п»ї 「好きな国」「嫌いな国」『記者Mの外交ななめ読み』第4回 | ニュース屋台村

「好きな国」「嫌いな国」
『記者Mの外交ななめ読み』第4回

9月 27日 2013年 国際

LINEで送る
Pocket

記者M

新聞社勤務。南米と東南アジアに駐在歴13年余。年間100冊を目標に「精選読書」を実行中。座右の銘は「壮志凌雲」。目下の趣味は食べ歩きウオーキング。

トルコ中部の観光地カッパドキアで9月上旬、旅行中の新潟大学の女子学生2人が地元の男に刃物で殺傷される事件があった。現地からの情報などによると、事件は偶発的に起きたようだ。僕は事件発生後のトルコ当局などの迅速な対応に注目した。

カッパドキアでは、地元の人たちによる追悼行事が行われた。およそ1000人の参加者が、日本語で「トルコ日本友好」「ごめんなさい」などと謝罪・追悼のメッセージを書いたプラカードや日の丸の旗を手に行進し、亡くなった女子学生を悼んだという。また、事件の翌日、東京のトルコ大使館は、現場から逃走したとみられる男の身柄を拘束したと発表(その後、誤認逮捕とわかり、別の男が逮捕されたが)。一方、成田空港では急きょトルコに向かうことになった女子学生の両親を、喪章を付けたセルダル・クルチ駐日トルコ大使夫妻が出迎え、「いつも私たちはそばにいます。何かできることがあればおっしゃってください」と声を掛けた。

◆エルトゥールル号がとりもつ関係

事件の容疑者の犯行は決して許されるものではない。ただ、トルコ当局などの事件後の対応をみると、好感がもてた。トルコのこうした親日ぶりは、「エルトゥールル号沈没事故」に端を発するとされる。

オスマントルコ(当時)の木造軍艦エルトゥールル号(2344トン)が今から123年前の1890年9月、和歌山県串本町沖で台風に遭い、沖合で座礁、沈没し、587人が死亡した。エルトゥールル号はこの年の6月、トルコの皇帝が明治天皇に送った使節団を乗せて来日。日本の皇族が1887年にトルコの皇帝を訪問したお礼として派遣された人たちである。この事故では地元の住民が乗組員ら69人を救助し、手厚く看護。乗組員らはその後、神戸の病院で治療を受け、1891年1月に日本の軍艦でトルコに無事送り届けられた。

そして、エルトゥールル号の遭難から95年後の1985年、日本はトルコから思わぬ「恩返し」を受けた。イラン・イラク戦争が真っただ中の同年3月12日、イラク軍はイランの首都テヘランへの空爆を開始。同17日には、イラクのフセイン大統領(当時)が「48時間が過ぎたら、イラン上空を飛ぶすべての航空機を撃ち落とす」と宣告した。イランに取り残された日本人は大混乱に陥り、日本政府は民間航空会社に救援機の出動を要請したが「安全が保障されなければ飛ばせない」と反対され、交渉に時間がかかっていた。

この喫緊の状況下で、日本人の危機を救おうとテヘランに飛来したのがトルコ航空の救援機だった。救援機は200人以上の日本人らを乗せてタイムリミットの直前にイラン国境を通過し、トルコ上空に入った。「トルコへようこそ」という機長のアナウンスに、機内では大きな歓声と拍手が起こったという。

トルコのイスタンブールはスペインのマドリードとともに、2020年の夏季五輪開催を東京と競い合ったライバルである。招致レース中の今年4月、東京都の猪瀬直樹知事は米紙ニューヨーク・タイムズのインタビューに「イスラム諸国が共有するのはアラーだけ。けんかばかりしている」などとイスタンブールを批判する趣旨の発言をして物議をかもした。

その後、知事は失言を認めて謝罪。クルチ駐日大使は「日本とトルコの友情は深い。両国の地理が近ければオリンピックを共催できる」と応じ、2国間関係に亀裂は入らなかった。外交面でトルコの”大人の対応”が日本を救ってくれた形である。

◆嫌いな国?ではやらない世論調査

日本外務省は毎年、海外のいくつかの国で対日世論調査を行っている。2000年以降をみると、アメリカの計12回を筆頭に、ロシアで3回、インドとブラジル、東南アジア諸国連合(ASEAN)の主要6カ国(インドネシア、マレーシア、フィリピン、シンガポール、タイ、ベトナム)、オーストラリア、欧州連合(EU)で2回、以下、モンゴル、スペイン、メキシコ、南アフリカ共和国、オーストリア、中・東欧6カ国などでそれぞれ1回実施しており、前述のトルコでも2011年に行っている。

世論調査の対象となったこれらの国々の名前を見て、お気づきの人もいるだろう。そう、いずれも2国間関係がおおむね良好なところばかりである。これら親日的な国々では、対日関心が「中程度以上ある」と回答した者が50%以上で、2国間関係についても大半が「重要または絶対に重要」と答えている。別の民間世論調査などによると、これらの国以外にもウズベキスタンやパラオ、ミャンマー、ブータンなどが親日的であるとされている。

中国や韓国で対日世論調査を行わないのは、最初からネガティブな結果が火を見るよりも明らかであるからだろう。ただし、「おおむね親日的な国ばかりでやって、どんな意味があるの?」という思いも残る。

◆負のイメージが残る国

だれにも「好きな国」と「嫌いな国」がある。一度でも訪れたことがある国ならたいがい親しみを持つものだが、トラブルに巻き込まれたりすると負のイメージに直結する。

僕はいまだに、ナイジェリアが好きになれない。30年以上前にアフリカを旅した時、ケニヤのナイロビから当時の首都ラゴスに降り立ったが、入国審査の際に係官から「なにを笑っているのか」といきなり文句をつけられた。相手のことを笑った覚えはないが、スムーズに審査を済ませようと表情を緩めたのがよくなかったらしい。しかし、どの係官もにらみつけるような目つきで、それまでに回ってきた他のアフリカ諸国の印象とは明らかに違った。ラゴス滞在中は商社の駐在員宅で寝泊まりさせてもらったが、治安が悪く、借り上げ住宅は高いフェンスで囲まれて警備員が常駐し、夜間の外出は禁じられた。

イギリスに向かうための出国手続きの際も、入国時と同じように審査官から「なにがおかしい」と難癖をつけられた。ロンドンの空港に着いて機内に預けた荷物を引き取ろうとしたら、大きなリュックサックにそれまでの旅の記念として縫い付けてあった布製のワッペンがすべて引きちぎられていた。ナイジェリア、とりわけラゴスには最初から最後の最後までいい思い出が一つもない。「住めば都」とはいうものの、当時世話になった駐在員からもラゴスの魅力が語られることはなかった。

後年、同業他社の友人とベネズエラに出張した時、到着したカラカスの空港で友人が手荷物のパソコンを盗まれた。入国審査の際、乗客は危険物の持ち込みがないかゲートをくぐり抜けるが、その際に、機内に持ち込んでいた手荷物はベルトコンベアに載せてX線検査のボックスを通す。友人はゲートを先に抜けて手荷物が出てくるのを待っていたが、いくら待っても出てこない。不審に思って係官に質しても「知らない」の一点張り。

後でわかったことだが、手荷物がX線検査のボックスの中を通過する際、ベルトコンベアに開けられた穴から下に落ちる仕組みになっていた。友人のパソコンはベルトの穴の部分に当たる場所に載せられていて、ボックスの中を通る時に下に落とされたらしい。ウソのようなホントの話だが、審査官がグルになって金目(かねめ)の荷物を物色していたのだ。繰り返し抗議しても係官は「知らない」と応じ、ようやく「もし見つかったらホテルに届ける」と約束したが、最初から反故にされるのは目に見えていた。

友人は東京の本社に事情を説明し、手書きの原稿をホテルからファクスでせっせと送ったが、この一件でベネズエラの印象が一変した。美人の多い国として知られ、ミスユニバースやミスインターナショナルなどを数多く輩出したモデル学校を取材して鼻の下を伸ばし、すっかり好きな国の一つに入っていたにもかかわらず、である。

◆外交は属人的 大事なのは一人ひとりの関係

外交官も人の子だから当然、「好き」「嫌い」はあるが、自分が担当する国や赴任した国が嫌いというのは困りものである。特に、いわゆるキャリア組にこの傾向が強い。専門職の場合は、専門とする言語で担当する国・地域がある程度決まってくるが、キャリア組の場合はそうではない。運良くどこかの大使に上り詰めることができたとしても、それまでの過程で「嫌いな国」にある日本大使館に勤務しなければならないケースが往々にしてある。南米や東南アジアで、「なんで僕がこんなところに・・・・・」という言葉を複数のキャリア外交官から聞いたのは、一度や二度ではない。

昨今の大学生の就職活動で「ミスマッチ」という言葉がよく使われるが、外交官に「日本の国益を預かる」という気概が本当にあるのなら、ミスマッチなど起こりえないし、決して起こってはいけないことである。

「外交とは属人的なもの」というのが、僕のかねてからの持論である。「好きこそものの上手なれ」の言葉通り、相手を好きになること、好きになれば万事うまくいくように努めるし、さらにうまくいくようになる。

「相手」を「国」と置き換えていい。日本外務省の中で「親米派」「親中派」「親ロ派」などと超大国ばかりを味方に付けた外交官ばかりでなく、アフリカやアジアなどの小国に対し、親しみを込めて「キチガイ」と言われるほど夢中になる国を持つ外交官が一人でも多く出てきてほしい。このことはもちろん、僕たち民間の人間にもすべからく言えることだ。

マエストロ小澤征爾は9月19日付の朝日新聞でいまの日中関係について、こう指摘している。「冷え込んでいるのは、日中政府間の関係。大事なのは一人ひとりの関係で、ぼくは、中国にいる友人たちを信じている」

コメント

コメントを残す