戦争に引き込まれる危険が伴うようになった。

◆「おまじない」のような言葉

問題は「台湾有事」が起きた時である。日本は、台湾は中国の一部とする中国政府の考えを日中平和条約で了解している。台湾で中国と紛争が起きたとしても、それは中国国内の問題で、関与する立場にない。

ところが米国は、中国を最大の軍事的ライバルと見なし、武器を輸出するなど台湾を擁護する姿勢をとってきた。有事が起きたら、どこまで踏み込むかは定かではないが、台湾防衛に回ることは十分考えられる。

では、台湾で米軍と中国軍が砲火を交えたら、日本はどうするか。存立危機事態となるのだろうか?

歴代の首相は安倍氏をはじめ、明言を避けてきた。自衛隊出動につながる存立危機事態となるか曖昧(あいまい)にすることで、手の内をさらさず、日中関係の緊張を回避してきた。自衛隊が出動して中国軍と一戦をかまえるなどあってはならないことだ。そんなことを表明すれば、中国が烈火の如く怒るのは目に見えている。

歴代首相が口を閉ざしていたことを、高市首相は「存立危機事態」だと言い切ってしまった。

「ソンリツキキジタイ」という「おまじない」のような言葉は、台湾有事に当てはめれば、「日本も参戦する」ということになる。高市支持の保守右派の人たちは「よくぞ言った」と喜ぶだろうが、中国との関係悪化は避けられない。

◆「保守右派=反中」の地金

高市氏は、首相に就任した直後、習近平主席と会い、立場は違ってもお互いの利益を尊重する「戦略的互恵」を約束し、関係修復へと動いたばかりだ。保守右派という政治家高市の「思い」は傍(そば)に置いて、首相として現実路線を歩むかのような姿勢を示したのである。ところが首脳会談が終わると、手のひらを返したかのように、中国が最も警戒する台湾問題で「保守右派=反中」の地金を晒(さら)してしまった。

繰り返すが「ソンリツキキジタイ」という「おまじない」のような言葉には、日本の将来を危うくしかねない重大な意味が込められている。

「防衛装備品の移転」という言葉も怪しい。10年くらい前から「武器の輸出」をこう呼ぶことになった。日本は憲法9条で戦力の不保持を謳(うた)い、三木武夫首相時代の1976年に「武器輸出三原則」を打ち出し、武器は輸出しないことを世界に宣言した。

ところが日本が経済大国になり、米国の重要なパートナーとなるにつれ、技術力・経済力・資金力でアメリカの世界戦略に協力しろ、という要求が強まった。こうした流れに沿って、自ら禁止していた「武器輸出」を解禁する動きが安倍政権の頃から強まった。

2014年「防衛装備移転三原則」が閣議決定され、三木政権が決めた「三原則」を転換した。「三木三原則」は「武器輸出をしない」というものだったが、「安倍三原則」は、「武器輸出を認める条件」を定めたものだ。

世論に配慮して「武器輸出に力を入れる」とは言いづらい。武器を「防衛装備品」と言い換え、輸出を「移転」という。それでも「どんな武器でもどんどん輸出します」では世論の支持を得られない。「輸出できる防衛装備品」を、救難・輸送・警戒・監視・掃海に使うものに限定した。人を殺傷するような武器ではない「5類型」に該当すれば輸出はできます、という条件が付いた。

これも姑息(こそく)なやり方だった。殺傷兵器のような物騒なものではなく、救難や輸送など安全を確保するための防衛装備品ですから、という限定で、原則を塗り替えたのである。

10年ほど経ち、本格的な武器輸出の動きが表に出てきた。「ゴルイケイミナオシ」である。これも呪文みたいな言葉だが、「人を殺せる武器・兵器を輸出しよう」ということだ。戦争を経て誓った「人殺しに使う兵器は輸出しない」という大方針の旗が降ろされようとしている。「ゴルイケイ」という無味乾燥な言葉に、ヒトの命を断つ血の臭いは感じられない。

◆みんな持っているのだから、ニッポンも

「原子力潜水艦」という言葉も頻繁に飛び交うようになった。防衛相になった小泉進次郎氏が、潜水艦の動力について「今までのディーゼルか、それとも原子力かを議論していかなければいけないくらい、日本を取り巻く環境は厳しくなっている」。国会だけでなく、テレビ番組に出て熱っぽく語っている。

原子力潜水艦は、核燃料を動力に使うので、敵から察知されず、長期間、音も立てず深海に止まっていられる、というのだ。

日本は原子力潜水艦を持たない方針を堅持しているが、小泉防衛相は「持っていない韓国やオーストラリアが原子力潜水艦を持つようになる。アメリカも中国も持っている」。みんな持っているのだから、ニッポンも、と言わんばかりだ。

朝日川柳欄(11月8日付)は「その理由『みんな持ってる』お子ちゃまか」と揶揄(やゆ)した。

「あらゆる可能性を排除せず、タブーを作らず」と政府方針の転換を声高に主張する小泉氏に、政治家としての軽さを感じざるを得ない。

原子力潜水艦は、核ミサイルと一体化し「深海を移動する核基地」となっているのが現実だ。そうした重い課題をあえて無視して「動力の問題」にすり替えているところが姑息だ。

武器輸出も原潜配備も「姑息」ばかりが目立つ。最たるものが「サンブンショ(三文書)」ではないか。国家安全保障戦略・国家国防戦略・防衛力整備計画の3つの基本政策のことだ。

2022年12月に閣議決定され、これまで日本が掲げてきた「専守防衛」を事実上撤廃し、「敵基地攻撃能力の保有」など、他国への武力行使に道を開いた。

同時に、GDP(国内総生産)の1%以内にとどめていた防衛予算を「GDP2%」へと拡大し、2027年度まで5年間に43兆円を投入することを決めた。

大軍拡予算を可能にしたのが「防衛三文書の改定」だ。ところが「2%」を決めたばかりだというのに、自民党の小林鷹之政調会長は「来年度(2026年度)中に三文書の改訂を行う」という。「ウクライナで見られるように戦争に形態が変わり、新たな戦略や装備がかわったため」という。これも姑息な言い訳だ。

アメリカがトランプ大統領になって日本に対し「GDPの3.5%に」と目標数字を引き上げてきたからだ。これに沿うように、小林政調会長は「安全保障環境が厳しさを増し、GDPの2%ではとても足りない」と主張。高市首相も「2%達成は目標年度を前倒しにして今年度中に行う」と表明した。

「防衛予算の増額は、あくまでも日本が自主的に決めることで他国から言われるものではない」と首相は繰り返す。

◆「リアリティーのない言葉」で政治を語る

「アメリカから言われたら断れない」。日米同盟の支配構造に日本の保守政権はどっぷりはまりこんでいる。その現実を隠すため、国民に分かりにくい言葉で本質を隠す。耳に届いてもノイズでしかない言葉で、議論の広がりを食い止める。

ソンリツキキジタイ、ゴルイケイ、サンブンショ……。その裏には飛び散った人間の体や膨大な血飛沫(しぶき)や涙がある。ガザやウクライナだけの話ではない。我々の父母や祖父祖母の世代が経験したことだ。

高度成長を体現するような政治家だった田中角栄は「戦争を肌で知る世代がいるうちは大丈夫だ、問題はいなくなった後だ」と語った。

サナエちゃん、シンジロウ、コバタカなどが「リアリティーのない言葉」で政治を語る状況を、草葉の陰で角栄は、どう見ているだろうか。(文中一部敬称略))

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