п»ї 多国籍企業を取り巻く国際税務の混迷『国際派会計士の独り言』第6回 | ニュース屋台村

多国籍企業を取り巻く国際税務の混迷
『国際派会計士の独り言』第6回

9月 30日 2016年 経済

LINEで送る
Pocket

国際派会計士X

オーストラリア及び香港で大手国際会計事務所のパートナーを30年近く務めたあと2014年に引退し、今はタイ及び日本を中心に生活。オーストラリア勅許会計士。

最近「反グローバル化」と思われるような言動や行動が一部の国で見られていますが、インターネットでつながり、人や物の移動が容易にできるこの社会ではグローバル化は避けて通れないものだと思います。その中で経済活動の中心に位置するのが多国籍企業であり、多くの多国籍企業がグローバル化の恩恵を受け大きな利益を上げています。

ただし、各国の税制が異なり、政策的にも投資誘致的な優遇措置が数多くの国で見られる中で、多国籍企業としては主に株主に還元できる利益を最大化するためにグローバルベースでの効率的な税務対策が肝要となります。また、海外の子会社に留保された利益をどのようにして本国の親会社に効率的に戻していくかも多くの多国籍企業にとっては大きな課題となってきました。

◆アップルの困惑

米格付け会社スタンダード・アンド・プアーズ(S&P)が発表した昨年度世界で一番利益を稼いだ企業はアップル社で、なんとその純利益は516億ドル(約6兆円)でした。ファーウエイ(Huawei Technologies)など中国携帯メーカーの台頭などによる中国マーケットの販売低迷などの要因から今年になって少し業績は落ちていると言われていますが、収益改善に向けて新型アイフォンの発表など新たな対応策が出されています。

そのアップルが今多くの人が予想もしなかった形で苦境に立たされています。

欧州連合(EU)の行政を担う欧州委員会が8月30日に発表したアイルランド政府に対する要求は、アップル社に対する過去16年にわたっての法人税優遇を違法としてアップル社の未払い法人税最高130億ユーロ(約1.5兆円)をアイルランド政府が追徴課税しろというものでした。

欧州委員会は2年近くに及ぶ詳細な調査を経て、アイルランド政府が同地に登録されているヨーロッパ中の販売利益を集中するアップル社の子会社2社(Apple Sales International及びApple Operations Europe)の課税対象所得が実体と乖離(かいり)があると断定。経済的実体のない国外の本社(Head Office)に当該利益が移転され、非課税となっていると認定したものです。「本社」に計上された利益はこれによりアイルランドの税法上非課税となり、どこの国においても課税されなくなるというものです。アップル社は、これらの優遇措置によりヨーロッパ域内の利益についてアイルランド通常法人税率の12.5%でなく、2014年には実効税率は0.005%まで下げられてこの税率に基づく法人税が支払われていると主張しています。

この根拠としては、EUの国家補助規定(State Aid Rule)の適用による制裁となります。この規定とは、公正な競争がEUという単一市場には不可欠と認識する中で、加盟国政府が特定の経済活動や特定の民間企業を公的に支援することにより域内の公正な競争を阻害していると認めた場合、欧州委員会が禁止または何らかの措置を取れる、または命令できるというものです。

アップル社のティム・クック最高経営責任者(CEO)は「アップルとしては法に従い、すべての税金を適正に支払ってきた」という立場であり、アイルランド政府としてもこの命令に対して戦う姿勢を示しています。

今回のアイルランドを利用した節税スキームはアップル社だけでなく、幾つかの米国の多国籍企業も採用していたという報道もあり、更に大きな問題となりうると思われます。

◆米国の高い配当課税

米国の連邦法人税の課題として従来挙げられているのが、州税も入れると40%近く高税率であるということとともに、海外に子会社を持つ多国籍企業については全世界の子会社の所得に対して原則課税するという米税制のスタンスで、例えば海外子会社からの配当についても全額課税するという課税上の取り扱いとなっています。この税務上の取り扱いから、アップルのように海外子会社でも大きく利益を出す米国の多国籍企業は国外に留保した利益にもこのような高課税となる米国に還流させるのか、多国籍企業にとっては大きな課題となっていました。

米国の多国籍企業が米国の高い配当課税を嫌って海外に留保している資金が一説には2.4兆ドル(250兆円規模)あると言われています。米国政府もその還流を狙って色々な対策を講じてきましたし、今もさらなる検討を続けていますが、その前にEUの方からこのような課税提案が出されてきました。

OECD(経済協力開発機)は昨年、多国籍企業などが近年国際的な抜け道などを利用して節度を欠いた節税対策を使って法人税を軽減している問題に対応するため、「BEPS」(Base Erosion and Profit Shifting=税源浸食と利益移転)を発表しました。巧妙な節税スキームなどをしばしば積極的に利用してきた欧米多国籍企業とは一線を画し、より保守的な姿勢をとってきた日本の多国籍企業も今この対応に追われています。こうした状況の中で、EUによるアップル社に関係する課税案件は世界を驚がくさせました。事態が今後どう進んでいくのか注視していく必要があると思います。

◆特定の企業の課税問題では終わらない

今年4月にパナマの法律事務所モサック・フォンセカから流出した租税回避行為に関する機密文書「パナマ文書」には、国家元首や政治家など世界の著名人の名前が記載されており、世界を震撼(しんかん)させました。今も調査は続いているようですが、EUによる今回のアップル社に対する追徴命令は、EUと米国の協調関係に影を落とすかもしれないと言われています。特定の企業に対する課税案件として片付けられる問題ではなさそうです。

コメント

コメントを残す